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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第1章 双人の旅人(フタリノタビビト)
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第16話 相棒を拾う 7

 夜が来た。空には暗い幕が下り、鳥達は姿を潜め、森の奥で狼が遠吠えを始める。

 急ごしらえの柵に守られたタチジャコウ領の住人達は、皆手に手に斧や包丁など手近な武器を持ち、家に篭って盗賊達襲来の時を息を殺して待ち続けている。子供は部屋の奥に据えられた暖炉の陰に隠れ、それを守るように女が立つ。そして、決して妻や子供に手は出させまいと、男は戸口の前で武器を構えた。窓は全て板を打ち、封印した。入ってくるなら、戸口しかない。来るなら来い、だ。

 ……本当は来て欲しくないというのが本音ではあるが。

 そしてまた、タチジャコウ家の屋敷も物々しい雰囲気に包まれた。塀の上にはやはり急ごしらえの鉄線が張り巡らされ、屋敷に仕える腕自慢の男達が門前に仁王立ちしている。

 屋敷の最奥……タチジャコウ家当主、アジル=タチジャコウの部屋にはアジルの家族と客人であるヨシ、それに屋敷中の女子供が集められ、その扉の前ではワクァがいつ攻め入られても応戦できるよう、既に構えを取っている。

 ……いや、一つ間違いがあった。

 確かに、この部屋にはタチジャコウ家の家族が集められている。

だが、一人姿の見えない者がいた。ニナンだ。この家で最も幼い、ニナンの姿が見えなかった。ワクァもそれが気になるのか、少々心が落ち着かない様子である。時折耳を澄まし、ニナンがこの部屋に近付いてきていないか……と探すような素振りをしている事からも、それがわかった。

 当然、親であるアジル=タチジャコウやその妻も気が気でならない。アジルは、ワクァに問うた。

「ワクァ……ニナンの姿を見たか?」

「……いえ、俺は昼間連れ帰って以来、見ていませんが……」

「客人、お前は?」

「私は皆が盗賊を迎え撃つ準備でバタバタしてた頃に庭で話をしたけど、その後は見てないわ。今日は全員早めに夕食を取ったんでしょ? その時は? いなかったの?」

 ヨシの問いに、近くにいたメイドが答えた。

「それが……御夕食の時間にもお見掛けしなかったのです……。いつもよりも時間が早いからお腹が空いていらっしゃらないだけかと思ったのですが……」

 その顔は、見るからに不安そうだ。

 その顔を見詰めていたワクァが、フッと表情を険しくし、扉の外に警戒をした。

「誰か……この部屋に近付いてきます!」

「!」

 全員が、気を張り詰める。外から喧騒は聞こえてこない。まだ、盗賊達は領内に侵入していない筈だ。

 では、誰か。ニナンか? それとも……


 ギィ……


 軋む音を響かせながら、扉が開いた。タチジャコウ家の者と使用人達は咄嗟に後に下がり、ワクァは剣を抜き放つ。剣が抜き放たれた瞬間に、扉を開けた人物は慌てて話し掛けてきた。

「ま……待て待てワクァ! 私だ!」

 そう言って扉から入ってきたのは、使用人の制服を着た初老の男性……この家の執事長だった。

 その姿を確認すると、ワクァは一息ついて剣を鞘に収める。執事長は執事長で、ホッと胸を撫で下ろしながら部屋に入ってきた。その彼に、部屋中の者から視線が注がれる。アジルは、責めるような口調で執事長に問うた。

「リィ、どうだった? ニナンはいたのか?」

 リィと呼ばれた執事長は、冷汗を流しつつ、申し訳無さそうな態度でこう答えた。

「申し訳ございません、旦那様……やはり、ニナン様は邸内にいらっしゃらないご様子……。どうやら外に出てしまわれたものと思われますが、外はこの闇夜……私一人で探すにも探せず、まずはご報告をと思い戻って参りました……」

 その言葉に、部屋中の者から溜息が漏れた。リィ執事長への不満と、ニナンが見付からない不安からの溜息だ。

「……」

 そんな中、ワクァだけは溜息をつかずにリィ執事長を見ていた。この執事長がこんなに哀れに見えたのは初めてだな……という顔だ。勿論、そんな顔を見られては大目玉必至なので、顔は伏せている。それに、執事長が哀れだからと言ってニナンが見付かるわけではない。ワクァも、それに部屋中の者も……全員がニナンが見付からない事への不安と苛立ちを最高潮に募らせた時だ。


 ワァァァァァァ……


 遠くから、鬨の声が聞こえた。

「!?」

 バッ! とワクァが窓から外を見てみれば、遠くに明々と光る松明の群れが見える。盗賊達だ。盗賊達が、遂にこのタチジャコウ領に攻め込んできたのだ。

 声は、どんどん近付いてくる。ニナンは、まだ見付からない。

「……」

 ワクァの頬を、汗が伝った。声は、更に近付いてくる。

「…………」

 ワクァは、黙ったまま構えている。声は、どんどん大きくなる。

「……旦那様」

 ぽつりと、ワクァが呟いた。その声に、部屋中の者がザッ! と反応し、振り向いた。

 ワクァは、一旦大きく息を吸い込むと、真っ直ぐにアジルを見詰め、こう言った。

「旦那様……俺、若……ニナン様を探してきます……!」

 その言葉に、ざわめきが起こった。すぐさまタチジャコウ家の長男、イチオが怒鳴るように言う。

「何を言ってるんだ、馬鹿! お前はこのタチジャコウ家の傭兵奴隷……今はこの部屋の護衛だろ!? この部屋にいる者全員を守る事を放棄して、当ても無くニナンを探すつもりか!? 奴隷にそんな事……許されると思ってるのかよ!?」

「この部屋は堅固に守り固められた屋敷の最奥です。盗賊達が辿り着くまでには、まだ暫く時間がかかる筈……それに俺は時々ニナン様の散歩のお供をしていました……心当りならあります!」

 そう言って、ワクァは部屋を出て行こうとする。

「……待て、ワクァ!」

 そのワクァを、雷が落ちたような怒鳴り声でアジルが制止した。ワクァの身体が一瞬ビクリとし、緊張した顔がアジルを見る。

「お前は奴隷だ。奴隷が主人の命令に逆らう事は罷りならん。お前の主人はこの私……ニナンではない。そして、私の命令は「この部屋の護衛をせよ」……だ。「ニナンを探せ」ではない」

「……じゃあ、ニナンくんを見捨てるって言うの……?」

 ヨシが、非難するような声で静かに問うた。すると、アジルは静かにヨシを睨みながら言った。

「子供は産めばまた得られる……ニナンはまだ七歳…社会的地位は無いし、育てるのもそうそう大変な事ではない」

「……今のお后様は、王子様が死んでしまったショックで病気になってしまった……その所為で世継ぎが生まれないって聞いたけど? そんなに簡単に「子供はまた産めば良い」なんて言っても良いのかしら?」

「良いんだよ。太古の賢王とてこう言っているじゃないか。「子供は産めばまた得られるが、良き将は簡単に得られるものではない」とな……」

 それに、私にはまだイチオがいる。ニナンがいなくなったとて、後継ぎがいなくなるわけではない。

 そう、アジルは言い放った。その言葉に眉を顰めながら、ヨシはワクァを見る。ワクァはアジルに逆らえない。だからと言って、彼までニナンを見捨ててしまうのだろうか?

 ……いや。

「……それでも……俺はニナン様を探しに行きます……!」

 顔が強張ったままではあるが、はっきりと、ワクァはそう言った。その目は、真っ直ぐとアジルを見据えている。アジルは、怒りを込めてワクァを睨み付けながら言う。

「……奴隷が主人の命令に、逆らうと言うのか?」

 睨まれたワクァから、どうしようもない緊張感が伝わってくる。しかし、それでもワクァは退く事無く言い放った。

「お咎めは後でいくらでも受けます! 俺には、ニナン様を放っておくなんてできません!!」

 そう叫ぶと、ワクァは一目散に部屋を飛び出していった。部屋にいた者達は、ワクァの行動に只只、唖然とするばかりである。そんな中、一人唖然とせず事の成り行きを見守っていたヨシが明るく言った。

「あ~あ、行っちゃった。けど、仕方ないわよね~。安全な場所にいる人と、危険な場所にいるかもしれない人……どちらを守るかって訊かれたら、普通は後者を選ぶわよ」

 そう言いながら、ぽかんとしている家人達の横をスタスタと歩くと、たった今ワクァが出て行った扉に手をかけ、言った。

「けど、もし盗賊団と鉢合わせちゃったら、流石のワクァでも大変かもね~……ってなワケで、私はちょっとワクァの援軍に行ってくるわ。戸締りヨロシク!!」

 そう言うが早いか、ヨシもあっという間に部屋の外へ駆け出していき、姿が見えなくなった。

 あとに残された家人達は皆、ワケもわからずぽかんとしているしかなかった。

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