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高速の一手

~あらすじ~

 最前線に送り込まれた零は、休むまもなく初陣を迎える。そして戦いをこなす零だったが、彼にかけられた衝撃の一言とは……。

 (れい)が大尉に(半ば強引に)連れ出され一時間、二騎(にき)達のいる作戦会議室にはヘリからの映像が中継されていた。


「――――貴様らは確かに戦力としては申し分ない働きをしてくれている。だが、こと市街地戦においては不得手とするところなのは理解しているだろう?」


 第二拠点のある街の映像を見ながら二騎は語った。


 これまでの六人の弱点、それは綿密で繊細かつ圧倒的な戦闘力だった。

 それは市街地戦において露呈する問題だ。

 現在の六人の中軸となるブレアでは街ごと破壊するわけだが、確実に魔獣を掃討するには大雑把すぎる。魔獣は総じてしぶとく、崩れた瓦礫の中に生き残る個体は少なくない。今まではそれを補完すべく他の五人が逃した魔獣を倒していく、という作戦をとっていた。

 しかしそれでは効率が悪すぎる。


「――――その点において、新見は都市部の魑魅魍魎を生き抜いた男だ。

 まぁ見ていろ。見物だぞ」


 面白そうに笑う二騎は映像に注視していた。




 一方、第二拠点の上空で漂うヘリコプターは着地地点を失い右往左往していた。


「駄目です大尉! 街のどこに降りても針のむしろです!」

「ヘリポートになる建物もないのか!?」

「前の制圧戦での破壊が激しく、大きな建物は全くありません!」


 まともに着地する場もないほど破壊する、というのもブレアのもつ力だからこそ発生する問題でもある。

 大尉と操縦士は歯ぎしりをする。

 眼下で蠢く魔獣に戦慄を覚えながらも退くという選択肢はない。そんなただならぬ様子を察した零は、いよいよ腹を括った。


「ここでいい。扉を開けるぞ」

「馬鹿な、止めろレイくん。500メートルから飛び降りるなんて()()でもしないぞ!」

「俺は500メートルだろうが1000だろうが飛ぶんだよ。まー、死にやしねーって」


 大尉の制止を聞き入れない零は躊躇いなく跳んだ。

 みるみるうちに遠くなる零の影を見送る大尉は、新たな問題児が来たと頭を抱える。


「二騎とかいうやつは『映像を中継する』つってたな。見せ付けるもんでもねーが…………、やるか――――」


 空を切る最中、零の思考は故郷の街にあった。そこで目にしたもの、感じたもの、そして己の行く道と覚悟を抱く。

 眼下の群れは頭上からやってくる脅威には気付いていない。群れで蠢く黒い塊は瓦礫の街を貪り屠る命を探している。

 零はそんな群れのど真ん中に落ちると、その脚で大地を蹴った。

 落下の加速をその脚で打ち消し、さらにはたった一歩の跳躍で倍の加速を得た零は眼前の魔獣の群れへ飛び込んだ。

 その急襲に魔獣が反応したときには命は刈り取られている。

 人体の限界を越えた速度を乗せた拳は魔獣の身体を泡のように弾き消した。

 巨躯の魔獣は強い衝撃を脳天に加え容赦なく頭蓋を割られ、素早い魔獣はそれよりも速く体躯を砕きにかかる。魔獣の本能が鳴らすアラートは逃げを選択させるが、その悉くが丁寧に一体ずつ駆逐された。


「……凄い」


 上空からその様子を目の当たりにした大尉は感嘆と畏怖の声を漏らす。

 零は街路を縫うように駆け抜け、そこに跋扈する魔獣を殲滅していった。

 魔獣の四肢の間隙を縫って一体ずつを確実に粉砕する。

 潮風がまかり通る街は、瞬く間に魔獣達の阿鼻叫喚に包まれた――――。


「そらよっ!」


 掛け声と共に零が放った一石は弾丸よりも速くで水面へ直撃した。

 高々と水柱が上がり飛沫が街へ降り注ぐ。

 海へ逃れようと道を返した魔獣を追撃し、全ての魔獣の駆逐を遂行した。

 血生臭く目も当てられぬほど肉片の飛び散る街の様は、まさにこの世の終わりの絵図そのものだ。


「本当に一人でやってしまうんだね……」


 街へ降りた大尉は水平線を眺める零の背中に語りかける。その背中には魔獣の血液が染みており、赤黒く変色している。


「こんなの二十歳いかないガキにやらせることじゃねーだろ」


 零は振り返らずに嘲笑した。鼻をつく悪臭漂う血の髪を掻き上げると、その間から細かな肉片が落ちた。

 大尉は口に手を当て吐き気を飲み下し、返す言葉もなく押し黙ってしまう。


「別にあんたらを責めてるわけじゃねーよ。俺は()()()だってやってやるさ」


 零は視線を変えることなく吐き捨てる。


「そのことなんだが――――」


 大尉は言いづらそうに顔を歪ませ、零に頭を下げた。




 一方、ヘリからの中継で殲滅の一部始終を見ていたブレア達は言葉を失っていた。


「どうだ……?」


 したり顔で訪ねる二騎少佐は勝ち誇った様子だ。


「これは単純に凄いね……。僕達の中でもいない戦力だ。彼の獲得は大きいだろう」


 感嘆と分析を行ったブレアは拍手をした。孔明もそれに続き賛同の拍手を重ねる。

 しかしクロエとアイーダ、オルガの三人は映像から目を背けていた。数ヶ月の間、前線で魔獣を相手にしてきたとはいえ、少女である三人にとってはグロテスクが過ぎた。

 もといこの三人の戦闘スタイルではここまで血飛沫が舞い、頭から肉を浴びることはない。それどころか、直接手を下さない力を持つからこそ、あの阿鼻叫喚すら刺激が強すぎた。


「……まぁ多少刺激が強い映像ではあったものの、新見の実力に疑いの余地はない。それで全員構わないな?」


 そこにオルガの返事はない。だが、零に対して“異常”というレッテルを貼り、同時に“別格”という印象が刻まれたのも確かだ。

 吐き気と寒気をプライドで誤魔化しながら、オルガは顔を上げる。


「……構いませんわ。彼の性格は好みませんが、いいえむしろ嫌悪さえ覚えますが、一応の実力は認めて差し上げましょう」


 澄ました顔の裏で、背中には脂汗が滲む。

 アイーダもクロエも顔を上げ、同調したように頷く。


 アイリスはひたすら、我関せずといわんばかりに次のパンへ手を着けた。




 ――――零が最前線の部隊に加わってから四日が過ぎた頃、二騎少佐の隊が腰を据える港街には雨が降っていた。


「どうもこの雨は好かねーな。気温を下げるくせに湿度が高くて不快だ」


 朝食を口に運ぶ零は外を眺めてぼやいた。


「私は自身の能力の都合上、雨は歓迎なのですが、確かに湿度が高いと息が詰まりますね」


 相づちを打った孔明は零の向かいに座り、隣を着いてくるアイリスに席を勧めた。

 そして零が頬張る朝食の皿に目をやった。


「しかし、君はとても変わっている。ここで私達の待遇は思うがままというのに、他の軍人の方々と同じように質素な食を好むとは」

「栄養バランスやカロリーに関してはプロがマネジメントしたもんだからな。味も中々に悪くはない。タダでこんな飯が食えるというのはいいもんだ」

「本当に変わっているね」


 孔明は糸目を吊り上げて屈託なく笑った。


「しかし……、今日はなんだか静かだな」


 零は辺りを見回し、いつも慌ただしい食堂に人気がないことを悟った。


「もう1()5()()ですよ。お昼時はとうに終わっています」

「もうそんな時間だったか……。少しばかり眠りすぎたか?」

「君にとってはいつものことでしょう」

「……」

「…………」


 その後の二人の間に会話はなくなった。ただひたすらにアイリスがパンを食む音が小気味良く繰り返される。

 零は食べる手を止め窓の外を眺めていた。


 零は深々と降り続く雨に、一人の少女の姿を思い出していた。


 ――――白いセーラー服の襟から伸びるどす黒い肌の質感は今でも鮮明に残っている。

 少女は鎖骨から頬まで包む黒い染みにも負けず笑っている。

 目的は揃えど、そのための手段も理念も生き様も、何一つ零と同じものはなかった少女。最後まで強く気高く美しい生きた彼女が最後に残した願いは、今も零を突き動かす。


「私を   」


 そう言った彼女は――――。


「――――、……零?」


 遠くから響いた孔明の呼び掛けで零は我に返る。気が付くと手元のトレーの食は全て平らげられていた。


「あまりにも君が呆けているからアイリスが食べてしまいましたよ」


 時計を見ると長針が一周していた。


「あぁそうか……。冷えて堅くなる前に食っちまう方がいい。よく食ってよく育てよ。

 アイリス、お前今いくつだ?」


 零は優しく微笑むとアイリスの頭を撫でながら問いかける。

 アイリスは委縮し口を固く結んでしまうが、隣の孔明に促されると小さな口を少しだけ動かす。


「13……」

「にしては小さいな」


 零は掌に収まる大きさの頭をさらにくしゃくしゃにする。


「ここに来る前の生活を全て知っているわけではありませんが、アイリスも苦労を重ねている、ということですよ」


 孔明の補足に零は納得し、その頭から手を退けた。

 驚きと緊張で縮こまっていたアイリスは零から解放されると、その金色の瞳で零を見上げる。


「そー言えば千里はどこだ? いつもなら偉そうに命令してくるはずだが?」

「昨日も確認しましたが、千里とブレア君、クロエさんにアイーダ姉妹の五人は魔獣掃討に向かいましたよ」

「んだよ。俺らは置いてかれたのか?」

「私達はここの防衛任務中ですよ。この場は大尉が指示を出しています」


 話半分に零は椅子を傾け船を漕ぐ。そして四日前の晩にあった出来事を思い返す。

 それは第二拠点を襲撃した魔獣の群れを撃退したあと、大尉から発せられた言葉に端を発する。




 ――――そのことなんだが、他の六人には()()()()()を伏せていてはくれないだろうか。


「は?」


 他意はなく、純粋な疑問符が零の口から溢れ落ちた。


「君は魔獣に対する戦力の中でも特にイレギュラーなんだ。地方都市とはいえ人工が密集した場所での魑魅魍魎のサバイバルの生き残り……、ということは()()()()のだろう?」


 大尉が言い表そうとしていることはすぐに察した。その上で零は理解ができなかった。


「奴らは知らないのか……? “()()()()()()()()ということを……?」

「いいや……。彼らには“()()()()()()()()()という事実さえ伝えてはいない――――」


 次の瞬間、零は恐ろしい剣幕で大尉の襟を掴み手繰り寄せていた。大柄で筋肉質な大尉すらも抵抗できない力を込めた零は怒っている。


「それは誰の意志だ……?」


 激しく燃え上がる瞳に写った大尉は強く唇を噛み締める。


「私の意志――――」


 言い終わるよりも早く身体が宙に舞い反転した。

 背中から落ちた大尉はむせ返りながらも零を見上げる。


「もう一度聴く……。

 次は脳天から落とす……」


 その迫力に気圧された大尉は、叱られる子供のようにすくみ声を絞り出す。


「“軍”の……、それよりもっと“上”の意志だ」


 この答えに零がどんな行動をとるのかは図りかねる。だが、少なくとも大尉が宙を舞うことは二度はなかった。ただ零の足音が足早に去っていった。




 その日の晩のうちに零は二騎少佐の元を訪れた。

 ことのあらましを聞き、説明を求められた二騎は全てを語ってみせる。


「百々のつまりだ、貴様を始めとした“戦力”のほとんどが精神的に未熟なんだ。“人が化け物に”なんて異常を受け止めきれるも思っているのか?」


 零は頭で理解していながらも、納得はしきれていない。

 顔合わせのときに零が直に感じたことは、確かに二騎の指す“未熟”の一言に尽きるのだ。

 ブレアを除く全員がここに来るまでは殺人とは程遠い人生を送ってきたのだろう。“命を奪う”ということにおいて、どこか現実として認識していないきらいがあった。


「だがいつまでも秘密で通せる問題じゃねーだろ。傷が浅いうちに知らせる方がいいに決まってる。駄目なやつはさっさと去ればいいだけのことだ」

「そうやって分別できるのはお前の美徳、とでも言っておこうか……。

 しかし新見、この現実を知りながらここに来たお前は、この問題に口を出せるほど“通常”なのか?」

「……」


 零は返答ができなかった。

 零自身が生き抜いた故郷でのサバイバルで、零は常人の道から外れていたのだ。


「お前が経験したことは確かに不憫だと思うし同情だってしよう。何気ない日常の梯子を外されこんなところに来なくていい人生の方がいいに決まっている。

 そんな“当たり前の幸せ”を放棄して、魔獣と戦う道を行くお前が“異常”でないと、言い切れるのか……?」


 二騎の理論はかなり強引だ。零の懸念の方が正しいことは火をみるより明らかなことである。

 しかし二騎は、ここで他の一人でも欠けることを最も危惧していた。

 一人一人が貴重な戦力であり、その補填が今日ようやく叶ったのが現状である。その安定を、均衡を初日から崩されることだけはどんな手を使ってでも避けたかった。

 だからこそ、零のまだ未熟な部分に訴えかけ問題のすり替えをする。


「分かった……。今はその方針に従ってやる……。

 だが、約束しろ。いつか必ずあいつらに打ち明けろ。そうじゃねーと痛い目では済まなくなるぞ……」

「約束しよう。その忠告、胸に刻んでおこう……。

 あぁ……、本当に迷惑をかける」


 二騎の溢した言葉に零は少し驚いた。弱音とともに煙が消えていくが、きっと聞き間違いではない。

 まだ数日の付き合いではあるが、この女がこんな素直な弱音を吐くようには写らなかった。


「何なら降りても構わねーぞ」

「それが可能ならそうしてる。

 『あたしにもっと、戦える力があったなら』と考えずにはいられないんだ。

 あたしらしくないことを言っているのは承知している。だが、不可能だと悟る度にやるせなくなるんだ」


 自棄になってか、二騎の喫煙のスピードが増した。


「それは甘えだ」

「なに?」


 零の返答に、二騎は苛立ちを見せた。


「皮肉だが、こんな状況だからこそ言えることが一つだけある。らしい」


 零はそう言って人差し指を立てる。


「フィクションがノンフィクションになってんだ。ちょっとやそっとの“不可能”なんてなくなった。

 ってな」


 それを聴くと、今度は二騎が驚いたような顔をする。


「まさかお前の口から、そんな言葉が出るとはな……」


 二騎は闇夜を背景に笑みを浮かべる。

 ふぅと吐き出した煙は夜空に立ち昇り消えていく。

 その様子が、零の瞳には二騎の内包する危険を映しているように見えた――――。




 思うところあり、虚ろな視界の焦点を孔明に戻すと視線がぶつかった。

 和やかな糸目を吊り上げる瞳は、一瞬だけ鋭い眼光を放っていた。まるで零を観察しているかのようなその眼差しに苛立ちが募る。


 ――――どうしてお前は自分を侮りひた隠す?


 その一言を孔明に投げ掛けることは零の生涯でただの一度もなかった。


『緊急召集、緊急召集! “主戦力”の三名は直ちに作戦会議室へ集合してください!』


 耳をつんざく音割れした放送が緊迫を壊した。


「――――行くか」

「えぇ」


 席を立った零と孔明、孔明に手を引かれるアイリスはのらりくらりと歩を進める。

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