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ガラクタ道中拾い旅  作者: 宗谷 圭
第8章 戦場での誓い(イクサバデノチカイ)
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第15話 誓いを拾う 2

「おっ! 主役の登場だ!」

 食堂に足を踏み入れた途端、誰かがそう発した。誰が言ったのかと探す暇も無く、ソウトが飛び掛かってくる。

「ワクァ! ありがとな……ありがとな! お前のお陰で、俺……生きて帰ってこれたぁぁぁっ!」

 ぐしゃぐしゃに泣きながら言うソウトに、ワクァは思わず苦笑を漏らす。

「礼を言うのは俺の方だ。お前達が協力してくれたから、作戦を実行できた。俺とヨシだけじゃ、どうなっていたか……」

「そうね。女装して侵入して攪乱まではできても、ホワティアの王様を捕まえるところまではできなかったかも」

「かも、じゃなくて、できなかった、だろう。……と言うか、人数が集まらなくても女装させるつもりだったのか……」

 呆れ返るワクァに、ヨシはさも当然と言うように頷いた。がくりと項垂れるワクァに、一同は笑う。

「何だか、小さい頃に着せ替え人形で遊んだ時の事思い出しちゃったわ。ね、タズちゃん?」

「うん……そうね。やってる時は、ちょっと懐かしかったかも……」

 タズの返事は、どこかぎこちない。だが、それに気付かず、ヨシは楽しげに言う。

「チャンスがあったら、またやりたいわよねー」

「敢えて訊く。それは人形での着せ替え遊びをか? 敵地に突っ込む攪乱作戦をか?」

「勿論、前者。人形じゃなくて、ワクァで」

「ちょっと、ヨシちゃん……」

 気まずそうな顔でタズが声をかけるが、楽しそうなヨシは気付いていない。

「人形だと、あそこまで綺麗にできないものね。……あ、できれば今度は、もっと豪華なドレスで、アクセサリーもたくさんで!」

「勘弁してくれ……。女装も、演技も、女装してああいう奴らの相手をするのも、あんな軍隊に取り囲まれるような場面に遭遇するのも、もう懲り懲りだ」

 テーブルに突っ伏して力無く言うワクァに、全員が「あー……」と同情的な視線を寄せる。

「たしかに……あれは、なぁ……?」

「本物の女でも、好きでもない奴にやられたら嫌だよなぁ……」

「僕とタズは、天幕の中までついていったけどさ……」

「うん。あれはないわ……。正直、「女の敵!」って叫びながら引っ叩いてやりたかったもの……ワクァさん、よく我慢したわ……」

「因みに、ワクァ的には何が一番キツかったわけ? 顎に指かけて上を向かされた事? お姫様抱きからの馬の横乗り? エスコート発言?」

「稚児発言だとか、背中に手を回して抱き寄せたりとか、ベッドの中で可愛がる発言とか、よくもまぁ、人前でできるものよ!」

 軽く言ったはずのヨシの発言後にタズが憤慨しながら言葉を続け、カノを除く男達とヨシはギョッとした。そこで男達は、何故先ほどからタズが、ヨシがワクァを茶化すのを嗜めようとしていたのかを悟る。ヨシも、先ほどまでの発言がまずかった事に気付いたようだ。

「……ワクァ、何か……飲むっスか?」

「陛下が、美味い菓子を下さったんだよ。お前も食え、食え!」

「大丈夫、この話はもうしないから! ね? 今までの旅での女装も、もうなるべく話題にしないようにするから!」

 皆の優しさが、逆に辛い。トゥモが運んできた茶のカップを手に持ちながらも、テーブルに突っ伏した姿は中々変えられない。

 上体を何とか起こして、カップに口を付ける。砂糖が入っているのか、少しだけ甘く、温かい。ホッと息を吐き出して、息と共に言葉もぽつりと吐き出した。

「懲り懲りで、二度とやりたくないが……もしまた同じような状況に陥ったら、やらざるを得ないんだろうな。……二度とこんな事が起きないのが一番だが」

 そう言って、再び茶に口を付ける。そこで、気付いた。皆の視線が、今までとは違う気配で自分に向かっている。

「ワクァが……自分で女装も仕方ないって……」

 ヨシがツカツカとワクァに近付き、額に手を当てた。

「熱は……無いわね」

「おい」

 抗議めいた声を無視して、ヨシはワクァの顔をまじまじと見る。

「偽物……でもないわね。血の力も無しに、この顔は作れないわ」

「俺や母さんの顔は、魔術か何かで作り出したシロモノか」

「否定は……できねぇなぁ……」

 ミェートの茶化す声にも、動揺が紛れている。ワクァは、ため息をついた。

「……本当に嫌だったんだ。母さんがホワティア王に取られるのも、敗けたらここにいる全員が奴隷にされるかもしれなかった事も、あそこでフォルコが助けに来なければソウトを死なせてしまったかもしれない事も。……女装する事よりも、タズ曰く女の敵どもの相手をする事よりも、ずっと嫌だった。また同じ思いをするくらいなら……」

 そこで、ハッと言葉を飲み込んだ。言葉を流し込むように、茶の残りを一息に飲み干す。カップをテーブルに置いて、立ち上がった。

「……自覚は無かったが、疲れているみたいだ。俺は、もう寝る。お前達も、早めに休んだ方が良いんじゃないのか?」

 そう言って、食堂の入り口へと向かう。その背に、ヨシが声をかけた。

「……ワクァ。あんた、ちょっと変わったわね。前は、タチジャコウ家の人に女装なんてさせられたら陰で泣いてたし、ついこの間までは、私が何かを拾おうとする度に、捨てろ捨てないの大喧嘩もしてた。そんなあんたが……あの時、捨てたくない、捨てさせない、って。……あの時だけじゃない。闘技大会の時も」

 ワクァは、足を止めた。振り向かないまま、口を開く。

「……まずい傾向だと思うか? ヨシ」

「ううん。むしろ、良い傾向だと思う。ただ、ちょっと驚いただけ。前のワクァなら、絶対に言わない事だったから」

「……そうか」

 それだけ呟くと、ワクァは振り向かないまま、食堂の外へと出た。蝋燭の光で照らされた廊下を歩き、ふと、窓の傍で足を止める。

 窓の外は、夜の闇で染まっている。ぼおっと外の闇を見詰めているうちに、先ほどフォルコに言われた言葉が蘇った。


「あれほど大切な事……一体誰に誓われたのかと……」


「……そうか……」

 呟き、ワクァは深く息を吐いた。吐いた息が、窓の外から伝わってくる冷気で白くなる。

 寒さも構わず、ワクァは外の闇を見詰め続ける。そしていつしか、誰もいない夜の闇に向かって呟いた。

「俺はあの時……昔の自分に対して、誓ったんだ……」




(第八章 了)

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