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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第6章 証の子守唄(アカシノウタ)
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第4話  信じられない話を拾う 1

 何度も廊下を曲がり、何度も階段を上り、果てが無いのではないかと思われるような廊下を何度も歩き、多くの人とすれ違い、多くの好奇の視線を浴びて。

 やがてヨシは、謁見の間の扉の前へと辿り着いた。華美な装飾は施されていないが、重厚で立派な作りの扉だ。

 そして、扉の向こうからはビリビリとした緊張感が伝わってくる。思うに、ヨシ達だけではなく、扉の向こうにおわす面々――大臣や衛兵、それに国王――も緊張を覚えているのだろう。何しろ、ヨシが運んできたのは国の行く末を握る宝のはずなのだから。

 ごくりと唾を飲み込み、ヨシは扉に向かって一歩、足を踏み出した。タイミングを合わせるように、左右に控えていた兵達が扉をゆっくりと開いていく。

 次第に広がる扉の隙間から、刺すような視線と、冷たい空気が流れてくる。そして、縋るような、祈るような……微かな気配も。

 人が一人通れるほどに扉が開くのを待ち、ヨシは謁見の間へと足を踏み入れた。躊躇いは無い。バトラス族の集落を飛び出した日の事、酒場での悶着、これまでの旅。様々な思い出が脳裏に蘇り、それらがヨシの背中を押してくれる。「これが、今までのお前の行動の集大成だ」と言わんばかりに。

 深い緑色のカーペットを力強く踏み、謁見の間の中央まで進み出て。ヨシは一旦足を止め、首は動かさずに視線だけを巡らせた。

 左右の壁には兵士が槍を片手に、等間隔で並んでいる。微動だにしない様子を見ていると、あれは兵士の姿をした人形を並べているだけなのではないかと訝ってしまう。だが、よく見れば胸が呼吸をするように微かに動いているのがわかる。あれは確かに、生きた人間だ。

 玉座に近い壁際には、偉そうな髭を蓄えた老人、偉そうな目付きをした壮年、偉そうに背筋を伸ばしている老人……偉そうに見える者が数人控えている。恐らくは大臣だろう。こんな偉そうな人間が大勢いるような場所にワクァが入り込んだら、緊張と嫌悪で過呼吸にでもなってしまうかもしれない。門前に待たせてきて正解だったと、ヨシは思う。

 居並ぶ大臣達の中に、どこか見た顔があるように思う。先日ワクァやウトゥアと共に侵入した屋敷で肖像画でも見たのだろう。……という事は、見覚えのある痩せた初老のあの男は、宰相のクーデルか。

 そして、兵士、大臣達から流れるように視線を巡らせていった先には、玉座。遠目に見ても頑丈に作られているとわかる、赤いびろうど張りのそれには、壮年の男性が一人、どっしりと座っていた。

 どっしりと座っているとはいえ、威風堂々という風でもない。相手に安堵を与える目をしている。柔和で優しい雰囲気をまとい、しかし決して弱いとは思わせない。赤茶色の髪を丁寧に撫で付けた頭の上に、黄金色に輝く王冠を頂いたその男性こそが、トトファ=ヘルブ。このヘルブ国の現国王だ。

「遠路への旅、ご苦労であった」

 王の口から、低く優しい声が発された。どこかで聞いた覚えのある声のような気がすると、ヨシは微かに首を傾げる。その様子を、緊張と取ったのだろう。王は、脇に控える大臣や兵達に視線を巡らせた。

「これは……うっかりしていたな。市井の民がいきなりこれだけの兵や大臣達に囲まれたら、緊張するというものだろう。お前達は下がっていなさい」

 王の発言に、数人の大臣が目を見開いた。

「しっ……しかし陛下! 危険です! どこの馬の骨とも思われぬ者と二人きりになるなど……もしこの娘が、刺客か何かだったら、如何なされるおつもりですか!?」

「まだ十五かそこらの娘ではないか。武器も持っていない……何を恐れる事がある?」

 諭すように言う王に、宰相のクーデルが食い下がる。

「ですが、その髪の色……その娘、かの戦闘民族、バトラス族の者であると推察いたします。バトラス族は武器を持たずとも、そこにある全ての物を武器と変えてしまう蛮族……蛮族を信用する事はできませぬ!」

 あぁ、自分もこの場へは来るべきではなかったか……と、ヨシは唇を噛んだ。世間の、バトラス族に対する評価はまだこんなものだ。ワクァと旅をしていて、すっかり忘れてしまっていた。

 今からでも、この部屋から飛び出し逃げてしまおうか。ヨシが、そんな事を考え始めた時だ。

「この娘はウトゥアの銀貨を持っていた。ウトゥアが信ずるに足ると判断したほどの人物を、何故信用できぬ?」

 ゆっくりと、どこか怒りを含んだ声で王が言い放った。大臣達が言葉を詰まらせると、王は追い打ちをかけるように言う。

「それに、私の祖母はバトラス族の出だ。私にもバトラス族の血は流れている。つまり……お前達は、私の事も信用できぬという事か?」

「そっ……そのような事は……!」

 それ以上の言葉が出てこない様子の大臣達に、王は今度こそはっきりとわかる厳しさを湛えて言った。

「ならば、去れ。私はこの娘と、二人で話をしてみたいのだからな」

 有無を言わさぬその威圧に、大臣達は一人、また一人と謁見の間から退出していく。クーデルだけは何とか残ろうと試みたようだが、王にひと睨みされて彼もまた退出していった。

 大臣達に続いて、兵達も退出していく。もっとも、こちらは扉の外でいつでも駆け付ける事ができるよう待機しているのだろうが。

 広い謁見の間で王と二人きりになっていく様子を、ヨシはただただ、呆然と見詰めていた。

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