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真夏の君とエトセトラ

~あらすじ~

 猛暑の真夏日、王太郎と紗耶は遠路はるばる帰省していた。

 王太郎は久々の我が家の勢いに押され。災難に合い続ける。

 一方の紗耶も久々に帰った家で過去の自分を振り返る。

 山脈にのしかかる真っ白の積乱雲、どこまでも透き通る青空、燦々と降り注ぐ紫外線、ミンミンと騒ぐ蝉の声!

 これぞ“ザ・夏”と言わんばかりの風景を囲まれて、俺と紗耶さやは冷房の効いた電車を降りた。


「やっっと着いた! ……けど暑っ!」

「今日の最高気温は三〇五℃だってさ」

「暑すぎだろ。天気頭悪いだろ」

「天気に頭はないけどねー」


 キャリーバッグを抱えて階段を下り、改札を抜けた。見慣れた駅前の駐車場を横切って他愛のない会話をして暑さを紛らわしながら歩く。


 時は夏休み。俺と紗耶は地元に帰省していた。


「こっからまた歩くのかよ……」

「これは……、苦行だね」


 紗耶はショートパンツにノースリーブと最大限の露出で涼しげにしているが、やはり暑いらしい。

 額の汗を拭って、また拭う。それでも吹き出る汗は止まらないのは俺も同じだ。


「折角息子が帰省するってのに、迎えの一つもないとは何という親か」


 俺は吐き捨てるように愚痴を溢す。紗耶は聞かなかった振りをして暑さに喘いでいる。

 最寄りの駅から徒歩で約三〇分歩くと周りの景色は一辺する。

 駅前の繁華街が緑豊かな畑になり、吹く風は幾分か爽やかになる。体感温度は和らいだものの、それでも暑いことに変わりはない。

 畑の中を歩くと我が家はすぐそこだ。実家は畑で野菜を栽培する農家で、紗耶の家はその隣である。

 そしてやっと見えてきた我が家。その前には塵取りと箒で掃き掃除をする老婆が見えた。

 老婆のクセに伸びた背筋でテキパキと掃除をするのが、何を隠そう我が婆ちゃんである。


「チエ婆、帰ったよ~!」


 紗耶も婆ちゃんに気付いたようで、手を振って呼びかける。

 年甲斐もなく耳のいい婆ちゃんは一発で紗耶の呼びかけに気付いた。


「おーその溌剌とした声は紗耶ちゃんかえ。帰って来たんだね。お帰りなさいよ~」


 紗耶に対して箒を振って答えた婆ちゃんは、しばらくのタイムラグを置いてから俺に気が付いた。


「王太郎も帰ったのかい。帰るなら帰ると言ってくれんと困るのぉ……」

「どうして孫には溜め息と小言なんだよ。紗耶と愛想が違いすぎるだろ」

「そりゃあ紗耶ちゃんは可愛いものね。馬鹿孫にはこのくらいが適切なのさ」


 このクソババアが「お帰り」の一言もねぇだと……。

 婆ちゃんは俺の恨めしげな眼差しなんて露知らず、掃除道具一式を持って家へ入っていった。


「じゃあ私は一回家に荷物を置いてくるね」

「おう。また後でな」


 紗耶は俺の家のすぐ隣にある自宅に戻っていく。

 俺はどこにもない歓迎ムードを探しながら実家の引き戸を引いた。

 乱雑に散らばった玄関の靴やサンダルの間を器用に掻い潜り、靴を脱いで床へ上がる。

 その頃には先に屋内に入った婆ちゃんの姿は見当たらなかった。


「あのババア、後一〇年は死なねぇな」


 一人小さな声で愚痴を漏らしながら古い板張りの廊下を歩く。蛍光灯の灯っていない廊下だったが、今日の快晴のお陰で暗くは感じなかった。

 そして俺は左手にある居間への襖を開ける。と、キンキンに冷やされた、寒くも感じる冷気が俺を出迎えた。

 十八畳の畳張りの居間の真ん中にはちゃぶ台が置かれ、ちゃぶ台を挟むようにテレビと一人の少女がいる。


「あ、お兄ちゃんおかえりー」


 テレビに釘付けだった少女は俺を横目で確認・識別すると、すぐさま視線をテレビに戻して目の前の煎餅に手を伸ばした。

 そう。このクソ暑い日にクーラーの効いた居間でテレビと煎餅を貪る少女こそが、恥ずかしながら我が駄妹である。


「おい、再開の感動のレベルが低すぎやしないか? 俺の記憶が正しければ、約四ヶ月振りの帰省だぞ」

「そうだっけ? まぁどうでもいいじゃん。そんなことより冷蔵庫から麦茶取ってきて。お兄ちゃんもどうせ飲むでしょ」

「普通逆だろ。こちとらこのクソ暑い中、バスと電車乗り継いで二時間半かけて帰って来たんだよ。『お兄ちゃんお疲れ』とか、『お兄ちゃん麦茶飲む?』とか、お前がやれよ!」

「もぅ、あぁ言ったらこう言う……。相変わらずお兄ちゃんは何言ってるか分かんないね」

「この駄妹が……!」


 ご覧の通り我が駄妹、朝臣あそん秘芽子ひめこは兄を慕ってなどいない。というか、両親祖父母念願の女の子だったがために甘やかされて育てられてきたのだ。

 つまり、この家のヒエラルキーでの最下位は俺。

 悲しいよ……。


「親父とお袋と爺ちゃんは畑か?」


 とりあえず喉を潤すことを諦め、この涼しい空間に腰を落ち着けることにした。荷物一式を居間の隅に放置したままあぐらをかく。

 そして「どうだ妹よ。早く飲み物を飲まないと煎餅で口の水分がなくなるぞ?」と言わんばかりのどや顔をしてやった。ざまぁみろ。


「チッ!

 ……お爺ちゃんは畑だよ。お父さんとお母さんは道の駅行ってる」

「そ、そうか。分かった」


 この駄妹、実兄に向かって舌打ちしやがったぞ。何て不逞な奴なんだ。

 分かったよ。俺が取ってくればいいんだろ……。

 結局俺が台所まで麦茶を取りに行った。

 居間と襖一つで分けられた台所に向かい、沢山のメモ用紙が張り付けられた冷蔵庫を開ける。二人分の麦茶をコップに注ぎ居間へ持っていくと……。


「お兄ちゃんありがと~」

「あらま、気が利くじゃないの王太郎」


 二人の女性レディーに麦茶を奪われた。

 秘芽子が麦茶を取っていった分には構わないのだが、もう一人が問題だ。


「疲れている孫の麦茶パクるとか追い剥ぎかよ婆ちゃん」

「ん……? 何か言ったかい? 最近耳が遠くてね~」


 そう言って婆ちゃんは麦茶を啜り煎餅をかじる。

 「クソババア……」と、言葉が口を突きそうになったが即座に口をつぐんだ。どうせ悪口になると急に耳がよくなるんだよな……。

 しょうがない、もう一度台所に戻るしかない……。


「はぁ、帰省して早々これかよ……」


 深い溜め息を吐いて冷蔵庫を二度目の開帳、コップに氷をブチ込んで麦茶を注ぐ。と、俺を襲う災難が再びやってきた。


「王太郎帰っておったんか。なら丁度いい、ワシの麦茶を持って来い」


 台所横の勝手口から顔を出した畑帰りの爺ちゃんが麦茶のデリバリーを注文した。人使いが荒いとかそんな話ではない。情もクソもない。

 そして……、


「ただいまー。……おお王太郎、今日帰ってるんだったな。俺と母さんの茶も淹れておいてくれ」

「よろしくね~」


 外出していた両親が麦茶をオーダーした。

 何よりも重要なのは、誰一人「お帰り」と言ってくれない……。ひでぇ……。


「おい王太郎、早よぉ持ってこんか!」

「そうだ。父さんの茶は氷沢山で」

「お兄ちゃんアイス取って~」


「順序が違ーーーう!!!」


 俺の心からの叫びが真夏の実家に木霊したとき、玄関の引き戸が開く音がした。

 そして帰省したもう一人の少女は、朝臣家の家族に大歓迎されるのである。

 ……うん、それも知ってた。






「ただいまー」


 隣家の幼馴染みと帰省した私は、両親が建てた一軒家の鍵を開けて帰宅した。

 家の中は整然としており、小綺麗なフローリングは小まめな手入れを感じされた。

 とりあえず私は灯りの着いていない廊下を進み、誰もいないダイニングでくつろいだ。

 帰省の荷物を無造作に放っても、それを咎めるような人はこの家にはいない。二階建てのこの一軒家には、今私一人だ。これなら寮の方が幾分も賑やかである。

 すると、目の前のテーブルにある置き手紙に目が止まった。


『紗耶ちゃんへ

 おかえり! 帰省の道のりは大変だったでしょう。冷蔵庫にお茶のペットボトルを入れておいたから飲んでね。

 今日の晩ごはんは紗耶ちゃんの好きな冷しゃぶよ。家においで!』


 手書きのメッセージを読むと、つい安心して顔が綻ぶ。優しさに溢れる丸文字もなんだか懐かしく感じた。

 そして重なるように襲いかかる静寂と虚無。

 この宇佐美うさみ家には、私以外の住人はいない。


 私の父は田舎の町医者をしていた。困った人のためになら何だって取り組む聡明で真面目な人であったと記憶している。

 私の母とは医大生のときに出会ったらしく、母は父を助ける看護師を看護師だった。母の温かさと優しさははっきりと覚えている。

 元々私の父と王太郎の父は古くからの知り合いらしく、家が朝臣家の隣なのも、不要な土地を都合してもらったかららしい。朝臣家様々だ。

 そんな繋がりもあってか、幼馴染みの王太郎と秘芽子とはよく遊んだ。女の子を切望していた朝臣家の人々はとても私を可愛がってくれた。

 王太郎と秘芽子とは日が暮れても月が昇っても、私の両親が朝臣家に私を預けていたのでずっと遊んでいたものだ。

 宇佐美家と朝臣家の関係は至って良好で、一つの大家族のようでもあった。

 しかし一〇年前、北極点を起点に発生した謎の災害が宇佐美家を別った。

 後に“世変の勝鬨”と呼ばれる災害の波は日本にも及び、一部の地域に集中的に化物が現れた。

 化物たちには既存の兵器の効果が薄く、被害は広がる一方……。そして被害を受けた地域では医者の不足が起こった。

 現地での医師不足に伴い、私の両親の元に救援の要請がきた。

 両親はその申し出を即決し、私を朝臣家に預けて旅だって行った。


「必ず帰るから」

「いい子に出きるわよね」


 別れ際の両親の表情は忘れない。声を忘れない。約束を忘れない。

 私は朝臣家で面倒を見てもらう傍ら、空いた時間は全て自宅で過ごした。

 

 いつ両親が帰ってきても迎えられるように、約束を破らないためにいい子であった。

 しかしどれだけ時間が経っても両親は帰ってこず、数ヶ月が流れた。そんなある日、家のインターホンが鳴った。

 開けた扉の先に立っていたのは見知らぬスーツ姿の大人たち。改まった大人たちは、どうやら両親と共に現地に赴いたNPOの人たちだった。

 大人たちが何と言ったのかは詳しくは覚えていない。ただ、私の両親の行方が分からなくなったという節のことを言っていたのは分かった。

 死んだわけではない。倒壊した建物の下敷きのまま行方不明に処理されたわけではない。

 忽然と消えた、ということだった。

 後から知ったことでは、両親が出向いていた先では人間の魔獣化が観測されていた。街の人々が突然魔獣と化して、街は壊滅したという。

 しかし私は待ち続けた。


 死んでいないのなら、両親はきっと帰ってくる。


 私は幼心にそう感じ、ひたすらに両親の帰りを待った。

 しかし、その頃から私は徐々に変わっていった。というより、おかしかったのだ。

 周りに対して刺々しくなり、空手の業をストレスの発散に使った。“先手なし”の掟を破り、周りに当たり続けた。


 どんどんと人が離れていってもいい。私にはお父さんとお母さんがいる。絶対に帰ってくる。


 何かに取り憑かれたように私は荒んでいた。

 でも、王太郎はそんな私の側に居続けてくれた。

 本人に聞いても、ろくな答えはしない。もしかして、本人に理由なんてなかったのかもしれない。

 王太郎は馬鹿だから、私の変化に気が付いていなかったのかもしれない。

 何はともあれ、私の側には王太郎がいてくれた。

 王太郎を中心に朝臣家の家族は私の側にいてくれた。

 私の家族は帰るではなく、すでに寄り添っていてくれていたのだ。

 私がそのことに気が付いたのは中学に入ってから。それが早いのか遅いのかは分からないけど、やっぱり私はおかしかった。

 私は過去の自分を切り捨て、自衛のための空手を身に付けた。

 そんなある日、私に魔術の才能があることが分かり、魔導学園への推薦がきた。

 即決だった。

 私は魔術を身に付け、両親を探そうと決意した。


 だからこそ、私は強くなるんだ。

 大丈夫。私はもう間違えない。


 私には帰る場所がちゃんとある。


 私は放り出した荷物をそのままに玄関でサンダルを履いた。

 暑い外に飛び出して隣の家へ向かう。


 ここも、私の帰っていい場所。


「順序が違ーーーう!!!」


 いつも通りの騒がしく楽しく、温かい王太郎バカの声。


「ただいまー!」


 私は笑っている。

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