Heat up ~白熱~
~あらすじ~
始まった“魔術研鑽発表会”の初戦は昴v.s.嵐の氷魔術対決。
嵐の魔術に苦戦する昴は逆転の策を思い付くが……。
魔王会議は本題に入り質疑が飛び交う。
そんな中ブレアが口を開き、核心を突く問いかけをした。
雰囲気が悪くなる中、突如として会議に入り込んだ謎の声とは……!?
「俺と、同系統の氷の魔術……!」
ニヤリと昴の口角が吊り上がり、声が上擦る。
「氷の魔術」と一概に言っても種類は多様で、昴のように氷の造形物を造り出す魔術もあれば、嵐のように気体として噴き出すものもある。
しかしその二つに共通するのは“温度を氷点下まで下げる”ということ。それが「同系統」という言葉の意味である。
同系統の魔術を扱う者同士の戦いに、初戦から会場は盛り上がっていた。
少年漫画的に“燃える”シチュエーションに観客のボルテージが上がる一方、フィールド内の気温は想像以上に下がっていた。
「いいっすね、いいっすね~! 昴さんもノッてきたっすか」
嵐は白い息を吐きながら子供のように跳ねて戦いを楽しんでいた。同時に昴を煽ろうとする強かさもあり、冷えた空気に震えることは決してない。
対して昴は悴みそうな寒さの中で、額に脂汗をかいていた。
昴の打ち出した氷柱が全て、見事に凍り付いていたのだ。
「氷を凍らせるって、ありかよ」
「まぁアリなんじゃないっすか。実際に凍ってますし」
嵐は氷柱が凍り付くことを想定していたのか、表情を一つも変えずに言い捨てた。
さらに嵐に饒舌になり、組み立てた仮説を展開する。
「俺の魔術“凍結”は摂氏マイナス20℃からマイナス30℃の冷気を噴出する魔術っす。昴さんの氷は戦闘スタイル上、0℃前後しかないんじゃないっすか? だから魔術としては俺が上回った……、とか?」
昴は嵐の仮説を聞いて返す言葉を失っていた。嵐の仮説が的を得ていたのだ。
“氷像”の魔術は氷の形状変化や操作性の観点から、どうしても氷の温度は0℃前後になってしまう。その氷を氷点下で凍らされてしまっては、飛び道具としての効力は期待出来ない。
早くも形勢が嵐に傾きつつあるなか、昴は反骨精神で作り笑いをしてみせた。
だが返答をしない昴に、嵐は仮説を立証したも同然。饒舌に拍車がかかる。
「でも“凍結”よりも“氷像”の方が利便性がいいことは認めるっすよ。“氷像”は形状も操作性もいいっすから、その辺りは嫉妬するっす。
同族嫌悪と嫉妬って言うんすか? だからこそ昴さんには勝ちたいっす」
「そうかいそうかい。だったら余計に負けられないな!」
白い冷気が晴れ、露になった嵐を目掛けて昴は氷柱を投擲した。
鋭い氷柱を数発直線的な軌道で数発打ち出し、昴は嵐を中心に円を描くように駆け出した。
標的となった嵐は焦ることなく、手慣れた様子で冷気を噴出して防御に入る。同時に身体を翻して冷気で昴を追撃する。
「ヒット&アウェーのつもりっすか? 広さの限られたフィールドだと効果が薄いっすよ」
「呑気に突っ立っているよりマシだろ」
昴は走りながら氷柱を打ち続けるが、その全てが嵐に届くより早く冷気に呑み込まれる。
昴は冷気を非常に警戒しながらも、攻撃する手を止めない。
嵐の冷気は氷点下20℃を下回る温度で襲いかかる。触れれば凍傷は必至、触れ続ければ患部が壊死するだろう。防御力のみならず、攻撃力の面でも恐ろしい魔術である。
「面倒だな。このままだとじり貧か……」
昴は乱れた呼吸を整えつつ苦言を漏らした。そして何かを決意した面構えに変わる。
「どうやら一発逆転の策でも思い付いたようっすね」
「こういう単純明快な魔術ほど形勢をひっくり返すことが難しいものはない。勝つためには一歩だけじゃなく、二歩三歩先まで読むしかないさ」
昴は追い詰められつつあるが、それでも隠し球を抱えている。
嵐は攻撃の手を止めることなく昴の出方を窺う。
昴はフィールドを目一杯に使って冷気を避ける。
嵐はフィールドの中心から大きく動くことなく昴を追いかけている。眼を覆い隠すほど伸びた前髪で分かりにくいが、嵐の眼光は鋭く光っている。
「今だ!」
チャンスを見付けた昴は勝負に出る。
打ち出した氷柱はでたらめな方向に次々と発射された。
「おやおや……、打てば当たるっすか? そんなの無意味っすよ」
嵐は自分を通り過ぎて行く氷柱を見送った。
とうとう昴が乱心したかと心配を切り捨て、冷気の追撃を再開しようとモーションに入る。
すると嵐はコマのように回り、掲げた腕から冷気を噴き出した。嵐を中心に白い煙幕が張った。
嵐はもちろん、昴も冷気の煙幕に飲み込まれ姿が見えなくなった。
「何だ何だ……?」
「フィールドが見えない」
昴と嵐の攻防に観客席からどよめきが上がる。
冷気に隠れた二人の攻防は客席から分からない。
「いい作戦っすけど、読みが甘かったっすよ昴さん」
冷気の中で嵐は昴に語りかけていた。白い煙幕で互いの姿は目視出来ないが、嵐は勝利を確信していた。
「一歩先まで読んでいたかもしれないっすけど、“跳弾”なんて芸が浅いっすよ」
嵐は愉快そうにケラケラと笑う。
だが、自分のピンチには気が付いていなかった。
冷気が段々と晴れ、攻防の全貌が露になっていく。
そこには凍傷を負いながらも勇猛に立つ昴と、冷気を密閉した氷のドームがあった。
「「「おおおぉぉぉ!!」」」
同時に歓声が上がる。
「どうせ勝ちを確信して高笑いでもしてるんだろうが、この勝負は俺の勝ちだ」
昴は嵐が放つ冷気を逆手に取っていた。
でたらめに打ち出した氷柱は跳弾を狙ったものではなく、跳弾を狙ったように“誘導する”一手だったのだ。四方から氷柱が迫るとなると、嵐は冷気を円形に展開するだろう、と読んでいた。
そして嵐の冷気は互いに視界を塞ぐ。
嵐の視界が塞がったときに冷気ごと閉じ込める氷のドームで閉じ込める。
これが昴の「二歩三歩先まで読むしかない」作戦である。
「もう逃げることも出来ない。
……まぁ自分の状況にも気が付いていないだろうが」
そして昴は決めの一撃を入れた。
『第一回戦、勝者は向坂昴!』
アナウンスはハイテンションで勝者の名前を宣言し、客席からは割れんばかりの歓声が上がった。
昴は静かに拳を上げた。
「ホールの破壊作戦」
それだけを聞いて零は大爆笑した。
机に乗せた脚を激しく揺さぶり、大仰に手を叩く。
「ちょっと零、うるさいわよ!」
アイーダが喧しい零を嗜め、その険しい視線をモニターの評議員ジャン・クロードに向ける。
「一つ確認するけれどいいかしら?」
『ご遠慮なくどうぞ』
「『ホール付近は魔力濃度が高すぎるから“大罪の魔王”でも近付くことは出来ないが』と言ったのは貴方たち評議会よ。それを覆してまで作戦を決行するのかしら?」
アイーダの問いかけに隣のオルガが頷いた。
ホールとは北極地域に観測されている“魔力の源”とも言えるものだ。その付近一帯は空気中の魔力濃度が異常に高いため、魔王といえど近付くことは不可能だ。
近付きすぎると、高い魔力濃度に刺激され、例外なく魔獣化を起こす。
今まで調査に出た隊員がその前例だ。
評議会が近付くことを禁止していたホールに向かうことへの第一関門とも言える疑問が浮上した。
『魔獣化についての懸念ですが、日本の葉吹市で発生した事件の首謀者、いわゆる“アケディア”の残した研究により面白い成果を挙げています。
作戦実行はすぐではありません。研究の進捗により、安全が確保されしだい決行となります』
ジャン・クロードは用意されたような回答を返して口を閉ざす。必要以上のことは言うつもりはないらしい。
アイーダはジャン・クロードの回答を聞き終わると、“アケディア”という単語で零を一瞥した。が、零はすっかり興味をなくして居眠りをしている。
小さなな溜め息とともにアイーダは手を振って了承の意を伝える。
『では作戦についての詳細を』
「ちょっと待てジャン・クロード」
評議員の説明を、ブレアが断ち切った。
瞑目を解き、座り直したブレアは長剣を床に突き立てる。
ブレアの長剣は鎖で縛られ、その刀身は南京錠で封されている。
ジャラジャラと険しい音を立てる剣は厳かな雰囲気を醸し出し、ブレアの印象を厳しくする。
「すぐに決行しない作戦のために、なぜ俺達をここに呼びつけた?」
『それは事前に報告をと思って』
「『事前に報告』? そんな普通の事務手続きで魔王を召集するなぞ、どうかしてるぞ?」
『……』
ブレアの質疑にジャン・クロードは黙り込んだ。
確かに「事前報告」は行うべき手続きかもしれないが、そのためだけに魔王を召集するというのは腑に落ちない。
ブレアの問いかけは至極当然のことだった。
「答えられない、ということは何か裏があるのか?」
ブレアは黙り込んだジャン・クロードを畳み掛ける。烈火の如く口撃は“憤怒の魔王”に相応しい熾烈さだ。
『それでは、私が答えよう』
ブレアが造り出した雰囲気を、ジャン・クロードとは違う声がぶち壊した。
機械で変声された声は男とも女とも区別のつかない声音で、喋り手は姿も黒のシルエットで覆われている。
一同はその人間を知っている。しかしこの人間のことを知らない。
この人間は立場を魔王に示しながらも、名も姿も表にも裏にも出さない謎の人物。
『やぁ、こうやって話すのはいつ以来だろうか……』
親しみのある話し方をするが、魔王たちは身体を強張らせていた。
この人物こそが世界最高の権力を持つ人間。
世界評議会の“議長”たる人間である。




