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これからの日常←?

 清々しい朝。昨日の夕立の気配はなくなり、予報によると一日中快晴らしい。

 そして俺の朝食は“鮭の塩焼き定食”。塩気の効いた鮭に白米が進む。付け合わせの漬け物も歯応え酸味ともに文句なし。国立万歳。

 ただ一つ、文句ではないが注文をつけるならば、目の前の仏頂面の幼馴染みをなんとかして頂きたい。笑顔じゃなくていいから。


「なぁ紗耶さやよ。そろそろ機嫌を直してはくれないか?」


 昨日の晩、俺のラッスケによって俺をヤッツケた紗耶は、お日様が昇ってさえ不機嫌だ。


「同居人が男だと思ってたんだよ。今度から気をつけるからさ」

「……」


 返事なし。黙々とトーストを口に運ぶ。

 というか「同居人が男だと思ってたんだよ」って言い訳とか謝罪の方便じゃなくてただの常識てすよね? なんで同居人が女子なんです?


「昨日見たものは忘れたからさ。ほら、オレハナニモミテナイ」

「……っ!」

「すいません、ふざけました」


 物凄い視線で睨まれた。小動物な俺は脊髄反射で謝罪する。

 ところで紗耶の睨みはどこかで似たものを見た気がする。……そうだ。我らが暴n……、担任の二騎にき先生だ。女強し。

 ? 二騎先生……? 担任?


「そうだ! 担任の二騎先生が部屋割りを決めたんじゃないのか!?」


 ガシャンと椅子を倒して閃いた。周囲の生徒に頭を下げながら椅子を戻す。


「王太郎、朝からうるさい」


 やっと紗耶が喋ったが、開口一番クレームですか。まぁいいけど。


「そんなことより俺は悪くないぞ。二騎先生だ。きっとあの人の陰謀だ」


 必死に弁明して無実を強調する。しかし紗耶は顔を手元のトーストに落としたままだ。……どうした?


「朝からうるさい生徒がいると思えば、あたしを呼んだか生徒A?」


 頭越しに威圧感溢れる声が降りかかる。そんな殺陣ボイスの心当たりなんて一人しかいない。


「いいえ、気のせいです。……多分」


 なんで二騎先生が背後に立ってらっしゃるんですか? 暗殺者かなにかですか?


「下らん言い訳も謝罪もいらん。ただ、覚えておけよ」

「待ってください! すいません! けど俺と紗耶が同室っておかしくないですか?」

「文句を言うな。あたしが責任をもって適当な部屋割りをした。異論は認めん」


 そしてあの目付き。鋭い吊り目の睨みは紗耶以上だった。


「“適当”じゃなくて“テキトー”の間違いじゃ……」


 ポソリと呟いた不満。紗耶さえも聞き取れなかったような一言も聞き逃すような二騎先生ではない。


「覚えておけよ生徒A……」


 意味深な言葉を残して二騎先生はどこかへ去っていく。

 ……Oh。

 朝から重たい気分になった。

 目の前の紗耶は合掌してるし、なんなんだよ。

 ──俺、なにか悪いことしましたか?






 ”ヤマト魔導学園“はその名の通り魔導師を育成する国立の学園。

 さらにこの学園は通常の高校の課程を修学できる。

 カリキュラム的には三年間の午前中は高校課程の授業。午後から魔導師の特訓だ。

 魔導師の特訓といえど具体的に何をするかは知らない。きっとなんか凄いことなんだろな。

 午後からの特訓カリキュラムに胸を膨らませながら午前中の授業を聴いていると、いつの間にか昼休みの喧騒の中にいた。


「……あれ? タイムリープした?」


 どっこい体を起こして口元のよだれを拭う。我ながらきったねぇ。


「あんたってやつは本当に……」

「おぉ紗耶か。おはよう」

「はいはい、おはよう。今昼休みよ」

「……らしいな」


 紗耶は額に指を当てながら深いため息を吐く。呆れてらっしゃる。


「とりあえず昼飯行くか。午後からは特訓カリキュラムだろ?」

「そうだけど……」

「じゃあ行くか」


 それじゃあ早速と席を立つ。確か、食堂までの距離はさほどなかったはずだ。往復時間耶もろもろの待ち時間、食事時間を合計しても二〇分あれば帰ってこれるだろう。

 頭の中で素早い計算をし終えたとき、


 キーンコーンカーンコーン♪


 チャイムが鳴った。


「…………あれ? 今から昼休みか?」


 午後からの特訓にむけての準備をしている紗耶に問いかける。


「つまり王太郎は昼休み終了寸前に起きたのよ」

「……つまり俺の昼飯は?」

「抜きね」

「ぬぁんだっってぇぇぇ!」


 その場で膝をついて絶叫する。

 クラス中からの「なんだコイツ」的な視線を一身に受けながら、俺は事態を把握した。


「あんたどうせ午前中は寝てただけだからお腹減ってないでしょ」

「それでも昼飯は食べるのと、食べないのでは違うぞ! 昼飯だぞ、昼飯!」


 俺が昼飯の、精神的にも肉体的にも重要性だということを紗耶にレクチャーしてやろうと思っていたとき、担任の二騎先生が入室した。


「生徒A黙れ。お前は騒がないと生きれないのか」


 俺の背中を靴で蹴飛ばした二騎先生は、スーツではなくジャージを着ていた。

 いつもは高い身長に長い脚、引き締まった体格を強調していたスーツ。しかし黒色のジャージを着た二騎先生は印象が異なり、機動力が増したような……。それでもスーツだとピンヒールで蹴られていたと考えると、今回だけは運がいいと思っておこう。


「お前らも知っていると思うが、午後からのカリキュラムは担当者の一存で行われる。そして担当者はあたしだ」


 教壇の上でクラス全体に喋り出す二騎先生は、どこからどう見ても体育教師。似合いすぎだろ。……やべぇ睨まれた。


「あたしの特訓は武闘場で行う。お前らは今すぐジャージに着替えて1組指定の武闘場へ向かえ」


 武闘場とは、その名の通り武闘をする場だ。それがクラス毎に用意されているのだから末恐ろしい。

 二騎先生の指示を受けた1組はぞろぞろと動き出した。






「……で、先生はいつ来るんだ?」


 武闘場に集合した俺たちは担当の二騎先生の到着を待っていた。先生が来ないから不思議に思い、紗耶に聞いてみた。


「私が知るわけないでしょ。王太郎こそ一応クラス長なんだから、なにか聞いてないの?」

「なんにも聞いてないな。なんたって俺の”クラス長“って肩書きは 名 前 だ け だからな!」

「どや顔で威張ることか」


 やれやれと呆れる紗耶。でも俺の肩書きが名前だけなのは本当だからな!


「王太郎、また下らないこと考えてるでしょ」

「げっ!」


 なんで紗耶は俺の考えを読めるんだよ。こいつそういう種族?


「あんた、今失礼なこと考えてるわね。一発逝っとく?」

「か、考えてないって。気のせいだ」


 だから俺の思考を的確に当てるなよ。幼馴染みってそういう人たちのことを言うの?


「一番前黙れ。お前は黙ると酸欠でも起こすのか?」


 そして突如として現れる二騎先生。あなたは忍者かなにかなんですか?


「少し遅れたが、あたしの横にいるのが、これから午後のカリキュラムにおいてサポート役をする者だ」


 そう言った二騎先生は隣に立つ先生を紹介する。

 紹介されたのは女性。ニットのセーターにロングスカート。カールがかったミドルヘアーの女性は、ほんわかした空気を醸し出しながら前へ出る。


「は~い。私が皆さんのサポート役と、副担任の”香月こうづき みどり“です。”碧先生“とか”碧ちゃん“とか、気さくに呼んでくださいね~」


 ほわほわした口調に甘い声。色々とつっこみたいところはあるが、最も不思議なのは、二騎先生がこの人をサポート役に選んだことだ。

 うふふ、と微笑む香月先生。彼女は一体何者なのか?


「さて、副担任の紹介も終わったわけだし、早速カリキュラムを始める」


 柏手を打ってもう一度整列する。

 縦に六人、横に五列。真ん中最前列をスッポリ開けて二九人の前に立つと、二騎先生は全体を見回した。


「他のクラスでは“理論”だとか“基礎”だとかをやっているだろう。最初に言っておく。あたしはそんなことはしない。そんなことは放課後にでも勝手にやってろ!」


 武闘場に響き渡る凛とした声音。クラス全体の空気も少しピリつく。


「あたしはド頭から実戦訓練を行う。もちろん今からもだ」


 その言葉でざわめきが起こるが、二騎先生が睨みを効かせてすぐに鎮火する。


「先生、少しよろしいですか?」


 そんな空気の中、挙手をして発言する生徒がいた。聞き覚えのある声。

 初HRホームルームで二騎先生に食いついた“イノチ・シラズ子”(仮名)だ。相変わらずのお下げを気丈に揺らす。


「はぁー。またお前か生徒A、文句は受け付けん」

「いや、文句じゃなくて質問です」


 二騎先生は「はぁー!」っと叫びか溜め息か分からない怒号を吐いて、シラズ子(仮名)に質問を促す。


「私たちは実戦については全くの素人です。どうやってゼロから訓練をすれば?」


 おぉ、的確な質問じゃないか。確かに実戦だの格闘だの、俺たちは“ド”が付くほどの素人だ。

 実戦経験なんて、強いて言うと有段者の紗耶くらいしか思い付かない。

 シラズ子(仮名)の質問を受けた二騎先生は、口角をいやらしく吊り上げて微笑んだ。


「問題ない。ちょうどいいエキシビションがいる……」


 そう言った二騎先生はこちらを見た。……いや、俺を見た?


「前へ出ろ生徒A」

「やっぱり、俺ぇ!? ……まさか今朝のことを」


 二騎先生の瞳が楽しそうに光ったのを、俺は見逃さなかった。

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