道
~あらすじ~
決意を新たにした王太郎は夢から覚めると、そこに二騎がやってくる。王太郎が眠っている間の変化をかみしめると、そこに意外な訪問者が現れて――――。
――――夢から覚める。それは極めて当然のことでありながら、これほど心燃える寝覚めは珍しい。夢の中でクロエに向かい宣言した覚悟は確かに俺の中に存在している。
今、確かに自分の意思で身体を起こした。一度目覚めてからどれほど眠っていたのかは定かではないが、窓から見える景色から目を背けはしなかった。
窓の外にはコンクリート造りの建物が二三と、大きく開かれた中庭が見てとれる。ところどころに古さがちらつくが、汚いという印象は受けない。それどころか清潔ささて感じられる。今いるここがどこからの大きな病院であることは容易に推察できた。
上半身だけを起こし、中庭に行き交う人々を見下ろす俺は、己の身体の感覚を探っていた。
どこにも大きな痛みはなく、精々寝違えたであろう首筋の痛みしか感じられない。その他は万全の状態であり、今すぐにフルマラソンくらいは完走できそうだ。
……フルマラソンは言いすぎた。ハーフマラソンは完走できそうだ。
何はともかく、この快調さえクロエの魔術の恩恵なのだろう。万全な状態の身体へ焦点を合わせて“時間を巻き戻す”ことで治療を行っている。そしてクロエから聞いていた“遡逆”の魔術が持つ再生のリスクについても今回も問題はなく、先ほど述べたよう不調はない。
しばらく平穏な院内の中庭を観察していると、病室の引き戸が開いた。
「……ようやく目を覚ましおったか馬鹿者」
「二騎先生……、いきなり辛辣ですね」
「貴様も寝起きの割には生意気にも清々しい顔つきだな」
そういって毒を吐く二騎先生は窓際に回り椅子に座った。
そして窓を開け放つと、いつの間にか咥えていた煙草に火を着けた。空いた左手で携帯を操作し、一瞥たりともこちらには寄越さない。
「あの、ここ病室なんですけど……」
「お前が黙っていれば誰にも知られん、だろ?」
そんな二騎先生の眼差しには有無を言わせぬ眼光が宿っていた。それは正しく百獣の王。
「ハイソウデスネ」
そして俺はか弱き小動物といったところか……。
「まぁ、それほどの元気があるならいい。外傷含めて精神的にも参ってた様子だったからな、今回は勘弁してやるか」
そういって二騎先生は短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けて仕舞った。
先生の話のように、俺は目覚めただけでもかなりの幸運なのかもしれない。外傷もさることながら、自分のことながら心が壊れかけたというのも承知している。
「それで、俺はどれくらいの間眠っていたのでしょうか?」
「五日だ。五日前の昼前に倒れて丸五日眠っていた」
「他の皆は……?」
「負傷者も多いが、あれ以来死者は出ていない。これは奇跡的と言っても過言ではないな」
正直あたしも驚きだ。と先生は付け加える。ついでも煙草も咥える。先生が言った『あれ以来』というのは、“ReKindle”による一回目の襲撃のことだろう。
そして続く質問は、なかなか素直に口から出て来なかった。答えを知りたくもあるし、聞きたくもない問いかけは、言葉を濁すことでやっと口を吐く。
「――――それで、その……、あの後どうなったんですか……?」
二騎先生は質問の意図を深く聞かず、まだ半分以上残っている煙草を灰皿に押し込んだ。
「そのことに関してはあたしではなく他のやつに答えさせよう。仔細詳しいやつをすでに呼んである」
そういって先生は携帯をちらつかせる。入室のときに連絡していたのか。
そして二騎先生の言葉で指し示したかのように引き戸が開いた。
部屋に入ってきたのは魔獣となった紗耶を追って行った張本人、新見零である。
「丸五日寝込んで傷の回復、か。たいした生命力だ。ゴキブリだな」
入室するなり悪態を吐く零は椅子には座らず、無愛想なまま傍らに佇んだ。
「新見、先も伝えたがあいつについての情報共有を行う。お前の持っている情報を全て出せ」
「相変わらず千里は横柄なこった」
零はやれやれと溜め息を吐く。そしてまた一息おいて重々しく口を開いた。
「結論からいうとあの魔獣は生きている」
「――――っ!」
その一言で俺は安堵した。普通なら謹むべき感情だが、俺の心のつっかえがすっと落ちていく。
「あの魔獣の発生直後、討伐に当たったが逃げられた。やはり恐るべきポテンシャルを持っていた、と言わざるを得ない」
「……」
それと同時に、“怠惰の魔王”たる零にここまで言わせる力を持つことに驚きを禁じ得なかった。俺の記憶にあるかぎりで、そういった印象は受けなかったからだ。精々技を覚えたての子供のようで、その技の規模こそ凄まじかったが“魔王”に一泡吹かせるほどではなかったはずだ。
「あれは今も恐るべき速さで成長しているのは明らかだ。それに日本という国の中に放たれたということも考慮して、世界評議会ではすでに早急な討伐の準備が始まっている」
零から伝えられる情報はすでに吉報から凶報へと変わっている。今まさに“世界”が紗耶に牙を向こうとしている。
「評議会はこの人型の魔獣を“鉄処女の魔獣”と命名し、“鉄処女の魔獣”討伐のために所在の調査と魔王召集の手続きをしている。といったところか、俺の知る限りは――――」
そこで零は話を切った。二騎先生は涼しげな顔で頷くが、俺は理解に苦心した。
零はそんな俺に視線を向けてきた。
「お前は“鉄処女の魔獣”を殺れるか?」
その問いかけは、逃げを許さぬ明確な回答を要求してきた。
俺には、クロエに背中を押されて持ち出した答えがあった。
「それは……、できない」
それを聞いた零は怪訝な顔をした。
「俺が言ったこと覚えてるか?」
零の言葉が指し示すのは、かつての『全ての命』に対する覚悟のことだろう。俺の心に刻まれた言葉を思い出し噛み締める。
「……もちろんだ」
「それを覚えていての返しなら、やっぱりお前は」
「――――ただ!」
零の言葉を遮る。
「紗耶は、紗耶だけは諦めない……」
「その先に道がなくとも、か?」
零はいつにも増して低い声色で問いかける。真剣な眼差しと深い問いかけに、まるで心臓を掴まれるようだ。
しかし、俺とてここで引く程度の覚悟ではない。相手が正面から問うのであれば、俺も正面から示すだけだ。
「“諦めない”
それが俺の行く道だ」
「例えそれが人の踏み込むべきでないの修羅の道であってもか?」
「もちろんだ。不可能はない。
……魔術なんてフィクションが現実になったときから、不可能すらもノンフィクションなんだ。……きっと」
二騎先生が生唾を飲む音が聞こえた。それほど銃口を向けられたような緊迫感を再確認し、なおを引くつもりなどはなく、正面から向き合う。
“魔王”の威圧と向き合い幾何の時が過ぎた。ほんの僅かな数秒がいつまで続くのか、と思った途端にその瞬間が訪れる。
今までの刃物のような威圧がフッと霧散し、いつも通りの掴み所のない雰囲気が漂う。
「なるほど。それがおめーの“道”か……」
どこか遠い目をした零は、心なしか微笑みを浮かべているようにも見える。しかしその表情もすぐに移り変わる。
「あぁ……。夢の中で後押しされたんだ」
「おかしな夢を見ているんだな」
二騎先生が微笑みながら茶化してくる。
「嘘かと思われるかもしれないですけど本当なんですよ。夢の中でクロエって女の子に励まされたんですよ」
「……おかしな夢もあったものだな」
「ほんとそうなんですよ。『世界樹の下がなんとやら』って言ってて――――」
「っそ、そうか。よく眠っていたんだな」
「……?」
二騎先生はなぜか歯切れが悪くなる。
「……なるほどな」
「……零?」
そして零も何か考えて事をしている。
「よし、じゃー俺のやりたいことは終わった。それに気になることもあるからな……。
じゃーな!」
が、すぐにスイッチを切り替えると飄々と部屋を出ていった。
「どうしたんだ一体……」
さっきまでの緊迫感が嘘のように去って行った零に唖然とする。そして同時に“魔王”としての零の覚悟に尊敬の念を新たにする。
二騎先生は落ち着きを取り戻した部屋で再び一服する。
「新見が他人の覚悟を認めるとは珍しいな」
「そうなんですか?」
「それはもう極々稀にしかないな。過去には反りが合わずに他の“魔王”と殺り合ったことだってあるくらいだからな」
「……そんなにですか」
そんなことを改めて言われると寒気がする。何が許されたのかは分からないが、何か気に触っていたならこの場で一戦交えていたのかもしれない。
「そうだな……。これもいい機会だ。少し昔話をしてやるから付き合え」
そう言った先生は吸い殻を携帯灰皿に押し付けた。
手近な椅子を窓際に引き寄せ腰を据える。しなやかな脚を組み、サッシに肘を置くと次の煙草を咥えた。
いきなりどうしたんだと思うが、先生は明らかに機嫌がよさそうだ。素直に話を聴いてみるのも面白そうだと思った。
「むかーしむかしあるところに――――、
具体的に言うと10年前の対魔獣戦線の最前線にそいつは現れた――――」




