少年少女の青春の話
脳は青春期の出来事をよく記憶するらしいです。それだけ青春ってのは人生に大きくかかわってくるものなんでしょうね。いろいろあって、青春なんでしょう。
ただいま放課後。最終下校時刻十分前。僕は下駄箱に入っていた小さな便箋に書かれた可愛らしい文字に呼ばれて校舎裏へとやってきました。宛名も差出人もわからないこの手紙を悪戯だと疑えるほどには知恵があります。でもなんか期待しちゃうじゃないですか。それに悪戯だったとしても「うわーやられたー」とか適当にリアクションしておけばそれはそれで面白くなるでしょうし。本当にそういうお手紙だったとしたらもちろん嬉しいですし。
しかし気になるのはだれがこんなことをしたのかということです。どっちにしたって手間だってかかるでしょうし。暇人さんあるいは物好きさんでしょうか。
校舎裏へ来たはいいものの、人影がありません。悪戯の線が濃くなってきました。おそらくどこかの物陰からこちらの様子を観察して笑っているのでしょう。
それはまあいいとして、これから僕はどうしましょう。来ぬとわかっている人、といっても誰かは知りませんが、その人を待つのも何か馬鹿らしい気がします。とりあえずちょうどいい段差に腰かけて待ってみることにしました。とはいえもう秋も暮れです。屋外でそう何分もじっとしていては手先も悴みます。出てくるなら早く出てきてほしいところです。最終下校時刻まで待ってこなかったら帰ることにしましょう。
五分ほど待っていたでしょうか、校舎裏に近づいてくる足跡が響いてきました。すぐそこの曲がり角から、反射音が聞こえてきます。足音からしておそらく一人でこっちに向っているのでしょう。悪戯ではない、と確信しました。僕はついに、と緊張を高まらせました。そして、曲がり角から、人影が現れました。
黒い制服に身を包んだ―――男子生徒でした。
僕は呆気にとられました。あちらの男子生徒も、驚いたような慌てたような顔をしています。見る限り、悪戯の雰囲気はありません。僕にはこれまで浮いた噂こそなかったものですから、このような呼び出しをされるとは、まして同性の方からされるとは、夢にも思いませんでした。
その男子生徒は、俗にいうイケメンでした。整った目鼻立ちに、はっきりとした目。髪型もイマドキっぽい、イケイケ系の男子生徒です。まさかこのような人が男色であるとは、世の中はわかりません。彼は依然として動揺した様子で、こちらを窺っています。そして、「あの…」と恐る恐る僕に声をかけるのでした。
「すんません、えっと…待ちました?」
どうやら僕はこの人に待たされてようです。なんとも不思議です。
「いえ、全然…」
このやり取りは完全に恋人同士あるいはそうなりつつある男女のそれです。僕と彼との間にはなんともぎごちない雰囲気が充満していました。それからというものの、彼は冷静さを保っていられない様子で、そわそわしています。何か口にしようとしては、口をつぐんで。彼は発するべき言葉を悩んでいるようでした。
同様に僕も動揺を隠しきれません。彼の気持にどう応えてあげたらいいのか、そんなことを考えていました。僕は恋愛経験こそ少ないですが、ちゃんと女の子に恋をしたことだってありますし、恋に落ちる対象は今でも女の子だろうと自覚しています。しかし同性の方を好きになるという経験がありませんので、なんとも言い切れませんが、少なくともそっちの気はないです。これは断言できます。
別に同性愛を非難しているわけではありません。世界にはさまざまな人がいますから、そういう人が居たって可笑しくありませんし、第一、愛の形こそ人それぞれです。僕なんかが是非を論ずる立場の人間であり得るでしょうか。しかし僕個人としての趣向となれば話は別です。自分が同性の方を恋愛対象として見れるかと聞かれれば、僕はノーを返すでしょう。というわけで、ここは正直に彼の申し出を断ることにしましょう。彼にはもっといい方がいるでしょう。
そう思って、口を開きました。
「あの…」
「あっ!えっと、俺、なんていうか、こういうの、初めてで」
先手を打ったのにそれをかき消されました。というより、彼にとっても初めての経験ですって。彼ももともとは女性に好意を寄せていたのでしょう。
「僕も、こういうのは初めてです…」
思ったことを率直に言いました。
「そうなんですか…」
再び、沈黙が訪れます。
彼としても自分の気持に気付いたとき、驚かずにはいられなかったでしょう。しかしそれでもなお自分に正面から向き合い、その思いを僕に伝えようとするのは、相当の労力と精神力が要ったことでしょう。そうやって懸命に僕を思ってくれている人がいるというのは、嬉しいことではあります。それを断るのは、こちらとしても心が痛みます。ですから、なるべく、傷つけないように…ね?
「でも、やっぱごめんなさい!」
ん?
「俺やっぱそういうのはちょっと無理です!」
なんで謝られているんでしょう僕は。
「え…?」
「俺、男子と付き合うってのはちょっとできないっす!そういうのはやっぱ普通がいいっていうか…」
「え、ちょっと待って」
「ほんとすんません!気持ちに応えてあげられなくって!」
「ちょ、待って話聞いてくだ」
「あなたがそこまで俺を思ってくれたのは嬉しいです!つらかったのも察します!」
「いや、ちがっ」
「でもやっぱり俺は女の子が好きなんです!」
え、何で僕フラれてるんですか?
「ほんっと、すんません!それじゃ!」
彼はその場から逃げ出すように駆けていきました。なんで僕は呼び出された相手にフラれたんでしょうか。僕はわけがわからず、しばらく立ち尽くしていました。
ごぉーん、ごぉーん。18時の鐘が学校中に響き渡りました。それにより僕は我に返りました。それでも意味がわかりません。腑に落ちないものを抱えたまま、僕は帰ることにしました。釈然としないのでポケットの中から、例の手紙を取り出して、再びその文面を見返しました。
突然ごめんなさい。あなたにどうしても伝えたいことがあるので、お話がしたいです。
こんな形での呼び出しは失礼だと思いますが、勇気を振り絞って出した結論です。
今日の放課後、17:50に校舎裏で待ってます。
なんだったのでしょう。この結論とやらは。
僕は校門へ向かう校舎裏の狭い路地をとぼとぼと歩いていました。路地には落ち葉がちらほらと土の色に彩を添えていました。その葉の上に、ひときわ目立つ白い紙切れが四つ折りになって落ちていました。なんとはなしに、それを拾い上げてみました。中には、こう書いてありました。
宇田川恵介さまへ
突然でホントごめんなさいっ><
アナタに話したいことがあるのでお手紙しました
本当に恥ずかしくて緊張してますケド精一杯伝えたいと思います
今日の放課後、18:10に校舎裏で待ってます♪
こういうのが、普通のラブレターってもんですよね。はぁ、僕がもらったのはいったい。
しかしラブレターってのは書く形式みたいなのあるんですかね。若干雰囲気似てるような気がします。蓋開けてみれば毛色が違いすぎますけど。ともあれ、これは僕の黒歴史になることは間違いないでしょう。あとは彼が変な噂を流さないことだけを祈るのみです。まるで僕が男色家みたいじゃないですか。
とある少女たちのひそひそ話
「ほら加奈子!こんな物陰に隠れてないでさ、言ってきちゃいなよ!」
「だってぇ、心の準備が…」
「せっかく手紙読んできてくれたんだよ?早くしないと良太くん帰っちゃうよ!?」
「でもぉ…」
「それに早くしないと私の恵介くんだって来ちゃうし…」
「でも、来ると思ってなかったし…なんて言ったらいいのかわかんないよ…」
「私がいろいろ教えてあげたじゃない!ラブレターから告白のシチュエーションまで!」
「でも、いざってなったら頭真っ白になっちゃって…」
「もう…!じれったいなー!いつになったらいくのよ?」
「もうちょっと待って…」
「はぁ…あんたドジってラブレターに自分の名前書き忘れたんでしょ?それなのに良太くん来てくれちゃってさ、こんなチャンスもう二度とないんだよ?みすみす逃してどうすんのよ」
「うーん…さきも付いてきてくれない?」
「何言ってんのよ!加奈子が良太くんに伝えたいことがあるんでしょ?私が言ったらおかしいでしょうが」
「でも…」
「でもでも言わないの!」
「はぁい…」
ごぉーん。ごぉーん。
「ほらもう六時だよ!十分も待たせてどうすんのよ!」
「で、でもぉ…」
少年少女は、今日も、青春。
おわり