一難去ってまた一難
~あらすじ~
突如として教室に現れたアイーダは、王太郎たちに対して穏健な態度をとる。そんな王太郎はアイーダに不信感を抱きながらも時は過ぎていく。
そして王太郎は新たな難題に出くわす。
王太郎は新たな難題を乗り越えることが出来るのか!?
その先にあることとは!?
「あら、そんなに驚くことかしら?」
瞬く間に教室中に波紋した驚嘆の波を、当の本人であるアイーダは一言で一蹴した。
俺たちは目の前の金髪美人がオルガの実姉であることとともに、一つの自明な事柄に驚いてもいる。
オルガは“大罪の魔王”の一角である“色欲の魔王”を務めている。となれば、その実姉であるアイーダも“大罪の魔王”であるのではないだろうか……?
「アイーダさんがオルガのお姉さんならもしかして……」
「ええ。恐らく貴方が考えていることは正しいわ。けれど、今はどうでもいいことよ」
俺の思考を先読みしたアイーダは絶対的な笑みを崩さない。細かいことを全く気にかけない。
「それよりも他人行儀は止めて頂戴。貴方たちがオルガの友達なら私も貴方たちの友達よ。特に私と貴方は初対面ではないのだから、無礼講でいきましょう」
「はい。……じゃなくて、あぁ。あぁ?」
アイーダは今「初対面ではない」と言ったか?
だとすればどこで……。記憶を辿ると、アイーダらしき人物がぼんやりと浮かぶが確証が得られない。
「どこで会ったのか……? うーむ……」
俺は必死に記憶の海を遡る。
すると、唸る俺を見かねた紗耶が小脇をつついてきた。
「私もアイーダに会ったことあるよね?」
「ん~。そんな気がするが思い出せん……」
「そうなんだよね~。靄がかかったみたいにぼんやりしか……」
「「うーーむ」」
俺と紗耶が声を合わせて首を捻っていると、見かねたアイーダが声をかけてきた。
「そうよ。私は朝臣王太郎くんと宇佐美紗耶さんと会ったことがあるわ。もう言っていいことよ」
「おっ」
「あ……、思い出した。トレーニングルームで会ったんだ」
アイーダの言葉がまるで鍵だったかのように、脳内に満ち満ちていた靄が晴れていく。
つい先日の雨の日、トレーニングルームで出会った女性だ。確か「会ったことは内緒」だと口約束をしたはずだったが、どうして今の今まで忘れていたのか……。
「どう? 思い出した?」
「あ、……あぁ一応」
それでも釈然とはしない。
「そろそろ私たちも発言いいかしら?」
すると挙手をした恵梨香が口火を切った。挙手をして話を切り出すのは二騎先生の厳しい教育の賜物だろうか……。
ってそんなことはどうでもよく、恵梨香の横の昴や颯介、七海も発言したそうな面持ちである。
恵梨香の提案をアイーダは首肯で返した。
一番最初に喋るのはもちろん恵梨香だ。
「オルガの場所を知らないかしら。昨日から探しているの」
「ご免なさい。それは機密だから言えない。言えるとするなら、オルガは学園内にはいないわ」
「ってことはオーちゃんはまだテロ組織と戦ってる、ってこと?」
「それもノーコメント。ご免なさいね」
さっきまでの笑顔とは打って変わって、アイーダは申し訳なさそうな顔をする。その礼儀の正しさに、逆にこちらが困惑してしまうほどだ。
しかし、この表情はアイーダの本心ではないのだろう。
“大罪の魔王”である零やオルガの第一印象は、隠しもしない虚ろな瞳だった。目の前の俺たちの、さらに遠くを見透かすような憂いにも似た瞳。
だがアイーダの第一印象は零やオルガとは真逆とも言える。
本心を見せるつもりがない。そのくせ浮かべる表情は取って付けたようなものばかりだ。「私の真意を看破してご覧」と言わんばかりの、挑戦的な態度。あからさまな偽物の分厚い仮面の下で嘲るような彼女は、歯に衣着せぬ零やオルガよりも遥かに厄介だ。
アイーダは俺の詮索に気付いていないのか、はたまた気付いていない振りをしているのか。顔色一つ変えないで会話を続ける。
「言えることがあるとするなら、私はオルガの代わりに貴方たちの魔術訓練特別顧問を請け負ったこと。それといつもの失踪癖が発動した零の代わりに学の秩序を保つこと。この二つの目的で雇われた、ということね」
「失踪癖……!?」
アイーダのその一言に、一同は驚愕し沈黙するしかなかった。
何というか言葉にもならない飽きれ。零らしいといえば零らしいのだが……、やはり昨日の激昂もあり何か裏があるように思えて仕方がない。
「零の当てはないのか?」
一同が沈黙を貫く中、昴が淡々と口火を切った。
「“世界樹”かしらね」
そしてアイーダは躊躇うことなく言い放つ。隠すつもりもない、とそういうことだ。
アイーダが口にした“世界”とは、この世界の中心ともいえる世界評議会本部のことだ。
スイスのジュネーブにある世界評議会は、北極点に現れたホールに対する最前線である。
10年前の“世変の勝鬨”以降ジュネーブ以北の地は、空気中の魔力濃度が高過ぎるために立ち入り禁止の区域とされた。そして評議会は本部をジュネーブに置き、世界有数の魔導師を集め一つの魔術都市を作った。
その魔術都市のど真ん中に位置する世界評議会本部の姿が大木に似ていることから“世界樹”なんて呼ばれたりする。他には“中枢”とか“御上”とか呼ぶ人もいるらしく、呼称に関しては千差万別である。
もちろん“大罪の魔王”は世界評議会の最高機関に属しているから、零が世界評議会本部に向かうこと自体が不思議なのではない。
「失踪癖」で軽く世界評議会本部に赴くということが非常識なのだ。
「と、楽しいお話だけれどここまでのようね」
すると突然アイーダが手を打って話を切る。
そして示し合わせたようにチャイムが鳴った。担任の二騎先生が入室する。
「やべっ」
俺は慌てて自分の席に戻るが、あいにく二騎先生の目に留まってしまった。
「勉強もせずに余裕だな朝臣。その調子だと次のテストも楽勝だと見た」
開口一番勉強のことを指摘するとは、ひょっとしたら二騎先生はいい先生なのかもしれない。……その手に火の着いたタバコがなければ。
「嫌だな先生。次のテストはまだ一ヶ月も先ですよ。楽勝に決まってる(?)じゃないですか」
俺は上手くやり過ごすために、全力の愛想で応対する。勉強自体楽勝なわけではないが、テスト勉強となれば徹夜でも丸暗記でも何でもする覚悟だ。実際今までそれで上手くやってきたのだ。
きっと次のテストだって赤点は回避できる……。
対して二騎先生は灰皿に吸殻を押し付けて呆れ返った顔をする。
「テストは来月ではなく来週だぞ。何を寝惚けたことを言っている馬鹿者が」
「……へ? 聞いてませんよ!」
テストは来週?
通常、定期テストは五月の末にある。しかしヤマト魔導学園は前期の終わりに一気にテストを行う。
まだ六月末だぞ。期末というには程遠い。
それに変更は今の今まで聞いたことがない。
……と言うことは。
「なら今言った。精々赤点を取らないように頑張るんだな」
サクッと報告を済ませた二騎先生は出席を取り始める。そして再び大切な報告をサクッとした。
「赤点をとると土日のうちに補習があるから気を付けろよ」
それを聞き、俺は修羅のごとき追い込みをした。
一週間徹夜をして怒濤の丸暗記。教科書やノートの内容を意味も分からず反復する。
そうする内に一週間はあっという間に経過した。
迎えたテストに気合いで挑んだ。
そして俺は……。
「はい。それでは“魔導物理学基礎”の補習を終わります。お疲れ様でした~」
燦々と晴れ渡る晴天の土曜日。やっと補習の一コマ目が終わった。
補習を担当していた香月先生は教科書一式を抱えて教室から出ていった。
先生がいなくなったことにより、やっと緊張の糸が弛んだ。
「やっと終わった~。てかまだ五コマも残ってるのかよ」
椅子の背もたれに身を任せ伸びをする。凝り固まった筋繊維が名一杯伸びて骨が軽快な音を立てる。
すると仰いだ天井との景色の間に紗耶の顔が割って入る。
えらく仏頂面をしている紗耶はそのまま俺の顔面にチョップを下す。
「いてっ! 何しやがる紗耶!」
「苛々してるから八つ当たり」
「そんな理不尽な! この暴力おんn」
「ていっ」
「いjy∧4s←〇∞!!」
二発目のチョップは喉仏を直撃して噎せ返ってしまう。胃液が飛び出すかと思った。
「お前らうるせーな! 俺は次の授業に備えて仮眠してんだよ!」
すると、三人目の補習受講者が怒鳴り声を上げた。
そいつは短髪の頭を掻きむしって俺たちを睨み付ける。が、こいつも補習を受けている手前偉そうには出来ないはずなんだが……。
「いいか馬鹿共。俺はこのあとも訓練をするために体力を温存しないといけないんだよ」
「だってさ王太郎」
「何だかんだ言ってるけど、結局はこいつも赤点取ったんだろ」
どうして偉そうに出来るのか。些か不思議ではあるが、本人が一番こっぱずかしいらしい。耳まで真っ赤にして激昂する。
「なるほど。お前が噂の1組の朝臣 王太郎か! なるほどなるほど……、許さん!」
「どうしてそうなった!?」
短髪の男子生徒はさすが赤点を取っただけの国語力だ。話題の飛躍が甚だしいぞ。何言いたいのか全く分からん。
が、答えはその男子生徒がすぐに教えてくれた。
「1組には“大罪の魔王”が二人もいると聞いた。それにことあるごとに事件に巻き込まれ解決する……。不公平だ!」
訂正。聞いても言いたいことが全く分からん。
「要は、『自分も事件に巻き込まれて解決したい』ってこと?」
すると男子生徒の言わんがことを理解したのか、紗耶が仲立ちして翻訳した。
しかしその中身はとても高校生が抱くような不満とは言えない。まるで目立ちたがりの子供の駄々である。
「その通りだ!」
よし分かった。
目の前の名も知らぬ男子生徒の頭の中は駄々っ子そのものだ。
「それ故に!」
どれ故だよ。「それ」の使い方間違ってるぞ。
キーンコーンカーンコーン……。
「……っ!」
っと、正真正銘の馬鹿の相手をしていたらチャイムが鳴った。二時間目の補習が始まるようだ。
えーと次の授業は英語だったかな。担当の先生は確か……!
しかし頭に血の昇った男子生徒はチャイムに気付かず、その弁舌を止める気配を見せない。
「俺、1年6組浪岡成久はお前に決闘を申し込む!」
「はぁ!? お前急に何言ってんだよ。脈略がなさすぎて訳が分から」
「いい加減に黙れ馬鹿者がっ!」
スパーン!
電光一閃。目にも止まらぬ早さで名簿帳が俺と浪岡の頭を跳ねた。軽快かつ痛々しい音が鳴り響く。
そんな芸当をする英語教師など、世の中広しと言えど一人しか思い付かない。
「二騎先生……」
「お前らは決闘する前に勉強があるだろう」
怒髪天を突くとは正にこのこと。俺はとてつもなく怒る二騎先生の後ろに阿修羅を見た。
これから勉強はまともにやろうと思います。




