第六話 忠告
「これは、如何言うことですか?」
上司―――『盟主』リュミスから通告された集団人事異動の為の招集に、彼女は狼狽した。
驚愕を表情に出さなかったのは、彼女が歴戦の強者だからだろうか・・・。
“両立派”の魔術師は絶対数が少ない。
数字にして表せば、数百人ほどしか存在していない。
それにも関わらず、リュミスを中心とするこの“両立派”が他の二つの派閥から主導権を握れているのは、一頻りに魔術師の質が他の派閥より抜きん出ているからだ。
未だに彼女のトップが不動なのも、“両立派”の魔術師達が研究者としても、戦闘者としても、才能と探求心、もしくは忠節と尊敬でリュミスに慕っているからでもある。
数が少ない故に、直属である彼女には命令が『盟主』リュミス直々に下される。
それは、名誉でもあり、彼女の最精鋭でもある誇りでもある。
しかし、今回は違った。
“本部”のホールで一堂を会され、再現魔術を行使する魔具を持った『盟主』リュミスの弟子カノンがやって来た。
リュミスの側近であり懐刀である彼女が大衆の目に晒されるのは稀であり、このような状況は初めてでもある。
『皆さん、最近では各地の“WFコレクション”の動きが活発になっています。』
と始まり、原因についての考察と現地での状況を手短に伝えると、魔具によって映像と音声を再現された『盟主』リュミスは告げた。
『―――――と、このことから、至急に回収予定を繰り上げ、周囲への被害の軽減を目標とします。
対象はカノンを除く、各々になります。現地で任務に付いている魔術師達に協力または支援を行ってください。
派遣場所は、追って通告します。それでは、――――――』
そこに居た、誰もが唖然とした。
彼女の私兵とも言える“両立派”魔術師を、全て出払わせる。
――――それが、この命令の意味だった。
事実上、派閥の解散である。
魔術師の派閥なんて、集まっていなければ意味が無い。
そんなことが起これば、“両立派”なんて言葉は形骸化するだろう。
市井で言われている通り、リュミスは政治能力が無能かもしれないが、愚鈍ではなかった。
それが“両立派”のリュミスに対する共通概念だった。
だが、だったら、これは如何だ?
「盟主リュミスは・・・・何を考えておられるのだ?」
誰かが、そう呟いた。
「我々が居なくなれば、“両立派”以外の派閥、それに無所属も含めた100万人以上の魔術師が何をするか分からぬ・・・」
老練の魔術師も、その真意は測りかねるようだった。
リュミスが無能と揶揄されながら魔術師たちを纏めて来られたのは、一頻り“両立派”の魔術師が居たからだ。
一応、弟子のカノンは手元に置いておくようだが、幾ら彼女でもいざとなればどうなるか分からない。
「貴方達は、―――――――我が師を信じられないのですか?」
か弱い、と形容しても仕方が無い声が、カノンから発せられた。
静寂。
だが、魔術師達はカノンの鶴の一言で黙ってしまった。
信じてはいる。
そうでなければ、彼女について行ける筈が無い。
『盟主』リュミスは、功績も結果も、名誉すら無い、からっぽの英雄だ。
彼女は何事も必死で、彼女が諦めなかったからこそ、魔術師達は存続でき、存在していられるのだ。
この中に居る魔術師は、彼女を無能と馬鹿にする者を見れば私闘をしてでも殺す人間ばかりなのである。
たとえ、同僚に処刑されようとも。
それなのに、いきなり解散命令。
これを混乱するなと言う方がおかしい。
立場は何一つ変わりやしないが、意味合いは大きく変わる。
「我が師は、最高の魔術師です。目算が有るのです。
それが分からない魔術師は、―――――この派閥には不要でしょう。
その為に、このカノンは喜んで不敬者の汚名を被りましょう。
―――――――力を得るだけで満足する愚か者はここに残れぇ!!!」
強烈な魔力を発し、気迫と共にカノンは言った。
いつでも物静かであり、リュミスに似た冷静さと合理的な判断をする彼女からは想像できない光景だった。
「それとも、貴女方は我が師の秘術を狙う故の忠義なのですか?
―――――――ならば、今すぐ射殺しましょう。」
カノンの片手に直径4メートルはある和弓が顕現した瞬間、魔術師達は蜘蛛の子を散らすように出て行った。
カノンは恐い。
一人で万軍を匹敵するくらいには。
―――――カノン殿が居るのならば、大丈夫だろう。
それが、“両立派”魔術師の総意だった。
そうして、恐るべき魔術師から逃げてきて数刻。
最精鋭である彼女のところにも命令は届いた。
未だに『盟主』リュミスの考えは分からないが、実行する以上、二言も文句も無い。
今回のことで不満を漏らす輩も出るだろうし、或いは離反を決意する不忠者も出てくるかもしれない。
そうなったら自分が殺せばいいか、と彼女は自己完結した。
政治的手腕は皆無だが、陰謀だけは有り余るほど上手な『盟主』のことである。
きっと何かしでかす気なのだろうと、彼女は思った。
彼女も最近の停滞気味な魔術師の業界の空気に飽き飽きしていたのだ。
「目的地は・・・キガシティ? 最近物騒な日本の、ですか・・・?」
この身も不死とは言わずとも、長い時を生きた身だ。
以前、世界一安全な国だった頃に訪れた事はあるが、今ではその頃の面影も無い島国である。
「さて、と。“何”で行きましょうかね・・・」
彼女は手元に置いてたったハードカバーの本を手に取った。
無論、魔術師の手にする本がただの本のはずがない。
やたら豪奢な装丁だが、実際はラメと真鍮で飾られた所為でどこか安っぽさを感じる現代風の書物。
だが、それは上辺だけの偽りの姿。
―――――タイトル『虚飾聖典』:ウェルベルハルク・フォーバード著作。
悪名高き“WFコレクション”の一つである、『黒の君』が記した一冊だった。
彼女がその魔導書を開くと、彼女は別人へ姿が変わっていた。
恐るべき魔導書を携えた魔術師が、虚偽と偽者を纏ってやって来ることになった。
―――――――こうして、主演は揃っていくのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――
「はい、これと、これと、あと・・・これもあれば大丈夫か。
化け物は今のところ夜しかでないけれど、もしかしたら昼間に現れるとも限らないからね。」
と、登校直前にウェルクに渡された物を、真水は自分の学生カバンの中を覗き込んで確認した。
短冊みたいな変な文様が書かれた紙が十枚、妙な黒光りする石がひとつ、書斎にあった中では薄い方であるハードカバーの魔導書。
特に、最後は、悪霊どころか、最高位の魔術師だって足止めできる代物だとか。
だが、それゆえに、使いどころを誤るな、と念を押されている。
念じるだけで使える、と言うが、いまいち実感が沸かない。
「これは呪符ね。見るからに有り合わせで作ったって感じだけど。
でも確かに、念じるだけで使えるわ。こんな風にね。」
だから、分かりそうな人物に見てもらった。
授業の合間の休み時間。
朝美に頼んでみた所、人気の無い廊下を選んで早速実演してくれた。
「うわ・・・・」
思わず、うめく。
呪符が燃えるようにして消えた瞬間、彼女は誰も居ない廊下を振り返った。
呪符を持っていた手を突き出すと、無音で不可視の衝撃が廊下を駆けた。
そして、二十メートル先の廊下の突き当たりに、握りこぶしほどの罅が入った。
きっと至近距離では痛いでは済まないのだろう。
「と、まあ、こんな感じよ。」
それで、と朝美は今度手にしたのは黒い石だ。
「これは防御用ね、使い方は同じだけど、効果はあなたの魔力に依存するみたいね。
壊れなければ何度も使えるけど、想定以上のダメージを受けると魔力の密度に耐えられずに自壊するから。
だけど、これだけみると、結構優秀な魔具ね。」
相性もあるでしょうけど、と続けて朝美はそう説明した。
「そっちの魔導書についてはノーコメント。
技量に会わない魔具は、持っただけで持ち主の魔力を食い荒らして暴走する事があるしね。
ただ、しっかりと制御されてるみたいだから、その心配は無いかも。
夜はもちろん、あなたの家の外に出る時は、肌身離さず持っていなさい。
素人にそれを使えるとは思わないけれど、多分自動防御機能が有るはずだから。
多分だけれど、それ、生きてるのよ。」
「い、生きてる・・?」
真水は思わず手にしていたハードカバーに目を落とした。
「噂じゃ、人間の魂を材料にされてるって話よ。
魔力は人体で生成されてるわけじゃないから。魔力の源は魂だから、それを原動力にしているのよ。」
「人間の魂って・・・。もしかしてこれ、人の皮膚で装丁されてるとか・・?」
なんかそういう本が有ると聞いたことが有るので、思わず真水はそう口に出した。
「人の皮膚ね、確かにそんな物で装丁するなんて狂気じみてるわ。
でも、人間を構成する要素は、魂と、精神と、肉体って言われてるわ。
その内の魂を使われているんだから、人の皮膚を使うより十分おぞましいと私は思うけれど?」
朝美は真面目な表情でそう言った。
真水には返す言葉が無かった。
「その上に、疑似的な精神まで植えつけられてるらしいは。
それだと、殆ど死霊が宿ってるのと同じなのよ。それに、本自体を“肉体”と定義して、理論の上なら自ら魔術だって使えるはず。
だから『黒の君』の魔導書は自分で持ち主を選ぶの。自分が所持者にふさわしくないと判断したら、容赦なく拒絶するらしいの。
そういう意味じゃ、貴方の弟さんがすごい魔術師になることは決まってるようなものだけれど。」
羨ましいわ、と言って朝美は肩を竦めた。
真水は複雑な気分だった。
「・・・・本当に危ない代物なんだな。」
しみじみと、真水は呟く。
「ええ、そう言った“WFコレクション”を手にできるのは本当に一握りだけなの。
世界中の魔術師たちが彼の叡智を手にしようと血眼になっているけど、死神の足音をと聞いたって話しか知らないわね。」
そう言った朝美の言葉は、嫌に現実味を帯びた音となって真水の耳に届いた。
「それと、これは忠告よ。
私達以外の魔術師と遭遇したら、まず、逃げなさい。
故意に接触するような奴らは、あなたをただのモルモットとしてしか見ていない。
私は知らない魔術師を見たらみんなそう言う連中だって思うことにしているの。」
「あ、ああ・・・。」
真水は頷くしかなかった。
数年前までただの日本人でしかなかったらしい朝美が、人間の魂で作られた品物だって聞いて涼しい顔をしていた。
それくらい過酷な場所だったんだろう、と真水は思わざるをえなかったのだ。
「立ち向かうなんて、愚かな真似は絶対にしないでね。
後手に回る以上、魔導書を牽制にして逃げる事を考えなさい。これは、脅かしでも何でもないわ。
あなたが死ねば、犠牲がたくさん増えると覚えておけば、簡単に死ねないでしょう?
だから、覚えておきなさい。
魔術師なんて、――――――我欲まみれの人でなしが殆どよ。」
吐き捨てるように朝美は言い、そんな彼女に、真水はどこかホッとした。
「ああ、だからこそ、ウェルクや吉中のような奴らが居てくれて俺は嬉しいぞ。
誰も信じられないなんて、これ以上に悲しい事は無いからな。」
「・・・・・・あなた、変わってるわね。魔術師にそんな事言う人なんて、私は始めてよ。」
「構わないさ、肝に銘じておくし、礼も言う。―――――ありがとう。」
そんな真水の物言いに、朝美は苦笑を禁じえなかった。
「なぁ、本当に吉中と何を話てたんだよ?」
「だから、最近物騒だから自衛の方法を聞いただけだ。」
嘘ではないから真水はいけしゃあしゃあとそう言った。
4時限目の保健体育の授業が終わり、長引いている体力測定を終え、グランドから帰ってくる途中、無粋な国木田に憮然とそう言ってやった。
「だったら俺でも良いだろうに。」
「弱者に問うても仕方が無い、と言う事だろう。」
「がーーーん!!!!」
北沢の容赦ない一言に、あからさまなオーバーリアクションを完全に無視して、二人で先行く。
「あの馬鹿者ではないが、一体如何言う用件だったのだ?」
と、珍しく興味を持ったのか、北沢が道中聞いてきた。
「同じ事を何度も言わせる気か?」
「そうか。では、今の質問は聞き流すといい。」
相変らず、自分のペースを持つ北沢に内心安堵すると、下駄箱の扉を開けた。
「ん?」
それが、綺麗な便箋だったら、まだ警戒心を持たなかっただろうが。
――――――屋上にて、待つ。
ただ、それだけ。
それだけ書かれた名刺サイズの用紙が、真水の下駄箱に入っていた。
それから、何が起こったのか覚えていない。
正確には、なぜそこに来たのか、なぜそこに居たのか。
下駄箱から、そこから屋上に到着するまでの過程が思い出せない、。
気づくと呆然と、真水は立ち尽くしていた。
「ごきげんよう。」
「――――――――ッ!!」
声を掛けられてハッとした。
気が付けば、目の前に、妖艶に微笑む少女の姿があった―――――。
彼女は、ジックリと観察するように真水を見ると、口を開いた。
「始めまして、私の名はルーシア・シェムフィードと申しますわ。
本部から派遣されてきた、増援、と言う言葉が適切なのでしょうか?
あなたのお友達と義弟と同じく、“魔術師”ですわね。」
それを聞いて、真水は固まった。
丁寧な口調なのに、弱者を見下している感がありありとでていた。
固まった、というには語弊がある。
彼の体は既に何らかの作用によって動かない状態。
この場合、彼の思考が固まっていたのだ。
「あの女に何を吹き込まれたかは知りませんが、どうせ、碌でもない事でしょう?
――――ああ、すみませんこと、暗示を解くのを忘れていましたわ。」
そう言って、彼女が指を鳴らした瞬間、真水は脇目も振らずに逃げ出した。
『まあ、待て少年。』
だが、その先にはくたびれた背広を羽織った中年外人が立っていたのだ。
退路を断たれ、絶体絶命の境地に立たされ、立ち止まってしまう。
「ゆ、幽霊!?」
真水は驚愕して思わず固まった。
しかし、外人の男は言い聞かせるように、真水に言う。
『いきなり連れてきて警戒するな、とは言わない。
私はカーレス・ネレフィス。こちらは弟子のルーシア。それなりの一般的常識に乗っ取って会話をしたいだけだ。
その証拠に、お前の所持している魔具には一切触れていない。
いきなり捕まえてバラバラにして実験動物やホルマリン漬けにするのは、才能も無い努力もしない三流魔術師の手だ。
その点だけは、誓って危害を加えないように彼女には言ってある。』
相手を刺激しない上手な喋り方だった。
言われた通り、手持ちの呪符と防御術石は無事だった。
魔導書は、授業科目が外だったので仕方なく教室に置いてある。
忠告してくれた朝美には悪いが、ウェルクから聞いた魔術師の性質の悪さから察するに、相手の要求に従わなければ、すなわち、それは死に繋がる。
「・・・・・・わかった、そこまで言うなら。」
己の無力を胸中で罵りながら、真水は男に向かってそう言った。
なんとかなった、か。
カーレスは内心、溜息をついて安堵した。
彼は霊媒体質のくせに、霊体遮断体質でもある。
故に、強行突破されれば、霊体であるカーレスは真水に一切干渉する事無く弾かれてしまう。
その上、この屋上から逃げられれば、異常が学校内部に伝わり、連続的に朝美に知られてしまうのだ。
魔術師は、周囲への魔力の変動については敏感だ。
広域になると精度が急激に落ちるが、朝美の実力ではそこまで広さは無いだろうが、この学校の領地内なら、すぐに異常に気付くはずである。
彼女がこの大胆とも言える場所に待ち受けられたもの、小規模な結界で異常を認識させない効果を発揮しているからである。
と言うが、逆に言えば、彼女の実力を可能な限り過大評価しても、同じ学校内でここまで接近できるということである。
昨日の今日で朝美に遭遇すれば、ほぼ確実に殺し合いに移行するだろう。
カーレスはそれだけは避けたかった。
いや、生徒達の真上でドンパチ殺り合う事はないだろうが、ただでさえ険悪な関係が確実に決裂してしまうだろう。
と、なれば、以後の任務にも支障が来たし、失敗でもしたら目も当てられない。
カーレスはその辺りをルーシアがちゃんと分かっているか不安なのだ。
だが、彼の資質はそれのリスクに有り余って、魅力的だった。
特に死霊魔術師は、魔術の特性上悪霊や怨霊などと付き合っていかなければならない。
要は、悪霊と魔術師、喰うか喰われるか。なのだ。
危険は少ない方が良い。
しかし、健康でまだまだ寿命のありそうな人間を魔術の媒体にするのは、彼の誇り高い死霊魔術師の矜持に反する。
確かに若い人間が死ぬ時に生じる精神のエネルギーは強力だが、それでは悪魔と同じだ。
死の世界に存在しているカーレスはそう思っている。
―――――ネクロマンサーは死者を扱うからこそ、生者を尊ぶ気持ちを忘れてはいけない。
それが、カーレスの家の教えだ。
尤も、触媒に不自由したことのないルーシアに、それを理解しろと言うのが難しいだろうが。
しかし彼も魔術師である。
会話のついでに誘導させて死後の死体譲渡ぐらい誓約させておこうと思ったが、生憎と言うべきか、ルーシアはそんな魔術使えない。
もったいない事だ。
そこで、カーレスは己の弟子に目配りした。
「ところで、正気ですなんですの? あの女と協力するなんて」
「は?」
真水はいきなりだったので何を言われたのか分からなかった。
「あの女は、人殺しの後継者。悪い事は言いませんけど、身の安全と家族が大事なら縁を切るべきですわよ?」
「なにを言って!!」
「――――本当に、理解しておりませんの?」
真水の怒りは、ルーシアの真剣みを帯びた視線に封殺された。
「よもや、知らないとは言わせませんわ。
あんな行き着く先が人殺しの人でなしの、本性が見抜けなんだとは。」
「・・・・・如何言うことだ?」
真水はここまで朝美のことを悪く言うのだから、何らかの理由があるのだろう、と思った。
彼女は、理由も無く恨まれるような人間ではない。
親しいわけでもなく、会話を交わしたのは昨日が初めてという間柄だが、それくらいの事もわからないほど、真水は愚鈍ではない。
「―――魔剣“ソウルイーター”の後継者。
それが、あの女の呼び名ですわ。」
「ソウル・・・イーター・・」
真水はぴんと来ていないようだった。
魔術師の間では有名過ぎるほど名の知れた曰くつきの魔剣だ。
魔剣の代名詞と言っても、過言でないほどだ。
「現存するあらゆる魔剣の原形と言われるくらい古い歴史があるそうですわ、ルーン魔術の集大成である魔剣“ストームブリンガー”の原典もあれだと言われています。
そんな、この世で最も古き魂喰らいの魔剣こそ、あの女が所有する魔剣ですわ。」
言われて、昨夜の鉄塊のような剣を思い出す。
喰われるような、あの感覚。
確かに、あれは異様だ。
「わたくしのような死霊魔術師には、まさに天敵。しかし、その魂を魔力に変換する魔性の仕組みを備えたそれは、我々にとって興味深くも触れたくない存在なのです。」
「言ってる事が支離滅裂だぞ。」
『例えば、だが。』
矛盾した物言いを真水に、傍観に徹していたカーレスが口を開いた。
『ウェルベルハルクが作製したと言われる“WFコレクション”。
殆どが破壊されているが、なぜだか分かるか?』
「危険、だからでしょう?」
『その通りだ、だが、時には魔術師は多量とも言える犠牲を払ってでも、奇跡を成そうとする輩が居る。
不思議だとは思わないか? 利己的かつ、排他的選民主義の魔術師が、それを横取りしようとしないなんて。』
確かに、その通りだ。
周りに掛かる犠牲を無視すれば、とんでもなく強力な力になる。
だが、それは先ほど朝美が言っていた。
「たしか、持ち主を自分で選ぶんでしたっけ?」
真水はその質問に答えた。
『そうだ。『黒の君』は恐るべき魔術師ではあったが、思考や思想は狂人のそれではなかった。
むしろ、誰よりも人間くさいと言っても良い。
全ての魔具には、“真に必要とする者にしか使いこなせない”と、設定されている。
故に、ただ我欲のみでそれらを手に入れようと、回りに迷惑をかけて自爆するのがオチだ。
そんな無駄な事、魔術師はしない。魔術師は自分の実力をちゃんと弁えているものだ。まあ、愚かな人間が多く見えるのは世の常ではあるが。
何も知らずに触れてしまうか、或いは、何も知らない一般人が何らかの理由で手に入れてしまう事もある。
故に、魔術の世界において、無知とは罪。たとえ罠に掛けられても、文句は言えない。』
つまり、とカーレスは真水に言った。
『“ソウルイーター”は我々死霊魔術師から見れば至宝とも言えるある種の究極的な魔剣だが、同時に、その魅力を覆うほどの暗闇と血塗られた歴史に包まれた何が出てくるかわからないブラックボックスなのだ。
だが、伝説によればあれは持ち主に例外の無い狂気の力を齎してきた。
その災厄は、本当に伝説でしかないとすら我々も忘れるほど長い間、あの魔剣は誰の手にも渡らなかった。
だから、誰も奪おうとはしないし、むしろ、彼女が持っていてどうなるか、知り合いの死霊魔術師の中には観察している節さえもある。』
だからあんな風に魔術師について注意するように言ってきたのか、と真水は思った。
彼女自身も既にモルモットも同然だったのだから。
『これは良心からの忠告だ、気を付けろ。
“WFコレクション”が『理性ある危険物』であるならば、
魔剣“ソウルイーター”は、『狂気と殺戮の災厄』だ。』
そう断言したカーレスに続き、ルーシアも労るように真水に言った。
「あなたは知る由もないでしょうけど、そもそも、あの魔剣があの女の手にある事は異常なのですわよ?
我々の祖先が異世界からこの地球にやってくる遥か以前に、完全消滅したと記録にある魔剣なのですから。
詳しくは、資料書である『シークレットセブン黙示録』を読むとよろしいのですが・・・・そちらに送りましょうか?」
「いや、そう言うのに詳しそうな身内が居るから、そこまで気を使わないでくれても良い。」
二人は小難しく言ったが、要は手を引け、と危ないから朝美には近づくな、と言うことだ。
だが、
「だけど、俺には確りと扱えているように見えたが・・・・」
それを聞いた瞬間、ルーシアはハッと鼻で嗤い、カーレスはやれやれと肩を竦めた。
「馬鹿ですか? あんな封印術式で本来の機能を殺すほど縛り付け、触れるのでさえ聖骸布を柄と片腕に巻き付けなければならないのに、それを扱えている? ふふふ、笑えない冗談ですわよ。」
『そもそも、あれが本当に本来の力を発揮しているのならば、既にこの町の人間は一人残らず皆殺しになっている。
理性があるかどうかも怪しい。理由などない、そう言う物なのだから。』
そして、死霊使いの師弟は、呪いにも近い言葉を言い放った。
『しかし、これだけは覚えておけよ少年。
あの魔剣も自らの意思を持って、自らを必要とする人間の前に出現した、真実、呪われた正真正銘の魔剣だ。』
「だから、あの女は人殺しなんですのよ。―――――精々、殺されないよう頑張ってくださいまし。」
ルーシアはそう言って手をひらひらと振って、踵を返した。
「なあ、ひとつだけ良いか?」
「なんですの?」
ルーシアは急に面倒そうな態度になって振り向いた。
「なんでわざわざそんなことを、俺に良いに来たんだ?」
『知れたことだ。魔術はただの幻想でなければならない。
素人が出張って死体が出て、我々の秘術が世間に晒されるのを過剰なまでに“本部”は嫌っている。全ては世の裏側での話だからだ。』
そう、カーレスは言って真水の横を横切って、弟子の背後で消え失せた。
「と言うより、あの女が嫌いなだけですけれど。単に嫌がらせですわ。」
「・・・・・・・・・・・。」
真水は、屋上から飛び降りて言って彼女に何て言えば分からなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――
「その二人の言っていた事は、多分、全部本当だよ。」
学校から帰って早々、真水はウェルクに魔剣の事を聞いてみた。
そうして、返ってきた言葉がそれだった。
「これを見なよ。」
そう言って書斎から、一冊の本を持ってきた。
タイトル:『シークレットセブン黙示録』ウェルベルハルク・フォーバード著作。
以前はタイトルの文字すらも理解できなかったが、それは神秘の認知が読解の条件だと、ウェルクは言った。
今では文字の造形もちゃんと見て記憶できる。今までは意識にも入らなかったと言うのに。
「ところで、シークレットセブンって、なんだ?」
「当時の極悪犯罪者の通称だね。その犯罪の手口とか、結果とか、あまりにも荒唐無稽すぎて、とりあえず賞金掛けておくかららしい奴を見かけたら捕まえておけって制度から来てる。」
「なんだその、曖昧な・・・。」
「しょうがないんじゃない? 結果としては最悪の犯罪が行われているのに、その犯人の姿かたちが雲のように掴めないんだから。」
全く今の状況みたいにね、とウェルクは苦笑しながら言った。
真水は、何も言い返せなかった。
「一番最後に確認されたのは・・・、ええと、“500年~”の欄だね。
№2“キラーブレイド”が所持していたと、書かれているよ。だいたい千五百年前だ。」
「千五百年・・・・そんなに昔か。」
真水は二人が言っていたことを思い出した。
魔術師が忘れるほど伝説的な代物。
「それにしても、“キラーブレイド”。
殺人剣か、ぞっとしない名前だな。」
名前とかは乗ってないのか、と問うと。いいや、とウェルクは首を横に振った。
「しょうがないよ、彼らはそういう存在なんだ。居るか居ないかも分からないあやふやな犯罪者なんだから。
だけど、彼女は実在した。
大きな町を四つに村を九つ、他にもいろいろ軍隊とかにちょっかいだして、合計すると100万人以上を惨殺したと記録に残っている。」
「嘘だろ? 第二次世界大戦時の東京大空襲で10万人、その後の原爆でさえ、投下の瞬間だけで20万も殺されたんだぞ?」
冗談としか、聞えなかった。
いやだって、桁が違いすぎるだろう?
ただの一本の剣で、原爆の五倍の量の人間を斬り殺せるものか。
人間が行える範疇じゃない。
「言っとくけど、兄貴の認識は甘いよ。
これは単独犯。それに、調べたところ魔剣“ソウルイーター”は殺し続ければ最強状態とも言える無敵モードになるらしい。
血で鍛えるなんて伝承の剣もこの世にはあるけれど、そういう次元じゃないねこれは。
当時、死因は不明だけど誰かがソイツを仕留めなかったら、被害は最大その十倍まで―――当時の人口から考えると、人類ほぼ全員だね―――広がったとさえ予想されている・・・だって。―――これは悪夢だよ。」
ふぅ、とウェルクは本を閉じて溜息をついた。
「・・・・・・・・・」
もはや、言葉も出なかった。
「僕も、この本を紐解くまでそこまでヤバイ代物だとは思わなかったよ。
認識が甘かったのは、僕も同じさ。」
「慰めにもならんぞ、それに、掛ける相手が間違っている。」
「――――そうだね。」
ウェルクは頷いて、本を元の場所に戻した。
――――――これは、この世にあってはならない代物なのよ。
昨夜の、朝美はそう言っていた。
確かにその通りだ。
そんなもの、あっても誰も救われない。
「でもさ、意味深だよね、今の本。」
「今のシークレットセブン黙示録ってやつか?」
「そうそう、知ってるかな兄貴。黙示録ってのは新約聖書の中でも唯一予言的な意味合いが有る奴なんだ。」
「・・・・・おいおい、止めてくれよ、洒落にならないからな?」
だが、真水にはありありと想像できた。
夥しい返り血を、常に体を新しい赤に染め上げる、足元には常に死体で道を築き、狂ったように魔剣を振るう、彼女の姿を・・・!!
想像するだけで、吐き気がしてきた。
「もし、その魔剣に対抗できる術があるとしたら・・・・・」
ぼそり、とウェルクが呟いた。
本当にそんな方法があるのだろうか。
相手は太古の最強の魔剣で、百万以上の魂を喰らっている。
たった一人や二人が抵抗したところで、なんになるのだろうか。
だけど、真水は黙って聞いた。
ウェルクの言葉を。
「―――――――それはきっと、“諦めない強さ”・・・かな?」
ウェルクらしくない言葉だった。
だからだろうか、その言葉は酷く印象に残る一言だった。
今回文章多かったのでちょっと手間取りました。
三日坊主って言われないようがんばりますね。