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さあ異世界の時間です2

「きい。アラガミ様をお迎えするのに、このようなお見苦しいところで申し訳ありません」

 その町で一番大きな屋敷で、その主人はそう言った。


 先ほどの店とは格段に違い、明らかに謙遜して言っていることは鷹木にも分かった。

 言い換えるとみすぼらしいとも言える町、いや鷹木の基準では村や集落といってもおかしくない。

 それのどこにこのような調度品があったのだろうかと疑うほど、ふんだんに金の匂いがする屋敷だった。


「いえ。素晴らしいお屋敷です」

「きき。お恥ずかしい限りで、ええ」


 屋敷の主人は、マキアニと名乗った。

 いくぶん他のネズミよりも体が大きいように見えた。

 だが、他の固体よりもよほど聞き取りやすい言葉で話すマキアニには、知性が感じ取れた。


 マキアニは屋敷の中を一つ一つ丁寧に案内した。

 一通り屋敷を巡り、最も金の使われている屋敷の中央に位置するメインホールに招いた。


「お食事は既にお済のようでしたので、お酒はいかがですかな、ぜひともぜひとも」

 ききき、とノドから搾り出されるような高音が聞こえた。

 ネズミ特有の黒目部分の多い小さなまん丸とした瞳が鷹木をじいっと見つめる。

「い、いただきます」

 鷹木は特にお酒が好きなわけではない。

 強く勧められると断れない性格であった。


「あああ、ありがとうございまする! 調度、一〇〇年目のワインが一瓶だけ残っていたのです。何たる僥倖っ! まさにこの日のためだったのですな。おいっ! 早くしろっ」

 傍らに佇む使用人然としたネズミに向かい声を荒げる。


「それは凄い。そんな上等なワインなんてテレビでしか見たことがありませんよ」

「てれび?」

「いや、こっちの話です」

 そう言えば、と鷹木は思った。

 俺は今日本語で喋っているのに何故このネズミたちはそれが理解できるのだろう。


「カンパイ」

 そう言ってグラスを少し掲げたマキアニは杯を空けた。

 きいっと喉から声が零れ落ちた。


「乾杯」

 鷹木もそれにならい、一息で杯を空ける。


 鷹木のその様子を見て、マキアニは姿勢を正し話す。

「これでゴエンが整いました」

「ご縁?」

「はい。私たちなんぞ下賎な亜人どもとゴエンをお結びいただき誠にありがとうございます」

「いえ。ドブロクさんには助けられました。こちらの方がご厄介になっています」

「おお、おお。もったいのうお言葉で。ドブロクには後で褒美を取らせましょう」

「ご厄介ついでにいくつか聞いてもいいですか?」

「私なんぞで分ることがあれば何なりと、ききき」


 ここがどこであるかという質問。

 トカイジンという言葉の意味。

 アラガミとは何か。


 言葉の疎通や、ネズミたちが喋ること、大きな虫のような群れなど他にも聞きたいことはあったが、とりあえず重要そうなことを尋ねた。


「おお、おお。そうでした、そうでした。アラガミ様でらっしゃるアナタ様には重要なご質問ですな。ここはリーガローと呼ばれる世界です。ご存知で?」

「いえ。初めて聞きました。どんな世界なんでしょうか」

「私ども野蛮でチリのごとき亜人なんぞには、トカイジン様の崇高なるご世界のことは分りかねます。リーガローは、リーガローとしかわかりません。ど、どうか、ご容赦を。き、きき」

 言われてみればその通りだな、と鷹木は思った。

 地球ってどんな世界だ、と宇宙人に聞かれたとしても他の惑星のことを知らないからそういう答えになるだろう。


「トカイジン様とは、世界を渡られた神々様のことです」

「ええっ?」

「特に、新しくご顕現なされた神様のことを、誠に失礼ながらアラガミ様と呼ばさせて頂いております」


 何かと勘違いしているんじゃなかろうか。

 急にそんなことを言われても、鷹木には思い当たる節が――あった。


 ……確か、三虎春菜とか言ったな。


「他の神の名前を知っていますか? 例えば、三虎春菜という名前に聞き覚えありませんか?」

「きいいいい? 秩序と契約の神ミトラハルナ様ですか!? ええ、ええ存じておりますとも。神々様お歴々の中でも最上級の天上神にございます」


 くそ。

 あの女が言ってたこと、マジだった。


「……まさか……恐れながら……お尋ねいたしとうございます。……最上級神とご親交があらせらるので?」

「いや、ご親交って程でも――」

 言いかけて、はた、と思う。

 

 あの女、三虎春菜は、たまたま就活でグループ面接が一緒になっただけだ。

 親交どころか携帯番号すら知らない、ほとんど他人だ。

 そして鷹木自身は取り立てて取り得の無い、一般的な就活中の大学生である。

 そんな男が見知らぬ土地に来た。


 このまま、何の頼りも無く放り出されてしまうことが恐ろしい。

 コンビニやスーパーのないみすぼらしい村だとしても、社会として機能しているのだ。

 ここから追い出されて生きていける保障はあるか。

 はっきり言ってお手上げだ。

 三日ともたないだろう。

 先ほどの大きな虫に襲われでもしたら、と思うと身震いがした。


 ネズミのような生き物たちに神と崇められる今の状況はそんなに悪くないのではないか?

 利用できるのでは?

 これがギリギリの生命線なのではないだろうか?

 ――考えろ考えろ。


「そうですね。一番、仲の良い神ですね。三虎、いや……春菜は」


 鷹木は嘘をついた。


「流石っ! 流石ですっ! きぃきぃいい。やはり私の目に狂いは無かった!」


 その答えを聞き、小躍りするネズミの姿を見て、何故か嫌な予感がした。


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