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入学初日と暴君教師

 200X年、北緯90゜の北極点。そこに現れた針の穴程度の黒いシミ。誰にも気付かれることのないシミは、ただそこに在り続けた。

 そしてシミは蠢き出す。シミは極北の海を蝕み、遂には海を丸ごと呑み込んだ。

 人類が異変に気付き、調査を始めたときには遅かった。

 “ホール”と名付けられたシミからは既存のものではない“何か”が溢れ出ていた。

 ホールに呑み込まれ、感化された多種多様な生物が豹変を遂げ、進行を始める。人の、生き物の多い所へ多い所へ。怪物と化した生物は北欧に到達し都市を襲った。

 生物の怪物化は人間とて例外ではなかった。

 道徳的な論議は足並みを狂わせ、怪物の前線は南下する。

 怪物への攻撃をしても既存の兵器は無力だった。

 “魔獣”と呼ばれた怪物の進行に成す術なく、人類の一〇%が失われたとき、人類の希望が現れた。

 七人の少年少女が繰り出す兵器とは違う異能。異能は“魔術”と称され、七人は未知の力で魔獣を圧倒した。

 魔獣に対しての“魔術”を用いた戦いは三ヶ月もの間続き、初めて魔獣の前線を押し返すことに成功した。

 その後も人類と魔獣の戦いは続いている。

 魔力を克服した“魔導師”と呼ばれる者は魔獣と戦い、一つの共通の敵を得た世界は“世界”としての纏まりを結成した。

 そして最初の七人の魔導師を、人々は畏敬の念を込めて“魔王”と讃えた。


 皮肉なことに、彼らはいつしか“大罪”の名を冠して称される。








「────であるからして、諸君“ヤマト魔導学園”の学徒は世界の最前線においても活躍出来る人材になりうるのであり、その誇りを持つことが大切なのである」


 高級なスーツを着込んだ中年、というより最早定年寸前を必死に若作りする学園長はかれこれ三〇分は喋り続けている。

 校長なり学園長なりは長話になるらしい。聴く側はずっと座ってなきゃいけないし、ましてや最前列なんて船も漕げやしない。これは拷問だ。


「なぁ、いつ終わりそうだ?」

「知らないわよ。今話しかけないでくれる」

「変な所で真面目なやつめ……」


 隣の席に座る幼馴染みの“宇佐美うさみ 紗耶さや”に話しかけるも断られた。

 まぁ俺も紗耶も最前列だし喋ると目立ってしまうから無理もない。だがこの無駄話を三分に一回のペースで繰り返したりしてるから、すでに教員に睨まれている。

 生徒の列の横に並んで座る女教師がメッチャ睨んでくる。

 タイトスカートから伸びるしなやかな脚を大仰に組んで、いかにも苛ついたように指をばたつかせている。目付きも鋭く……、もう切れ味抜群に吊り上がっている。おっかねぇ教師もいるもんだな。ぜひとも関わりたくない。


「──以上を祝辞と代えさせていただきます」


 そしてやっと学園長の挨拶が終わった。その後の式は粛々と執り行われ、退場のアナウンスによりこの場を後にする。

 200X年の魔獣の大進行及び魔導師の反逆は「世変せいへん勝鬨かちどき」として歴史の一ページになり、世界もその姿を一変させた。

 ここは“日本地区”にある魔導師育成を目的とした“ヤマト魔導学園”。その第一期生の俺たちは今日、入学しました。






 入学式を執り行った講堂を、教師の先導により後にする。大量の生徒が列を成す中、ここでも最前列の俺はあの苛つき女教師に連れられて講堂を出た。スラリとしたプロポーションに長い黒髪。凛と背筋の伸びた彼女の後を行く。

 校舎へ渡る渡り廊下の途中、ふと見た外には芝生が生い茂る中庭。青い芝生は陽光を浴びて背伸びした体をそよ風につつかれる。


「いい天気だな……ん?」


 爽やかな気分に浸っていたとき、少し小高くなった丘に人間の足を垣間見る。学園の制服を来た足は動くとまた止まる。これはきっと寝ているに違いない。

 怪しいというかおかしいというか、そんな足を歩きながら見送った俺は、校舎に視界を遮られた。


 そしてしばらくして辿り着いた教室。我ら“1年1組”はHRホームルームを始める。

 担任として教卓へ上るのは例の苛つき女教師。

 純日本人らしからぬ凛とした顔立ち。両手にはそれぞれ用紙を綴じたバインダーと火の着いた煙草。傍らに灰皿を置いて、丁度吸い終わった三本目の煙草を揉み消した。

 凛々しい片眉が苛立たしそうに吊り上がっていた。


「オヤジがだらだら喋るなよ、まったく。こっちは着なれないスーツ着て大人しく座っているんだぞハゲジジイめ……」


 四本目の煙草に火を着けて煙を吹かす。

 もう一度言おう。この女教師は教卓に上る、すなわち座ってやがる。長い右脚を折り畳んでダルそうに右手を乗せる。ちょっと煙がこっちに漂っているんですけど!

 そんなことも気にすることなく四本目を吸い終わる。

 やっと満足したのか、手元のバインダーに目を落とした女教師は、やっと担任らしいことを始める。


「あぁ、あたしはここの担任の“二騎にき・フォルオム・千里ちさと”だ。あたしのことは“二騎先生”もしくは“プロフェッサー二騎”と呼べ」


 うん担任っぽい自己紹介! ……な訳あるか! やり過ぎ感が強いし、それに曲者の雰囲気しか漂ってこない。


「あの、それじゃあ自己紹介は俺からしたらいいんですか?」


 状況も担任の人間性もよく分からないまま、それでも俺は流れを汲もうと質問をする。

 しかし担任が凄味を含んで睨み返してきた。


「誰が発言を許可した、生徒Aは黙ってろ!」

「す、すんません!」


 謝っちゃったよ。もう目付きが怖いんでね、動物的本能がそうさせた。


「あの、俺は生徒Aじゃなくて“朝臣あそん 王太郎おうたろう”って名前なんですけど……」


 今度は挙手をして発言する。


「そんなのあたしが知る訳ないだろ。お前のことは今初めて見た」

「手元のバインダーに名簿とかないんですか!? 受け答えが雑すぎる!」


 つい語調を強めてつっこんでしまった。そんな俺を二騎先生は黙殺した。


「お前は誰に口を聞いているんだ?」

「すいません!」


 高速の反射で謝っていた。だって怖いんだもん。


「それにあたしはこの学園には担任をしに来た訳じゃない。こんなバインダー必要ない」


 そう言って教卓から降りた二騎先生は、目の前の空席を踏みつける。鋭いヒールを打ち付けられた机の天板に穴を穿つ。


「どうもお前らは勘違いしているようだが、一つ言わせてもらう。お前ら齢一五、十六程度の青二才に、どうしてここまで国民の血税を注いでいると思う? おい、生徒A答えろ!」


 そして俺を指差す二騎先生。急に指名されても答えは浮かんでこない。


「えぇ……と、あー」

「遅い! あたしの質問には三秒で答えろ!」

「はい!」


 と言いつつも急に指名してそれは無茶かと思います。なにか答えなきゃ。


「早く答えんか!」


 マジで恐ろしい剣幕に身が縮こまりながらも、やっとの思いで答えを捻り出す。


「分かりません!」

「認めん!」


 えぇ! なんたる暴挙か先生よ。高速レスポンスの修行は積んでないのですよ俺は。これはあれか、世に言う「詰み」というやつか。


「もういい、生徒A、お前が答えろ」


 もう一度こちらの方向へ顔を向けて指名する。よし、今度こそ答えてやる。三秒以内だな。


「やっぱり分かりません!」


 今度は高速レスポンスしてやったぞ。分からないままだけども……。あえて「分からない」と答える。どうだ参ったか先生よ。


「お前じゃない! 馬鹿は黙ってろ! お前の後ろの生徒だ」

「全員『生徒A』ってそんな分かりにくい言い分けがあるか!」


 ……しまった。またまた口調が……。


「口を慎め大馬鹿者が!」

「うぉっ! 危ねぇ!」


 二騎先生はバインダーに挟んでいたボールペンを飛ばす。ボウガンで射ったかのような直線的かつ鋭い射的を、俺は顔すれすれでかわした。


「惜しいな。もう少しでこの世から馬鹿が一人減ったのに」


 本当に当てる気だったらしく悔しさを滲ませる二騎先生。

 そして二人目の生徒Aに回答を求める。その生徒Aとは、俺の後ろの名簿の生徒である宇佐美 紗耶だ。


「えと、私たちを魔導師にするため、ですか?」

「うむ、まぁそんなところだ」


 と頷いた。反応違いすぎませんか? まぁ、俺がふざけた答えをしたのが悪いんですけどね。


「だがそれは今、お前らが考えることではない。あたしも含め人間の中にはホールから漏れでた“魔力”が蓄積されている。それを自力で抑え込むことが目標だ」


 ズバッと言い切ると、誰かの唾を飲む音が聴こえた。


「これは魔導師全てが通った道だ。お前らは学園ここにいる三年間で絶対に魔力を支配しなければならない。体内に溜まった魔力が暴走し、“魔獣”になる前に、な」


 片脚を机に乗せたまま次の煙草に火を着ける二騎先生。

 教室内の空気は重く淀む。

 北極を覆うように蠢く暗黒の“ホール”。そこから溢れる謎の物質が“魔力”と呼ばれる。

 生物の体内に蓄積した魔力はときに生物を乗っ取り魔獣へと化かす。そんな魔力の暴走は思春期に多く見られることから全世界で学園が設立され続けた。


「お前らが学園でテキトーに過ごそうが真面目に励もうがやることは決まっている。

 それにタイムリミットが三年とも限らない」


 入学という浮わついた気分を叩き落とされた。教室はどんよりとした空気に包まれる。


「これが現実。お前らがあたしのことをどう思おうが構わない。あたしの仕事は先に言った通り、お前らを導くこと。少なくとも学園の中にいる間はあたしに従え」


 二騎先生はまだ燃えるタバコを灰皿に押し付けて揉み消す。そしてあの鋭い眼光。


「これは命令だ」


 まさにカリスマ性だ。その一言で教室の中にどんよりとした空気感はなくなっていた。心地のいいような、それでも息をするのも苦しくなるような緊張感が頭をもたげた。

 誰もが視線の前の教師に釘付けになった。

 そしてその教師は机に乗せた脚を下ろし、手元のバインダーを覗いた。


「だから必要なことは最小限に済ます。自己紹介なんぞ後で勝手にやってろ。配布物は前に置いておくから勝手に取っていけ。クラス長は、誰でもいい。お前がやれ生徒A」


 モードを切り替えた二騎先生はバッサバッサと機械的に事務作業をこなす。

 相も変わらず生徒のことを生徒Aと呼ぶ。だから指を指された気がするけど俺は決してクラス長なんかじゃない。


「という訳だ。クラス長、こいつを探してこい」


 二騎先生が“こいつ”と指差したのはさっきまで脚を乗せていた空席。


「中庭か屋上か別館にいるはずだ。ちょっと走ってこい」


 ほぅ、クラス長はいないやつを探す仕事もさせられるんだな。南無南無。


「おら、早く行け馬鹿。『きっと俺じゃない』って顔をするな」


 嗚呼やっぱり俺でした。これ以上シラを切ると殺されそうだ。


「分かりました。中庭と屋上と別館ですね」

「そうだ。二時間で帰ってこれたら上々だな」

「……え?」


 にじかん? そんなにかかるんですか?


「この学園はやたらと広いからな。敷地を走り回って二時間。人を探すとなると半日くらいにはなるか」

「さらっとブラックな仕事をさせないでくださいよ! そんなにこの学園って広いんですか? うっかり迷子とかになるやつですか!?」

「迷子というより遭難だな。そのときはお前もついでに探してやるから早く行け」

「いや、それはさすがにちょっと……」

「うるさい死ね」

「……はい」


 有無も言わせぬ圧力と教師らしからぬ発言。「死ね」と「行け」を言い間違えたのだろうか。……どんな間違いだ。

 これ以上の反駁は無駄かつ、命の危険を伴う。さっさと“こいつ”と呼ばれた生徒を探しに行こうと決意した。

 後ろの席の紗耶はニヤニヤと笑ってやがる。


「この野郎……」


 紗耶に恨み言を言っていると、命知らず(ついでに名前も知らず)の生徒が声を上げた。


「二騎先生、その男子生徒をクラス長に任命するのには異議があります!」


 俺の席とは対称の座席、すなわち最後列の廊下側の女子生徒が挙手をして発言した。

 その女子の発言を二騎先生はたいそう面倒臭そうに睨み返す。

 黒髪をおさげにしたいかにも生真面目そうな女子は、二騎先生に睨まれたにも関わらず強く背筋を伸ばす。


「その様な不真面目で締まりのない生徒にクラス長は勤まりません。再考すべきだと思います」


 真っ直ぐ教師二騎先生を見詰めたまま言いきった女子生徒に拍手。なんだか俺が凄く馬鹿にされてたけど、構わず拍手。

 しかし言われっぱなしの我らが暴くn……二騎先生ではない。一層殺気にも近い圧力を醸し出して女子生徒まで歩み寄る。


「言ってくれるじゃないか。あたしの指示に不服か?」

「いえ、人選です。例え先生の人選だとしても納得出来ません。適当な方法での再選を希望します」


 なんだよ、あの女子はマジの命知らずかよ。二騎先生に向かってとんでもないこと言いやがった。

 二騎先生はしばらく腕組みをして考える素振りをする。

 ついでに俺もこれを機に再選を希望します。声にはしないけど僅かな反逆である。

 しばし瞑目した二騎先生は目蓋をゆっくりと開けた。


「勘違いするなよ。誰もお前のような小娘の意見など求めていない。あたしの命令は絶対だ。聴いていなかったのか」

「しかしそれでは……!」

「つけあがるなよ」


 二騎先生は語気を険しくし、低い抑揚のない声で言い放つ。その迫り来る迫力に打ち負けた女子生徒はストンと椅子へ落ちた。


「という訳だ。お前たちの意見は聞いていない。分際をわきまえろ。……おい生徒A、早く行ってこい」


 どの生徒Aだよ。あんたは皆生徒Aって呼ぶから分からねぇよ! ……って俺のことか。


「ただいま行って参ります!」


 そして全力で走り出した。

 クラス中から飛んでくる視線が背中に刺さる。さっき発言をした女子生徒ももれなく俺を睨んでいる。

 教室を飛び出して、一目散に屋上へ向かう。

 階段を上がるとすぐに屋上へ続く扉が見えた。鉄製のそれを身体をぶつけるように押し開くと、湿り気のある風が頬を掠める。

 人気のない屋上と、それを覆う曇天が対称的に眼に写る。






「はぁはぁはぁ……」


 午前中は快晴だった空も黒い雲が覆っている。一雨降りそうな土臭さが鼻を突く。


「どこにも見当たらない」


 行方不明の同級生を探しに教室を出て約一時間が経過した。

 俺らの教室の入っている教室棟、特殊教室棟、武闘場のある武闘棟などの屋上を往復した。

 それだけでもう膝が大爆笑。にも関わらず、まだ中庭探しもあるのだ。

 さらに言わせてもらうと、中庭がだだっ広い。“中庭”なんて名前しながら広さがグラウンドじゃないか。


「これはあれだ、諦めるか」


 押して駄目なら引いてみろ。名言である。それに倣って中庭は諦めよう。マジで日が暮れそうだ。

 残るは別館。確か別館は附属の研究施設がメインだ。研究員を志望する者が事前に設備に触れるらしい。そのために学園の敷地内に建てられたとか。

 ちなみに卒業後の就職口としても利用される予定らしい。

 一番近くの建物まで歩いて行けなくはないが、そこはインフラが整った学園。バスが敷地内に走ったりしてるのです。

 バス停で待つこと一〇分。来ない。

 一〇分で来るとは思ってないけども、よくよく考えたら他の生徒が活動してない訳だからバスは走らないのか。


「……歩くのか」


 この際どうでもよくなった。歩くならさっさと歩こう。行方不明の同級生を見つけ出すことが最優先だ。さもないと教室に帰れない。……ブラックだ。

 とぼとぼ歩くのも世知辛いので風景でも楽しもう。……風、景?

 右手にバスなどの車の通る車道。左手は名も知らぬ植物の植え込み。常緑で肉厚のある葉はあれども花は咲いていない。

 特に変わることのない道を呆けながら歩き続けること一五分。一番近くの別館へ案内する看板が眼に入る、


 『←50M 研究棟』


 真っ直ぐ舗装された歩道を行く。五〇メートル進み、ようやく一つ目の別館を拝もう。

 角を左に曲がるとそこにあったのは──。


「Uuuu──」


 それは黒々しい体躯を揺らし、研究棟の外壁に群がる。所狭しと唸るそれは溢れ返り、曇天からは雨粒が落ちてきた。


「これは……、魔獣……?」


 ゆたりと振り返った魔獣の紅眼に、蒼白した俺の顔が写っていた。

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