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Trouble Seed

~前回までのあらすじ~

 王太郎は突然、“魔王”である男子生徒と引き合わされ、そのお目付け役を任される。

 零の自由奔走さに振り回され、喧騒が一層大きくなる日常。

 そんな日常に『魔導学園襲撃事件』なる不穏な事件が各地で発生するが――。

「……あ゛あ゛あ゛」


 HRホームルーム前の朝の教室は、形成されつつある友人関係の喧騒に包まれている。俺はそんな青春の教室の一角で、机に突っ伏して呻き声を漏らしていた。

 俺の悩みの種はたった一つ。昨日の出来事しかない。

 何があったのか。

 一度、冷静になって整理しよう。






 ――突然目の前にいるボーッとした人間が、“大罪の魔王”だと言われても信じられない。

 だが、俺の思考回路は至って冷静だった。


「確か“大罪の魔王”は一〇年前、俺たちと同じ世代だったはずです。教員ならまだしも、学園の制服を着ているのはおかしくないですか?」

「なぜお前はこういうときには頭は回るのだ」


 二騎にき先生が七面倒臭そうに溜め息を吐いた。


朝臣あそんくん、それは複雑な魔力回路が関係しているのですよ」


 俺の隣にいた香月こうづき先生が自信ありげに答えた。香月先生の解説はまだ続く。


「真偽は不明ですが、一説には魔王レベルの魔力量ともなると、魔力回路からにじみ出た大量の魔力が他の器官に影響を及ぼしたものだ、と考えられています。実は私もこの説が有力だと考えていまして、元々人間にとって毒である魔力が視床下部などの機能を極端に低下させたために、通常の成長が出来ず、いわゆる“不老状態”にあると思われます。と言っても成長が遅いのか停止しているかは判断しかねます。なのでこの問題点においては、十分な観察によって徐々に解明されていく必要があります。もっとも、この症状は通常の魔導師には見られず、魔王特有のものだと思われます。一度身体を解剖バラして調べると、手っ取り早く判断出来るかと――」


 ただ一人饒舌に、長々と持論を展開する香月先生。もはやキャラが違いすぎる。ほんわか、おっとりした雰囲気の香月先生が、「ぐへへ」とか言っている。

 ……この人、変態だ。


「そいつは放っておけ。自分の分野の話になると人の話が聴こえなくなる」


 二騎先生が香月先生を見捨てた。

 一方の香月先生は、誰一人話を聴いていないにも関わらず熱弁している。誰も聴いていないことに気付いていない。


「簡単に言うと、『魔王の時間は一〇年前から動いてない』ってことだ」


 話題の張本人、魔王であるれいが簡潔にまとめた。

 香月先生の言っていることも理解出来ないが、やはり目の前の人間が“大罪の魔王”だとも信じらない。


「だとしても、やっぱり魔王が学園にいる意味が分かりません。学ぶことなんてないでしょうに」

「そのことに関しては私たちが説明しよう」


 治安魔導隊の水木みずき隊長の渋く、どすの効いた声が会議室に響く。


「君も昨日実感したように、学園にも魔獣は現れる。その他にも、未来を担う魔導師を育成する学園が、常に危険に晒されている。“怠惰の魔王”には、そんな危険から学園の生徒を守ってもらうために滞在していただいているのだよ」


 「恥ずかしながら、在中させるだけの魔導師の余裕がなくてね」と小さく笑った水木隊長。見た目から威圧気味な印象を持っていたが、意外に取っ付きやすい人なのかもしれない。


「じゃあ昨日の魔獣の群れを殲滅したのも……」

「新見だ」

「マジか……」


 さっき見てきた現場。人を越えた力を、あの滅びの現状を、目の前の飄々とした男が成したのか。


「だったら、現場に女の子がいなかったか? 真っ白のワンピースを着た、真っ白の髪の女の子」

「知らねー。一々誰がいたとか、誰を助けたとかキョーミねーから。……俺に言わせれば、お前だって『いたな、そんなの』ってカンジだし」


 零の冷めた言葉に返事が詰まる。


「じゃあ、俺はもう行くわ。また話があるなら呼べよ。気が向いたら来てやるよ」


 零はそれだけ言って会議室を出た。二騎先生は文句ありげに睨み付けていたが、決して引き止めはしない。


「おい、生徒A」

「朝臣です。何ですか先生?」


 二騎先生の呼びかけに、ちょっとだけ反駁しながら答えた。反撃のグーパンでも飛んでくるかと思ったが、音沙汰なし。この辺りはセーフラインのようだ。


「あたしは明日から数日、学園を離れる。もし新見が現れたら、香月と共に面倒を見ろ」


 二騎先生は真剣な眼差しで俺に指示する。


「それはクラス長としてですか?」

「新見の素性を知ったついでだ。他のやつには、あいつが“大罪の魔王”だということは知られるな」

「知られない方がいいんですか?」

「“大罪の魔王”は様々な本面に敵を持つぞ。お前がトラブル好きなら構わんが」

「死んでも内密にします」


 俺の返答を聞くと二騎先生は黙って会議室を出ていった。

 丁度暴走の熱の冷めた香月先生は、首根っこを掴まれて状況もよく分からないまま連れ出される。

 その後、俺は治安魔導師隊による簡素な聴取を済ませて会議室を出た。

 いつの間にか日は暮れ、夜の帳が降りていた――。






 その後は部屋に帰り飯を食い、紗耶といつも通りの他愛ない会話をして寝た。……のはいいが、紗耶さやとはいえルームメイトが女だと落ち着かない。寝不足のまま起きて飯を食い登校して、ご覧の通り現実をやっと実感し、事の重大さを理解した。

 もう踏んだり蹴ったりというか、ついてねぇ。

 今日の空は雲一つないブルースカイ。気が合うな青空よ、俺もブルーだ。


「お前は朝から何て顔してんだよ」


 そういって悪態を吐き、隣の席に座ったのは同級生の向坂さきさか すばるだ。昴と相部屋の篠沢しのざき 颯介そうすけも横に座る。


「お前らは相部屋が男同士でいいよなー」

「そういえば、王太郎おうたろうのルームメイトは宇佐美うさみさんだったね」

「いくら幼馴染みでも気が休まらねぇ」

「休めるほど気は使ってないだろ」

「相変わらず昴は辛口だな」


 こんなやり取りをしても悩みは解決しない。


「くっそ、何で紗耶のために俺が寝不足になんなきゃいけないんだよ」


 机に突っ伏したまま誰にも聴こえないようにボヤいた。しかし、小声の呟きすら聞き取る動物的聴覚の持ち主がいる。


「王太郎、呼んだー?」


 ひょこっと机から顔を覗かせた紗耶は、今朝一緒に登校し、今の今まで友達のところへ行ってたはずだ。神出鬼没だ。


「呼んでねぇ、つかお呼びじゃねぇ」

「むっ、なんと!」


 仏頂面で適当に返事をしたら、紗耶にチョップで返された。地味に痛い。


「あはは、紗耶は本当に仲がいいね」


 聞き覚えのない女の声が俺たちのやり取りを笑った。見せモンじゃねぇ、と抗議しようと振り向くと、その女子生徒は意外にも近かった。


「本当に付き合ってないの?」

「止めてよ七海ななみ、付き合ってないって」


 七海ななみと呼ばれた女子生徒は笑いながら紗耶をからかう。

 一通り紗耶をいじった七海はポニーテールを揺らして俺の方に向いた。


「どうもー、私は“米谷よねや 七海ななみ”、よろしく王太郎くん」


 そして目元で横向きピースサインをしてポージング。こいつモデルか? と勘違いするほどには様になっている。


「おう、よろしく。ちっこいのが颯介、横の“イケメン風”が昴」


 俺の悪意のこもった紹介に颯介は苦笑いをしながらも調子を合わせ、昴は“イケメン風”が気に入ったのか爆笑しながら挨拶をする。


「“イケメン風”って……、ファミレスのメニューかよ」


 普段はクールな昴が爆笑している。こいつのツボが分からん……。

 そんな昴を横目に七海ははしゃぎっぱなしだ。


「紗耶~、王太郎くんなかなか面白いね。顔も悪くないときた……。付き合ってないなら私が貰っちゃうよ~」

「別に私の許可はいらないわよ」

「またまたそんなこと言って~」

「だから違うって!」


 おぉ、珍しく紗耶がいじられておるぞ。紗耶が押し負けるとは、七海はかなりエネルギッシュだ。

 紗耶は一通りいじられると七海から解放された。


「キャラの濃い友達だな」

「気は合うんだけど、七海はスイッチが入ると止まらないのよ」


 疲弊した紗耶はぐったり気味だ。

 七海は相変わらずハイテンションで昴と颯介に絡んでいる。


「七海! あなたうるさい!」


 騒ぐ七海を叱る女子がまた一人現れた。

 聞き覚えのあるトゲのある口調に、お下げの黒髪。何より俺を敵視する視線はあいつだ。

 “イノチ・シラズ子”(仮名)。

 本名は知らないが、やたらと俺と二騎先生に突っかかってくるので、勝手に名前を付けてやった。


「酷いな、恵梨香えりか。ほら、恵梨香もこっちきて友達になろうよ」

 “イノチ・シラズ子(仮)”もとい恵梨香と呼ばれた女子生徒は七海に狙われた。しかし恵梨香は、手慣れたように七海のハイテンションなウザ絡みを上手にあしらう。


「別に構わないけれど、私はあなたがクラス長なんて認めないわ!」


 やっぱり俺に噛み付いて来やがった。そういう目付きしめたもの、分かってた。


「俺だって好きで任命された訳じゃねぇよ。何なら変わってやりたいくらいだ」

「だったら辞退したらいいじゃない」

「あの先生に抗議が通じると思ってんのか?」

「あなた男でしょ、根性見せなさいよ」

「お前だって二騎先生に威圧されてたじゃねぇか」


 何が嬉しくて初対面の女子に罵られなきゃならんのだ。しかしまぁ、反論している俺も俺か。


 ……だってこいつの言い方腹立つもん。


 対する恵梨香は、俺に図星を指され耳まで赤くする。


「うるさい“太郎”! あなたみたいなホゲッとした人にクラスの代表なんて任せられないって言ってるの!」


 イラッ、っと来ましたよ、今の言い方は。仏のように寛容な俺でもさすがに我慢の限界だ。


「うるせぇ、この、チビが」


 ポロっと口を突いた言葉だが、一応気の効いた俺は小声で呟いた。

 ……が、それを聞き逃さないやつがいる。

 言わずもがな紗耶だ。


「王太郎、人の身体的特徴をなじるのは止めなさい」


 至って冷静に叱り付けてくる紗耶だが、言葉より速く拳が俺のみぞおちをヒットしていた。


「……すまん」


 消え入るような声で謝罪する。

 俺は恵梨香には謝ってないからな! 紗耶にだからな!

 心の中でカッコ悪い言い訳をしていると、また一人教室に入ってきた。

 普通ざわめくクラスなら気付かっただろうが、今度の人間は一味違った。

 独特の鼻を突く生臭い臭い。飄々とした足取りと人を小馬鹿にしたような微笑。

 その男は行き場に迷う素振りも見せず、真っ直ぐに自席を見つけて座った。

 両足を机上に投げ出して船漕ぎをする。狭い空間で器用にバランスを取る男はうたた寝し出した。

 彼が“怠惰の魔王”こと、新見にいみ れい。もちろん他の生徒はそのことを知らず、一見してただのサボり魔。

 サボり魔とくれば、噛みついてしまうやつがいるじゃないか。


「ちょっとあなた、何なのよその態度は! それに今まで授業に出ずに何してたのよ!」


 零に怒鳴り付ける恵梨香はかなりお怒りだ。真面目なのは構わないが、相手を選んで貰わなければ困るのは俺なんだよな……。

 出払っている二騎先生にお目付け役を任された俺がフォローせねばならぬ。事態が悪化するのは何としても防がなければ。


「落ち着け恵梨香。何か事情があったのかもしれないだろ? な、零?」


 ここで零が察して口裏を合わせてくれれば何とかなる……。


「あー、そーだな……。お前誰だっけ?」

「この野郎、いい加減覚えやがれ!」

「ちょっと太郎、知り合いなの」

「うっせぇ、太郎言うな!」

「王太郎は昔から“太郎”って呼ばれるとキレるんだよね」

「お前ら朝から静かにしろよ……」


 口々に色々ガヤガヤと……。もはや収拾のつかない無法地帯だ。

 お手上げで、事態の行方を俯瞰しているとチャイムが鳴り、副担任の香月先生が入ってきた。


「は~い、皆さん着席してくださ~い」


 香月先生の指示で収拾は着いた。各々の席に戻るとき、恵梨香が鋭い眼光で睨んでくる。


「二騎先生は出張されているので、今日の訓練は私が見ますね~」


 など、諸々の連絡事項を読み上げる香月先生。その最後に気になる連絡をした。


「それと、最近ニュースでも取り上げられている『魔導学園襲撃事件』ですが、本校も起こりうる可能性は十分にあります」


 その報告にクラス中がざわめく。


「本校では最先端のセキュリティーを取り入れ警戒しています。襲撃されることはありませんが、避難の際には落ち着いて行動してください」


 話を纏めた香月先生は礼をして出ていく。


「なぁ紗耶よ、『魔導学園襲撃事件』って何だ?」

「私も分かんない」


 二人で首を捻っていると、隣の席の颯介が答えた。


「世界各地にある魔導学園が、何者かは分からないけど魔導師によって襲撃されているんだ。死者は出てないけど怪我人が多くて……、最近のニュースはこの話題で持ちっきりだよ」

「そうなのか、ニュース見ねぇからな」

「王太郎がバラエティーばっか見るから」

「お前もノリノリで見てるじゃねぇか」

「あはは、二人とも仲いいね」


 そして始まった今日の授業。日向の座席はポカポカして心地いい。……また午前中の授業を寝て過ごしてしまった。

 昼休みに零の席を見ると、そこに零の姿はなかった。

 ……俺は呑気に昼飯を食べ、午後からのことに考えを及ばせていた。


 ――まさか『魔導学園襲撃事件』が起ころうなんて、誰が考えるだろうか?






 ~少し時は遡り前日の夜~


 赤く回るランプに鳴り響く警報器。「シベリア魔導学園」は緊急事態に陥っていた。

 襲撃された学園は教員、在中の魔導師全てを動員して襲撃者の迎撃に当たる。が、誰一人として歯が立たない。

 たった一人の女性襲撃者は露出の高いドレスを身に纏い、大きく割けたスリットから白い素脚を覗かせる。

 長い銀髪はサーチライトに照らされ、光を呑み込み一層眩しく瞬く。


「あーあ、ここもハズレですわ」


 襲撃者は少女のように唇を尖らせた。


「何が、目的だ……」


 襲撃者に屈した魔導師の一人が語りかける。

 襲撃者は蔑むように魔導師を見下し、ゆっくりと瑞々しい唇を動かす。


「人探しですわ。あなたは知ってますの? わたくしの“思い人”の居場所」

「一体誰を」

「うふふ。“新見 零”様」


 その名前を聞いて、魔導師の顔は青ざめた。その居場所は一部の人間しか知らないトップシークレット。不幸にも、その魔導師は居場所知ってしまっていた。


「知ってますわね? ぜひともわたくしに教えてくださいまし」


 襲撃者は満面の笑みで問いかけるが、行いは非道。

 魔導師の腕を 曲 が っ て は い け な い 方 向 に曲げて回答を促す。

 声にもならない声で居場所を吐いた魔導師は、白眼を剥いて意識をなくす。


「うふ、うふふふふふ……」


 居場所を知った襲撃者は嬉しそうに微笑み、高いヒールで軽快なステップを踏む。

 その笑顔に狂気はなくなり、恋する乙女の表情だ。首に巻いたファーに顔を埋めた彼女は、速まる鼓動を抑えられなかった。


「今行きますわ、零様」


 踏み出した次の一歩はシベリアの大地に刻まれることはなかった。

 襲撃者はその場所から、綺麗サッパリ姿を消した。

~キャラクター紹介~

 篠崎 颯介

 160cm、45kg

 高校生にしては小柄で、一見小学生と見間違うほど童顔。

 常にルームメイトの昴と行動をともにするが、歩幅が合わないため小走りに近い形になる。また、他人にたいして細やかな気配りができるが、気を使いすぎてありがた迷惑となることも多々ある。

 小学生のころからサッカーをしていたため、思いの外体力と素早さはある。

 能力、現在なし。

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