1.はじまり
ある日、ある時、とあるお金持ちのお屋敷で、それはそれは可愛い玉のような女の子が生まれました。
赤ん坊のあまりの可愛さに喜んだお屋敷の主人は、多くの客人を招いて盛大なパーティで誕生を祝います。
その日は、昼も夜も無礼講。数多くの貴族や、町の住民達も合わせて覆いににぎわいました。
そんな中に、奇妙な客人も迷い込んでいました。
男のような女のような、髪を長く伸ばした身長の低い少年です。
少年は生まれた赤ん坊を一目見ると、主人に向かって話しかけます。
「これはこれは見事に可愛い赤ん坊だ。将来が楽しみだね」
赤ん坊を褒められて気分の良くなった主人は、お酒に顔を赤くしてにんまりとした笑顔で返します。
「ええ、ええ。これだけ可愛いと、将来誰かに騙されたりしないかだけが心配です」
「ふむふむ、ならばこの娘が将来、そんな目に合わないよう、祝福を授けてあげましょう」
少年が何気なしに言うと、主人は目を丸くして驚きました。
次に主人は少年の事を具に観察して、とある事に気づきます。
「なんと、貴方は噂に聞く森の賢者様では?」
「そんな風に言う方もいますね」
森の賢者は、村人たちが困っている事を不思議な力で解決してくれると言う魔法使い。
普段は誰とも干渉せず、ひっそりと森の奥に住んでいる事から何時の間にやらそんな名前がついたのです。
とにかく、そんな名高い方の祝福を受けられるのであればと、主人は喜んで了承します。
「それではこの子が将来騙されないよう、どんな嘘も見破れるような、そんな力を授けましょう」
少年は幾つかの単語を嘆くと、小さな乳母車に載せられた赤ん坊がぼんやりと一瞬光ました。
それを見た主人は一層喜びます。
「さあさあ今日は沢山の豪勢な食事が用意されております。心行くまで楽しんでください」
その宴は夜いっぱい続き、次の日には酔いつぶれた人々が大広間を埋め尽くすほどだったといいます。
それから十年ほどの月日が経っての事。
赤ん坊はすくすくと育ち、やがて見目麗しい少女に成長しました。
彼女はどんな相手の嘘をも瞬く間に見破ってしまうと評判で、巷では自らの心を映す鏡のような姫、御鏡姫と呼ばれています。
何不自由なく暮らしてきた御鏡姫はなかなかのお転婆で、その日もこっそりと一人、郊外の川原で遊んでおりました。
暫く遊んで満足し、そろそろ帰ろうかと見回すと、そこには綺麗な服装をした青年が川べりに倒れている事に気づきます。
つるりと女性のような綺麗な肌に整った顔、御鏡姫は一瞬目を奪われてしまいましたが、気を取り直して慌てます。
「あらあら大変、急いで介抱しないと」
御鏡姫は急いで青年をお屋敷に連れ帰り、お付の者と一緒に介抱しました。
やがて青年は目を覚まし、辺りを見回して言います。
「此処はどこ?私はだれ?」
「まあ、この人」
青年は川べりに倒れるまでの記憶を失っているようでした。
端正な顔立ちを困惑に歪ませて嘆く青年を、御鏡姫はたいそう哀れに思いました。
なんせ記憶がないと言うことは見寄りがないのと同じ事。身寄りもお金もない青年が生きていけるような甘い世界ではありません。
この綺麗な顔の青年が、外に放りだされてしまうのはもったいないと感じた御鏡姫、青年に対して一つの選択肢を出します。
「いく当てがないのなら、記憶が戻るまでこのお屋敷で働かない?」
「よろしいのですか?もしかしたら私はこの家の刺客だったりするかもしれませんよ?」
青年は目を見開き驚いて聞き返します。自分でも自分の事が信じられないくらい怪しく思えているのです。
そんなおろおろとする青年に御鏡姫はにっこりと笑いかけました。
なぜなら自らを怪しいと断じた青年には、嘘をついている様子は無かったからです。
ここで青年から嘘をついている気配があれば、容赦なく彼を外に放り出してやろうと思っていたのです。
「ええ、もちろん貴方がよければだけど」
「願ってもない事です。これからよろしくお願いします」
御鏡姫は父親に頼み込みます。どんな仕事でも良いので彼を雇ってはくれないかと。
父親は悩みました。しかし嘘を見透かす御鏡姫が信用したと言うのならと、彼に一つの役割を授けました。
「そうだ、記憶がないのなら名前もないのよね。それだと不便だし、うーん、シュピーゲルなんてどうかしら」
「シュピーゲル……?」
「そ、鏡って言う意味らしいの。私とお揃い。これからよろしくね、シュピーゲル」
こうして青年…シュピーゲルは、御鏡姫付きの執事として雇われることになったのです。