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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第6章 証の子守唄(アカシノウタ)
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第7話  信じられない話を拾う 4

「……王子様? ワクァが?」

 時が止まったようだと、ヨシは思った。だが、時が止まっていない事を証明するように、眼前の王はゆるやかに頷いた。

「けっ……けど! 王子様は病気で亡くなったって……」

「正確には、行方不明になったのだ。懸命に捜索したのだが見付からず、混乱と政治利用を恐れて半年後、王子は病死したと発表した」

「だからって……名前が同じってだけじゃ……」

「この国で、ワクァと言う名前を持つ者は多くはないはずだ」

 そう言って、王は懐かしむような顔をした。

「ヘルブ王族は、子どもが生まれると、できる限り先例のない名前をつける。市井の民の戸籍を調べ、時には他国の文化に基づく名前を名付け……。特別化を図るためでもあるし、同じ名前である事で市井の民の子どもが要らぬ苦労をせぬようにな。……勿論、それでも被ってしまう事が無いわけでは無いが」

「でも……王子様の名前を真似して名付ける人とか、絶対にいるじゃない。心配したところで……」

 王は、かぶりを振った。

「だから、王子の名はある程度成長するまで秘するのだ。君が生まれてから後に誕生した王子はいないから、知らないだろうが……。王子が自我を持ち、その性状が周知となるまで、その名は隠される。……ただ一つの例外を除いては」

「例外?」

 王は、頷いた。

「王子が成長を待たずして、身罷った場合だ」

「……!」

 ヨシは、息を呑んだ。王は、遠い昔の事を思い出す顔をして語る。

「幼くして命を失った王子を民に弔ってもらうため。そして、成長する事無く命を落としてしまうような名を、間違っても親が最愛の子に名付けぬように……。そして、我が息子のワクァが行方不明になり、死亡が発表されたのは……あの子が二つにもならぬ頃。……よほどの変わり者でなければ、子どもにワクァと名付けたりするような親はいるまい……」

 今度こそ、場は静まり返った。ワクァや王妃を呼ぶために兵士達は出払い、今この場は再び、ヨシと王の二人だけとなっている。

 どれだけの間、二人で沈黙していただろうか。やがてヨシは、扉の外に人の気配を感じた。一人ではない。二人でもない。二人と一匹、だ。そのうちの一人を除くと、それはヨシがよく知る気配で。

 扉が開く。

 案内役の兵士に促され、ワクァとマフが、謁見の間へと足を踏み入れる。

 ワクァは謁見の間の中央へ進み出ると、誰に言われるでもなく片膝を着き、跪いた。傭兵奴隷時代の名残だろう。その動きに、淀みは無い。

「……お召しに応じ、参上致しました。陛下を長くお待たせしてしまった無礼、ご容赦頂きたく……」

 いつもよりも、声が硬い。そんなワクァの頭上に、王の優しい声がかかる。

「……呼び立てをしてしまい、済まなかった。緊張せずとも良い。面を上げて……顔を、よく見せてくれ」

 ワクァの目が見開かれたのが、横顔からでもはっきりとわかった。だが、ヨシが見る限り、ワクァはまだ自分が何に衝撃を受けて目を見開いたのかわかっていない。何か、感じるところはあったようだが。

 ワクァの顔が、ゆっくりと上げられる。その顔に、王の目が大きく見開かれていく。

「おぉ……」

 感嘆の声が、小さく漏れた。王の様子にただならぬ何かを感じたのか、ワクァは微かに首を傾げる。

「ヨシ……これは一体、何が起こっているんだ?」

「あー……アンタが、ひょっとしたらこの国の王子様かもしれないーとか、なんか、そんな感じの事?」

 ヨシの視線を泳がしながらの答に、ワクァは「は?」と眉をひそめた。

「おい、こんな場でふざける奴があるか。真面目に答えろ」

 ひそひそ声の抗議に、ヨシが言葉を返す事は無かった。

「お后様のお越しにございます!」

 先触れの声が聞こえ、途端、謁見の間の空気が張り詰める。奥の扉が開き、兵士と女官が入ってきた。そして、その後に続き、一人の女性が姿を現した。

 優しそうな面立ちをした女性だった。年の頃は、三十代の半ばといったところだろうか。華やかだが、決して豪奢ではないドレスを身にまとっている。

 酷く美しい女性だった。黒く長い髪に、雪のように白い肌。どこか憂いを帯びたその表情が、美しさを引き立てている。そしてその顔は……ワクァと、瓜二つだった。

「な……!」

 ワクァが、言葉を失う。ワクァだけではない。ヨシも、王も。ワクァを案内した兵士も、この女性を先導してきた兵士と女官達も。皆が皆、ワクァと女性の顔を見比べ、言葉を失った。女性も、目を見開いてワクァの顔を見詰めている。

 それほどまでに、二人の顔立ちは似ていた。目付きに多少の違いはあるが、それでも……女性がもう少し若ければ。あるいはワクァがもう少し年を経ていたら。それこそ、見分けがつかなかったかもしれない。

「ミトゥー、身体の調子はどうだ?」

 真っ先に我に返ったのは、王だった。彼は優しい声で女性――王妃に声をかけ、自らの傍へと招き寄せる。ハッとした王妃は、王の傍へと向かいながらも、ワクァから目が離せずにいる。

「今は、非常に気分がようございます。……しかし、陛下。これは一体、何事でございますか? それに、そこにいる……」

 明らかに動揺している王妃に、王は簡潔に説明をした。それを待つ間、ヨシはワクァの顔を見た。そして、ギョッとする。

 顔が、真っ青だ。まるで、幽霊か何かでも見たかのように。

「まさか、そんな……いや、しかし……」

 こちらからも、はっきりと動揺がわかる言葉が漏れ聞こえてくる。黙っている事ができなくなり、ヨシはワクァに話した。死んだはずの王子は、実は死亡が確認されていないという事。そして、王子の名はワクァであり、王子以外にこの名を持つ者はほとんどいないはずであるという事を。

「そういう事だ」

 いつの間にか王妃への説明を済ませていた王が、ヨシの言葉に頷いた。

「ウトゥアが、あの書簡を国の行く末を安泰とする宝であると言ったのも、それならば頷ける。話に聞けば、君はヨシ君が旅の途中で拾ったようなものであり、ヨシ君は紛れも無くヘルブの民であり……正当な第一後継者が見付かったのであれば、国の行く末は安泰だ。そして何より……子に勝る宝は無い」

「……」

 ワクァは、無言のままだ。混乱しているのかもしれない。……それも無理の無い事だと、ヨシは思う。

「……ワクァ……?」

 沈黙を破るように呟かれた声に、一同はハッとした。声の主は、王妃だ。

 王妃は瞳を潤ませ、今にも駆け出さんばかりの様子で、縋るようにワクァに問うた。

「ワクァ……本当に、ワクァなの……?」

 ワクァの顔が泣きそうに歪み、それをぐっと堪えるようにしたのが、ヨシにはわかった。

 長かった。これでやっとお触れは撤回され、ワクァは家族と幸せに暮らせるようになり。そして、この旅も終わる。

 少しだけ寂しさを感じながらも、ヨシはそう思った。

 だが。

「……いえ、恐れながら申し上げますが。陛下、それに妃殿下……俺は……貴方様方のご子息、ワクァ王子殿下ではありません……」

 空気が、凍り付いた。

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