あやまち。~恋のメロディ~
勝手に二千字で書いた作品です。
オバハンを越えるスピード作品でした。執筆開始から完成まで60分でした。
自身の掌編第二十一作目です。
◆ ○月×日 午後四時四十分
放課後。
思春期まっ只中の中学一年生――尾田和政は、この瞬間を待っていた。
誰もいなくなった教室の最後部。整然と並ぶ二段ロッカー。
下段は男子、上段は女子の荷物がそれぞれ収められている。
和政は自分のロッカー……その真上の段に貼られた名前シールを見つめる。
『乙葉由愛』
彼はその女の子に恋をしていた。
小柄。容姿端麗。お淑やか。そして優しい心の持ち主。今日なんて体育の授業でバレーボールを頭にぶつけただけでも「大丈夫……?」と優しく声をかけてくれた。
動物で例えるなら子犬(柴)。果物で例えるならイチゴ。
そんな彼女のロッカーの中にある、今日使用したばかりのリコーダー。和政はそれを「いただきます」しようとしていたのだ。
ホームルームが終わり、男子トイレで待つこと約一時間。
普段居残りなどしない彼は、腹が痛いと言い訳しつつ待機場所をココに定めた。そして、連れのクラスメイトには早々にお帰り願う……計画通りだった。
「尾田、トイレ入ったキリ出てこねぇな……」
「かなり大物なんだぜ、きっと!」
「そうかー! ハハハ、頑張れよー! 尾田ー!」
と、屈辱のオマケつきだったが……。明日は一日中そのネタでからかわれるだろう。
だがそれも安い代償。
(俺はこうして、由愛ちゃんのリコーダーを手に入れたのだった……!)
もう一度教室内を見渡した後、さっそくケースから中身を取り出す。優しい彼女への恩を仇で返していることなど、微塵も気づいていない和政。
彼の思考回路はもはや変態路線に向かっていた。
◇ ○月×日 午後〇時四五分
午後最初の授業は体育。今日はバレーボールの予定らしい。
恋する乙女の中学一年生――乙葉由愛は罪悪感をその小さな胸に抱え、小走りでグラウンドに向かう。
「やっちゃったよ……」
遡ること数分前。教室で体操服に着替えている途中、
「ねぇ、由愛ちん。あんたちっちゃくて可愛いし絶対モテるのに、何で藤原なの?」
「え……だって」
女子特有の恋愛トークが熱をもち、由愛はひょんなことから友人達に想い人を知られてしまう。
あまり知られたくなかった。だって、
「藤原ってデブ……あ、ごめん、結構丸っこいよね。いつも暑そうだし」
「でも……ハンカチで汗拭いてる仕草とか、結構可愛いんだよ?」
「え……」
こうやってドン引かれるのは目に見えてたから……。
朝の満員電車の中、彼はいつも同じ車両に乗ってくる。
数日前。乗客に埋もれそうになる由愛を、その大きな体で守ってくれたのがキッカケだった。
それは故意ではなく単なる偶然だったのだが、
(ず、ずきゅーん……!)
彼女が落ちたのは、まさに『恋』だった。
まるで白馬の王子様が突然目の前に現れたかのような衝撃。
カピバラを連想させる穏やかな顔。
汗を掻きながら吊り革を握っているその姿は、何とも頼もしく見えた。
「由愛ちゃんって、デブ専だったんだね」
「えっ、そうかなぁ……」
「いやぁ、でも。やっぱ藤原はおススメできないや……。由愛ちんには勿体ないよ」
そう言いながら教室を出ていく友人達。
(藤原君、カッコいいじゃん……)
自分の男の子を見る目は他の女の子とちょっと違う、というのは自分でも分かっていた。
でも由愛はそう呟くしかなかった。
静まり返った教室。
無意識に、ロッカーに貼られたシール『藤原典央』の名前を指でなぞる。
「皆ああ言ってるけど、私は好きだよ……」
ふと、ロッカーの中にある藤原のリコーダーが視界に入る。
午前の音楽の授業、リコーダーの演奏も一生懸命だった。彼はいつも全力疾走……。
(藤原君の、リコーダー……)
邪な考えが頭に浮かぶ。
(いやいやっ、こんなことイケないよ……)
そんな思いとは裏腹に、彼女の白く細い手は藤原のリコーダーへと伸びる。
そして、ケースから中身を取り出した。
(中身だけ入れ替えておいたら、バレないよね?)
彼女は自分と藤原のリコーダー、その中身を入れ替える。
そして、自分のケースに入った彼のリコーダーを自分のロッカーへ、自分のリコーダーが入ったケースを想い人のロッカーに、それぞれ仕舞った。
自分のありったけの気持ちをその木管楽器に込めて……。
恥ずかしがり屋で真面目。
普段の彼女なら、こんなことは絶対にしなかっただろう。
(恋って……人を狂わせるんだね)
胸を叩くドキドキ。
由愛は、次の音楽の授業までこの気持ちを募らせていこうと誓い、教室を出た。
◆ ○月×日 午後四時四十二分
茜色に染まる教室の隅。
尾田和政は深く息を吸う。そして吐き出す。
「由愛ちゃん、御免ッ!! 参るッ!!」
酸っぱくも甘いイチゴの味を思いながら、和政は藤原典央のリコーダーに向けて大きく口を開けた。
ちょっとオチが読みやすいです。今までにない親切設計でした。