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魔王

~前回までのあらすじ~

 突如王太郎たちの前に現れた謎の女性“オルガ・ベロニカ”。

 王太郎たちを襲うオルガと魔獣を前に昴が魔術で対抗するが、徐々に押されていく。

 そんなとき恵梨香を襲うように瓦礫が崩れる。

 間一髪で恵梨香を助けた王太郎だが、今度は王太郎がピンチに陥り――。

 崩れ落ちる瓦礫が俺の視界に影を落とす。だが俺を見つめるやつらの表情は、いつもより鮮明に見えた気がする。


王太郎おうたろう!!」


 紗耶さやが俺の名前を叫んだ。

 恵梨香えりかはなんとか救えたようだ。


 ――クソったれ。


 これで終わりなのだろうか……。

 俺は他のやつらの無事を祈り、静かに眼を閉じる。

 と同時に、痛快な破壊音が脳天に響く。


「やぁぁぁ!」


 紗耶が俺を押し潰そうと落下する瓦礫をぶっ壊していた。

 紗耶の手には銀色に煌めく三叉の鉄槍。槍で瓦礫を確実に破壊し、振り回した遠心力で瓦礫を次々と弾き飛ばす。


「王太郎、大丈夫?」

「お前……、俺より男前じゃねぇか」


 紗耶の差し出した手は借りずに立ち上がる。紗耶は気にした様子もなく、片手に携えた三叉の鉄槍を構える。勇ましく紗耶のショートカットが揺れた。


「それで紗耶、その槍は何だ?」

「分からない。けど『王太郎を守らなきゃ』って思ったら出てきたの」

「そうかい。お前は相変わらずやればできる子だな」


 もう一度自分を奮わせてオルガと向き合う。オルガは興に入った表情で紗耶を見ていた。


「素晴らしいですわ。瀬戸際で魔術に目覚めるなんて、貴女面白いですわね」


 オルガは微笑みながら語る。そして笑みを崩し、冷めた目付きで腕を掲げた。


「これなら“幻想”なんて不要ですわ」

「やっぱり幻だったか。お前の手品は見破った。諦めろ」

「まさか、諦めるなんてヤですわ」


 幻想の魔獣を消したオルガだが、まだ何かをしようとしている。


「あんた、ふざけてないで答えなさい!」

「お前の逃げ場はない」


 勇ましく槍を向ける紗耶と、オルガの後ろを壁で塞ぐ昴。臨戦態勢の二人はオルガを何とかできると考えている。が、俺の不安な鼓動が鳴り止まない。


「それでは、無様に踊ってくださいな♪」


 まるで号令のように腕を降り下ろしたオルガは今までで一番闇の深い表情をした。

 合図に合わせて新たな魔獣が廊下を力強く踏み鳴らした。


「また幻か」

「もう幻想には騙されないわよ!」


 違う。こいつは……、


「Gyaooooo!」


 本物の魔獣だ。


「ちょっ!」

「嘘だろ……」


 咄嗟に後ろに飛んだ二人のいた場所を強く踏みつける魔獣。荒れ狂う相貌はけだものそのものだ。

 猛る魔獣は鋭い爪と剥き出しの牙で廊下の壁を打ち壊す。


「外だ、外に出るぞ」


 昴の指示と同時に外へ急ぐ。最後の颯介そうすけを引っ張り出してみると、そこは中庭だった。

 そして「どこに逃げるか」よりも先に行く手を魔獣が塞ぐ。


「Uuuu……」


 先回りした魔獣は低い唸りを上げて視界の俺たちを捉える。ヒールを鳴らしながらオルガが後ろの道を塞いだ。


「この獣が……。そこをどけ!」


 昴が怒声と共に造り出した氷柱つららを連続で打ち出す。ラグビーボールほどの大きさの氷柱は空を切り、体躯の大きい魔獣目掛けて飛んだ。

 しかき氷柱は魔獣の肉の厚い身体に上手く刺さらない。刺さった数本も十分なダメージにならなかった。


「くそ、相性悪すぎだぞ」


 昴は苦虫を噛み潰した表情のまま、無駄と分かりながらも氷柱を穿つ。

 魔獣は氷柱を身体の正面で受けながら前進する。一歩一歩が強く地面を踏み鳴らし、中庭の芝生は抉られた。


「Gaaaaa!」


 猛々しく吼えた魔獣は巨腕を振り上げ、怪しく光る爪を振るう。


「おらぁ!」


 昴が造り出した分厚い氷壁が魔獣の腕を受け止める。が、もう一度降り下ろされた腕は壁にヒビを入れ、三度目の攻撃で壁を破壊した。

 氷の壁の破片が飛び散ったとき、入れ替わるように紗耶が飛び出した。魔獣の鼻っ柱に鉄槍の一撃を降り下ろす。

 見事にヒットした切っ先も、紗耶は魔獣の身震いに力負けして投げられる。

 空中で二回転して着地した紗耶も苦い顔をする。


 昴も紗耶も魔獣一体に全く歯が立たない。次々と仕掛ける攻撃も魔獣の脚を止めることはできなかった。


「Gyaooooo!!」


 再度腕を振り上げた魔獣。昴が防御の構えを取ったが、出現した氷の壁には魔獣の巨腕を受け止められる厚さはなかった。


「くっ……!」


 壁が砕かれ、勢いで昴が吹き飛ばされた。


「昴、大丈夫? ……昴!?」

「心配ない、俺は大丈夫だ」


 強がる昴だが、颯介の支えがあってようやく立ち上がれるほどには疲弊している。その足取りは不安定だが眼はギラついている。


「離せ颯介。俺はまだ行ける」

向坂さきさかくん、もうボロボロだよ」

「そうよ、あなたは無茶をしすぎだわ!」


 押し通ろうとする昴を七海と恵梨香が引き留める。


「Guraaaa!」


 だが魔獣はこちらの事情も知らずに吼える。

 頼みの紗耶は魔獣との距離を保ちながらも、隙を突いて槍を突き立てる。だが、やはり魔獣には応えない。


「この……、これなら……」


 槍の切っ先を高く掲げると、三叉が変化していく。ぐにょぐにょと蠢く鉄は次第に形を留め、槌へとなった。


「これでどう!」


 紗耶はその変化に驚いた様子もなく、当たり前かのように鉄槌を振り回す。そして勢いのまま魔獣の脳天に降り下ろした。


「あいつ、もう魔術を使いこなしてやがる」


 颯介に支えられた昴が感心したように言った。どうやら紗耶は土壇場で覚醒した魔術を既に使いこなしている。

 武器を創造し、その武器を臨機応変に変化させる。それが紗耶の魔術らしい。

 魔獣の頭に叩き付けられた鉄槌。これは効いたはずだ。さすがに魔獣でも……、


「Guruu......AAA!」

「……嘘でしょ!?」


 怒った魔獣は激しく怒号を上げた。紗耶の一撃が効かなかった訳ではない。だが魔獣を倒すには不十分だった。

 奮い立つ魔獣に弾かれた紗耶は、大きく弧を描いて地面に落ちる。


「くっ、いったぁ……」


 腕を押さえた紗耶は険しい表情で歯を食い縛る。まさか腕を怪我したのか?


「Uruuu......」


 鼻息を荒くする魔獣は紗耶を獲物として見ていた。そして留めと言わんばかりに巨腕を上げる。紗耶の顔には恐怖と絶望が入り交じる。


「嘘、でしょ……?」


 紗耶の口からポツリと溢れる言葉。俺はそれを 背 中 で受け止める。


「この獣が……、紗耶から離れろぉ!」


 憤怒の叫びと共に紗耶を守るようたして立っていた。紗耶を守る壁になる。


「止めて王太郎! 逃げて!」


 紗耶は涙声で俺に叫ぶ。だが、そう簡単に逃げられるなら逃げている。これは俺にとっては簡単なことじゃない。


「うるせぇ! 俺は紗耶に守られてばっかりいた。なら、紗耶を守るのは俺だろ。――俺に守らせろ!」


 魔獣が力一杯顎を腕を振り上げる。大きな隙が生まれた。この際何だっていい。無我夢中で魔獣の喉元に拳を叩き込んだ。

 そして爪が俺の骨肉を切り裂くよりも早く、魔獣は音もなく霧散した。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 魔獣の姿は消えていた。残るのは魔獣の爪で荒らされた中庭の芝生だけ。

 そして身体の中から一気に力が抜けていく感覚が俺を襲う。立っていることさえやっとだ。


「……え? 昴、王太郎は何をしたの?」

「分からない、だが何かしたらしい」


 昴でさえ颯介の質問に答えあぐねる。

 一部始終を達観していたオルガもさすがに驚いたようだ。


「あら、これはまた奇妙な能力ですわね。跡形もないとは……」

「はぁ、はぁ……。どうだオルガ、驚いただろ」

「えぇ、これはわたくしでも予想できませんでしたわ」

「だったら大人しくあき……」


 「諦めろ」。俺が言い終わるよりも早く、オルガは無邪気に微笑んだ。


「GAruuu......」

「Gyaoooss!」


「……マジかよ」

「そんなのないわよ……」


 新たに現れた二体の魔獣。さっきの魔獣は2mほどだったか。今度は違う。明らかに3mを越える大型のサンショウウオ魔獣はヨダレを垂らして唸っていた。


「何をしていますの? さぁ、続けましょう♪」


 もはや恐怖とか絶望とか、威圧とか圧倒じゃない。言葉にならないやるせなさと、清々しいほどの滑稽さが溢れ出る。

 颯介の支えのなくなった昴は地面に倒れ込む。紗耶は傷口を抑えたまま眼を丸くする。七海は地面にへたり込み、恵梨香の脚は震えている。


「あ、あぁ……。あぁあ……!」


 やってやる……。何がなんでも殺ってやる! こうなりゃ自棄やけだ。


 破れかぶれな荒んだ感情が俺を突き動かすが、現実は変わらない。覚束ない脚を頼りなく一歩踏み出す。

 例えこの二体の魔獣を倒せても、オルガは次の魔獣を召還するだろう。次は三体か? 五体? 十体? ……どのみち無理だ。キリがない。


 無情な現実が俺を立たせていた激情の炎を掻き消した。脚に残る僅かな力が抜けていく。


「……無理だ」


 フワリと浮かぶような感覚のまま、俺の身体は前に倒れいく。

 そんな俺の身体を誰かが力強く支えた。


「おーおー、お疲れだな」

「……誰だ?」


 顔を上げると灰色の瞳と眼が合った。風が真っ赤の髪を撫でる。余裕を含む笑みと気だるげな声。


 間違いない。


れい……」

「お前らはよくやった方だ。後は俺に任せ……」


「Giyaaa!」


 零の言葉を遮遮るように奮した魔獣が雄叫びを上げた。零は舌打ちをして魔獣を睨む。


「おめー、俺が喋ってんだろーが」

「俺は大丈夫だ。自分で立てる」


 怒りを滲ませた零。俺が自力で立ったことを見届けると大きく肩を回す。


「Uuuuaaa!」


 興奮する魔獣が走り出した。地面を這うように駆ける魔獣。

 だが零はもっと速く動き出している。

 残像を残した零は魔獣の顔の横にいた。


「おらよっ」


 肉の厚い魔獣の顔に放たれた零の回し蹴り。それは魔獣の目玉が飛び出るほど食い込み、頭蓋を砕く音が鳴る。そのまま宙で身体を捻り魔獣を地面に叩き付けた。

 零は間髪入れずに足元の魔獣を踏み台にして高く跳び上がった。速く高く上がったならば後は速く強く落ちるだけ。

 落下で生まれたエネルギーを拳に乗せて、残り一体の魔獣を撃ち抜いた。

 魔獣の脂肪など関係なく、拳は確実に五臓六腑を打ち砕いた。魔獣はなす術もなく絶命。その口からは溢れ出た血と臓器の欠片が顔を覗かせる。


 その間僅か一秒。


「……凄い」


 誰かが呟いた。

 二体の魔獣を瞬殺した零には言葉も出ない。……次元が違う。

 魔獣を一掃した零は、改めてオルガに向き直る。

 オルガは探していた零が現れたことに喜びを隠せずにいた。その顔には嬉々とした色が満ち、笑い声が溢れる。


「零様……。やっと……、やっと会えましたわ!」


 そしてオルガの目の色が豹変した。

 おもむろに歩を進めるオルガ。異様な雰囲気に危機感を感じる。


「零! 気を付け……、っ!?」


 遅かった……。

 俺が首を捻るよりも早くオルガはそこにいた。

 零の懐へいきなり現れたオルガは最大の笑みのまま零へ飛びかかる。

 “大罪の魔王”たる零の油断を突いたオルガ。無防備の零は不意なオルガの出現に反応できていない。


 まさか……、ヤバいんじゃないのか……!?


「ヤバい、零――!」


「んん零っさま~~!!」


「……え?」


 俺の緊張の糸をオルガの猫なで声がほごした。それはもう聞いたことのないほどに甘い、胸焼けしそうな声音。

 俺を含めた一同は訳が分からずキョトンとする。


「零様! やっと会えましたわ! あぁ~零様!」


 大興奮で零に抱き着くオルガ。抱き着いたまま跳ねる騒ぐでかなり喧しい。

 肝心の零は至極面倒くさそうな顔をする。


「うぜーよオルガ。おら、離れろビッチ」

「あぁん。そんな冷たい零様も素敵ですわ」


 零はオルガの顔を鷲掴みにして引き剥がした。対してオルガはそんな扱いを受けても喜んでいる。

 とても奇々怪々な二人のやり取りを見守る。……いうより扱い方が分からず手をこまねいている。


「ちょっと太郎、零は何者なのよ?」


 七海を連れた恵梨香が尋ねてきた。これは本当のことを伝えるべきか。


「それはだな……、何と言うか厄介な事情があってだな……」


 言葉に詰まる俺をジト目で睨み付ける恵梨香。七海は顔こそ笑っているが眼が笑ってない。……七海さん怖いです。

 俺があたふた返答を探っている間に他の三人にも囲まれた。これがメディアに囲まれる芸能人の心地か。

 すると、ボロボロに破損された校舎から足音が聞こえた。


「お、いいタイミングですね」


 足音の主はおっとりと微笑みながら登場した。我らが副担任の香月こうづき先生は相変わらずニコニコしている。


「香月先生、どうしてここへ?」


 って自分で質問しながら俺は思った。


『事件解決は学園側の仕事じゃね?』


 ってね。Hahaha......。


 そんな俺の考えなど知らず、遅ればせながら登場した香月先生は戯れる零とオルガの元へ向かう。

 状況に置いてけぼりな俺たちは香月先生の行動を見守る。

 香月先生は顔面鷲掴みにされたままのオルガに語りかける。


「オルガさん、あなたが来ることは分かってました。私たち“ヤマト魔導学園”はあなたを歓迎します」

「ふぁら、ほへはおはひなおはらしれふはね」

(あら、それはおかしなお話ですわね)


 鷲掴みにされたままのオルガは訳の分からない言葉で答弁する。

 ……これじゃ会話にならねぇだろ。


「確かにオルガさんの言うことはもっともです」


 って通じるのかよ!


「オルガさんの学園滞在許可は申請中ですが、恐らく降りるでしょう」


 なぜか会話が成立し、香月先生は珍しく賢そうな大人の話をする。

 俺たちは言わんとすることが分からずに、互いの顔を見合わせて首を捻る。


「先生、状況が読めません」


 しかしこの空気を打破するのは真面目っ娘の恵梨香。今回は恵梨香の真面目さが吉となった。


「そうですね。まずはこの二人の紹介でもしましょうか。いいですよね朝臣あそんくん」

「先生がいいと判断したならいいんじゃないすか」


 それでは、と前置きを置いて俺たちに向き直る香月先生。


「まずは、新見にいみ れいくん。彼はあなた方のクラスメイトであり、“大罪の魔王”の一人です。ね、朝臣くん」

「そうそう。“怠惰の魔王”らしいぜ」


 無茶ぶりに何を補則すればいいのか分からなかったが、俺は適当な情報を補足した。


「あんたやっぱり知ってたじゃないの……」

「うっ……。そう怖いするなよ恵梨香。せっかくの童顔が台無しだぞ」

「それもそれで複雑な言われようだわ!」


 恵梨香は顔を赤くして食って掛かる。お前まずは驚けよ。

 紗耶や七海、昴と颯介は驚いた表情で零と俺の顔を交互に見る。そうそう、これが普通のリアクション。


「そしてこちらは“オルガ・ベロニカ”さん。この方も“大罪の魔王”です。ね、朝臣くん」

「そうそう。オルガも“大罪の魔王”……って、え?」


 零は“怠惰の魔王”だ。――うん知ってた。

 オルガの“魔導学園襲撃事件”の襲撃犯。――であり“大罪の魔王”なの!?


「「「……えぇぇぇぇ!!」」」


 俺たちの驚愕が協和した。

~キャラクター紹介~

渡 恵梨香

 149cm、35kg

 王太郎だけでなく、担任の二騎先生にも異議を申し立てるなど、怖いもの知らずの女子。根は真面目で自分の納得できないことには食って掛かるが、最後まで押し通す強情さはまだない。

 小柄な体格に童顔。お下げの髪形など容姿は高校生には見えない。

 王太郎とはウマが合わず、しょっちゅう喧嘩している。しかし理に叶ったことは受け入れるなど、寛容な一面も。

 ちなみに本編で苗字は未出。

 能力、現在なし。、

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