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朝臣と宇佐美

~前回までのあらすじ~

 “ヤマト魔導学園”に入学した朝臣 王太郎は、初回の実戦訓練でデモンストレーション試合に指名される。

 戸惑いながらも引き受けざるを得なかった王太郎は、ヤケクソに先手を取って殴りかかるのだが……。

 中学の頃のとある昔日。部活終わりに成績不振で呼び出され、一人晴れない気分での帰り道のこと。


「あ、王太郎だ」


 道すがら立ち寄ったコンビニで見知った顔に出会した。

 片手に好物のアイスバーを持った幼馴染みの宇佐美うさみ紗耶さや。どうやらこいつも寄り道のようだ。


「王太郎がこの時間に帰るなんて珍しいね」

「なんだよ、悪いかよ」


 そういえば紗耶はいつもこの時間に帰ってるんだなー、なんて思う。なんだかんだ言って紗耶は空手で全国区の実力の持ち主だ。学校の部活に加えて道場で練習してから帰るのが常だった。

 対して俺は毎日の部活をなんとなくこなすだけ。大した実績も残さず、下校時間には家に帰れたのだ。

 そんな二人が出会うのならば、なにかしらの理由があるというもの。……成績不振で呼び出された、なんて口が裂けても言えねぇ。


「王太郎のことだし、どうせ呼び出しでもくらってたんだろうけど……、まぁ聞かないでおくわ」

「ほぼ正解じゃねぇかよ」


 俺のイメージってそんなんなんですね。分かりました、傷付きました。


「にしても紗耶もこんな時間までよくやるよな。たまにはサボりたくならないのか?」

「王太郎が空手のこと言うなんて珍しいね」

「ま、まあな……」


 実際は話題を掘り下げられる前に切り替えた訳だが、そんなこと言えない。


「んー、私は頑張らないと、すぐに追い越されるタイプだからね」

「そんなことないだろ。紗耶には才能があるから中学生で有段者なんだろ」


 紗耶には才能がある。それは紛れもない事実だと、皆が言う。でも紗耶はそれを受け入れない。


「私に才能はないよ」


 この通りだ。


「私は王太郎こそ向いてると思うけどなー」


 そしていつもこうだ。紗耶は、自分にではなく俺に才能があると言う。


「無茶言うなよ。俺は誰かと争うのは苦手なんだ」

「だから部活もそこそこなんだよねー」

「うっ……」


 ハハハと笑う紗耶は無意識に痛いところを突いてくる。

 でも、確かに全力でなにかを成したことはない。


「王太郎も空手始めたらいいじゃん。私が教えてあげようか?」

「いいっていつも言ってるだろ。始めるならとっくの昔に始めてる。今さら過ぎるだろ」

「そんなこと言ってたらチャンスを逃しちゃうよ」

「……だったら次に見つけたなにかは頑張ってみるよ。空手以外でな」


 紗耶の次の言葉を封じると舌打ちで帰ってきた。

 紗耶が平らげた当たり付きのアイスバーはハズレだったらしい。

 日が沈んだ宵の空を背景に紗耶が振り向く。以外にも紗耶は穏やかに微笑んでいた。


「王太郎は向いてるよ」

「だからその話は……」

「誰かのためなら無茶する性格だもん。空手の本義は『先手なし』、王太郎ピッタリ!」

「――」


 その後、俺はなんて返したんだっけな……。






「痛え!」


 バッチーーン!


 俺は武闘場の板張りの床に叩き付けられ悲鳴を上げた。

 そうか、今のが走馬灯か。死にかけた……。

 一体何が起こったのか。

 確か実戦方式の訓練のデモンストレーションとして、二騎にき先手に指名されて、それでパンチをしたら……、あっさりといなされて床に投げられた。

 そっか、敗けたのか。


「と、まあこんな感じだ。多少の怪我なら一日足らずで治せる最先端の医療がある。容赦はしなくていい」


 俺を放り投げた二騎先生は目もくれず、淡々と進行する。


朝臣あそん君大丈夫ですか?」


 いつまでも倒れている俺に手を差し伸べてくれたのは、副担任の香月こうづき先生。あぁ後ろから後光が……。あなたが女神ですか?


「香月、そいつは放っておいて構わん。どうせゾンビの如く起き上がる」


 香月先生を諌めた二騎先生。ゴゴゴ……、とかいう邪のオーラが見えます。あなたが悪魔ですか?


「でも思いっきり背中からいきましたよ。痛そう~」

「香月先生、大丈夫です。多少なら治してくれるそうですし」


 そういって自力で立ち上がる。実際は背中がヒリヒリするけど、立ち上がらない訳にはいかない。

 それに優秀な医療設備についての疑問も浮上した。


「その“医療”って、バッサリいった背中の重症とか瞬間的に治せるんですか?」


 つい昨日の、俺の背中を引き裂いた傷について問いかける。が、香月先生は“?”を浮かべる。

 実際に答えたのは二騎先生。


「なにを言っている。そんな傷が瞬間的に治せるなんて、そんな魔法みたいなものがあるか馬鹿者」

「で、ですよね~」


 辛辣な二騎先生の返答に苦笑いと同調で返す。

 しかし魔導学園で“魔法みたいな治療”を全否定とは大した矛盾である。


「王太郎大丈夫ー?」


 紗耶が口角の笑みを堪えながら問うてくる。こいつ一回シバいたろか。


「ああ、痛みがなくなれば多分問題ない」

「あっさり負けちゃったね」

「まぁな。紗耶ならどうなっただろうな?」


 それは無意識。ふっと思ったことが口を突いた。

 あっ、と思ったときにはそいつは既に動いていた。時既に遅し、紗耶のスイッチが入ってしまっていた。


「さて、余興はこの辺りでいいだろう。実際にペアを組んで……」

「二騎先生、少しいいですか?」


 紗耶は指示を出していた二騎先生の会話に割り込ん話しかける。

 機嫌を悪くした二騎先生に睨まれても臆することはない。今の紗耶はマジだ。


「お前は確か……」

「名簿番号2番の宇佐美 紗耶さんですよ、二騎先生」


 香月先生が補助をして紗耶を紹介した。頼れる副担任だ。


「それで、名簿番号2番があたしに何の用だ?」

「ぜひ私とお手合わせしていただけますか?」


 紗耶が単刀直入に言い出す。その発言にクラス中がざわめいた。


「なぜあたしがお前の相手をしなければならない?」


 まぁごもっともな意見である。そこをフォローするのは頼れる副担任。


「二騎先生、宇佐美さんは空手の有段者ですよ」

「なるほど……。有段者がいたのか、面白い。前に出ろ」


 そして紗耶は二騎先生の正面に立った。

 紗耶の目付きはさっきまでとは違う、試合のときのそれだ。


「さぁ、始めていいぞ」


 両腕を組んだ二騎先生は威風堂々と立ち、紗耶からの先手を待つ。

 しかし一方の紗耶も両腕を身体の前で構えたまま様子見。動きは見せない。


「どうした? お前から仕掛けてきたのだろう?」

「二騎先生、空手に『先手なし』ですよ」

「ならば仕方ない。あたしが先手を仕掛けるのか」


 二騎先生は「はぁ」と溜め息と同時にゆっくり動き出す。初動はゆっくり、そんなんじゃ紗耶には決して当たらないだろう。

 そんなことを俺がボーッと考えていると、二騎先生が目の覚めるような素早さで拳を突き出した。

 紗耶はさすがの反応でだった。咄嗟に腕を当て、拳を後ろへ受け流す。と同時に、前へ出た紗耶は二騎先生の懐に反撃の突きを放つ。

 二騎先生は後ろへ下がり、紗耶の突きを受けきった。

 だが二騎先生は紗耶の続けざまの突きに反撃のチャンスを摘まれ、紗耶が攻め続ける状態になった。


「うわっ、凄い猛攻だ……」

「有段者は伊達じゃねぇな」


 隣でクラスメイトの二人を感嘆の声を上げていた。

 その内の一人、俺と同じくらいの背丈のイケメンと目が合った。うわ、気まずい。


「お前、宇佐美と知り合いなんだよな?」


 イケメンは冷静に、そして馴れ馴れしく紗耶を「宇佐美」と呼び、俺を「お前」扱い。お前はアメリカ人かよ。

 なんてことは言えるはずもなく、苦笑いで「お、おう……」と返す。俺は人見知りかよ。

 そしてそのイケメン野郎にくっついて、二人目の小柄な男子がやって来る。


「急に悪いな、俺は“向坂さきさか すばる”だ。“朝臣 王太郎”だよな?」

「僕は“篠崎しのざき 颯介そうすけ”。よろしく」


 小柄な男子も続いて自己紹介をする。


「おう、よろしく。俺は“王太郎”でいいぞ」


 軽く挨拶を交わすと、話の話題は紗耶と二騎先生の試合に戻る。


「宇佐美さん、凄いね。僕たちとは次元が違うって感じだ」

「まさか宇佐美が攻め手になるとは思わなかったな」

「あの反撃の仕方は紗耶の十八番なんだが、俺もこんなに上手くいくとは思わなかった」


 両手を大袈裟に上げてオーバーリアクションをしてみせる。

 調子を合わせてしばらく笑い合うと、視線を試合に戻す。

 相変わらず紗耶の突きを的確に外して後退する二騎先生だが、紗耶との距離は縮まらない。

 紗耶が前に出ると、同じ歩幅で後退しているのだ。


「でも、あれだけ前に出ると投げられそうだな」


 「俺のときみたいに」とは言えない。思い出しただけで耳が熱くなる。

 俺の呟きを拾ったのは昴。「確かに」と一言置いた上で話を続ける。


「しかし宇佐美も警戒して前には出すぎていないようだ。王太郎みたいに投げられることはまずないな」

「うっ……!」


 俺は心傷、昴は微笑。こいついい性格してるぞ。


「昴、王太郎が投げられたことは言っちゃダメだよ」


 颯介が昴を小声で諌める。本人は俺に聞こえないようにトーンを下げているようだが丸聞こえだ。もはや筒抜け、このチビ一回しばいたろか。


「ま、まぁ心配ないならいいけど」


 そして俺は強がってみたが、何だか空しいな。

 そんな最中にも紗耶の攻撃は止まらない。

 紗耶の放つ突きの一発一発が二騎先生に出来た隙を突いている。さすが有段者、容赦のない攻撃には舌を巻く。

 一方の二騎先生も受けにくい攻撃も涼しげな顔で受けている。しかし、流れるような動きで後退するも、紗耶に傾いた試合の流れは変わらない。

 力強く攻める紗耶は輝く汗を流し、呼吸のリズムを刻みながら前進する。

 二騎先生は真剣な表情を崩さず、黙々と後ろに後ろに下がるだけ。防戦一方だ。


 ……ん?


 気のせいか紗耶に余裕がないようにも見える。

 二騎先生は見定めるように紗耶を観察するも、紗耶はいかに二騎先生を崩すかで手一杯に見える。

 もし紗耶が俺の知っている戦法を狙っているならそろそろだろう。

 しかし、成功させる体力は残っているのか?

 そんな不安が俺の胸を過った瞬間、防戦一方の試合が動いた。

 紗耶のスタミナと集中力が切れた瞬間、二騎先生が鋭く突き返した。

 誰もが二騎先生の逆転勝ちを悟っただろう。

 だが、これも紗耶の十八番なのだ。

 反撃の突きを、当たるか当たらないかの距離で身体を半身に捻ってかわす。

 勢い余って伸びきった二騎先生の右腕は紗耶の右頬を掠めた。

 またまた形勢逆転。伸びきった腕の下には「狙ってください」と言わんばかりの隙。これを誘発するのが紗耶の得意技。師範代を沈めたときと同じ戦法だ。


「勝った……!」


 確かに聞こえはしなかったが、紗耶がそう呟いたのは分かった。

 紗耶は、そのしなやかにしなる鞭のような回し蹴りを仕掛ける。これが当たれば二騎先生だってタダしゃ済まない。勝負が決する、っと誰もが感じた。

 その瞬間――、


「うそ……」


 再三形勢逆転。一瞬で紗耶の顔が青覚める。

 決まったはずの紗耶の蹴りは二騎先生を捉えたまま微動だにしない。動けないのだ。


「宇佐美の脚、掴まれてるな」

「昴、それマジかよ。脚力って腕力の3倍とかじゃなかったか?」

「比べる相手が悪い。それだけの話だろう」


 何てこった。紗耶の回し蹴りは二騎先生の空いた手に掴まれていた。しっかりと指が食い込んでいる手は、餌を取った猛禽類の脚のように強く握っている。


「狙いは良かったが、惜しかったな」


 二騎先生は青覚める紗耶に一声かけ、掴んだ手を大きく振り上げた。

 脚を振られた紗耶はもちろん体勢を崩して背中から落ちる。

 そして畳み掛ける二騎先生は静かに一発。仰向けの紗耶に馬乗りになり、拳を目前へ。いわゆる“寸止め”だ。


「敗けました」


 瞳を閉じて紗耶が敗北宣言。静かに試合が終わった。

 そして示し会わせたようにチャイムが鳴る。


「宇佐美、だったな。お前は明日から武器術の稽古をするといい。倉庫に入っているものなら好きなものを試せ」


 二騎先生は眼を閉じる紗耶にアドバイスを送ると、俺たち生徒の列を向く。


「今日はここまでだ。明日から本格的な訓練を始める。覚悟しておけ」


 ついさっきの試合がなかったかのようだ。二騎先生は冷めた顔で報告を終える。そして「解散」と言うと、香月先生を連れて出ていった。

 他のクラスメイトも続々と散っていき、残ったのは俺と昴と颯介、そして仰向けのまま瞳を閉じたままの紗耶。


「……俺らも行こうぜ」

「……おう」

「……っえ?」


 昴の賛同と颯介の疑問符。

 歩幅を合わせて歩きながら、颯介は抗議する。


「いいの王太郎? 宇佐美さん放っておいて……」

「初めて敗ける訳じゃないさ。紗耶なら上手くやるだろうよ」

「そんなものかな?」


 昴は何も言わずに歩き続ける。


 そうさ。紗耶が敗けるのはこれが初めてじゃない。その度にあいつは自分で立ち上がり、そして走り出すやつなんだ。

 俺の「ドンマイ」「頑張れ」はお呼びじゃない。

 頑張ってるやつに「頑張れ」を言うのは好きじゃない。これ以上何を「頑張れ」と言えるのだろうか。俺にその権利があるのだろうか。

 だから俺も頑張らないのか?

 ――そんな言い訳ばっかり探している自分が、俺は嫌いだ。

~キャラクター紹介~

 朝臣 王太郎

 主人公、15歳、172cm、61kg

 癖っ毛の混じった黒髪で、やや筋肉質。整った顔立ちをしているが、幼馴染みの紗耶と一緒にいることが多かったため「彼女いない歴=年齢」となっている。

 小中校では部活動は運動部に所属していたため運動神経はある。しかし何かに特別力を注いだことがなく、部活動でも大した記録はない。

 それゆえ、ここぞといったときに自分に自信を持ちきれない一面もある。

 入学初日の魔獣襲撃のときに出会った“白い少女”の行方を心配している。

 現在、能力なし。

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