FINAL LOVE
中学校の放課後。
他の生徒は帰宅し、誰も居なくなった教室。
夕日で橙色に染まる教室で一人ぼんやりとする男子生徒の目線は、黒板の上の丸い時計に向けられる。
静かな教室で、時間だけが過ぎていく。
「……そろそろかな」
◆◆◆
生徒の向かった先は体育館の教官室。
ドアをノックして開ける。
「失礼します」
「あら」
机に向かっていた女性が椅子ごと振り向いた。
長い黒髪の美人だ。ジャージ姿で体育の教師らしい。
「遠藤君じゃない。まだ残っていたの?」
「あ、はい。帰っても、一人ですから……」
淋しそうに言った生徒に教師の表情も曇る。
そうよね。まだ中二なのに一人暮らしなんて……
生徒は母を病気で亡くし、父は他に女を作って家を出てしまい一人暮らしだった。
暗い雰囲気になってしまった事に気づいた生徒はハッとする。
「あの、先生は何をしてたんですか?」
「来週の期末テストの問題を作っていたの。遠藤君、調子はどう?」
「あ……」
問われてうなだれる生徒に教師はくすっと笑う。
「がんばってね」
「はい」
◆◆◆
机に向かう教師を生徒は見つめる。
……やっぱり気になる。思い切って聞いてみよう。
「あの、先生」
「ん?」
教師が生徒に顔を向ける。
「せ、先生は……こ、恋人っていますか?」
「え?」
意外な問いに教師は呆気にとられた。
生徒は恥ずかしくなって顔が赤くなる。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「えっ! あ、い、いるに決まってますよね! すみません、変なこと聞いて」
赤い顔でうつむく生徒。
「……強いて言うなら、いないわ」
「え!?」
驚いて生徒が教師を見る。
「いたんだけど、この前フラれちゃったの。彼に他に好きな人ができて」
「え……」
先生がフラれた?
信じられなくてショックを受ける生徒。
◆◆◆
生徒の回想。
中学に入った僕は、ずっと一人だった……
クラスに馴染めなくて、暗い僕はクラスメイトに気味悪がられて
そんな時――
『あら、綺麗ねー』
『え?』
花壇の花に水をあげていると気が紛れた。そんな僕に声をかけてくれたのが大塚先生だった。
『きっと遠藤君のおかげね』
『え、どうして僕の名前』
『知っているわ。いつも花壇にお水をあげてくれているでしょう』
見てくれていたなんて知らなかった。
僕はすごく嬉しかった。
そして二年になった時――
『このクラスの担任になった大塚明美です。よろしくお願いします』
大塚先生が担任!? 信じられなかった。
すぐに僕に気づいて笑いかけてくれた。
『同じクラスになれたわね。よろしくね遠藤君』
『はい!』
本当に、すごく嬉しかった。
◆◆◆
「先生?」
すすり泣く教師に生徒が声をかけた。
教師は涙を拭って生徒に笑いかける。
「やだ、ごめんね。みっともないところ見せて。ちょっと思い出しちゃって」
「先生」
いたたまれなくなった生徒が立ち上がる。
「僕は、僕は先生が好きです!!」
唐突な告白に弾かれるように生徒を見る教師。
「僕なら、先生を悲しませるようなことはしません!!」
「え、遠藤君」
「先生!」
生徒が教師の両肩を掴み顔を近づける。
「や! 遠藤君やめて!」
抵抗する教師の唇を生徒は強引に奪う。
平手打ちの音が響いた。
「遠藤君。どうしてこんなこと」
「先生のことが好きだから」
真っ直ぐ教師を見て生徒が答えた。
ジンジンとする頬が熱い。
きっとこうなる事は予測していた。
「ダメよ、こんなこと。私達は教師と生徒なのよ!」
ああ、その答えも予測していたものだ。
やっぱり……
「……そうですよね。すみませんでした。先生、さようなら」
走って出て行く生徒。鞄を置いたままで。
遠藤君……。え、今さよならって?
教師がハッとする。
◆◆◆
教師の回想
『先生、また明日!』
『さようなら、遠藤君』
私がそう言うと遠藤君は嫌な顔をした。
『やめてくださいよ先生。さようならって、もう会えないみたいで嫌いなんです』
言われてみればそうかもね。
『だからまた明日』
『そうね、また明日』
それから私達はさようならと挨拶した事はない。
◆◆◆
遠藤君、どうしてさようならなんて。
居ても立ってもいられず教師は飛び出した。
校舎へ向かう途中、何気なく屋上を見上げた教師は目を見開く。
生徒がフェンスを登っていた。
「遠藤君!!」
まさか、やめて!
血相を変えて屋上へ急ぐ。
◆◆◆
教師が屋上に辿り着いた時には、生徒の姿はなかった。
生徒が登っていたフェンスの下に靴だけが揃えて置いてある。
教師の目から涙が流れる。
ごめんね、遠藤君……
教師はフェンスに手をかける。
あなたを、もう一人にはしないわ……