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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第9章 刀剣の国(ツルギノクニ)
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第13話 過去を拾う 1

 それを与えられたのは、十になるかならないかの頃。日々、訓練と称して木剣で叩きのめされ、疲れた体に鞭打って知識を溜めこみ、同じ年頃の子ども達にあざ笑われながら過ごしていた、あまり思い出したくはないあの時期。

 ある日ワクァは、タチジャコウ家の主、アジル=タチジャコウに呼び出された。

 昨日も、一昨日も、その前も。何も失敗も、悪い事もしていないのに、難癖を付けられ、適当な理由で殴られている。

 アジルだけでなく、長男のイチオやその悪友達、剣や勉学の教官や、時には正規の使用人達にまで。傭兵奴隷という存在は、日々の生活で溜まった鬱憤を晴らすのに丁度良い存在なのか、とにかく誰もが、気軽にワクァに手を上げる。時には、乗馬用の鞭が飛んでくる事もあった。

 傭兵奴隷なのに剣を持たず、主人を守るという職務を果たしていないからだろうかと思い悩み、せめて、と様々な手伝いを進んで行った。しかし、誰も彼も、手伝い自体は受け入れたが、感謝はされなかった。喜びの言葉の代わりに、拳が飛んできた。

 成長し、多くの事を学んだ今なら、わかる。自ら進んで手を上げていた者もいただろうが、半数はアジルの命でやっていた。幼い頃から理不尽な暴力によって恐怖を植え付け、主家に反抗する気力を削ぐのが、傭兵奴隷の育て方だからだ。だが、幼いワクァはそんな事は知る由も無い。

 今日はどのような理由で殴られるのだろうかと、ビクビクしながらアジルの書斎へと向かう。ノックをして、「入れ」と声をかけられるまでひたすら待った。実際にはそれほどでもなかったであろう時間が、酷く長く感じられた。

 やがて許可を得て、ワクァは書斎の中へと足を踏み入れる。閉めた扉の前で再び待機していると、客人らしき人物と話をしていたアジルがジロリとワクァを睨み付けた。背後には、剣術の教官までが控えている。

 すぐさま、頭のてっぺんから足のつま先まで、体の全てが強張ったのがわかった。そんな彼を、アジルは手招きで呼ぶ。縮こまって怯えながら近寄ったワクァに、アジルは頭上から声をかけた。

「ワクァ……お前は今、何歳だ?」

「じゅ……十歳だろうと、言われています。旦那様……」

 傭兵奴隷とされる子どもは、攫われてきたか親に捨てられ、売られた存在。誕生日などわからない。物心つく前にタチジャコウ領にやってきたワクァは、売りに来た奴隷商人の「二歳だ」という証言を基準に年齢を定められた。

 後に、奴隷商人は月齢を半年ほど誤魔化していた事がわかる。万が一にも素性に勘付かれたりしないためだろう。

 怯えながら答えたワクァに、アジルは冷たい視線を投げる。そして、冷たい声音で言った。

「私はこれまで八年間、お前を養ってきた。そろそろ役に立ってもらわねば困る。幸い、お前には剣の素質が備わっているようだと、報告を聞いた」

 そう言って、アジルは背後に控えていた剣術教官を一瞥する。教官が頷くとアジルも頷き、そしてワクァに向き直った。

「そこでだ。今日からお前を、正式に傭兵奴隷の任に就ける。明日、東の方へ視察に行こうと思っているのでな。お前はそれに従い、何かあれば命を捨ててでも私を守れ。良いな?」

「は……はい……!」

 遂に、この日が来てしまった。……と、ワクァは思う。いつかは傭兵奴隷として主人に付き従い、命を賭して戦う日が来ると覚悟はしていた。だが、やはりそれは十歳かそこらの子どもには非常に重い。

 ワクァは心臓を握るように、拳を胸に当て、跪くとこうべを垂れた。

「仰るように致します。この命に代えましても、旦那様の事をお守り致します」

「お前の命が、私の命と同等とは思えぬがな」

 鼻で笑い、それからアジルは客人に向かって顎をしゃくった。客人は頷くと、手に持っていた細長い包みを解き始める。

 包みを解くと、そこから白く輝く、美しい銀色の剣が一振り姿を現した。柄の部分には、タチジャコウ家の家紋であるタイムの紋。繊細ながらも、どこか雄々しさを感じさせる鞘。その中性的な美しさを持つ剣に、ワクァはしばし見惚れた。

「剣が無くば、戦えまい。それに、四大貴族の一つたるタチジャコウ家の傭兵奴隷に、みすぼらしい剣で戦われても困る。そこで、だ。この度、お前のために一振り剣を作らせた。銘はリラ。これを振るって、存分に戦え」

 その言葉が終わるのを待って、刀剣商か鍛冶屋かであったらしいその客人が、剣――リラをワクァに差し出した。ワクァは、微かに震える手でそれを受け取り、押し戴く。

 その後ワクァは、刀剣商だか鍛冶屋だかと共に書斎を追い出され、外で手入れの方法、取り扱う際の注意事項を詳しく聞いた。その全てを頭に叩き込み、この美しい剣を大事にしようと心に誓う。

 誰もいなくなってから、こっそりとリラを鞘から抜き放ち、振るってみた。一メートル近い剣は子どものワクァにはまだ大きく、片手で振るうには重過ぎる。

 だが、それでも。その重みが。ワクァに、一つ手に入った物があるのだと、教えてくれた。

 嬉しさに任せて、ワクァはリラを振るう。白銀の刃が、陽の光を受けてキラキラと輝いた。

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