2.御鏡姫の難題
いくらかの時が経ちました。
御鏡姫はなお一層美しく成長し、嘘を見通す慧眼とともにその噂は近隣一帯に響き回りました。
またシュピーゲルも執事の仕事に慣れ、お姫様と2人セットのように思われております。
シュピーゲルは御鏡姫を命の恩人と敬い、只管に姫様のために尽くしてきました。
御鏡姫もまた、嘘をつかないシュピーゲルを信頼し、まるで年のはなれた兄弟のように仲良く過ごしていたのです。
そんなある時、お館様が御鏡姫に対して言いました。
「お前ももう良い年だ。どこからか婿を取ろうとは思わないか?」
実はこのお屋敷の夫妻、御鏡姫以外の子に恵まれなかったのです。
継ぎ手の居ないこのお屋敷、両親の生きている間は良いかもしれませんが、いずれ御鏡姫はどこからか婿を貰わねばなりません。
そのこと自体は御鏡姫も分かってはいましたが、どうにも今すぐに結婚したいとは思えませんでした。
そこで御鏡姫は一計を案じる事にしました。
「ならば一つ条件を付けたいのですが、よろしいですかお父様」
「うむ、お前の一生を決める問題だ。良く考えて決めると良い」
うんうんと頷いて神妙に頷く父親に、御鏡は苦笑します。
本当は父も自分の事を手放したくはないのだと知っていたのです。どんな親でも、自らの娘がどこの誰とも知らない男に取られる事を良しとするわけがありません。
それなら多少の無茶な提案でも乗ってくれるだろう。
考えるまでもなく決まっています。と前置きをして御鏡姫は語ります。
「嘘を見通す私に、嘘を吐くことが出来る人がいれば、私はその人にお嫁にいきます!」
「むう、御鏡よ、それは」
父親は御鏡姫のあげた条件を聞いて焦ります。
御鏡姫には森の賢者の祝福が掛かっており、嘘を憑いてもそれが分かると言うことを知っているのです。
確かに娘にはできるだけ長く娘として近くにいて欲しい気持ちはありますが、その条件を飲めば一生婿を取る事はないでしょう。
そして万が一その祝福を上回る嘘を憑いて、娘を騙した者が現れてしまったとすれば、はたしてそんな大嘘つきに娘を任せても良いものでしょうか。
ぐるぐると考え込んでしまった父親に向けて、姫の後ろに控えていたシュピーゲルは一つ助言をします。
「確かに、お嬢様を手玉に取るほどのお相手であれば、この先何があろうとも安心ですね」
「むむ、確かに」
森の賢者の祝福を上回るほどの嘘を突き通すことの出来るような者がいるなら、それは確かに財政界で莫大の力を持った男となるだろう。
ならばこれでふるいに掛けて見るのも1つの手かも知れない。父親はそう結論付けてしまいました。
御鏡姫の条件を飲んだ父親は、近隣諸国にお触れを出しました。
『御鏡姫に1つ嘘を憑き、その嘘が分かる瞬間まで御鏡姫がそれを嘘だと気づかなければ、その者を御鏡姫の婿とする』
そのお触れが出た数日間、お屋敷には我こそはと言う希望者が殺到しました。
それもそのはず。そのお触れには身分の有無は記されておらず、その気になれば農民でも婿として向かえて貰える可能性があったのです。
玉の腰、それも容姿端麗なお嫁さんとくれば、世の男達が黙っているはずもありません。
「それでその上着をおらは銀貨3枚で購入して――」
「はい、そこが嘘。シュピーゲル」
「はい、その上着は銀貨計算では2枚のお値段となっております」
「ふおあ、やはり姫様にはかなわんなあ」
しかしその騒ぎもあっという間に静まりかえってしまいました。
御鏡姫はどんな会話のどんな小さな嘘もあっという間に見抜いてしまい、男達は諦めざるをえなかったのです。
加えて、そばに控えるシュピーゲルがあらゆる情報をも瞬く間に仕入れてきてしまい、その嘘だと言う証言の裏づけを取ってしまいます。
これでは嘘を言いはろうにも挑戦者達はどうする事もありませんでした。
結果として、父親にも誰にも小言を言う事の出来ない、稀に来る挑戦者達を相手にしつつ、前と変わらず二人のんびりと過ごす環境が整いました。
「ふふ、計画道理ね。シュピーゲル」
「ええ、これで暫くは安泰でしょう」
この件そもそもが、父親がそろそろ婿を貰うという話を言って来るだろうと、2人で前もって計画を立てていたのが始まりでした。
まんまと計画が上手くいったと御鏡姫とシュピーゲルはほくそ笑みます。
しかし、そのゆったりとした時間も長くは続かなかったのです。