3.真実を見通す目
しまった、このままでは跡継ぎが見つからないとお館様は一計を案じる事にしました。
御鏡姫を貴族の集まるパーティで紹介したのです。
もちろん、御鏡姫の出した条件も一緒に添えてです。
お館様は、財政界を担うパーティの誰かなら、もしかしたら御鏡姫に嘘を憑くことのできる猛者がいるかも知れないと期待したのです。
見目麗しい御鏡姫を見て、我こそはと言う貴族達がこぞって御鏡姫の婿にと集まります。
「私の領地では毎年サトイモやにんじんがよく獲れて――」
「あら、にんじんのところが嘘ですわね?」
「ああ間違えた。にんじんは最近研究し初めてね。すぐに沢山取れるように」
「あらあら、ずいぶんと前から研究、またはそもそも研究していないのではないですか?」
「ま、まさか、君がそれを知る術は」
「シュピーゲル」
「はい、このお方の領地ではサトイモにんじんが昔は良く獲れていた様ですが、最近にんじんの栽培は隣の領地の方が良い物が出来ると栽培量が減っております」
「では次の方――」
「――他にも私の領地では国王に認められた服職人が三人もおりましてな」
「あら、もしかしてその服職人は二人か四人かではありませんこと?」
「あ、ああ、四人でしたな。そして私の屋敷では専属のコックを一人雇って――」
「あらあら、もっと沢山のコックを雇っておりますよね?シュピーゲル」
「はい、この方のお屋敷では専属コックが四人いらっしゃいます」
「な、なんで知って」
「では次の方――」
「――我が領地にはおよそ3000冊を誇る図書室があってな」
「あら、おおよそでもそんな謙遜なされないで?正確な数をおっしゃってよいのですよ」
「うむ、4365冊の本を全て管理して」
「あらあら、まだ謙遜していらっしゃいますね」
「そんな事は」
「シュピーゲル」
「はい、司書の方に聞きましたところ、その図書室には4522冊の本が納められていると」
「お、おや、知らないうちに増えたのかな?」
「そちらも嘘にございますね」
「はい、本の増刷はお館様の権限で行っているとの証言も得ております」
「ま、まいった」
「では次の方――」
集まった貴族達は、御鏡姫の知るはずのない知識や、分かるはずのない細かな嘘を会話に織り交ぜます。
しかしそれもすべて御鏡姫にはお見通しです。
集まった男達も、すぐにこれは無理だと諦めていってしまいました。
結局はこうなるのかと、御鏡姫はどこか覚めた様子でシュピーゲルと笑い合います。
そしてそれを見ていたお館様もまた、吐きたくなるため息をこらえて失望しました。
しかし、本当に挑戦しようとしているものは、その場では見学に徹しておりました。
どうすればあの美しい姫を自分の嫁にする事が出来るのか、計画を練りに練っていたのです。
さて、パーティから数日が経った頃の話です。
御鏡姫のお屋敷にパーティの時に知り合った男の一人が訪ねて来ました。
現れたのはくすんだ金髪を肩ほどで切りそろえたぼんやりとした男です。
御鏡姫は、東の僻地を収めるオステンバイアー公爵の次男坊、ギリーだったと思い出します。
皆が迫ってくる中、一人だけぼんやりとこちらを見つめてくるだけだったので、ちょっとだけ印象に残っておりました。
ギリーのぼんやりした様子はここでも変わらず、ゆっくりと御鏡姫に告げます。
「それでは、わたしの嘘を、1つだけ、お見抜きください」
そうしてゆったりとギリーは話し始めます。
そののんびりした話し方は、少しだけ御鏡姫をいらいらさせるところも在りました。
「わたしは、東の僻地で、農耕の民の領地を持つ――」
「この辺の気候は、とても羊達に良い――」
「わたしも、この地の食材に、少しだけ興味が――」
そうして、実にゆっくりと静かにギリーのお話は終わります。
「これで、わたしのお話は、おしまいです。分かりましたか?」
御鏡姫はとても困ってしまいました。
彼の話し全てから嘘のような違和感を感じるのです。
御鏡姫はギリーに訊ねます。
「確認しますが、貴方の嘘は1つだけでよろしいのですね?」
「はい、わたしの嘘は、ひとつだけです」
違和感を感じた全てをあげるのであれば、とても1つの嘘とは言いきれません。
御鏡姫は口元に手を寄せて考え込んでしまいました。
御鏡姫は混乱していました。小さな頃から嘘があればそれが分からない事はなかったと言うのに、今の話のなかの嘘が分かりません。
祝福のおかげで、考えずともそれが嘘だと分かっていたと言うのが大きいでしょう。
すっかり御鏡姫の思考は停止してしまっていました。
そんな御鏡姫に、シュピーゲルはそっと一言助言します。
「最後の言葉を聞き逃さないように」
急に意味の分からないことを言うシュピーゲルに、御鏡姫はさらに困惑しました。
しかしシュピーゲルはこんな時にふざけたような事を言う人間ではないと、御鏡姫は気を入れなおします。
そんな御鏡姫をみて、、ギリーはふんわりと笑ってこう言います。
「ネタ晴らしを、しますか?」
その言葉を聞いた瞬間、御鏡姫ははっとひらめきました。
シュピーゲルもこちらを向いて頷いています。
御鏡姫は自信を持って切り返しました。
「いえ、その必要はありません。ああ、その演技も止めていただいて結構ですよ?」
ギリーは驚いたように御鏡姫を見つめ、暫くして笑い出しました。
その様子は先ほどののんびりした様子とは打って変わり、とても明るい印象です。
「あははっ、本当にすごいなあ、御鏡姫は。よく、わたしの態度が嘘だと気づきましたね?」
「最後のヒントが無ければ危ないところでしたよ?」
「やはり、そこだけが今回の嘘のボトルネックだったのですよ」
ネタ晴らしをしますか?と言う質問には幾つかの意味が込められます。
ネタ晴らしをして、御鏡姫の挑戦に勝利したと宣言することが1つ。
そしてもう1つ、その場でネタ晴らしが出来るウソである。と言う決定的なヒントが含まれていました。
ずっと嘘を吐いており、一瞬でネタ晴らしが出来るもの、それは早々ある事ではありません。
見事御鏡姫はたった一つのヒントから正解を見つけ出すことが出来たのでした。
ギリーは残念そうに御鏡姫に語りかけます。
「惜しかった。そこの執事が助言しなければ僕が勝っていたのではないですか?」
「そうね。でもだめ。姫と執事は一心同体。悔しければシュピーゲルにも見破れない嘘を吐いてくださいな」
「これはまた手厳しい」
こうして、少しひやりとした一件はひっそりと幕を閉じました。
また暫くの時を経て、次の候補者が現れたのはその1月後の事になります。
赤髪を短く切りそろえたその男の名は、ソルデル公爵の3男坊のレイと言ったか、と御鏡姫は思い出します。
ウソの付けなさそうな明るい性格の男が話し掛けてきたと、少しだけ印象に残っておりました。
「それでは僕がこれから貴女に嘘を吐きます。その嘘をどうぞ探して見てください!」
そう前置きをしてレイは明らかな声で語り始めます。
わざわざはっきりと前置きを置く律儀さに、御鏡姫は少しだけ違和感を感じましたが、その生来の明るさから来るものだろうと聞き流します。
そして始まったそのお話は本当にどこにでもあるお話で、退屈ささえ感じてしまうほどでした。
「僕の領地ではキャベツが特産で、他と比べても甘いのが特徴で――」
「僕の屋敷では使用人を最小限しか雇っていなくて、なるべく自分の事は自分でやらないと――」
「このお屋敷の使用人の方々はとても親切でした。僕の領地でも参考に――」
困った事に御鏡姫はそのどこにも嘘の気配を感じることが出来ません。
とうとう、御鏡姫がウソを見つけることなく、レイのお話が終わってしまいました。
「これで、僕のお話は終わらせていただきます。さて、嘘はどこにあるか見つかりましたか?」
御鏡姫は少し焦りながらレイに聞き返します。
「本当に、今のお話の中に嘘があると言うのですね?」
「間違いなく、僕が貴女の前で話した中に嘘がございます」
御鏡姫は口元に手を置いて考え込みます。
御鏡姫はまたも混乱していました。今の話のなかにウソは見つかりません。
先日のようにその話し方にも違和感はありません。
一体どうしたものか、とシュピーゲルを見上げます。
シュピーゲルも今まさに御鏡姫が考え込んでいるように、口元に手を置いて考え込んでおります。
どうやら頼みの綱のシュピーゲルも、今の嘘を計りかねているようでした。
自分の力で解くしかないと、御鏡姫は一層考え込みます。
そうして2人が考え込んでいると、レイが一言笑いながら言います。
「僕は昔から嘘を吐くことが苦手でして、この件を考え付くのに一月もかけてしまいました。しかしその分自信がありますよ!」
その言葉の中に、御鏡姫はちくりと違和感を感じました。
御鏡姫は先ほどの会話を全て思い出して考えます。その中でもう1つ違和感を感じたのはどこだったか。
そして、1つの答えに行き付きました。
「ふふふ、考えられましたね。レイ様」
「と、いいますと?」
「真逆、嘘を吐く、と言うこと自体が嘘で在ったとは」
「おお、気づいてしまわれましたか」
先ほどレイの話した話の中には、どこにも嘘はありませんでした。
それもそのはずです。話を始める前にすでに嘘を吐かれていたのですから。
嘘を吐くことが苦手なら、そもそも話の中に嘘を混ぜなければ良いのです。
その小さなヒントに、何とか御鏡姫は気づく事が出来ました。
ほっとした様子の2人を見て、レイはくすくすと笑って言います。
「お2人とも必死になって考えておりましたね。何か結婚したくない理由があるのでしょうか?」
「別に、まだ私に結婚なんて早すぎると思うだけですわ」
「私は、お嬢様の心のままに動きますゆえ」
答えを聞いたレイはますます笑ってお屋敷を後にしていきました。
残された二人の頭には疑問符が残されているのみです。
しかしこれで御鏡姫の噂はいよいよもって広まりました。
どんな嘘も見抜いてしまうその慧眼は、挑むことすら愚かではないかと皆に思わせてしまうほどに。