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第七話 魔術師の群像劇

告白しますが、この物語を書いた当初、間違いなく自分は中二病でした。

しかも、当時高校生・・。

それにしてもこちらで連載したシリーズとの食い違いが酷い・・。

八年前の自分「お、この設定は良さそうだ。とりあえず伏線だけははっとこ。」

現在の自分「なんだよこの無意味な設定とか二つ名とか!! 設定固まっていなかった所は仕方なかったとはいえ、再編集するこっちの身にもなりやがれ!!新手の羞恥プレイか!!」


と言うわけで、リメイク版は当時の内容とだいぶ違っている所もありますのでご了承ください。





正式名称、魔術連合本部。

通称、魔術本部。


本拠地は、太平洋の霧と呼ばれる海域に存在し、幻惑の霧に守られた難攻不落を誇る海上の城砦だ


その首魁たる、盟主リュミスは現在―――――視察という名目で、思いっきり遊び耽けようとしていた。

そんな事、口が裂けても部下たちには言えないが、ここ数年は本部にずっと詰めっぱなしだったのだ。

実際のところ、彼女が居ても実務の面ではサインをするか苦情を受け付けるくらいしかないのだが。


勿論、お忍びでの仕事だ。

完全に遊びではないが、殆ど遊びといっても仕方がない案件だ。

そもそもある意味有名人であるとはいえ、お忍びである必要性も感じられないが、魔術師という人種は名目を好むものなのだ。

ただでさえ、これは現代魔術師が嫌がりそうな仕事である。


「原住民の文明調査、とは良く言いましたね。

特に錬金術ギルドの方々はこの地に存在する科学が嫌いですから。」

と、言う事で、魔術なら一瞬で行けるアメリカ大陸に、わざわざ飛行機に搭乗しているのだった。

そんな感じで、二か月ほどは視察の名目を借りた世界旅行となる。


無論、リュミスのお題目など“本部”の経費を使うための名目でしかなく、行動の主体はメリスにあった。

なぜリュミスが付いていくかというと、メリス一人では不安だったからに他ならない。


この女、割に合うと判断すれば平気で街ひとつを焼き滅ぼし、目的のものを奪取したという実績があった。

だからと言ってトップが付いていくのもあれだが、猫の手よりも役に立たないのだから仕方がない。


本部の運営をしているのはリュミスだけではないとは言え、本陣にはカノン一人を置いてきた形になる。

しかし、二人の顔色に微塵もそんな弟子と妹弟子に対する不安は一切無い。

それにこれは、メリスが提案し、カノンが了承した息抜きでもあるのだ。


師匠、偶には(口出しされても邪魔だから)旅行に行ってはどうですか、と弟子二人からの厚意である。



「カノンから聞いていないの師匠?

あんな古臭いカビが生えたような連中、昨日私が一掃したわよ。」

と、平然と答えるメリス。


「確かに旧世界での通用したレシピが壊滅したのは大きいでしょうね。

だけど、それがなに? 無ければ違うもので代用、流用するのが魔術師よ。

それを怠った時点で錬金術師は終わりなのよ。」

現にメリスは地球での活動に何かしらの不自由を感じたことはなかった。

それは彼女だから、とも言えるし、逆に言えば時間があればやりようはあったと言うことだ。



「潰したのですか。確かに、最近は無駄に予算を食い潰すばかりのギルドに成り下がりましたけれど、魔術は伝統が大事な要素を含みますからね。やはり、見逃していた私が悪かったのでしょうか・・・・」

やれやれ、と溜息を付くリュミス。

せめて一言言ってほしかったと言った様子だ。


「伝統に実益を食い潰されたら元も子も無いでしょう?

それに、最後まで抵抗するアホだけしか殺していない。たった十数人よ。

私が、この錬金術師エルリーバの血族最後の生き残りが、本当の技術と、本物の誇りで、現代の魔術師を変えて見せるわ。

そうすれば、この私の研究を邪魔する愚か者は居なくなるし。」

「むしろ、崇拝者が付きそうですね。

操作しやすく、それでいて質を落してはいけませよ。」

「分かっているわ。そんな半端な事は私が大嫌いなのよ。

“魔術師は己の行う行為に一切の私情と妥協を持ってはいけない。”

そう教えたのは、あなたでしょう?師匠。」

「あなたほど教え甲斐のない弟子もいないでしょうに。」

ええ、とリュミスが頷いた時、シートベルトを締めるようにアナウンスが入った。

出発の時間らしい。


「私に当ては有りませんが・・・メリス、あなたは何処に行きたいですか?」

「まずは、アメリカを一回りして、現代の銃器と重火器をじっくりと見てみたいわね。

それと、師匠。せっかく時間ができたんだし、機内で見てもらいたいものがあるの。」




「魔術師ランク別一覧とカテゴリー別一覧の作成完了したわよ。」

「あ、はい、ご苦労様です。お姉さま。」

リュミスから本部の留守を預かったカノンは、現在デスクワークという戦いをしていた。


「これ、予算表ができたからここに置いておくわよ、割り振りはキチンとやらないとね。」

「そうですね、お姉さま。」

現在、入れ替わり立ち代り、“メリス”がやってきて資料やら使用許可やらを求めている。


「あの・・・お姉さま・・」

「何かしら?」

通算、13度目の“メリス”の登場に、流石のカノンは思わず尋ねてしまった。


「ちなみに、今現在で何人居ますか?」

「そうね・・・・」

火器の使用許可書を持っていこうとした“メリス№39爆薬専門”と書かれた紐付きプレートを首に下げたメリスは、考えるような仕草をして、


「製造途中の“私”を除けば、実験班23人、被験体58体、戦闘部隊120人、雑務係48人、その他含めて・・・。

――――――ざっと三百人くらいは居ると思うわ。」

カノンは、ひしめくメリスを想像して身震いをした。

どんなに容姿が淡麗だろうと、同じ顔が一か所に集まって蠢いているさまは怖気を誘うものだ。


「あの・・・できれば、3人位こちらに手伝いしてもらえるようにできませんか?

お姉さまが蘇えってから、書類が数倍に増えまして・・・」

カノンは執務机の端に積みあがっている書類の山を一瞥して、“メリス№39爆薬専門”もそれを見た。

彼女は、なるほど、と頷き。


「それは悪いわね。早速、処理能力を底上げした“私”を用意するよう、実験班に言っておくわ。」

「ありがとうございます・・・」

これは反則だ、とカノンは思った。


ほぼ完全にオリジナルと同じ能力を発揮する、メリスのホムンクルス。

彼女が得意とする複製魔術は魔具・武装を飛び越え、人工生命体の量産をも可能としてしまった。

目の前で会話している“メリス”だって、生まれてまだ一週間なのだ。

純粋な物量が物を言う魔術師同士の戦いで、これほど恐ろしい能力は無いだろう。


物が溢れ、技術が氾濫するこの時代、彼女がどれほど強力な魔術師か言うまでも無い。

科学と物理の権威『プロメテウス』をして、文明を喰らう女と称されたのもあながち間違いではない。


しかも、彼女達を一度に全て屠らなければ、オリジナルは殺されてもレプリカ体に死を押し付けて逃げられるという完全同一存在を利用した反則技能も持っている。


一人で万の仕事をできる彼女は、まさに万能。

ウェルベルハルクの魔術系譜が目指す、究極の在り方こそ、それなのだ。

優秀な錬金術師は一国を富ますというが、


できれば、もう二度と敵に回したくない、と胸中呟きながら、カノンは手元の出張要請依頼書にサインを書いた。

それが叶わないことだと、分かっていながら。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





「それにしても、あなたが実務や組織運営に強いとは思いませんでした。」

「師匠から離れたあと、資金繰りの為に潰れかけた商会に取り入って再興させたことがあるのよ。

しばらくの間は異端狩りからのいい隠れ蓑になったわ。」

飛行機のファーストクラスに乗る二人は、備え付けのワインを嗜みながら取り留めのない雑談に興じていた。


「そういえば、先ほど何か見て貰いたいものがあるとか言っていませんでしたか?」

ふと、リュミスが先ほどの会話を思い出してそう言った。


「ああ、そうそう、この間の実験のことなんだけれど。」

「あなたが満月、星辰の揃った特定の日時、特定条件の地脈と気候を再現した実験場を用意してくれといったあれですか?」

「そうそうそれそれ、師匠も長生きしているだけあって、そんなふざけた条件の儀式場を用意できるものなのね。

おかげで最高の環境で実験ができたわ。」

「ええ、むちゃくちゃな条件だったので、上手くかみ合うように数種類の状況を重ねたんですよ。

あなたの提示した条件の日なんて、私の長い人生で一度たりとも訪れませんでしたから。」

さらりとリュミスは答えたが、それがどれほど複雑で面倒で難しいかは、メリスの内心に生まれた一瞬の同様が全てを物語っていた。


己の師匠は魔術の才能なんて欠片も無いのに、このような異様なことをあっさりとやってのける。

それが極みに達した者だけが許される境地であると、メリスは知っていた。


偉大なる彼女らの系譜は万能を全能に昇華させることを謳っているが、結局のところ魔術師にとって優れているのは多芸よりも一芸に秀でるものなのだ。

現に、いつか超えるべき相手とはいえ、メリスは己の師をどれほど馬鹿にし、見下していたとしても・・。


ーーー彼女に勝てるイメージが、微塵も湧かないのだ。



「カノンに聞いたところによると、魔術災害が起きかけて区画閉鎖寸前だったとか。」

「失敗したわけではないのよ。

成功した。いえ、この場合は成功しすぎてしまったのかしら。」

メリスは荷物からノートパソコンを取り出した。


「とりあえず、これを見てちょうだい。」

メリスは指先を動かすだけで画面のポインタを動かし、指先を小刻みに揺らしファイルをダブルクリックした。

中にはいくつかの動画ファイルがナンバリングされていた。

彼女はそのうちの最初の動画をクリックした。


即座に動画が再生される。



そこは、白い部屋だった。

白く、そして何もない部屋に、一人の女性が膝を抱え蹲っていた。

リュミス、メリス、カノンと同じ大陸の出身者に共通する栗色の髪の毛、小柄な体格に可愛いというより愛嬌のある顔立ちだ。


やはり白く簡素な衣服を纏い、その双眸はどこか虚ろだった。


「西暦201X年○月×日、13時45分。

総意の判断により、これよりサンプルRとのカウンセリングを記録する。

対象は重度の記憶の混乱があり、魔術的な精神治療の最中である。」

動画を撮影しているだろうカメラの前に割って入ってきたのは、メガネを掛けた明らかに女医とわかるの恰好をしたメリスだった。

その胸元には“メリス№99カウンセラー”と刻まれたプレートがあった。


「こんにちは、あなたの名前を教えてください。」

妙に堂に入った演技で、“メリス”は蹲る女性に声をかけた。



「・・・リネン・・・サンセット・・。」

女性はたどたどしく答えた。


「年齢はいくつですか?」

「・・・わからない。」

「では何歳まで数えたか、教えてください。」

“メリス”がそう質問を変えると、彼女はか細い声で22と言った。


「私もそのように記憶しているわ。

かつて、私とあなたは協力関係だった。覚えていますか?」

「・・・はい。」

リネンと呼ばれた女はこっくりと頷く。


「色々なことをしましたね。

どんなことをしたか、覚えていますか?」

「・・・いっぱい、いっぱい、殺した。

自分勝手な奴らを自分勝手に殺した。楽しかった。

楽しかった・・たのしかった・・たのしかった?・・のかな。」

「他には?」

「・・・おぼえていない。」

ふるふると、リネンは首を振った。


「自分が死んだときの記憶はありますか?」

「・・あいつが・・あの『悪魔』が・・私を、ファニーを・・あ、ああ!!」

「今日はここまでにしましょう。」

錯乱し、顔を掻きむしり始めたリネンをカメラの後ろから出てきた数名の“メリス”に取り押さえられ、注射器で薬物を投与される姿の後に動画が途切れる。


メリスは次の動画ファイルをクリックした。



「西暦201X年○月△日、10時12分。

サンプルRに若干の精神的安定が見られた為、カウンセリングを行う。」

前回の動画より二日後の日付だった。

場所は同じ、白い部屋。


「リネン、質問をしてもよろしいかしら?」

前回よりも若干フランクに、女医“メリス”は質問を投げかける。


「・・うん。」

リネンはいまだ焦点の定まらぬ目で頷いた。

だが、前回よりも不安定さが薄まっているようにも見える。


「部屋を暗くしてもいいかしら?」

「ッ!?」

“メリス”がそういうと、リネンはあからさまに震えた。


「やめて!!」

悲鳴のように、それをリネンは拒否した。


「わかりました、その代りどうして暗くしてはいけないのか、教えてくれる?」

「あそこと、あそこと同じ、同じだから!!」

「あそこ、とはどこかしら?」

「“虚無の闇”・・!! あそこは真っ暗で、何もなくて、そしてずっと隣にだれかがいるの!!」

「落ち着いて、何か飲みましょうか。」

“メリス”はカメラの後ろからティーカップを持ってきて、リネンに渡した。


カットが入り、場面が変わる。


「ところでリネン、“虚無の闇”とは伝説にあるあの場所で間違いないのかしら。」

「・・うん。間違いない。」

両手でティーカップを握るリネンは、はっきりと頷いた。


“虚無の闇”とは、魔術師が旧世界から伝える地獄の概念の一種だ。

そこには何もなく、永遠に魂だけが救われることなく彷徨い続けるという。

そしてそこに行くのは、救われる価値のない邪悪な人間や人を捨てた外道ばかりだという。


「私はあなたをそこから引っ張り出した。

以前、あなたが言っていたわ。

“虚無の闇”には精神も魂も劣化することなく保存されているのなら、私が肉体を用意できれば、その二つを合わせたとき、疑似的な死者蘇生となるのではないのか、と。

私はそれを試み、成功してあなたは今ここにいる。

・・・それは理解しているかしら?」

「・・・・うん。」

リネンは頷いた。


「“虚無の闇”から生還した人間は伝説に数例のみ。

あなたはその一例となったの。

私はあなたの魂を引き上げ、私が以前保管していたあなたの髪の毛から作ったあなたの体に吹き込んだ。

その時のことを、覚えていますか?」

「・・・・・・・。」

リネンは答えない。

空になったティーカップの底を見つめ、黙ったままだった。


すると、女医“メリス”はおもむろにレコーダーを取り出した。

かちり、とスイッチを押した。



『ザッザザ――ちら、“メリス№62記録係”!!

なにが――ザザ――あれは、本当に――ザー――なの!?

記録機材、全て破損!! ――ザザ――験体Rを中心に、謎の力場と超常現象が発生!!

あはは―ザサザー―はは!! 悪魔が、どうして――ザーーーーーーー』

雑音の合間に、切迫したメリスの声だけが響き、そしてすぐに聞こえなくなった。


「これは咄嗟に簡易ボイスレコーダーを錬成し、決死で守った“私”の記録よ。

現在、彼女らの脳から記憶をサルベージしている最中なの。」

「・・・・・・・・・・・。」

「覚えているなら、教えてくれないかしら?」

「いやだ。」

リネンはきっぱりと自分の意思を示して拒絶した。


「はぁ・・・今日はこれで終わりましょう。」

溜息とともに、女医“メリス”は録画を切った。



メリスは次の動画ファイルをクリックした。


「西暦201X年○月×日、18時05分。

サンプルRの治療経過により、記憶の混濁の大部分が解消されたと判断。

最後のカウンセリングを行う。」

日付は前回の一週間後だった。


「メリス、これは本当に必要なのですか?」

「雰囲気雰囲気、それが大事なんだって。」

白い部屋の中央に置かれた椅子にリネンは座り、女医“メリス”はお互いに旧来の友人同士として接していた。


「というかサンプル?

サンプルと言いましたねメリス、よくも私を実験材料にしてくれましたね。」

「便宜上、便宜上の話だって。」

最早リネンの表情に忘我の相は見えなかった。


「さて、あなたを“虚無の闇”から引っ張り上げた時の記憶を映像化できたわ。

一緒に見てみましょうよ。」

「・・・・・・。」

そういう“メリス”の言葉に、リネンの表情が曇る。


「はい、再生。」

“メリス”が指を鳴らすと、奥の壁に映像が投射され始めた。



『えー、これより、リネンの蘇生実験を始めます。

実験を執り行うのはーーー』

「ここはいいから、早送り早送り。」

「はいはい。」

女医“メリス”の指示により、序盤の映像は目まぐるしく過ぎていく。


「ここ!!」

彼女が手を挙げると、早送りが終わり、映像が通常通り再生される。


『やった、リネンの魂を補足したわ。

理論上ではこれで成功のはず!!』

映像は実験を行った“メリス”の視線で動き、狂喜乱舞して視線が上下左右に動くそれは見ていて気持ちのいいものでなかった。


『・・・え?』

すると、視線の先で横たわっていたリネンの体がむくりと起き上がる。

彼女の口がゆっくりと開いた。


『rye-sya,se-ta』

リネンの口から洩れた言葉は、聞きなれない発音の単語だった。


『ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』

ryu-sya,se-ta i-a,harenna.

ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』

それは讃美歌のように澄んでいて、魂が凍りつくような恐怖を誘う調べだった。


その言葉に呼応するように、彼女の周囲が黒く歪んでいく。

周囲の物質がまるで腐り落ちていくように爛れ、固形から液体へと姿を変えていく。


そうして出来た混沌の沼からは、角と翼を備えた悪魔が次々と現れ、彼女と同じように未知の言葉を紡いでいく。


『ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』

『ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』

『ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』

『ryu-sya,se-ta i-a,harenna.』


『あ、悪魔が・・・。』

その光景を呆然と見るしかできなかった“メリス”が、その時感じた言葉を漏らした。



『ーーー祝福している!!』


そして映像は途切れた。




「ねぇ、あの場所で何があったのリネン。」

「・・・・・・・。」

一緒に映像を見ていた二人の間に、奇妙な沈黙が落ちる。


「・・・・信じてもらえないかもしれませんが。」

「うん。」

「あなたと会っていたんです。」

「えッ」

それは、“メリス”にも予想外の言葉だった。


「まさか。」

「本当ですよ。あれは間違いなくあなたでした。

あの饒舌さと馴れ馴れしさは間違いなく、メリスでした。」

リネンは淡く笑っていたが、その両目は正気を失っている人間のそれだった。


「天才の本当の意味は天から与えられた才能ではなく、天に至る才能だとか。

どうして私が他人より不幸だった理由だとか。

“虚無の闇”は悪人のゴミ処理埋立場所じゃなくて、ただの一時待機場所だとか。

あそこにある魂はみんな待っているんだとか。

聞こえるんです、聞こえるんですよ。助けてとか、苦しいとか、みんなが言うんです。

精神が燃え尽きればもう誰も責められないから、あそこでみんな待っているんです。

・・・赦してもらう日を。赦されないなら、許されるようになればいい。

なぜ私にいうの? なぜ私に乞うの? 何を求めているの?

あなたは誰? メリス? もしかして私?

あはははは、歌が、歌が聞こえるの!! 祈りの歌を、歌いましょう!!」

リネンの意識は完全にトリップしていた。

最早彼女の意思で言葉を発していないのは明白だった。

脈略のない支離滅裂な内容の話を、“メリス”は黙って聞いていた。


言葉にすればラリッた狂人の戯言だが、魔術師は古来よりそうした言葉に神秘と真理を見出してきたのだ。

それが、メリスも認める魔術の天才ならば尚のことだった。


その後彼女は意味不明な言葉の羅列を並べた。

そして、リネンは最後にカメラを見た。



「待ってるよ。」


ザザッと映像は途切れた。







「なるほど。あなたが私に頼るのもわかります。」

交霊術などはメリスの専門外だ。

リュミスは腕を組んで頷いた。


「師匠の率直な感想を聞かせてくれない?」

「以前、神霊との感応能力が高い巫女似たような状態になったのを覚えています。

おそらく“虚無の闇”を通じて超高次元の存在も一緒に呼び寄せてしまったのでしょう。

多分、未知の神格かそれに近い何かを偶然感応したのだと思います。

現にあの時彼女は魔術を使っていなかった。」

恐らく、多分、思います。すべて憶測ばかり。

そしてリュミスは、何か重要なことを口にしていないと、メリスは感じた。


「彼女はしばらく影響が残るでしょうが、時間が経てば落ち着きを見せるはずです。

再現性の薄い現象だというのが惜しいところですね。」

リュミスの所見はそのようなものだった。


「興味深い事例だったわ。

彼女はある種の彼岸へと旅立ったダンテのようなもの。

その先に天国的な何かがあり、神格と接触する機会があったと考えれば伝説の“虚無の闇”とは私たちが考えていたものとは違うのかもしれないわね。」

死後の世界に旅立ち、戻ってくるという事例は神話に置いても珍しくない。

神話が事実を含むものだとしても、それは神話の出来事。大昔の不確かな記録に過ぎない。

今回は神代とは遠く離れた現代で最新の帰還伝説となるだろう。

それからメリスは鼻息を荒くして、無数の考察を並べたてた。


「・・・・・・。」

そんなメリスを、彼女の師は無言のまま見ていた。











ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「そういうわけで、ことが起きたら来てください。」



「嫌な名前を聞いたわ。」

鼻につく臭いを発しながら、魔女は言った。


サハラ砂漠のどこかにある、死の領域。

そこには魔女が住んでいると、現地の人間に言い伝えられており、たとえそこの近くに石油が湧こうとも、誰も近づこうとは考えないだろう、という、都市伝説的な物であった。


しかし、それは純然たる事実なのであった。



“砂漠の魔女”の名を冠する魔術師が、砂漠に生息するあらゆる生物の王者として君臨しているのだ。

過去千年、文明が栄えようとも、そこには絶対に近づこうとはしなかった。また、そう教えられた。

昔、一度魔女狩りと称してどこかの人間たちが進攻していったが、ついに彼らは帰ってこなかった。

砂漠の猛威にやられたのだと、現実的な答えを出す者も居たが、そうした人間は皆奇妙な病に掛かって死ぬのだ。


そうして、己の領域を手に入れた“砂漠の魔女”ことエリーシュは、そこで如何するとでもなく生きていた。

彼女はリュミスが嫌いだし、リュミスも彼女が嫌いだ。

故に、彼女は魔術師たちがこの世界に来た時の功労者であるのに、顔を出すことすらしない。

そのまま数百年もの時を、退屈しながら無意味に過ごしていた。


嫌な名前とは、風の噂でメリスのことを知ったからだ。

そしてその相方の存在のことも。

かつて殺しあった仲で、恐らく、順当に成長すれば『黒の君』でしか殺しきれなかっただろう存在。

当時の彼女の主だった『悪魔』でもなければ、対抗するのは非常に難しい。


「楽しく、ないわね・・・」

最近始めた楽しみと言えば、不健康なたばこを吸い始めた事だろうか。

楽しい時間は終わりを告げ、無限に近い退屈を味わっているのだ。

『黒の君』が死にたがるのも分かる気がした。


しかし、彼女の心は脆弱な人間のそれとは違う。

初めから長寿を全うする為に培われた精神であり、長寿族特有の無駄に強固で閉鎖的な閉ざされし心でもあった。


だが、それでも思うところはある。

―――――――ただただ、詰らない、と


「そう言えば、・・・・マスターを探しに行くなんて言って飛び出していった“緋色”もあんなふういなって帰ってくるとはね。」

あれから千年単位で時間が経過している。

普通なら生きているはず無いが、“あれ”はあの『黒の君』を一度でも退けた異端魔術師。

時間の概念くらい、問答無用で止めてみせる事ぐらいはやっているだろう。

そして久しぶりに会ってみれば、なかなか愉快な話を持ってきた。



「会いたいわねぇ・・・・」

若々しい声で、老婆のような事を呟くが、なかなかに様になっていて自嘲を堪え切れなかった。

たばこを咥え、指の一振りで火を点けながら、ふと思う。


「あなたは、生きてるって信じていたのよね・・・・」

紫煙を吐き出しながら、呟く。


冒険行の末に未知の次元奔流に巻き込まれ、過去か未来とも分からない、そもそも、人間の常識が通用するかどうかわからない場所に飛ばされた彼女のマスター。

それを追おうなど、正気の沙汰ではない。


「まあ、狂っているのだから当たり前か。」

呟きながら、思う。

もし、見つける事ができたのなら、もう一度会ってこの世界の事を教えてあげよう。

きっと、狂喜して思う存分悪意を振るうに違いない。


それは、どんなに楽しい事だろうか。

だが、あの楽しかった日々は、もう終わってしまったのだ。



「私も、宴の準備をしないと。」

差し当たっては、新しい従僕が必要だ。


幸い、この歪んだ世界にははみ出し者など幾らでも居るのだから。



「英雄のいない英雄譚を語りましょう。

挑むものすべて朽ち果てる物語を続けましょう。

倒されることも無く終わることもない、無残な魔女の話を。」


世界の片隅で続く彼女の物語は、未だ終わっていない。

怪物を殺せる英雄の現れない、無価値な物語は。









ちなみに『魔族の掟』の方であった騒ぎの際にリュミスが不在だったのは、この旅行の最中だったからです。

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