幕間 文明を喰らう女
三日坊主になららないように、と言って次が約五年前って・・。
でも、執筆活動を止めたいとは少しも思わないのです。
太陽系第三惑星、地球。
人類は科学技術によって文明的に大きな飛躍を遂げた21世紀初頭。
科学万能を歌う人類の黄金時代にして苦境の始まり。
我々とは違う過去の分岐点から別の現在を辿った世界があった。
そこは我々の知る国家が存在しないとか、歴史的事件が起こっていないとか、そういうことではない。
歴史の闇の裏に潜み、歴史を操る存在がいるのだ。
彼らの長からすれば自分たちを端的に称するならこう答えるだろう。
インベーダー、或いはパラサイト。
では宇宙人や未知の規制生命体かといえばそうではない。
彼らはれっきとした人類であり、地球人類と姿かたちはまるで異ならない。
単に科学技術以外の法則を操る存在というだけの話であった。
かつての地球人類、または現行人類は彼らのことをこう呼んだ。
魔術師、と。
そんな彼らであったが、はっきり言って衰退の憂き目にあった。
我々の知る歴史にようにヨーロッパでは魔女狩りがあり、彼らにとってはつい最近までそれが公然と行われていたからである。
彼らの長、“魔術連合本部”と呼ばれる魔術師の総本山の首脳陣は一つの決定を下した。
現人類から隠れ潜み、交流を絶ち、密かに存続するべきである、と。
彼らとの人類は交流があり、多くの創作や思想のモデルとなったが時代はそれを許さなかったのだ。
そうと決まった以上、彼らが存在した痕跡は執拗なまでに消されていった。
彼らはそうして一時の安寧を得たが、彼らが伝える“魔術”と呼ばれる技術が徐々に失伝していくという事態に陥った。
打開策も見つからず、このままではマズイと彼らの長は顔を青くしていた。
そんな時、彼女の弟子がこう言った。
「師匠、お姉さまに頼ってみるのはどうでしょう。」
「・・・・・・・。」
それは苦渋の選択と言えるものだったが、最終的にそれは決定された。
その場所は手術室に似ていた。
決定的に違うのは、医者にあたるだろう二人が白衣ではなく漆黒のローブを纏っていることか。
「施術は終了したわ、メリス起きなさい。」
手術台に乗っていた死体にも見える女が目を開く。
「私が目を覚ます日が来るなんて、どういうことかしら。
伝説の虚無の闇とやらは師匠と妹弟子がいるのしらね。」
「戯言はいいから起き上がりなさい、事情を説明します。」
「はいはい、わかりました。」
仮にも師と称した相手に対するとは思えない尊大な態度で、その女は欠伸までしてのけた。
二十代前半、髪は栗色、体格はスレンダーで身長は170代前半、体重は五十キロ前後。
彼女が信じる理想的なプロポーションを惜しげもなく晒していた女は手術台から降りると、何かを羽織るように手を肩に回した。
すると、今まで全裸であったその女は大きめの浴衣を身に纏っていた。
無駄に高度な魔術によって、一時的に魔力を好きな物質として具現化しているのだ。
こんなことができるのは、この衰退した魔術文明では彼女ひとりくらいなものだろう。
「腕は衰えていないようで安心しました。
まあ、そのように戻したので当然ですが。」
師匠と呼ばれた方は無機質な視線で彼女の一瞥すると、指を鳴らした。
手術室が一瞬であまり物のない普通の私室へと変貌した。
瞬間移動の類ではなく、手術室が仮初の壁紙のような状態だったのだ。
それを維持することを止めたため、本来の部屋の姿に戻ったのである。
「魔力の質がおかしいわね。
地上と山の上くらいとでもいうべきかしら。」
「ええ、まずそれから話さねばなりませんね。」
机に彼女の師匠は座り、溜息を吐いた。
「師匠、師匠、我が師リュミス。
偉大なる魔術同盟の盟主。そんなお方が私みたいな反逆者に一体何の御用なのかしらね。」
大仰で蔑みを全く隠さない不遜で慇懃無礼の極みのような態度に、もう一人が苦言を呈した。
「お姉さま、自分の師匠に向かってその態度はどうかと。」
「カノン、だって私を起こすなんてよっぽどでしょう?
私は死ぬ覚悟をしてあなたの手にかかったというのに、私の決意はなんだったのかしら。」
来客用のソファーにふんぞり返り、嫌味を並べる女にカノンと呼ばれたどことなく幼さの残る女はどうすればいいのかわからない様子だった。
「まずは、メリス。あなたが冷凍処理されて1500年が経っています。」
二人の師は二人の様子に慣れているのか、さっさと本題を切り出した。
「1500年・・・そこそこ経っているのね。」
「ええ、しかしおよそ千年ほど前のことです。
我々の世界で魔力枯渇が起こり、生命が住めない環境へと変貌しました。」
「・・・何かの小説の話しかしら?」
「事実です、お姉さま。」
あっさりと言われるには衝撃的な事実だったのか、メリスと呼ばれた女は目を白黒とさせた。
「じゃあ、私がするのはその環境の改善かしら?
私に掛かれば惑星ひとつのテラホーミングなんて十年もあれば余裕ね。」
「いいえ、違います。」
きっぱりと師匠に否定され、肩透かしでも食らったかのような表情にメリスはなった。
「その際に、我々はこの拠点ごと異世界へと移住したのです。
ここは太陽系第三惑星、地球と呼ばれる惑星です。」
師リュミスが指を鳴らす。
部屋の中は一変して、地球を真上から見たような宇宙空間へと変貌した。
「ッ!? し、師匠!!」
環境すら宇宙空間と同じになった室内に、メリスは顔を青くして自分の身を守る魔術を発動した。
「あ、ごめんなさい。あなたが生身であることを忘れていました。」
「・・次やったら私不貞寝するからね。」
恨めしそうに己の師を見やるメリス。そして彼女は全く悪びれていなかった。
「我々がこちらの世界に移住し、それから千年ほど経ったんですが我々魔術師が肩身の狭いのはどこであろうと同じなわけでして。」
「なに、こっちでも迫害されているの?」
「世界の支配者になっても意味などありませんから。」
自分たちのこと以外どうでもいい、と彼女は言っているのをメリスは理解した。
「おかげで古くから魔術を伝えていた一族は次々断絶、秘術は失われていく一方。
我々は“魔術同盟”から“魔術連合”に名を変えた時からその目的を旧世界からの魔術の保全と存続と位置づけました。
これではマズイ、ということなのであなたの知恵を借りたいと思ったのです。」
「なるほど。」
メリスは頷き。
「だけど、断るわ。」
ぷい、とそっぽを向いた。
「なぜですか? あなたにとっても悪い話ではないはずですが。」
「本当にわからないのかしら。」
メリスは己の師を睨んだ。
「師匠、あなたからはまるで危機感や切迫感、切実さが感じられないのよ。」
「そうでしょうか?」
「あなたは昔からそうだったわね。」
吐き捨てるように言うメリスからは確かな苛立ちがあった。
「私という超未来有望な魔術師を弟子にしたっていうのに、その扱いは道端の石ころみたい。
何かあれば結果を出せ、結果を出せ。私という存在そのものが結果でしょうに!!」
「だけどそれでは周囲は認めなかったでしょう。」
「私を認めない制度や世間がゴミなのよ!!」
メリスは怒りを露わにして怒鳴った。
「私のように家柄が良くても若輩者が抜きんでることは許さない老害、閉鎖的で変化を認めない腐りきった制度と体質!!
何から何まで完璧の近似値たる私を、天才の権化を、誰も認めなかった!!
そう、師匠、あなたさえも!!」
彼女は乱暴に足と腕を組むと、顎をしゃくって鼻を鳴らす。
「私の協力がほしければ、この“本部”の運用権限を差し出すことね。
そうでもなければ何一つ現状を変えられないんだから。」
ふんぞり返り、傲慢極まりない態度で条件をメリスは述べた。
そんな彼女を見て、妹弟子のカノンはおろおろと二人を交互にみやった。
「・・・・わかりました、いいでしょう。」
「え?」
「いずれ私の後をカノンと一緒に継がせるべきであったとは思っていました。
だいぶ遅れましたが、あなたがそれでいいというならそうしましょう。」
「・・・どういう風の吹き回し?」
あまりにもあっさりと吹っかけたはずの条件を飲まれ、メリスは訝しげに目を細めた。
「かつてと状況が違うと言いましょうか。
魔術同盟の目的は迫害された魔術師の保護でした。
あなたの嫌った老害は我々が“魔術連合”と名を変えた際に粛清しましたし、私も変化を嫌っているわけではないのです。」
「そして現在の本部の意義は、異世界で過去の過ちを防ぐために魔術文明の存続と維持。」
「その通り。」
忠実な妹弟子のカノンの言葉に、リュミスは大きくうなずいた。
「そのようにしろ、と師匠に言われたので。」
「大師匠に・・。」
「ええ、流石にこれ以上衰退すると私が師匠に半殺しにされかねないと言いましょうか。
あくまで私が顔としてトップに座り、実務をあなたがするという形なら怒られないでしょう。」
まるで名案だ、とでもいうようにリュミスは語る。
この時、弟子二人は悟った。
己の師は、魔術師たちの長という立場などどうでもいいと思っているのだと。
彼女の判断基準は、彼女の師匠に怒られるか怒られないか、ただそれだけなのだと。
憤っていたメリスは唖然として席に腰を落とした。
彼女は案山子に対して激怒していたのだと、はっきりと理解したからだ。
「政治家として無能、か。
そりゃあそうよね、大師匠の怒りを買わないように嫌々適当にやってれば、誰だって無能扱いに決まってるわ。」
世間の魔術師のリュミスに対する評価は、それに尽きた。
カノンは訂正をしなかった。その評価は現在も変わっていないようだった。
そう、1500年も。
「嫌々はやっていませんよ。
やれ、と言われたからその状態に維持に努めているだけです。
必要なら変化も仕方がないかな、というだけです。」
すまし顔で答える己の師に、メリスは強烈な虚脱感に襲われた。
自分がいかに虚しいことをしたのか、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかったからだ。
自分が一体何のために彼女に牙を剥いたのか。
きっとリュミスはそれを知った時でさえ、ふーんそうですか、とでも言って眉ひとつ動かさなかっただろうと分かったのだ、メリスは。
「師匠・・・これでも私は、あなたのことを尊敬していたのよ。」
両手で顔を覆って愕然としていたメリスは、思わず心情を吐露していた。
「あなたが? 私を? まさか。」
「本当です、師匠。
姉さまは師匠に憧れて弟子入りしたんだと昔言っていました。」
「よくそんなこと覚えていましたね、カノン。
私はてっきり師匠のネームバリューがほしいのかと。」
この時初めてリュミスは驚いたような様子を見せた。
「私はッ!!」
メリスはテーブルを感情に任せて叩いた。
「悠久の時を生きる最も偉大なる魔術師たる大師匠に唯一認められた弟子という存在が羨ましかったの。
だからあなたの弟子になった!! だけど現実は魔術的センスはゼロ、才能もゼロ、政治家としても無能、そのうえ腑抜けで先見性も欠片も無い!!
弟子入りして3時間で悟ったわ、こいつ私よりずっとバカで頭悪いって!!」
「そこまで言わなくたっていいじゃないですか・・・。」
ぼろくそ言われて流石にリュミスも口を尖らせたが、何一つ否定しなかった。事実だからだ。
「カノン・・。」
「は、はい!!」
そしてその矛先は妹弟子にまで飛び火した。
「なんであなたがどうにかしなかったの・・。」
「わ。私がやっても結果は同じだったと思いますし。
そ、それに・・・。」
「それに?」
「私より、お姉さまの方が師匠の後継者にふさわしいと・・。」
「はぁ・・。」
メリスは肩を落として、深く深く溜息を吐いた。
そして、
「お前は自分が蹴落とした相手に情けをかけるつもりなのか、この愚昧が!!」
カノンに詰め寄り、胸元をつかんで殴りかかったのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
「1500年!! それだけのハンデをくれてやったのにあんたは何してたんだ大ボケナス!!
師匠が能無しで役立たずならあんたは木偶の棒か!!
それでにっちもさっちもいかなくなったら死人をたたき起こして何とかしろ?
バカにするのも大概にしろ!!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい!!」
メリスに首を締め上げられているのに息苦しそうにもせずに謝るカノンに、彼女の苛立ちは募るばかりだ。
「もうそれくらいにしなさい。」
「・・・あ。」
己の師に窘められ、メリスはハッとしたように手を放した。
「悪かったわ、カノン。
・・・やりすぎたわ。許してね?」
「・・はい。」
メリスに支えられ、カノンは項垂れたままスッと起き上がる。
ダメージを負った様子は微塵も無かった。
「師匠、一つ確認するけど、私の好きにしていいのよね?」
「ええ、ただし確りと結果を出してください。
とりあえず100年くらいは様子を見ましょうか。
その結果によって、正式にこの“本部”の盟主の座を渡しましょう。
あと、現代の魔術師のルールは尊重してくださいね。」
「わかったわ。」
メリスはひとまず頷いた。
「カノン、あなたはとりあえずこの“本部”の現状に関する資料をまとめておいてちょうだい。
師匠、あなたは地上の技術に詳しい魔術師を呼んでくれる。」
行動するとなったら、メリスは迅速だった。
「地上に詳しい魔術師と言えば、彼以外ありえないでしょう。」
「使える相手なんでしょうね?」
「あなたが男だったら彼だろうっていう人物ですから大丈夫ですよ。」
そして案の定、二日後に招集に応じてやってきあ地上に詳しい『プロメテウス』と呼ばれる魔術師と意気投合し、技術交流の末にメリスは地上の情報を得たのだ。
「ふむふむ、原住民の技術もなかなかに侮れないわね。
私も魔術のみでこういうのを作ったけど、これほどの性能を得るのは不可能だったわ。」
彼の協力の元、メリスは三日で魔術と科学を融合させた地上人類の数世代先を行くだろう高性能ハイブリットコンピュータを設計し、現物が手元に届くと行動を開始した。
「“手と足”一番から二十番まではプロセス1から2を。
二十一番から三十番までは薬液の増産。
三十一番から五十番まではプロセス3から5までを実行、と。」
メリスに与えられた研究室は彼女を模したゴーレムがずらりと並び、メリスは魔術と機械的信号を駆使して彼女らを並行的に操った。
彼女らの完璧な反復動作の確認を終えた後、メリスはカノンにより送られてきた資料に目を通した。
そして、吐いた。
「うえ、げほッ、おえぇぇ・・・。」
驚愕のあまり嘔吐するほど、衝撃的な内容が書かれていたからた。
カノンの資料によると、ここ二百年で魔術師の文明はおよそ五百年近く衰退しており、メリスの専門たる錬金術などはここ千年で彼女が大学生なら幼稚園生レベルにまで後退していたのである。
もし自分がそうなったら、という想像をしてしまったメリスは余りにも身の毛もよだつ推論を明確に思い浮かべてしまったのだ。
そんな自分は、自分ではない。
「予定変更よ・・。」
自身の吐瀉物を無害な水に分解し、ゴーレムにやらせていた作業を急遽加速させる。
その日のうちに研究室の培養槽にはメリスと寸分違わぬ自分の分身が十体できあがったのだ。
これこそがメリスという魔術師の真骨頂。
自分という完璧な存在を複製し、同じように行動できる文字通りの分身を作り出すホムンクルス製造技術。
多くの魔術師が不得手とする大量生産と分業を可能とする狂気の産物だった。
「ああ、我ながらいい出来・・・おっと、あと十六時間の命だから、さっさと意識の転写しないと。」
急ピッチで作成した為、ただでさえ短命なホムンクルスは一日の命さえなかった。
「あのさ、これが終わったら早く次の体を用意してよね。」
「そうよ、オリジナルだけ師匠から特別なボディ用意してもらっちゃってさ。」
「ずるいわ、ずるいわ。」
「わかっているわよ。」
不満を述べる“自分”たちを押し留め、複数の自分で“手と足”をより効率的に動かしていく。
それから一週間でネズミ算的に“彼女”たちは増えていく。
百体以上を使い潰し、三百体の人的資源を生産したのだ。
それぞれに役割分担をして、体制を整えると、メリスはここ一週間でまとめた政策をリュミスに持って行った。
「これによって、魔術師の質が約十五パーセントの向上を見込まれるわ。」
「・・・わかりました。やってみなさい。カノンも付けましょう。」
リュミスはその悪魔のような政策を実行許可を下した。
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魔術連合本部はおよそ三十層からなる巨大建造物が海に浮かぶ形で存在していた。
その中でも下級の魔術師が住まう第二十層の広場に魔術の産物ではない代物がでかでかと置かれていた。
「なんだこれ。」
「さあ・・・なんで出来てんだ、魔具か?」
「俺は知ってるぜ、原住民どもが使う道具だ。」
物珍しさからローブ姿の集団が集まってきていた。
中世の街並みにふさわしくないそれは、大型のテレビジョン。
電波ではなく魔術的な思念などで映像を出力するように改造された代物だった。
『あ、あー、てすてす、ただいまマイクのテスト中。』
突然の音声と映像に、魔術師たちは目を剥いた。
テレビの中にはウロボロスが刻まれた仮面を被った人物が白い部屋でマイクに向かって話し始めたからだ。
『これより、我らが盟主リュミスより新たな政策の通告をいたしまーす。』
声が聞き届けやすいよう、わざとらしい声音で話す仮面の女。
住人達は新しい政策の発表と聞いて、失笑した。
リュミスが彼らを豊かにしたことなど歴史を遡っても無いし、これからも皆無であろうと微塵も期待していなかったからである。
だが、彼らの嘲笑が固まる声が、次に響いた。
『これから十日以内に指定の施設にて魔術師試験を行います。
この試験は簡単な筆記と実技によって構成され、基準以下と判定された場合、魔術師としての資格無しとし、中層の住居権を失います。
これは中層に住む全魔術師住民に課せられた義務です。
これに従わない場合、即座に下層域へと追放処分がなされます。
また、これに抵抗する場合、その場で処刑も許可されています。
さあ皆さん、みんなで仲良く試験へ行きましょう!!』
その日のうちに暴動が起こったのは言うまでもない。
当然、暴動は予想されたので即座に鎮圧された。
試験実施が通告された各階層で一万人規模の暴動が起こり、死者はそれぞれ最低でも二千人にも及んだ。
魔術師の総人口である約十万人から、一万人以上が消えた計算となる。
また暴動に参加せず、試験によって不適格とされた魔術師は魔術師とてカウントされなくなり、さらに五千人以上の魔術師が消え去った。
「これで腐った根は絶ったわ。」
その報告書を見て、メリスは満足げにうなずいた。
一万人以上を虐殺し、五千人を追放したのに負い目など微塵も感じていない様子だった。
「これから定期的にこれを実行するわ。
実施の度に筆記と実技の難易度を上げていけば、自ずと質も上がるでしょう。」
「少しやりすぎだったのでは?」
暴動の鎮圧に動かされたカノンは苦言を呈するようにメリスを見やる。
「なんで?」
メリスは笑みを浮かべたまま、カノンを見返した。
その表情は田畑から雑草や育ちの悪い稲を間引いた農家の清々しさがあった。
「なんでって・・。」
「魔術師に求めらるのは何か?
それは質よ、けっして量ではないわ。
連中は大した実力も知識もなく、ただ魔術を使っていただけ。
神秘の源泉を食い荒らす害虫も同じじゃない。
これで自ら研鑽に励むなら良し、そうでないなら死か追放よ。」
メリスにとって、それは当たり前の結果に過ぎなかった。
「今回の試験によって、まともに出来てなかった戸籍も作れる。
これに該当しないもぐりの魔術師は即逮捕の上処刑。
十全な管理体制の第一歩ってところかしら。」
「・・メリス。」
すると、メリスの研究室にリュミスがやってきた。
「あら師匠、どうかしましたか?」
「一応懸念された不満はありましたが、どれも許容範囲内ですね。
貴族階級の魔術師たちからは殆ど苦情は来ていません。
教会系魔術の権威『カーディナル』からもっと穏便に出来なかったのか、と言われた程度です。」
「もちろん穏便にできたけど、魔術師なんて生き物は個人主義だから。
徹底的に恐怖で縛るか、放任するかでしかダメなのよね。」
前者がメリスで、後者がリュミスだったのだ。
「これからの展望は考えていますか?」
「勿論よ、最終的に本部の最終意思決定機関である“議会”を解体するわ。
研究者である魔術師が政治なんてするのがバカなのよ。
私はもっと高位の魔術師を偶像化し、政治から切り離すつもりでいるわ。
魔術師として有能であればあるほど補助金を出して、自分たちで金策させる必要性をなくさせるわ。
申請で追加援助したって構わない。
そして中級以下の魔術師は首を真綿で絞めて、向上心を促す。
才能のない連中は端から切り落とすわ。」
メリスは迷いなくそう告げた。
彼女にとって、魔術師とは貴族と同義だ。
だからそれに相応しくない者は容赦なく切り落とすし、貴族がそうであるように人権だって無い。
「好きにやりなさい。私は千五百年かけて、ここを私に逆らえないように作っておきましたから。
お飾りだった頃と比べてなかなか根気のいる作業でしたが。」
「師匠はそう言った、水面下で陰謀とか張り巡らせるのだけは一流よね。
おかげで私が好き勝手振る舞えるからそれでいいんだけれど。」
メリスがかつて反逆した時代に同じことをすれば、リュミスは権力を失っただろう。
だが彼女は時間をかけて、ゆっくりと、権力を一本化し、手中に収めていた。
「それで、次の一手はどうします?」
「とりあえず、反応をしばらく見たいから様子見するわ。
今度は内憂ではなく、外憂に目を向けましょう。」
メリスはそういって、別の資料を手に取った。
「“WFコレクション”。大師匠のおふざけ。
これは思わぬ地雷になりかねない。師匠の手勢を駆使して、今のうちに摘み取るべきよ。」
「私の派閥の郎党全員を使うのですか?」
「ええ、対策本部を立てて、私の分身をひとグループずつ専属のオペレーターをつけて報告を逐一させるわ。
これはモノが物だけに少しでも信用できる相手にやらせた方がいい。
私の方でも独自に戦力を試験運用して地上で適応できる部隊のモデルを作らないといけないわね。」
湯水のように次々と構想を話すメリス。
自分の弟子の優秀さに、リュミスは満足げに頷いた。
「いやぁ、あなたに任せて正解だったかもしれません。」
「やかましい!!」
その態度にイラッとしたメリスは報告書を見ながら唾を飛ばしながら怒鳴った。
「あと百年早く私を呼んでいれば、もう少しはマシだったでしょうに!!
失われた知識や先人たちに対して申し訳ないと思わないの!!」
「メリス、なぜ本部が魔術師の総本山か分かりますか?」
リュミスは怒れる弟子にそう答えた。
「・・・・・・まさか。」
たっぷり十秒の無言。
メリスは険しい表情で己の師を見た。
「そういうことだったのね・・。」
ぼそりと、そう呟いてメリスは気だるげ溜息を吐いた。
「師匠、なら私の私物が保管されているわよね?」
「ええもちろん。」
「ならよかった。師匠、一つ実験を行いたいのだけれど、手を借りてもいいかしら?」
「何をするんですか、お姉さま。」
急に言いようのない不安に駆られたカノンは、メリスに問うた。
「ねぇ師匠、人類は分業という概念を得て大量生産を可能とした。
次に必要となるのは何かしら?」
「なんですか?」
「・・カノン、分かるわよね?」
「輸送技術でしょうか。」
「そう、その通りよ。」
「・・・・。」
リュミスは少しだけ涙目になった。
「まさかお姉さま・・。」
彼女のしたいことに察しがついて、カノンは戦慄した。
「擬似的な死者の蘇生、試してみたいちょっと構想があるのよ。」
メリスは笑っていた。
彼女は悪魔を呼ぼうとしているのだ。
悪魔にさえ悪魔と呼ばれた、悪魔のような女を。
人物紹介
リュミス:下二人の師匠。
武将としてなら有能だが、政治家としては居なくても困るが居ても困るという典型的な役立たず。
私の作品では彼女の優秀なところを描くところが多いですが、今回は逆を描写しました。推定年齢三千歳。
メリス:典型的な中二病だが、一族みんなそうなので暖かく見守ってあげましょ。
行動力、実行力、才能、資金、労働力、人脈という中二病患者に与えてはいけないものを全て兼ね備えているため、登場するだけで数百人単位で人が死ぬ。
だが大抵のことは何とか出来てしまう本物の天才。他の中二病と違うのは、本当に他人の命なんてどうなっても構わないというところ。
作者も彼女のような便利キャラに頼るのはよくないと思っているが、彼女は自重とはかけ離れた存在なのでもはや手遅れなのだ。
カノン:教室に一人はいる、目立たないタイプの人間。
意見は述べるが止めようとはしない、だけど戦闘能力は抜群。
引っ込み思案だけど頑張って意思を言葉にする(可愛い