男二人のレディースデー
日曜の休日に、私は友人と二人で喫茶店にランチを兼ねて来ていた。
来店時には胃が少々萎んでいて、きゅうきゅうと締め付けていたが料理が出るまでにはやや時間がかかる。
注文が届くまで、出されたお冷で私はチビチビと気を紛らわしていると、友人が表の看板の方を少し向いてから話を切り出した。
「表の看板を見たか? とうとうここも、レディースデーを始めることにしたらしいな」
「そうだなー。ここにくる客って俺らみたいな男が多いから、店としては客層に女性が欲しいんじゃないか」
「なにいってんだよ。随分前にシルーバーデー、この前はキッズデーができて、そしてとうとうレディースデーだ。これじゃあ、老若男女で俺たちみたいな男だけ損しているみたいじゃないか」
確かに、メンズデーという言葉の響きに聞き覚えはあまりないな。男の贔屓される日ってのが、思いつない。
「でもさ、世の中男の方がお金を持っているイメージでしょ? だいたい、貢ぐ奴のイメージでも大抵男の方がでてくるだろ。男をATMなんて揶揄する人もいるぐらいだしさ。
海外はともかく、日本じゃ専業主婦でやっていく人は多いし、男が収入の多い仕事はやっているだろ」
それに、世界の長者番付を見ても上位陣は男ばっかだったよな確か。
「相変わらずお前は毒の強い言葉を吐くのな……。
仕事云々いうけどよ、今はジェンダーフリーやら男女共同参画社会やらの時代だぜ? そこまで収入とやらに差がでるか? 家なんて、女房の方が俺よりよっぽど稼いでいるくらいだぜ」
そう言えば、こいつの嫁さんは確か人材派遣会社の取締役してたっけか。三流企業の課長で止まっていると肩身が狭いとよく愚痴っていた。
今も、友人の顔を見ていると薄らと涙が浮かんでいるのが分かる。
夫婦で共働きは今時珍しくもなく、そこで収入の差を比べられるのは致したなく、時として相手が収入を上回ることがあるのは仕方のないことだ。
ただ、男としては、面子が欲しいのは分かる。
「まあ、そのあれだ。よく昔っから言われてるだろ? 『女子供には優しくしなさい』って。店や社会だってそう言った人達に優しくしたいことはあるんじゃないかな。労りの意味で」
「男の子にだって、労れたいことはあるんだもん!」
「もん!」じゃないだろ、「もん!」じゃ。
「気色悪いなあ。
逆を言えばなんだが、お前は女子供扱いされたいの?」
「それはやだな、ちゃんと男扱いされたい。赤ちゃんプレイはしてみたいが」
一言が余計すぎる! 俺は想像したくないぞ。
「だったら気にしないことだよ、それくらいの些細なことは。女だって別に得するばっかりの立場でもないんだから」
「ううん、ならそうか。どうにか納得してみる」
友人の変な情報を一緒に知ってしまったが、どうやら一応の説得にはなったらしい。
その後の会話は、不満や不平を愚痴るようなものでなく、明るい内容に切り替わった。
会話が弾んで、ある程度時間が経った頃。
「あれ、何時になったら注文が来るんだ?」
胃を紛らわす為に、口に僅かずつで飲んでいたはずのコップの中の水がいつの間にか空になっていた。
時計で時間を見ると、注文から四十分が経とうとしていた。
そんなに時間のかかるようなものは頼んでいないと思うんだが。
これ以上かかるのなら、どうなっているのか店に訊こうと思っていると。
「お待たせいたしました。こちらがご注文のランチセットお二つになります。遅くなって大変申し訳ありませんでした」
丁度のタイミングで注文したメニューを持り、深々と頭を下げてウェイターがやって来た。
「私達は気にしませんでしたから、いいですよ」
遅くはあったけど、楽しい会話で時間を潰して気になっていなかった。よく利用しているから分かるけど、いつもならこんなに遅れることはなかった。
ウェイターの人は本当に申し訳なさそうにしているから、おそらく今回に限っては何かがあったのだろう。
続くようなら問題だけど、そうでもないだろうから難なく許せた。
「ちょっと、なんで同じものを頼んだのにあんな男の人達が先で、あたし達のがまだなのよ」
隣の離れた席で、こちらのウェイターと私達をおばさん連中二人が怒鳴りつけた。
あの人は確か、私達より後で注文を取ったはずだよな?
「お客様。ご注文を取ったのはこちらのお客様が先です」
その言い分はもっともだ。先に頼んだのだから先に来る。何も変なことはない。
しかし、おばさんの言い分は違った。
「今日はレディースデーでしょうが。そのぐらいちっとは女性優先にしなさいよ。レディーファーストよ、レディーファースト!
あんたら私たちのと同じのだから寄越しなさいよ」
「何する、やめろ」
私達の飯を奪おうとするおばさん。
「お客様!」
私達のランチプレートへと伸ばしたおばさんらの手を止めたのはウェイターだった。
怪我を咥えないように強く掴んではしていないが、代わりに強い牽制を視線に込めておばさんを動けなくしていた。
やがておばさんが根負けして、静かに席へと腰を下した後でウェイターが優しい口調で言った。
「レディーファーストじゃありませんよ。ここは男女平等ですから。平等に、順番にです」
「ああ、はい……」
急に大人しくなったおばさん連中を見て、「ウェイターさん、グッジョブ」と思う一方で、私達二人は別の事も考えていた。
(レディーファーストってさ、か弱い女性の為の作法だとおもっていたんだけどさ……)
(ああ、私もお前と同じこと思っている)
友人の耳打ちに相槌を打ち、小声で同じ内心を吐露した。
あれだけ強いのなら、必要ないよな。