第八話 魔剣の支配者
無数のうめき声に、朝美は目を覚ました。
ーーーまたこの夢だ。
朝美は魔剣を手にしてからずっと悪夢に苛まれ続けてきた。
老若男女問わない無数の亡者が津波のごとく押し寄せてくるのだ。
そんな彼女に語りかける声があった。
それは彼女の手のうちにあった魔剣であった。
魔剣は言う。
ーーー彼らを殺せ、と。
彼女はそれを拒絶した。
魔剣は言う。
ーーーそれは不可能だ、と嘲笑うように。
続けて、魔剣は言う。
ーーーーお前が助かるのはそれだけしかない、と。
「いやだッ!!」
彼女は拒絶した。
魔剣は言う。
ーーーお前は本当はわかっているのだ、と。
「嫌だと言っているの!!」
彼女は更に強く拒絶した。
更に続けて魔剣は言う。
ーーーお前はもう逃げられはしない、と。
それでも、彼女は逃げる。
無数の怨霊が、亡者が、亡霊が、彼女を追いかけてきた。
逃げる、逃げる、逃げる逃げる逃げる逃げる逃げる――――――。
果てし無い逃避行と、終わり無き亡者の群れ。
それら全て、あの魔剣に犠牲になった人々なのだ。
先代の100万人など、魔剣が内包する魂を見渡せば、大海の一滴に過ぎない。
並行世界の始まりから存在した魔剣の怨念は、億千万にも匹敵する。
その剣に銘は存在せず、ただ生まれてからずっと人を斬り続けて来た。
そもそも剣として作られてはいなかった。
たまたま剣として使用され、その果て、概念と年月の蓄積で得た名こそ、ーーー魔剣“ソウルイーター”。
人が生き、人が死ぬ限り、この魔剣は不滅。
お前も、お前も、と死して怨念と化し、ただ魔剣の原動力として酷使され続けてきた人々が、彼女を襲う。
お前も、お前も、お前も。そこに、人間だった頃の尊厳も理性も介在することは無い。
お前も、お前も、お前も、お前も。死霊魔術の究極の一つがそれだ。
お前も、お前も、お前も、お前も、お前も。無限の魔力生成から“有限からの脱出”。そして、“人体の限界超越”。
無数の変質の果てに狂気だけが残ったその剣からは、誰からも逃れられない。
ーーーー我ら、死によって究極を体現す。
故に、そこから逃げられる術など「ーーうるせぇなぁ・・」。
叫んでいた無数の怨霊が、水を打ったように沈黙した。
逃げた先、まるで結界があるかのように怨霊たちが、立ち入ろうとしない領域が在った。
「さっきからうるせぇ、眠れねえだろ絞りカスどもが。」
その一言で、波が引くように怨霊たちは悲鳴を挙げて逃げて行った。
まるで、そこに死より恐ろしい恐怖があるかのように・・・・
朝美がそれを見た瞬間、死霊魔術の究極とやらも滑稽にしか思えなかった。
ただの一言で恐れ戦く究極など、魔術師にとって微塵の価値も在りはしない。
ふと、気付くと、腕を組んで背中を向けている人影が在った。
誰なのか、彼女は問うた。
死こそ、人間の最も恐れる事である。
死して恐怖など消え去った彼らが恐れるものとは、一体なんであるのだろうか。
それは、この怨霊が蔓延る死霊の海で、天地開闢前の絶対的な神聖の如く、不可侵な神霊の如く、完全なる一つの個。
乾いて変色した血に、更なる鮮血を滴らせる衣服を纏ったその人影は、彼女の方に顔の半面だけ振り返った。
女だった。若い、女性特有の丸みを帯びた体格で、
ギラリと斬撃のような視線と、曲刀の刃のように歪に釣り上がった獣のような唇。
その表情を見た瞬間、彼女は悟った。
これは、出会ってはいけない死の具現である、と。
即座に、女の片腕に魔剣が顕現した。
猛獣のように荒れ狂っていたそれが、彼女が手にすると借りてきた猫のようにしか見えなかった。
斬、――――――――撃。
衝撃は走ったと思った時には、既に彼女は脳天から真ッ二つに斬られていた。
痛い、死ぬほど痛い。
気付くと、嘲笑を湛えた女が、彼女を見下ろしていた。
そして、ただ一言。
―弱いな、と。
その刹那、吉中朝美は恐怖と共に目が覚めた。
何をしていたのだろう。朝美はボーッとした思考で考えた。
確か、学校から帰り、仮宿であるアパートの一室で今夜に備えて夜まで仮眠を取っていた所だ。
目を下ろせば、ーーー抜き身の魔剣の刃に、手が触れていた。
慌てて、朝美は手を放した。
リュミス特製の封印術式をたっぷり組み込み、その上に神聖な聖骸布で覆わないと触れる事すらできない魔剣に、直に触っていたのだ。
何も起きないはずが無い、現に、夢の中で意識を乗っ取られかけた。
否、意識どころではない、体ごと奪われかけた。
無理やり意識を遮断されていなければ、今ごろ、精神侵食の餌食となり、自分は殺戮の化身と化していただろう。
そうならない為に、頑張ってきたのに。何と、愚かな。
「・・・・・・・あれ?」
そもそも、仮眠を取る為にベッドに寝た時には、魔剣は手元に無かったはずだ。
今、こうして考える事ができる事すら、おかしいのだ。
ならば、なぜ、触れていると気付いた時に意識があったのだろうか。
その、とたん、物凄い衝撃が走って朝美の体がベッドから叩き落された。
「ぃ、痛、い。・・・・あ、」
訳がわからず、起き上がると、思わず朝美は悲鳴を挙げてしまった。
『喧しいぞ、ガキ。』
息が詰まりそうになる殺気を叩きつけられ、朝美は口を必死で抑えた。
ベッドの上には、先ほど夢の中で朝美を真ッ二つにしてくれた女が居た。
足を組んで朝美を見下ろしている事から、相当に上位の霊体である事が分かる。
霊体の格は、どれだけ視認できるかで決まるのだ。
足の先まで視認できる霊体は、特殊な例でない限り、現世に干渉できる大精霊クラスだ。
上位精霊体ともなれば、実体を持つ事も可能なのだ。
だが、目の前の女は足の先まで有れど、実体は無いようである。
朝美を叩き落した事から、精霊クラスは確実の亡霊である。
しかし、考えてみれば、人間が上位存在である精霊に昇格するには、それなりに偉業を成さなければならない。
それこそ、英雄と呼ばれるような人間や、伝説の域に達した偉人のような人物でなければ。
「あなた・・・は・・・」
一体、何者なのだ。
朝美は、震えながら目の前に降臨した死の精霊に問うた。
『生前は殺人剣。“キラーブレイド”と呼ばれていた。』
それを聞いた瞬間、朝美は眩暈を覚えた。
彼女にとって先代でもあり、畏怖すべき100万人斬りをやってのけた魔人。
確かに伝説としては、申し分ない。
『名は、アルシェ。
雑兵霊どもが騒がしいと思ったら、新たな魔剣の担い手が誕生したときた。
ーーー聞えたぜ、お前の叫び。どこぞとも知れない亜空間の彼方からでも、ハッキリと。
なぁお前、・・・・何を殺したいんだ?』
朝美は、ふるふる、と首を横に振った。
『そうかそうか、力を望んだくせに、こんな力は要らねぇ、と。
・・・贅沢なガキだな、お前。』
くっくっく、と血塗られた女―――アルシェは、ベッドの上の魔剣を手に取り、その刀身を撫でた。
それだけの動作なのに、まるで蛇の舌が魔剣を這いずり回っているかのような錯覚がした。
ヤバイ、やば過ぎる。
この女は、究極に到達した魔術師のように理解の範疇を逸脱した存在であると。
今なら、あの狂犬のような魔剣が、腹を見せて降服を示す犬に見えた。
『俺が起きたからには、この鉄屑は何もできない。
なぜなら、このアルシェ、集合霊体とも言えるこの魔剣のトップだからな。
俺が持ち主の時に連中は夢の中で何度も殺してやったよ。
力が欲しけりゃ、必要なだけくれてやる。
その代わり、お前はこの鉄屑を使い続けることだ。
より強く、より高みに。ーーーそれが、俺の望みだ。
なに、お前は使い続けるだけで良い。便利な事にこの鉄屑はそれだけで強くなるんだからな。』
その言葉が意味する事は、明白だった。
「あなた・・・まさか、魔剣の主人格と制御回路を乗っ取ったって言うの!!」
『ああぁ? それがどうかしたのか』
それがどれだけおぞましいことか、本気で分かっていないアルシェに、朝美は戦慄した。
魔剣“ソウルイーター”である。
並行世界が生まれる原初とも呼べる世界から生まれた魔剣の原型とも呼べる最悪にして災厄。
下手をすれば、稼働時間は軽く5000年をも超えるかもしれないとされる狂気の産物。
その間に蓄積された時間と概念は、単純な経過年月だけなら、『黒の君』すらも余裕で上回る。
並みの神の概念よりも、上等と言えよう。
それを、ーーーそれを、だ。
たった一人の人間が、死んだ後に意思の力だけで奪い取ったと言う。
それも、魂を喰うという特性まで無視して。
何かの間違いか冗談にしか聞えない。
だが、もし、それが本当なら、先代ことアルシェは途轍もなく偉大な人物だ。
なぜならば。
「この剣は、元々邪霊や悪霊を殺す為に作られたのよね?」
『そう伝わっているらしいな。そんな面影なんて微塵も感じられねえが。』
けらけら、とアルシェは笑った。
「なら、今度こそ、人の為に使うわ。
この剣が血を吸った分。千年でも、1万年でも。」
『こっちは構わねぇぜ、実際、必要なのは魂で、有象無象の人間どもじゃない。担い手の好きにするといい。
手前ぇに合わさった分だけ、こっちは力をくれてやる。ただそれだけだ。
人殺しになろうが、悪魔になろうが如何でも良い。ただ、使い続けろ。それ以外、何も言わない。』
ニタリ、とアルシェは異形の笑みを浮かべた。
『俺とお前は似ているんだからな。仲良くやろうぜ。』
彼女は100万人虐殺したかもしれない。
自分はそれを可能とする力を、望んだかもしれない。
しかし、彼女はきっと偉大な人物だ。
なぜなら、魔剣の、狂気と負の連鎖を断ち切る可能性を遺したのだから。
可能性、それは人間の最も偉大なる力の一つなのだから。
「それが本当なら、・・・・・いや、やっぱありえないから。」
「そうなのか?」
頭を抱えるウェルクに、真水は別に良いだろ、と首を傾げていた。
事は、魔剣を抱えてやってきた朝美が駆け込んできた所まで遡る。
「ちょっと、信じられない事なんだけど、聞いてくれる?」
と、幼いくせに驚くほど博識なウェルクに、アルシェのような事例を考察してもらおうという次第だった。
自分より年下にそんな事を聞くのか、という概念は、魔術師に存在しない。(例外は多数確認されている。)
朝美より年下で高位の魔術師など、“両立派”に行けば両手で数え切れないほど居るのだ。
荒事とは無縁の生粋の日本人だった朝美の覚えた黒魔術は、教科書に書いてあるような機械的にマニュアル化されたものでしかないのだ。
そうなると、魔術特有の神秘性というものが、著しく低下し、効果そのものにまで影響を来たす。
だから、研究者なら自分の研究を隠して疑問に答え、戦闘者なら更なる技術向上の為に助言を求め、対価として必要な物資を供給したり、等価交換が成立する。
そのようにして、他の魔術と差別化を図った独自の術式を編み、初めて実用に耐えるのだ。
そう言った意味では、朝美は本当に低位な魔術師崩れで、両方を地でできる“両立派”の魔術師が本物なのだ。
「別に良いだろって・・・兄貴、魔術ってのは確かに“意思の力”っていう不安定要素が作用する技術だよ?
だけど、これはそれの中でも群を抜いているんだ。非常識なんだよ。
物理法則が逆転したり、突然変異で地球環境に良いダイオキシンが出来るくらい、ありえない事なんだよ。」
相変らず凄い例えをする少年である。
でも、確かにありえない。
「でもさ、今は理解できない原理より、活用できる幸運に感謝した方が良いんじゃないのか?」
「それは、そうだけどさぁ・・・・」
不満そうに、ウェルクは唇を尖がらせる。
真水としてはご都合主義的とはいえ朝美が苦痛から解放されるならそれでいいのだ。
『おいおい、まさかと思うが、簡単に使いこなせるなんて、思ってないだろうな?』
「え・・・?」
空中を浮遊しながら寝そべっているアルシェが、くつくつ、と嫌な笑みを湛えていた。
『お前ら、赤の他人を一度会っただけで信用するのか?
だとしたら、相当なお人好しだな。
魔剣“ソウルイーター”の狂気からは、絶対に逃れられない。
たとえ、俺が抑えようとも、魔剣の主はお前だ。そこから滲み出てくる狂気に、お前は抗えない。
ふとした拍子で、突然狂気に目覚めるとも限らん。
――――朝美ぃ、お前はな、沸騰したお湯が入った鍋を持つ事が出来る手袋を入手したに過ぎないんだよ。
転べば熱いお湯はぶちまけられるし、自分に掛かって火傷するかも分からん。
それに、幾ら厚手の手袋でも、鍋を持っている限り熱くはなるからな。
それだけ、狂気に触れやすくなる。後は、お前次第。その熱さに耐えるか、思わず落して大火傷するか、だ。』
こっちはこっちで、なかなかに上手い例えだと、真水は思った。
「今なら、蓋を閉めてテーブルの上に置くって選択も有るけど?」
対抗心を燃やしたのか、ウェルクがアルシェに乗っかってそんな事を言う。
つまり、封印を施して、どこか安全な場所に置いておける、と言ったのだ。
『おいおい、ーーーそんな事、俺が許すと思うのか?』
軽い口調に、極大の殺気を乗せてアルシェは問うた。
思わず、真水は息を忘れてしまうほどのものだった。
朝美は両手を膝の上で握り締めて、震えている。
――――――勝てない。
本能が、そう告げている。
相手を殺すためならば、喩え運命でも捻じ曲げて見せるだろう。
彼女はソウルイーターを乗っ取ってしまうほどの人間だ。
実体の有無など、さほど問題ですらないのだろうか。
「わ、わたしは・・・・」
震え、怯えきった子供が必死で怒り狂う親に自分の意思を伝えようとするように、朝美は言った。
「わたしは、逃げない。あなたを、放置するなんて、出来ない。ーーーそんな無責任な事、出来ない。」
言ってみれば、朝美も巻き込まれただけの被害者なのだ。
だというのに彼女は逃げないという。
なるほど、とアルシェは頷いた。
『了解した。改めて、お前をこの魔剣“ソウルイーター”の担い手としてお前を認めよう。
二言は聞かないし、この鉄屑はお前が嫌になるほど生かし続けるだろう。』
アルシェは手入れさえしていればそれなりの美人だろう顔を楽しそうに歪ませた。
『我が名はアルシェ。死して魔剣に喰われ、そして自らの意思を再構築して魔剣内部を支配した者だ。
もっとも、危険だと判断されて、ついさっきまで寝ていたのが現状だが。』
「だけどあなたは私を助けてくれた。」
『あまりにもクズ霊どもが騒がしかったからだ。
起きてすぐに、生前から散々弄んでくれたこの魔剣の力を奪い取ってやったぜ。』
「それ、創世魔術の一歩手前って分かってて言ってるのかな・・・」
ウェルクとしては、とっ捕まえてバラバラにして研究し尽くしたいところなのだが、専用の道具も無いし、断念することにした。
『知識なら、有る。
この鉄屑が斬った奴に、魔術師は腐るほど居るからな。
なんなら、お前よりずっと博識だと思うぜ。』
「うわ、こいつ殺したい。」
『殺るか?小僧・・・』
「待て、待て待て待て。」
一瞬で険悪な雰囲気になった二人の間に、真水が割って入った。
「やめろウェルク。そっちもだ。」
この場合、攻撃に詠唱が必要なウェルクは抑える必要も無く、真水を攻撃できない彼は捨て置ける。
そう言うことで、真水はアルシェの方を抑える事にした。
前のめりになる格好になってしまったが、真水はアルシェの左腕を掴む事に成功した。
実体が無いのに、その腕は鋼鉄のように冷たく、不動の大岩にも等しかった。
まさしく血の通っていないことが証明されたわけだ。
「頼む、こいつは俺の弟なんだ。」
『ほう・・・、じゃあ、ここでお前を殴れば、許してやると言ったら如何する?』
魔剣の亡霊はにやりと笑ってそう言った。
「―殴ればいい。昔、こいつのせいでチンピラ5人に囲まれた事がある。その程度、訳無い。」
『何だと・・・』
ピキリ、とアルシェの眉が顰められた。
『この俺が、チンピラと同等だと言いたいのか?』
「どう解釈しようと勝手だが、どうしても俺唯一の家族の殴りたいのなら、俺を代わりに殴れと言っている。」
ち、と舌打ちしてアルシェは手にしていた魔剣を魔力粒子に変換し、消滅させた。
『俺の負けだ。良いだろう、許してやる。
その代わり、二度とこいつとは会話をしない。良いな?』
「恩に着る。」
『言うな、嫌味にしか聞えない。』
そう呟いて、アルシェはスーッとまさに幽霊のように存在が希薄になり、しまいには消え去った。
『俺は剣だ、故に、戦う事はしない。
可能な限り手伝うが、俺が戦う事はしない。
道具はいつも戦わない、戦うのは、常にその人間の意志だ。故に、俺は戦わない。』
そして、彼女は強者の誇りを貫いたのだ。
真水は思わず感服した。
不謹慎かもしれないが、そうなれば、彼女の百万人殺しも、偉業の一つとして聞えるかもしれない。
きっと彼女が生前に魔剣の狂気に飲まれなければ、きっと別の形で偉業を残したのだろう。
真水はウェルクの方に目を向けると、案の定、不機嫌そうな表情をしていた。
「僕は、謝らない。」
ただ、自分の意思を告げた。
真水は苦笑した。
「分かっている、だから止めた。
お前の言動全てが正しいとは思っていない、けど、少なくとも間違っていた事は見た事が無い。
しかし、無闇に自分の正しさを証明するのは子供の発想だ。
今はただ、迷惑を掛けた事だけ覚えていれば良いさ。」
「ぼくはまだこどもだよ?」
「どの口が言うか、このクソガキが。」
あはは、とウェルクは屈託無く笑った。
『――――――――ッ!!!』
最高クラスの死霊魔術師として、カーレスが“それ”に気付いたのは当然と言えた。
濃厚な、死を体現するような死霊。
死霊を操り共闘するような形になる“流用派”に対して、“代用派”の死霊魔術師は、死霊の類の天敵である。
それでも、根本的なベクトルは同じなので、ルーシアを弟子にする事が出来る。
要は、力の使い方が違うのだ。
そんな、死霊を狩る者ですら悪寒を禁じえないような怪物に会ったのは、カーレスの生涯で一度しかない。
その時の惨状は、死して死霊となった今でも覚えている。
連れ添った仲間が壊滅、そして敗退を余儀なくされた。
高位の死霊とは、それほどまでに人間の常識を逸脱しているのだから。
いや、それも当然だろう。―――――――彼らは既に死して人間ですらない害悪なのだから。
今感じた悪寒の正体が、剣士であって安堵するのは、しばらく経ってからの事である。
それはそれで、別の意味で恐れるかもしれないが、搦め手を得意とする魔術師の死霊は目も当てられない惨状を催す。
特に、魔術を用いて生きたまま“リッチ”と呼ばれる死霊になった、実体を持つ特殊な死霊は最悪の存在だ。
彼らはカーレスと同業で、死霊について・・それ以上に、魔術師について知り尽くしている。
その不死性や狡猾さは悪夢の顕現と言えるだろう。
そんな怪物は、カーレスの知っている一体で十分だというのに。
『(まだ、存在するというのか・・・・)』
実体が有るかどうかの差で、“リッチ”に近い自分が言うのも何ではあるが、
そう言う怪物は十中八九、他者の命を燃やすように消費しなければならない。
それだけ、実体の維持とは大変なのだ。
“死の代用”。
死んだという事を他者に擦り付ける、外道の死霊魔術。
自力で成さなければ、それは不死身とは言えない。
それは、死者への冒涜である。
神に反逆するより、許しがたい行為である。
『仕事が増えたな・・・』
元々、ネクロマンサーは荒事に向いていない。
ルーシアも、最低限の戦力を保有してはいるが、その典型でもある。
特に、“流用派”は魔具を使い切れば殆ど一般人よりマシ程度の動きしか出来ない。
直接戦闘用の魔術が少ないのも、理由のひとつだ。
だからこそ、死霊魔術師はある分野で非常に重宝されている。
カーレスは、机に向かって黙々と魔術を取り入れた医学書を読んでいるルーシアを一瞥した。
そう、医者としてその性質上、特に外科の医者として最高の能力を持っているのだ。
まだまだ未熟なルーシアでさえ、患者に傷をつけずに患部を切除するくらい簡単に出来てしまう。
病気の類はともかく、頭部以外の主要臓器が破損していても、生きたまま修復する事が可能なのである。
たとえ、それが死に直結していても、死霊魔術師は死んでさえいなければ酷い状態でも元通りに出来るのだ。
だからこそ、彼は許せない。
そんな素晴らしい技術を悪用する輩がこの世に存在していると言う事が。
生命は、奇跡そのもの。
奇跡を蔑ろにすることは、魔術師には出来ない。
故に、それを冒涜する者は滅ぼさなければならない。
それが人間としての体を失った彼に残された人間性だった。
因果は巡る。
魔術師において、それは一つの結果として表れる。
即ち、――――――――――。
今回はいらない設定と会話のオミットと、少々のセリフの追加くらいですかね。
今連載している方もあんまり手が付かないし、頑張らないと。