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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第1章 双人の旅人(フタリノタビビト)
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第19話 相棒を拾う 10

 あれから、更に二週間が経った。

 傷が粗方癒え、旅ができるようになったワクァは、タチジャコウ家の門前に立っていた。

 これから、どうするか。今まではずっと自由の無い奴隷だった。今からは、自由しかない身だ。

 あまりに極端過ぎる展開に、どうしたら良いのかがわからない。何処かへ行く当ても無い。奴隷だった為、金銭も持たない。働こうにも働き口を見つける勝手がわからない。

 手元にあるのは、リラと替えの衣服一着を入れた鞄が一つ、それに、今まで吸収してきた知識と剣技だけだ。

 途方に暮れていると、背後から声がした。

「お困りのようね~?」

「! お前は……」

 声に反応して、ワクァは振り向いた。そこには、予想に違わずライオンの鬣色をしたみつあみを持つ少女……ヨシが立っている。

「……何の用だ?」

 ワクァが怪訝な顔をして問うと、ヨシは心外とでも言わんばかりの顔で言う。

「失礼ね~。人が折角声をかけてあげたってのに! その様子だと、どうせこの後どうするかなんて決まってないんじゃないの? 何せ、初めての自由だもんね。自由じゃない人間ってのは、自由に憧れてたクセに……いざ自由になってみると何をして良いかわからなくって途方に暮れちゃうもんなのよ。どう? 当たってるでしょ? それとも、何処かへ行く当てでもあるの?」

「……」

 言われて、ワクァはぐうの音も出ない。まさにヨシの言う通りだからだ。当てもなければ、勝手もわからない。

 黙り込んだワクァを見て、ヨシはにっこりと笑って言う。

「特に当ても無いならさ、私と一緒に行きましょうよ!」

「……お前と?」

 ワクァが問うと、ヨシはこっくりと頷いて言う。

「そ! そもそも、盗賊が来るってわかったのは、私がアンタをスカウトしに行ったからじゃないの。だから、私はアンタを拾って旅の同行者にしても、全く問題が無いワケ」

 その言葉を受けて、ワクァは少しだけ考え込んだ。

 確かに、自分には当てが無い。それだったら、コイツについていった方がまだ目的があって良いのではないだろうか? コイツの旅だって、王に献上する為の宝を拾うという当ての無い旅だが、目的があるだけマシだろう。

 それに、奴隷として屋敷に篭っていた自分は、旅のいろはを知らない。まずは、旅に慣れた者と同行した方が現実的というものだろう。なら、旅の相方としてコイツは最適だ。見る限り、旅には慣れている。

 それに、この二週間――昏睡していた時を含めると三週間――コイツは一度も……

「……!」

 そうだ、一度も自分を奴隷と見なした話し方をしなかった。その単語を口にする事はあっても、自分を奴隷だと見る事は無かった。

 ……自分を、一人の人間として扱ってくれた。

「……」

 そこまで考えて、ワクァは口を開いた。

「……俺がすべき事は、護衛だったな……?」

 言われて、ヨシはニッコリと笑う。

「それと、私の話し相手ね! ……よぉ~しっ! 楽しくなってきたぁっ! 仲間はできたし、目的も増えた! これからは、ワクァの家族も探さなきゃいけないしね! 旅の内容が濃くなるわよ~!!」

 その言葉を聞いて、ワクァは唖然とした。

「……今、何と言った……?」

 すると、ヨシは言う。

「? 旅の内容が濃くなるって」

「……いや、その前だ」

「……あぁ、その事? どうせ一緒に旅をするならさ、ちゃんと旅の目的があった方が良いじゃない? 私は、王様に献上する宝物を拾う為。じゃあ、ワクァは? ヘルブ街の住人じゃないから宝探しは目的にならないし、もう充分に強いから武者修行の旅にもならない。だったら、あと考えつく目的は身内探しくらいしか無いじゃない」

 そう言って、からからと笑いながら道を歩き始める。数歩歩いて、そしてふと気付いて言う。

「そう言えば……私、まだワクァに名前を教えてなかったわよね?」

「……そう、いえばそうだな……聞いた覚えが無い」

 そこでヨシはワクァに向き直ると、極上の笑顔で言った。

「それじゃあ改めて……私はヨシ! これからよろしくね、ワクァ!」

 そう言って、ヨシは右手をワクァに差し出した。ワクァは、少しだけ躊躇うと、慣れない仕草で右手を差し出した。

「あぁ……よろしく、ヨシ……」

 ゆっくりと確かめるように言って、恐らくは生まれて始めてなのであろう握手をする。

 そして、二人が改めて歩き出そうとした時だ。

「ワクァっ!!」

 聞き慣れた、声が聞こえた。振り向けば、そこにはやはり見慣れた姿があって……。

「……若……!?」

 ニナンが、泣きそうな顔をしてそこに立っていた。息を切らしている。きっと、部屋からここまで走ってきたのだろう。

 ニナンは、顔と同じく泣きそうな声でワクァに問う。

「ワクァ……本当に行っちゃうの……?」

 その顔に少し罪悪感を覚えながらも、ワクァは言う。

「えぇ……旦那様の言いつけですからね……」

「……」

 その言葉に、返す言葉が無いのかニナンは黙り込んだ。そして、その辛気臭い雰囲気をぶち壊すかのようにヨシは言う。

「な~に暗い顔してるのよ、ニナンくん!? 良い? ワクァは、これでやっと自由になれたのよ!? もう誰かから笑われたり、怒られたり、悪口を言われたりする事も無いの。それは、ニナンくんも望んでいた事でしょ!? 折角ニナンくんが願った通りになったのに、ニナンくんがそんな顔してたら駄目じゃないの! そんな顔してたら、ワクァだって心配で旅に出れなくなっちゃうわ! ほら、笑って! 旅立つ人を送る顔ってのは、泣き顔じゃなくて笑顔だって昔っから決まってるのよ!」

 言われて、ニナンはきょとんとした。そして、ヨシの言葉を飲み込むかのようにゆっくり考え込むと、やがて首を横に振った。

「……ワクァ……」

 口から、言葉が紡がれる。

「? 何ですか、若?」

 ワクァが問うと、ニナンはにっこりと満面の笑顔を作って言った。

「……若、なんて呼ばなくて良いよ。ワクァはもう僕の家では働かないんでしょ? だったら、ワクァが僕の事を若って呼ぶのはおかしいよ」

「ですが……だとしたら俺は何と呼べば……?」

 戸惑うワクァに、ニナンは言う。

「ニナンって、呼び捨てで良いよ。敬語も使わなくて良い。だって、ワクァは僕の友達だから! 友達に敬語を使うなんて、おかしいでしょ?」

 まさか、ニナンに友達と思われているなんて、思ってもいなかった。そんな驚きを表す顔で、ワクァは呆けた。

 呆けるワクァに、ニナンは言う。

「今はまだ難しくてもさ……そのうち、また逢う事ができたら……その時は僕の事、ニナンって呼んでよ。ね?」

 そう言って、またニッコリと笑う。

 そして、「あ、そうだ!」と思い出したような顔をするとズボンのポケットに手を突っ込み、握り拳程度の小さな袋を取り出した。中から、チャリチャリと音がする。どうやら財布のようだ。その財布を差し出しながら、ニナンは言う。

「これ……今までに僕が貯めたお小遣いなんだ……全然足りないかもしれないけど……使ってよ!」

 袋の中を見れば、中には宿屋に二人で三回は泊まれそうな額が入っている。ワクァは、首をブンブンと横に振って言う。

「そんな……受け取れません! 若が貯めたお金じゃないですか! それを俺が使うなんて……!」

 そう言うワクァを制止するように、ニナンは言葉を続けた。

「使ってよ! 今まで守ってくれた報酬だと思ってさ……」

 その目からは、哀願の感情が滲み出ている。小動物みたいね……と思いながら、ヨシはワクァに言った。

「受け取ってあげなさいよ。ここまで言ってくれてるんだからさ。ニナンくんの言う通り、今まで守ってあげた報酬だと思えば良いのよ。それだったら、自分が働いて稼いだお金だもの。文句無いでしょ?」

 言われて、ワクァは考え込む……が、ニナンの哀願とヨシの言葉……この二つに逆らう術を、ワクァは持ち合わせていなかった。

 フッと苦笑すると、ニナンから財布を受け取る。

「……ありがたく、頂戴します。大事に使わせて頂きますね」

 その顔には、今までに無い安らかな微笑みがあった。その微笑みを見て、ニナンは嬉しそうに言う。

「うん! ……ワクァ、元気でね! 無理しちゃ駄目だよ!?」

「若も……お元気で!」

 そう言って、ワクァは立ち上がった。そのワクァを促すように、ヨシは言う。

「さて! お別れも済んだ事ですし、行きましょうか! ね、ワクァ?」

「あぁ……行くぞ、リラ」

 ワクァが、腰の剣に声をかけた。すると、ヨシは唖然として言う。

「……アンタ、今剣に話し掛けた……?」

「……? 何かおかしかったか?」

 至極意外そうに言うワクァに、ヨシは更に唖然として言う。

「おかしいも何も……普通やんないわよ、剣にお話なんて! 何!? アンタ、クールで真面目そうに見えて実はすっごく痛い人!?」

「なっ……何でそこまで言われなきゃならないんだ!?」

「だって、物よ!? いくら愛着があっても、物は物じゃない! 何? アンタまさかそのうち、その剣の事を恋人だなんて言い出したりしないでしょうね!?」

「……は?」

「ツッコミが甘い! 私の相方を務めるなら、そんな弱々しいツッコミなんか捨てなさい!」

「何が何の事だかさっぱりわからんな……」

「あぁ、もう! だからツッコミが弱いってのよ! ……ま、仕方が無いか……美人で線の細いお嬢さんにツッコミなんて、荷が重たいものね……」

「美人と言うな! 男だと何度言ったらわかるんだ!!?」

「あ、そうそう。その調子」

 わけのわからない会話を交わしながら、二人は歩いていく。その様子を見ながら、ニナンは呟いた。

「……何か、ワクァ……楽しそう……?」

 言い合いは続く。道も、続く。

 空は青い。

 絶好の旅立ち日和の中、二人は仲間になった。

 いつ終わるとも知れない、当てのない旅の仲間に……。

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