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ボーイミーツガール・ガールミーツボーイ

~あらすじ~

 学園を離れ、世界樹へやってきた零は苛立たしげに世界樹を闊歩していた。

 そんな危なっかしい零に話しかける男と少女。二人の会話は何やら含みを持ちながらも、零はオルガの元へ訪れた。

 そこで交わされる零とオルガの言葉。

 そしてオルガは零に本音をぶつけるが……。

 カツカツと歩く音がけたたましく行き交う。忙しなく動き回る足音は止むことなく、次から次へと人を誘う。

 そんな喧騒の中で一人、彼の足音は埋もれることを良しとしない。

 忙しそうな人々も彼の闊歩に道を譲って振り返る。疑い深く顔を一瞥し疑念を確かにして去っていく。

 つまり彼は疑念の視線に刺され蜂の巣になっている。が、気にする男ではない。傍若無人に練り歩きどこかへ目指して歩を進める。


 ここは世界の中心“世界評議会本部”、通称“世界樹”である。世界最高峰の魔導師が集まる世界樹においてもやはり彼は異質である。


「おやおや? 騒がしいと思ったら、貴方がいらっしゃっているとは驚きですね。今日は槍でも降るんでしょうか……?」

「ムグムグ…………、れいだ」


 一人フラフラと歩き回る彼、もとい零に二人組が言葉をかけた。

 一人はすらりと細長い四肢を銀色の燕尾服で包む男。そいつは眼鏡の奥の糸目を楽しそうに歪ませる。

 もう一人の小柄な少女は灰色のサイズが合っていないパーカーをワンピースのように着崩している。褐色の手には少女の顔ほどの大きさのパンが握られておい、少女は零に構わずパンを食んでいる。

 共に正反対とも言える風体の二人は親子のように手を繋ぎ零の行く先を阻む。

 零は道を閉ざされたことを気にする素振りを見せず、語りかけてきた男と向き合った。


「なーに、ほんの気紛れさ。今日の風がここを指していただけのこと」

「10年目にしてやっとですか。貴方がここに来ていいことがあった記憶がありませんが?」

「そう嫌味を言うなよ。孔明こうめいもアイリスも、たまには外に出ないと頭にキノコが生えるぜ」

「それは嫌ですね。どうですアイリス、零もああ言っていることなので外に出ますか?」

「……、おかわり」


 アイリスと呼ばれた少女は孔明の質問には答えずに次のパンを要求した。アイリスの手にはさっきまであった大きなパンはない。


「はっはっは! もっと食えアイリス。『食う子は育つ』って言葉が日本にある。お前は美人になるな……ん? 『寝る子は育つ』だったか? まー、どーでもいいか」


 零は愉快そうにアイリスの頭に手を乗せて笑い飛ばす。

 アイリスは零が誉めたのかどうかも理解しないめまに頷いた。アイリスにとっては零の言葉よりも次のパンの方が大切なのだ。


「じゃー俺は散歩を続けるとするか……」


 零は踵を返して孔明とアイリスに手を振った。

 零の背中を見送る孔明とアイリスだったが、孔明が零を呼び止めた。


「何かをお探しなら、上に行っては如何でしょうか。そこになら何か“いいもの”があるかも知れませんね」


 零は孔明の言葉を背中で受け止めると足を止めて返事をした。


「孔明が言うならそうしよう」


 零は上を目指した。

 目指す上は雲より高く天に達する世界樹の上部。つまりは世界の頂点にも等しい場所である。




 数十もの階層を高速エレベーターで上昇した零は、エレベーターが行き着く最上階で降りた。

 下の階層とは雰囲気が一段と厳かな廊下を零は一人で歩き、ある足を扉の前で立ち止まった。

 零はその扉を開くでもノックするでもなく、無言で睨み付けた。

 そしておもむろに口を開くと……、


「おいクソアマ。いるんだろ? いつまで引き籠ってんだよ」

「れ……、零様!? どうしてここに……?

 いやそうじゃなくて、ダレモイマセンヨ」

「遊びに来たんじゃねーんだよ。俺がこの扉をぶち壊す前に答えろよ」


 青筋を立てた零が拳を握り、半ば脅迫気味に脅し立てる。すると部屋の主は慌てて扉を開いた。

 扉を開けた部屋の主、もといオルガは自慢の銀髪と柔肌に冷や汗を流している。


「壊すの止してくださいな」


 零が「ぶち壊す」と言ったら、それが扉だかで済むはずがない。さすがのオルガもそれを察して大人しく素顔を晒した。

 零は慌ててドレスを着崩したオルガの横を素通りして部屋に入る。そして手近のソファーに腰を下ろすと、オルガに着席を促した。

 断ることの出来ないオルガは零の正面にある椅子に座り、気まずそうに視線を逸らす。


「何視線外してんだよ」

「き、気のせいですわ……」


 零の問いかけに、オルガは不自然な声音で返す。その態度は零を逆撫でするには十分すぎた。


「…………はぁー」


 零は静かに指を折り畳み拳を固める。


「だからここで力押しは止めてくださいまし!」


 オルガが慌てて零を諭し、やっと拳はほどかれた。

 それでも零は無言の威圧感を放ち、オルガに喋ることを強要する。

 無抵抗を悟ったオルガは膝に手を置き姿勢を正す。

 その視線は虚空を泳ぐものの、オルガはゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「わたくしには太郎や紗耶さやたちに会わす顔がございませんわ。

 何と言うのでしょうか……。これまで抱いたことのない複雑で奇怪な感情の渦に飲み込まれた。そんな感じですの」


 オルガの眼差しは零を捉えては外すを繰り返し、最終的には上目遣いで落ち着いた。

 萎縮したオルガに対して、零は大仰に脚を組んでのえぞり反っている。


「で?」

「……『で?』?」


 零の唐突な返答に、オルガは思わずおうむ返しをした。目を丸くしたオルガは零の反応を窺う。


「お前の事情は知らんが大体分かった。つかどーでもいーんだよ。お前はいつまでここに引き籠ってんのか? ってことだよ」

「『いつまで』って……。それはわたくしにも分かりかねますわ」


 オルガがそれ以上何も言わないと悟った零は、溜め息と共に立ち上がった。

 零は椅子に腰かけたままのオルガを見下ろして、何も言わずに踵を返す。


「お待ちください零様」


 しかし零はオルガの呼び止める声に反応することなく歩を進める。


「零様!」


 オルガが立ち上がった勢いで椅子は大袈裟に倒れ大きな音が上がる。その音で零は足を止めた。


「んだよ」


 零は振り返らずに抑揚のない声で反応を示した。

 零の大きな背中に、オルガは震え怯えた様子で言葉をかける。


「零様がわざわざ中枢にいらしたということは、何か他のご用事があるのではありませんか?

 ただわたくしに会うために、なんてことはありませんわよね……?」


 オルガは視線を泳がして一言ずつ紡ぐ。

 その間零は清聴し、ふざけた口調で切り返す。


「さーな。何考えてたかなんて知らねーよ。一時の感情の赴くままに、だ。

 まー、オルガの様子次第で何かしらの珍事を仕出かしていたかもな」


 両手を上げてコミカルに言い放った零は、再び足を進めた。今度はオルガの強い呼びかけにも止まらない。


「零様! 零様……! 零……様……」


 オルガはどんどん声が細くなっていく。泳ぎながらも上を向いていた視線も墜落して零の靴を見る。

 オルガは胸元で弱く握った手を見詰め、声が吐息となった。

 オルガが迷いを抱く間にも零は遠ざかる。

 零はしっかりと一歩を踏み込み、扉を目指す。そして零がドアノブに手をかけた。


「零様!!」


 そのとき、オルガは何かを決意したように力強く零の名を呼んだ。そしてオルガは能力を使わず、自分自身の脚で零に駆け寄った。

 高鳴るヒールの音は七つ。最後の一歩はより甲高く響き、その次には身体と身体が触れ合う鈍い音。

 後ろから零を抱き止めたオルガは、首に回した腕で強く抱き寄せる。

 自身よりも背丈の高い零に背伸びで抱き着いたオルガは、零の耳元で心の声を言葉にした。


「わたくしは零様が好きです。わたくしは七年間ずっと零様にアプローチをしてきました。しかしこれは、今までの中でも一番の告白ですわ。

 ……答えをお聞かせください」


 オルガは最後まで言い切ると、零を逃がさないように一層強く抱き締めた。しかしその腕はか弱く震えていた。

 零はオルガを力ずくで振りほどこうとはせず、丁寧にオルガの腕を外す。


「お答えください零様。わたくしは……、待ちません」


 オルガは震える声で決意を声にする。

 零のさっきまでのふざけた雰囲気はどこへやら、真っ直ぐな瞳で振り返った。


「俺には一体、倒さなきゃならねー敵がいる。そいつを殺ったら考えといてやるよ」


 零はオルガの紅の瞳を見詰めて宥めるように言う。

 しかし涙を浮かべたオルガは首を横に振った。


「またそれですわ。今回こそはわたくしは本気ですのよ!」

「だからな、俺の予想が正しければ上が動き始めている。遠くないうちに決着がだな……」

「待つのは嫌ですの! 零様の答えをお聞かせください。たとえ“ノー”であってもわたくしは受け入れますわ!」


 完全に興奮して我を失ったオルガは聞く耳を持たない。零にすがり付いて離れようとしない。

 「くそったれ……、めんどくせーな……」と愚痴を溢し頭を掻いた零はとうとうオルガを腕力で引き剥がした。

 オルガが我に帰ったときには既に遅し。

 零の瞳がオルガを強く見据えている。

 自分の失態に気が付いたオルガは、慌てて釈明をする。


「零様っ、あの……、すいません取り乱しましたわ。わたくしの不徳ですの。どうかお嫌いにならないで」


 マシンガンの銃弾のように止めどなく溢れるオルガの言い訳。

 すると、パクパクと動くオルガの唇を零が塞いだ。呼吸が苦しくなるほどの間、オルガの唇に生々しい肉感が触れる。

 オルガの後頭部に回った零の手がオルガを引き寄せ、唇と唇が重なる。

 そして次の瞬間に感触は離れていった。

 瞬間的な出来事でありながら悠久のようにも感じられる時間は終わり、零は反転した。


「……ぇ」


 たった今発生した出来事に情報処理が追い付かなくなったオルガはストンと座り込んだ。オルガは自身の唇を指でなぞり、甘酸っぱい感触を反芻する。

 一方の零はオルガから顔を隠すようにそっぽを向き、ぶっきらぼうにドアを開けた。


「今はそれで我慢しろ」


 零はオルガの返事を待たずに出ていった。

 バタンッ! と壊れるのではないかと疑う程の音を立ててドアが閉まる。

 そしてオルガはやっと事実を認識し、耳まで真っ赤に染める。

 沸騰しそうな程に熱くなる顔を、だれにもいないのに両手で覆う。我慢出来ない興奮と羞恥に身を捩り、声にならない声で絶叫する。叫んだままオルガはベッドに飛び込みシーツを頭から被る。

 そしてオルガがやっと微笑んだ。

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