宝石
2代前の話。花の記憶Ⅳを読んでからの方が分かると思います。
会議の後、部屋に残って一人の女がが頭を抱えていた。
黒髪をひっつめてお団子にし、装いは至って質素。動きやすいから、というのが彼女の言い分。ゴテゴテと着飾るのは彼女の性分ではない、というのが本当のところ。
彼女の名前は河田 アヤメ。
2代前の『王の盾』である。
薄い縁の眼鏡は今は横に置かれている。
「また却下された。私の案はそんなにおかしいか?」
彼女の言う案とは、民の水回りの整備に関することだった。
王都のいくつかに大衆浴場を作るというものだ。その頃の王都の民の言う清潔とは、湯で濡らしたタオルで身体を拭くというものだった。
安価な浴場を提供し、より清潔に保つことで衛生を確保することが病気を減らすことに繋がる、というのが彼女の意見だった。
「いいえ、そんなことはありません。斬新ですが、良い案だと思いますよ。」
彼女の教育担当であり、親友でもあるユネス神官が応える。
アヤメは『王の盾』としては政治的手腕に長けており、それが臣下の反感をかっていることを彼はよく理解していた。
「私の金で強引に工事を進めようかな。」
「それでは工事費にとても足りませんよ・・・。」
多少の個人の金は所有しているといっても微々たるもの。とてもじゃないが高額な工事費には届かない。
「金の工面か・・・。」
頬杖をついて考え込むアヤメ。
しばらくそうしていて、何か良いアイデアが浮かんだのか彼女はパッと顔を上げてこちらを見てきた。
「ユネス、至急侍女に伝達を――――。」
――――そして翌日、会議の場。
アヤメはいつもの質素な装いではなく、貴族の子女がするように髪を結いあげ、豪勢なドレスを身に纏って会議に出席した。
椅子に腰かけるときも、背筋を張ってまっすぐに座るのではなく、しなだれかかるように座る。
その姿に、普段から彼女に「もっと着飾って大人しくしていろ」と言っている臣下の男が賛辞を送った。
「今日はとても美しい装いですな、アヤメ様。」
ようやく自分の言っていることが理解できたか、という顔だった。
「ええ、貴方が言うようにたまには着飾ってみようかと思いまして。」
うふふっと笑う彼女に頬を染める周囲に対して、青い顔をしているのは自分だけのように思った。
いや、彼女の本性をよく知っている王も顔が青白い。
(きっと心の中で「何をしでかすつもりだ?」とか思っているんでしょうね。)
「ですが、何分急なこと。身に着ける宝石が少なくて・・・。」
そんなことはない。夜会などの場に出ることも多々ある彼女が、宝石が少ないということはありえない。
様々なドレスに合わせられるよう何種類もの宝石がそろえられているにもかかわらず、箱の中にうずもれているだけだ。
「このドレスに合うものがなくて、何も身に付けていない状況なのです。」
うつむいて悲しそうな表情をするが、その目は獲物を狙う鷹のように光っていた。
「でしたら、僭越ながら私が何か献上しましょうか。」
「そうですか。でしたら、その親指に嵌まっている指輪を。」
「へっ?」
「あぁ、あとその首につけているルビーのネックレスも素敵ですね。」
「はっ?」
「頂けるんですよね?宝石。」
そして次々と要求して、男が差し出した宝石を身に着けるアヤメ。
「どうでしょうユネス?似合いますか?」
身に着けた宝石は大きくゴテゴテとしていて派手で、洗練された宝石を身に着けるタイプのアヤメにはまったく似合っていなかった。
「そうですね。アヤメ様にはいくぶん華美かと。」
うやうやしく応えた自分に満足げに微笑み、今度は王に尋ねる。
「王はどう思いますか?」
「私か?(私に同意を求めるな!)」
王が目で訴えかける。
「似合いますか?(似合うなんて言ったら後で覚えとけよ。)」
「そうだな。アヤメにはもっと小ぶりのものの方が似合うと思うぞ。」
いかにも残念というふうに「そうですか」とシュンとした表情を浮かべる。
「では、せっかく頂いたものなのですが・・・」
その言葉に宝石が返ってくると喜んだ臣下は、次の瞬間には顔を怒らせることになる。
「これは別のことに使うことにしましょう。今度、私的に浴場の建設をする計画がありまして、その工事費用にあてることにします。」
先日、男が先陣を切って却下した案だ。
「そ、それは先日廃案になった件ではないですか!」
「ええ。ですから、私的と申したでしょう?」
アヤメがうふふっと微笑む。この場にいる者はもう誰も頬を染めてはいなかった。
「これだけあれば、4箇所は施設を作ることができそうです。それもかなり豪勢なものが。ありがとうございます。完成のあかつきには、是非ご招待させてくださいね。」
そう言って笑った彼女の微笑みは、今日の会議の中で一番輝いて見えた。
こうして、大衆浴場が完成。
臣下にはますます敵対視されることに。