恋
最終話読了で。
カレンデュラの話です。
王宮で開催された舞踏会にて―――。
「お、お嬢さんっ。俺と、じゃなかった、私と一曲踊っていただけませんかっ!」
そうカレンデュラに声を掛けてきたのは騎士団の団員であるナートだ。
彼は以前参加した仮面舞踏会からずっとカレンデュラに好意を寄せているらしく、何度かこうした場に居合わせるとダンスを申し込みに来ているのだ。
最初の頃は、すげなく断りを入れていたカレンデュラもここ最近は何度か申し入れを受け入れている。
言葉はどもり、誘い文句もストレートで何の捻りもなかった。しかし、申し入れを受け入れるのは、このストレートさが嫌ではないからだ。
以前、他の騎士と話しているのをこっそり聞いたことがある。
まだナートのことを警戒していた頃のことだ。
王宮内の警備の為、歩いているところを見つけて物陰からこっそり観察した。
「あんな気の強そうなののどこがいいんだ?」
そう言ったのは、仮面舞踏会でナートと共にいた青年、確かチックと呼ばれていた気がする。
(気が強いですって、失礼な)
それにナートがどう答えるのかと耳を澄ます。どうせ、身分目当ての逆玉の輿狙いだと思っていたが、聞こえてきたのはまったく違った回答だった。
「うるさいチック。あれで笑うと可愛いんだよっ!」
顔を真っ赤にしてそう反論するナートに思わず笑った。
(おバカさんというか、真っ正直というか・・・)
今も自分を目の前にしてゆでだこのように顔を赤らめるナートを見て、カレンデュラは扇子で顔を隠して口元が見えないようにした。
小さい子相手じゃあるまいし、レディに向かって「お嬢さん」はないだろう、と思うのだが、それが嫌だと思わない自分にビックリして、そして呆れて溜め息が漏れそうになったからだ。
しかも、次いで出るのは笑みだ。
「嬉しい」と悟られるのはしゃくだったので、こうして扇子で隠して相手の顔を伺った。
ナートは普通の男性のように、色目を使ってすぐさま手に口づけてこないのが良い。
家の名に縛られず、自分に声を掛けてくるのが良い。
様々な理由が浮かぶが、所詮は言い訳に過ぎないことに、未だ恋に自覚のない令嬢は気付かなかった。
「一曲だけなら」
差し出した手を武骨でも大切なもののように扱う手が好ましい、と声には出さないまでもアイスブルーの瞳を柔らかくして応えた。
※ ※ ※
以後のことを書き記す。
カレンデュラ・オルンハイムはシルバレン建国史上初の女性宰相補佐の任につき、兄であるヒューバート・オルンハイム宰相をよく支え、国の重要な要となった。
その傍には、彼女を影ながら支える献身的な騎士の姿が常にあったという。
彼は妻を誰よりも愛し、ダンスを申し込む際には、いくつになろうと「お嬢さん」と声を掛け、その顔は耳まで真っ赤に染まっていたとかいないとか―――。
カレンデュラみたいな子はストレートな人に弱いと思う。