君をさらわせない
~あらすじ~
王太郎と紗耶の前に立ち塞がる孔明は言葉もなく威圧をする。
本気を見せる孔明に、王太郎たちはそれでも立ち向かうが……。
「死になさい」
劉孔明の雰囲気は、その一言を境に激変した。
無言で頬を擦る佇まいだけでも、遺恨とか怒気とか殺意とか、そんなもの全てを複合した威圧感があら。有り体に言うなら、
”怖い“
というやつだ。
正直に言うなら、全てなかったことにして失踪したい。しかしそれは出来ない。
まず第一に過去を変えることなど不可能だからだ。これは至極当たり前のこと。
そして第二に俺がここで逃げれば、紗耶を守れない。俺は紗耶を守るために力を振るう。紗耶を守る盾となり、紗耶の代わりに命を討つ刃となる。
俺は一人でに拳を握り締めていた。爪が食い込み血が滴る。
「大丈夫、大丈夫……。私たちなら大丈夫だよ、王太郎」
すると俺の拳を紗耶の手が包み込んだ。
するりと力が抜けていく。
紗耶は自分に「大丈夫」と暗示をかける。それが俺に伝染したのか、俺も大丈夫な気がしてきた。
大丈夫、俺たちなら大丈夫――――。
紗耶の手を包み返すと、ふと視線がぶつかる。
「「大丈夫……!」」
重なった声が力になる。
それと同時に孔明は地を蹴り駆け出した。
初めての孔明による攻勢が始まる。
溢れる水流に身を預けた孔明は、水と一つになり、のたうち回る水流を手足とした。
螺旋を描く激流の四肢が俺たちに狙いを定めた。
「当たるのはまずいな……!」
俺と紗耶は水流のドリルをかわし続ける。しかしドリルが地中の水道管を穿ち、辺りには水が溢れていた。
「くっ……、動きが鈍る……!」
足首まで水に浸る中、孔明の攻撃を避け続けるのは至難の技だ。紗耶でさえ苦言を漏らした。
しかし転んでもただでは起きない女、それが紗耶だ。孔明の猛攻の間隙を突いて反撃を試みる。しかし鉄槍や鉄剣では孔明に傷を付けることは能わない。
だからこそ、俺も手を伸ばしす。僅かでも孔明に触れることが出来るなら、孔明の本体を捉えることが叶う。その瞬間こそが俺たちの勝機だ。
しかし中々届かない。
「くそっ! 今一つ押しきれねぇ!」
俺は歯痒さを感じながら、手を出しあぐねていた。
なぜなら、下手に孔明に手を出そうものなら水流に身体を刻まれる。かつて孔明に手足を切り落とされたときは復活したものの、粉微塵にされてはそれも出来まい。不確定な要素に賭けることは出来ない。
そうやって戦況が孔明に傾くと、瞬く間に場を制圧された。
穴だらけの地面に吹き出し止まぬ噴水、辺りに広がる水面は俺たちの足を鈍くする。それに加えて孔明は文字通り水中に身を潜め好機を伺う。
「攻撃が通じないってだけでも厄介なのに、地の利まで持ってかれたら戦いようがないわね……」
「すまない、俺があいつを捉えなきゃ始まらねぇのは理解しているんだが、上手い具合に避けられてる」
俺と紗耶は互いに苦境に対する分析を行う。だが良案が立ち上がることはない。
作戦は依然”俺が捉えて一気呵成“に尽きる。
(これじゃジリ貧だな)
そして孔明の奇襲が始まった。
俺の足元の水が沸き立つと、次の瞬間には噴き上がる。
「うおぉぉぉ!」
天に昇る水に押し出され、俺の身体は舞い上がった。
「王太郎!」
驚いた紗耶の視線が上に上がると、次は紗耶の足元の水が蠢いた。重力や物理法則を無視した水流が紗耶を包み込み、紗耶は水球の中に閉じ込められる。
「ごぼぉっ! だべぶぶぁ!」
水中でもがく紗耶は次々と武器を錬成し抵抗する。しかし水球は乱れることなく紗耶を捕らえる。
そんな不動の水球の中で、視認できるほど不自然に動く流れがあった。その流れは影を描き人形に収束した。
「貴女はそこで見ておきなさい。今から彼を串刺しにしましょう」
紗耶に囁いた孔明は柏手を打ち水流を操る。
水面は渦巻き一つの細い線となる。それが天に飛び立つと真っ直ぐに俺の元へ迫ってくる。
「くそっ! たれぇ!」
握った拳をがむしゃらに振るうと、水の槍は弾けた。水滴が頬を撫でるが傷にはならない。
水槍は第二打、第三打と続けて放たれる。十数発の槍を迎撃するが数発を打ち漏らした、
水槍が身体を貫き鮮血が舞う。痛みを噛み殺し、真っ直ぐに紗耶の元へ落下する。
「紗耶から離れろぉ!」
落下の勢いを乗せた正拳は今までで最高の破壊力をもって、水球を破った。
孔明は直撃の前に後退し、俺は見事に水面に打ち付けられた。
「ごほっ! ごほっ!
……大丈夫王太郎!?」
咳き込んだ紗耶に抱えられて俺は膝で立つ。両腕で身体を支え、被った水を身震いで振り払った。
「相変わらず捨て身の戦法、そして五体満足溌剌としているとは……。人の生命力は見くびるものではありませんね」
水上に革靴で立つ孔明は、水気のない燕尾服についた埃を払う。その眼差しはこちらを向いてこそはいないが、まだ殺意はひしひしと感じられる。
ひとしきり服を整えると、糸目でこちらを睨む。
異様とも言えるオーラはさらに濁り、放つ威圧は留まるところを知らない。
(まだ底じゃないのか……)
遠方で鳴った雷鳴すらも忘れるほどのプレッシャーに息を飲む。
俺を支える紗耶の手も小刻みに震えるのがよく分かった。
しかし迷いはない。
大丈夫なのだ。
俺たちなら大丈夫なのだ。
「ご託はいい! 仕留め損なったなら来いよ魔王!」
俺が啖呵を切ると孔明もそれに答えるように駆け出した。
水上を走る孔明は右腕の水流を加速させウォーターカッターの要領で近接武器とした。
「ぬん」
間合いに入った孔明が右腕を振り上げると同時に俺は膝で身体を持ち上げた。そのまま倒れ込むように前に出る。
「チェスト!」
そして水中で右手に隠し持った鉄剣を孔明に突き立てる。
顔に返る血に目を瞑るが手応えあり、だ。
「ぐ……、がぁぁぁ!」
しかし同時に激痛が俺を襲う。
「王太郎!」
咄嗟に武器を両手に構えた紗耶は孔明に食って掛かる。
孔明は右腕で紗耶の武器を容易に切断するが、紗耶も負けじと武器を錬成する。十を越える攻防の内に俺は戦線を一時離脱する。
右肩を押さえていた手を見ると、掌が真っ赤に染まっている。しかし腕の感覚はまだある。動かない訳じゃないならまだいける。
気を取り直し立ち上がると紗耶の元へ駆け付ける。
「おらぁ!」
「せいやっぁ」
俺と紗耶が二人がかりで孔明を相手取るが、孔明は徒手戦でも引けをとらない。
紗耶の鉄槍を掻い潜り掌底を打ち込み、俺の蹴りをかわして水圧を放つ。
俺が与えた傷など感じさせない動きは適格だった。
対して俺も紗耶も疲労とダメージのために動きが鈍くなる。
「一旦距離を取るぞ……」
近接戦の最中、小声で紗耶に耳打ちする。
「ならばそうして差し上げましょう」
しかし俺の耳打ちが聞こえたのか、孔明の動きが変わる。孔明は水面を手で打ち付けると水面が弾けた。
「ぐぅっっ!」
「うわっ!」
吹き飛ばされた俺と紗耶は水に落とされ悲鳴を上げる。
孔明の追撃に備えて受け身を取り、二人とも武器を構えた。
「魔術勝負から素手喧嘩勝負に持ち込んでも勝ち目が見えねぇ……。こうなったら本格的に零が来るまでの持久戦しかないか……」
髪から滴る水滴と纏めて汗を拭い紗耶に作戦変更を持ちかける。
だが紗耶は二つ返事はしなかった。
「上手く行けば、私の仕込みが回るはず……」
俺に語りさけるてない紗耶の呟きは空中に消えた。
紗耶は鉄棍片手に不適に意地悪に微笑んだ。




