5.真実
るいを見ないほどに御鏡姫は意気消沈してしまわれました。
以前はよく町中へ出かけたり、屋敷内を走り回ったりととても賑やかだった御鏡姫が、今では部屋に閉じこもってしまったのです。
時折部屋から出た時は、皆を心配させないように明るく過ごしてはいましたが、それでも自分から何かをすると言う事はあまりありませんでした。
なにやら隣国で盛大なお祭りが行われていると女中に聞いても、御鏡姫はあまり乗り気にはなれません。
シュピーゲルと一緒に行けたのなら、どんなに楽しかっただろう、とぼんやりと窓にもたれかかる程度のお話だったのです。
そうして窓から空を物憂げに見る姿が一時評判となり、シュピーゲルのいない今ならと勝負をし掛けてくる人が増えたりもしました。
しかし、シュピーゲルがいなくなって逆に冴え渡ったのではないかと思うほどに、御鏡姫はあっさりと挑戦を退けていきます。
シュピーゲルがいないのなら一人でやらねばと言う思いがあったのかも知れません。
お館様も、暫くはそっとしておこうと、御鏡姫を見守ろうと考えておりました。
しかし、お屋敷に一通の手紙が届いて事態は急変いたします。
「御鏡や、御鏡や!」
お館様も大慌てで御鏡姫の部屋に飛び込みます。
御鏡姫は驚いて父親を見ます。
「どうしたの、お父様。そんなに大慌てで」
「慌てもする!おまえ、隣国の王子から求婚が来たんだぞ!」
「まあ!」
それにはさすがに御鏡姫も驚きました。
しかも手紙の内容では、御鏡姫に挑戦させていただきたいとまで書いてありました。
それからのお屋敷は大慌てです。
王子様を迎えるのに失礼のないような調度品を揃えたり、服装を整えたり、やる事は山ほどありました。
王子様が来るまでの数日間は、本当にあっという間に過ぎて行ったのです。
そしてとうとう、王子がお屋敷に訪れる日が来ました。
御鏡姫はどこに出しても恥ずかしくない程度に整えるだけ整えて、しかし普段と変わらない服装で勝負に挑みます。
しかし御鏡姫は王子様の姿を見て面食らいます。
なんと王子様は仮面を付けており、その美しい金髪以外の特徴が分からなかったのです。
「このような仮面姿で失礼いたします。勝負が終われば外させていただきますので、どうかご勘弁を」
「一応言って置きますが、表情で嘘を見抜いているわけでは在りませんよ?」
「いえ、それとは別に仮面を付けねばならぬ意味があるのです」
「はあ、別にかまいませんが」
御鏡姫は疑問符を浮かべながらも了承します。
表情を隠す以外に仮面に何の意味があるのでしょう、と御鏡姫は考えますが情報が足りません。
王子はふわっと自然にお辞儀をすると、挨拶と自己紹介を述べます。
「それでは改めまして、お初にお目に掛かります。隣国の第2王子ゲイルと申します」
「お初にお目に掛かります。私は御鏡姫と呼ばれております」
御鏡姫もスカートのすそを持ち上げてちょこんと挨拶をします。
そうしている間にも御鏡姫はなにやら王子から違和感のようなものを感じておりました。
どんな嘘を吐くの?既に違和感があると言う事はいつかと同じ、性格や口調の偽り?と考え込みます。
しかし違和感があるだけで嘘を吐いているとは感じません。
御鏡姫は真剣に考えて会話をしていきます。
相手が王子だからと言って、一切の手加減をしようとは考えていませんでした。
「それでは暫しの会話を楽しむといたしましょう」
「ええ、楽しみにしておりましたわ」
それからの光景は、近くで見ていた女中達が震えてしまうような光景だったと言います。
彼女達の証言では、会話は和やかなのに鋭い剣激が飛び交っているような幻視をした、と。
「いやあ、やはり間近で見るとお美しいお方です」
「嫌ですわ、私程度、王子様の周りに何人でもいらっしゃるのでは?」
「いえいえ、心の底からお美しいと思えるの方は早々いる物ではありません」
「早々、と言う事はやはりいるのですね」
「いやいや、私が心のそこからお美しいと思える方は心の清い方。見かけても物を知らぬ子供か、既にどなたかの奥方かです」
「まるで心が見えるかのようですわね」
「ありがたい事になんとなく分かるのです。清い人ほど白く見える」
「あら、私は何色ですか?」
「限りなく白に近いオレンジ色をしておりますね。情熱的な方のようだ」
「あらあらお上手」
「やはりあっさりと信じるのですね」
「貴方は嘘を吐いているようには見えませんもの」
「あはは、実は昔、魔法使いに祝福を掛けて貰った事があるのです」
さらさらと進んでいく会話の中、御鏡姫はいくつかの驚きを感じておりました。
自分と同じような不思議な祝福を受けた人がいる事。
そして考えるよりも早く、この会話が、言葉が溢れてくることです。
そして、あっさりと王子の話は終わってしまわれます。
「それでは、わたしのお話はここで終了です。どうです、嘘が分かりましたか?」
「ええ、それはもう初めから」
「おや、それではお聞かせねがいますか?姫」
実際は会話をしていく中で気づいて声を上げそうになっていたのですが、気にしません。
御鏡姫は彼の前では見栄を張り続けなくてはいけないのです。
「私を騙そうなんてまだまだ早いわよ。シュピーゲル」
「……ふふふ、やはり貴女は王子が相手でも容赦がないのですね。私の、お姫様」
笑いながら仮面を外すと、見慣れた顔がありました。
お屋敷の面々は、皆一様に驚きます。
王子が連れてきた方々は何が何やらと言う顔をしております。
「あら、まだ王子は私を騙せておりませんよ?」
「いえいえ、シュピーゲルは貴女を確かに騙しました」
御鏡姫はシュピーゲルとの最後の会話を思い返します。
ああ、確かに私はシュピーゲルに最後の一言を告げていません。
”あなた、記憶が戻っているの?”
その一言を口に出せないうちにシュピーゲルが答えを口にしたと言う事は、御鏡姫の条件を満たしたと言うことです。
「それでは、御鏡姫。私のお嫁さんとなってくれますか?」
「……はい」
御鏡姫は敗れたのがシュピーゲルで良かったと、心の底から安心しました。
なにせ、御鏡姫は出会った時から彼の事を―――
そうしてすぐに2人の結婚式は執り行われました。
その結婚式は御鏡姫に挑戦した面々も沢山きて、かつてない盛り上がり様だったと言います。
それからも2人は仲睦まじく過ごします。
今までとは少し変わり、今度は御鏡姫が後ろから激を飛ばしているとか。
……そんなに変わっていないのかもしれませんね。