表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/82

Jast a Jast

~あらすじ~

”嫉妬の魔王“である劉孔明と退治した王太郎と紗耶は花火大会の一夜を思い出していた。

退くことはない。立ち向かい、降りかかる猛火を越える。二人に宿る想いは力となり、孔明との戦いが始まる。

 ――――時はやや遡り、新見にいみれいが決着をつける数分前。


「「行くぞ魔王!!」」


 勢いよく啖呵を切った俺と紗耶さやは、りゅう孔明こうめいに対して先手を取った。

 身体を液状化する魔術を使う孔明にはいかなる物理攻撃をも受け流されてしまう。

 しかし俺の魔術だけは例外だ。孔明の液化する魔術を”相殺“して本体を殴る。俺にならそれが出来る。


「まず俺が前に出る。フォローは頼むぞ!」

「フォローって液体相手に何が出来るか分かんないけど……、王太郎も出過ぎないでよ!」


 前に出る俺とは対照的に、紗耶は立ち止まり防具を錬金して孔明の反撃に構える。


「よせ朝臣あそん宇佐美うさみ! お前ら二人ではその男には敵わない! 死にたいのか!?」

「今は退いてください! 新見くんが来るまで待ちましょう!」


 二騎にき先生と香月先生は俺と紗耶を引き止めようと声を荒らげるが、ここで止まれはしない。先生の制止を振り切って孔明を拳の射程に捕らえる。


「先手はいただくぞ!」

「そんな簡単な相手と侮らないで頂きたい」


 孔明は顔色を変えずに右腕で空を凪いだ。腕の軌道には水が滴り、腕が波打ち、それが大きな”流“となった。


「……っくぅ!」


 呻き声と共に水圧に押され、俺は壁に身体を打ち付けられた。

 この水流・水圧、彼の日の惨敗を忘れることなど決してないが、それを度外視しても桁外れの練度だと身に染みる。


「おや? その程度の威勢ですか?」


 孔明は続いて左腕を払い倍の水流をけしかける。勢いを増した水流は唸りのたうち、俺へ目掛けて一直線に襲いかかる。

 このまま豪流が壁にぶつかるなら、制御を外れた水量が部屋中に溢れるだろう。そんなことがあるなら、俺や紗耶のみならず先生たちが濁流に呑み込まれることになる。


「紗耶!!」

「えぇい! こう言うことかー!」


 紗耶は半ば自棄気味に盾を錬金した。それもただの盾ではない。水流を受け止めるように反り返した盾は、一見すると杯のようでもある。

 うねる水流を杯が受け止めると、次は水流の行き先を塞ぐように次の杯が錬金される。同じことを三度続けると、大量の水を封じ込めた、部屋一杯の大きさの鉄球が出来上がった。


「これは驚いた。こんな力業を、よもや初手で繰り出すとは」


 孔明は両腕を賭した水流を防がれたにも関わらず、嬉々とした様子で笑みさえ溢す。もし孔明に両腕があったなら喝采さえしていただろう。


「チェストー!」


 孔明の隙を見た、紗耶は勇猛果敢に飛び込み双剣を振るう。弧を描き間隙のない連撃は武芸のレベルにも達する。

 しかし孔明に対して武の練度など関係ない。

 孔明は肉体を液状化させ攻撃をかわし、体躯を水圧で飛翔させる。そして着々した床を高水圧のドリルで瓦礫を撒き散らし掘り進むと、地から水が吹き出した。


「奴め、水道管を狙って穿ったのか……」


 孔明の意図を理解した二騎先生が恨み節を溢す。

 孔明は水道管から吹き出る水を浴びて両腕を補完する。


「”液体“さえあれば、肉体の再生も出来るのか……」


 まさしく変幻自在の孔明の取り口だ。一筋縄ではいかないと理解していても、体験すると気が滅入る。

 俺たちが圧倒されている間にも、孔明は文字通り流れる動きで紗耶の背後に回り込む。


「伏せろ紗耶!」


 俺は手元にあった瓦礫を咄嗟に投げる。

 孔明は紗耶へ仕掛けるより、瓦礫をかわすことを選択した。銀色の燕尾服を翻してバックステップを踏み、その隙に紗耶は前へ転がり距離をとる。

 孔明の防勢に俺は追撃を試みる。孔明の懐へ突っ込み握り締めた拳を二三突き出した。孔明は液状化することなく正拳の全てを掌ではたき落とした。

 そして黒光りする革靴が俺の腹を蹴る。

 余りの力強さに俺は後退すると同時に、込み上げる吐き気を飲み下す。


「王太郎、大事ない?」

「あぁ、致命傷にはなってねぇよ」


 紗耶は俺の隣で棍を構え臨戦態勢だ。


「今度は同時に行くよ王太郎」

「心得た……!」


 頬を伝う汗を拭い、紗耶と呼吸を合わせて駆け出した。

 孔明は左腕から激流を放ち、それを螺旋状に掻き回して破壊力を倍増させる。

 かすれば微塵、直撃すれば粉微塵になる激流の槍をそれぞれが横に跳んでかわした。

 孔明の右側に回り込んだ紗耶は棍を突き出し孔明に迫る。

 孔明は棍がギリギリ届かない距離を保ち回避する。そして紗耶の素早い打突に対して数発の水滴を弾丸にして打ち出して牽制を行う。

 孔明は弾丸を紗耶の足下へ的確に射出する。そのおかげで紗耶は思いきりのいい前進が出来ずに決定打に窮していた。

 孔明が紗耶を相手にしている間に俺は背後に回り込んだ。孔明が後退しつつ牽制をしているために、俺は今までで一番近い距離に迫る。


「後ろいただいた!」


 俺は腰を落とし拳をグッと引いた。


『”突き“ってのはね、腕じゃなくて全身で突くの。脚を踏ん張り、腰を回し、身体の連動で拳を突き出す。重要なのは最後まで目を切らさないことよ』


 紗耶がいつの日か語っていた”突き“の基本を反芻する。

 脚は地面を蹴り出すスタートダッシュ、そして身体の回転を生かして、ついでに想いも三割増しで拳を突き出した。


「ぐぅっ……」


 俺の一打を頬に受けた孔明が苦悶を溢した。

 確かな一撃を決めたことが僅かに足を浮き立たせた。

 孔明は糸目の奥の眼を光らせて俺の手を取った。俺が腕を引くより速く俺を捕まえる。


「ふんっ!」


 孔明はそのまま腕ごと俺を引き寄せると、空いた片腕をばくはつさせた。弾けた腕の水圧に押し出され窓を突き破った。


「朝臣くん!」


 遠くで香月先生に名を呼ばれた。


「王太郎!」


 咄嗟に窓から飛び出た紗耶は鉄糸を器用に繰り、蜘蛛の巣状の網で掬い上げられた。紗耶も網に身体を預けて地に着地する。


「助かった」


 網から降りた俺は礼も手短に済ませ視線を上に上げる。

 そこには窓から水流が滝になり地を打っている。その下では孔明が頬を摩っていた。


「また殴られましたね。一度目は偶然と切り捨てましたが、どうやらそうではないようだ……」


 銀色の燕尾服を整えながら、孔明は小声で呟いた。決して俺や紗耶へ伝える意図はなく、聞こえたとしても俺の心持ちが変わることはない。


「貴方は早々に始末するとしましょう。私が欲しいのは宇佐美紗耶一人」


 孔明はその言葉を発すると同時に糸目を開いた。


「死になさい」


 眼光は鋭く恐々とした光を宿していた。

 しかし、その瞳の奥の炎はどす黒く孔明すら包み込みなお燃え上がろうと唸って見えた。






 ――――”嫉妬の魔王“

 一見陰湿で自虐的なその通り名を、劉りゅう孔明こうめいは好いていた。

 ”大罪の魔王“は総じて協力な魔術を備えている。その中でも頭一つ飛び抜けて強いのは、”怠惰“と”憤怒“の魔王、すなわち新見にいみ零れいとブレア・レッドウッドの二人だ。

 そんな二人と並べられると、劉孔明という人間は実に矮小だ。だからこそ笑顔の仮面を被り振る舞う。少しでも心に、嘘でも余裕を演じるために……。

 孔明では魔獣を相手に派手に立ち回ることもなく、一撃で市街を粉砕するこもも出来ない。常に二人の影に隠れ、些細な問題の処理を買って出た。

 しかして、不運にも見える境遇に置いて孔明はそれを不運とは捉えない。ましてやそれを不幸とも不遇とも思わない。

 勝てぬから、勝つ策を講じる。とは孔明の信条だ。

 孔明は実力では敵わぬ敵に、勝てる策を立て続けた。

 それは果てし無い作業にも思われる。例え立案が叶ったとしても、完全に実現することなど不可能だ。想定外は常に起こりうる。

 しかし孔明は考え続けた。

 決して卑屈にも自虐にもならず、卑怯に陰湿で在り続けた。

 心の底で燃える感情の炎を掻き消す満足を追い続けた。

 そして辿り着いた一つの道があった。

 実現が困難なことなど百も承知だ。だが、その道を進んだ先に覇道があると確信した。

 だからこそ、劉孔明という男は進む。

 心の底の嫉妬の炎は、すでに孔明の身を焼き尽くしていた。それでもなお焦がれる満足充足に手を伸ばす。

 卑怯と罵られても、陰湿と後ろ指を指されても、何と言われようと孔明は止まらない。

 孔明が欲するものは薪だ。

 世界を焦げ尽くす炎にくべる薪。そして、己の嫉妬を駆り立てる薪。


 真実も本音も語らぬ男は、世界を救う手段を間違えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ