第五話 魔術師二人の夜道
「今日はありがとう、助かったわ。」
「いや、礼ならウェルクに言ってくれよ。」
河戸家玄関先、そろそろ帰ると言い出した朝美に、外まで送るよ、と真水が言った為、このような場面が出来上がった。
あと、夜はくれぐれも一人で歩くな、とウェルクに釘を刺され、神妙に頷いた次第である。
「そう言えば、これを一緒に運んでくれたのもあなたよね、助かったわ。」
そう言って、朝美は真水が鉄塊だと思っていた物を持ち上げた。
それを至近距離で直視した真水は、悪寒が走った。
見覚えが、無い。と言うか、それの存在に今気付いた。
今までどこにあったのか、不気味で真水は聞くことはできなかった。
その鉄塊は見れば見るほど、ただの鉄の塊に見えた。
一応、それは剣の形をしているが、十字に鉄を押し固めたようにしか見えない。
質感たっぷりで、重そうだが朝美は軽々と持っているが、正直に言えば使いにくそうである。
長さは、ぎりぎり片手剣として扱えることから、バスタードソードに分類されるだろう。
攻撃力は鈍器としては申し分ないだろうが、それを剣と称するのならば、全世界の刀匠を敵に回すようなものだろうけど。
持つ所である、柄の部分にも幾重に包帯が巻かれ、持ち易くなるような工夫までしてある。
“てつのつるぎ”とか、“ロングソード”みたいなRPG的に序盤で手に入れて中盤に至るより早く売る事になり新たなる武器を買う足しにしかなりそうにない奇妙な物体である。
それなのに、どうしようもないほど、この剣(便宜上、そう呼ぶ事にする)から生々しい声が聞える。
それは、錯覚かも知れなかった。
だが錯覚と自分を騙しきるほど、真水は自分を偽っていなかった。
鉄の塊が、真水を誘おうとしている。
曰く、こっちに来い、と。手にとって斬り捨てろ、と。殺させろ、と。
殺意を物質化させれば、こんなものになるのだろうか、と思ってしまうほど嫌な剣である。
「ああぁ・・・・あなたにも分かるのね。
この剣は普通じゃない。―――――“魔剣”なのよ。」
どこか自重気味に呟いた朝美は、怨敵を見るように目を細め、魔剣を見下ろした。
魔剣。なるほど、これ以上しっくり来る名称が浮かばないほど、それは的確な表現だと真水は思った。
それを剣と言うには、あまりにも魔性的過ぎた。
ただの魔法の道具と言うには、あまりにも無骨過ぎても居た。
「これには、絶対に触れてはダメ。特に、あなたは。」
「肝に・・・銘じておく。」
こくり、と真水は頷いた。
触れてしまえば、どんな事が起こるか分からない。
真水の本能が訴えるのだ、それに近付いてはならない、と。
「驚かせるつもりは無いけど、俺もウェルクも、そんな物を運んだ覚えが無いんだ。
お前達が言う魔術媒体なのかもしれないが、俺は嫌な予感しかしない。個人的に、捨てた方が良いと思う。」
俺は、何も知らない素人の余所者が厚かましいとは思ったが、そう言わなければいけないと思って、寒気を感じながらそう口を開いてそう言った。
すると、背筋が冷たいものを流れた気がした。
それを聞いた朝美は恐ろしいほど無表情で、
「そう」
と、言ったのだ。
闇夜で日本人形にいきなり遭遇して直視してしまった時に生じるような、そんな恐ろしさを真水はクラスメイトに初めて抱いた。
二の句が継げられなかった。
そして、彼女は真水の目を見て更に言葉を紡いだ。
無表情なのに、悲しそうにも見えた。
「あなたの予感は正しいわ。正確過ぎるほどに。
言ってしまえば、私が魔術師になったのは“これ”が原因なのよ。
これは、この世にあってはならない代物なのよ。だけど、捨てる訳にはいかない。
これを御せる人間はこの世で私ただ一人の、そんな無責任なこと、私には出来ないのよ。」
その強烈な決意は、一体何処から来るのか。
初対面よりマシ程度の面識しかない真水には分からないことだった。
「分かった。だが、無理はしない方がいい。
今更だから卑怯かもしれんが、今回の件に俺が関わる条件に、“無理をしない事”を付け加えてくれ。
どうやら魔術師は疑心暗鬼に陥りやすい職業みたいだから、いざという時はウェルクにでも頼って欲しい。
あいつは口が悪い事に目を瞑れば、いろんな分野で出来すぎる弟だからな。きっと役に立つさ。
任せてばかりで悪いと思っている。俺も何か出来れば良いと思っている。
護衛されるばかりの身分だから、口だけしか出せないけど。」
「そんな事は無いわ。ありがとう。」
朝美の表情に、微笑が戻った。
「あなたは、私と同じ“代用”タイプの・・・そうね、死霊魔術師に適正があると思うわ。
最も死に近い魔術だからパッと出の魔術師なら覚悟が要るけど。だから無理しようとして魔術に手を染めないでね。
特に、連中にろくな奴は居ないわ・・・まあ、あなたになら頼れる気がするけど。」
「はは、今度ウェルクに聞いてみるよ。」
笑えない。
ネクロマンサーなんて、殆ど悪役か、ゾンビとかを繰り出している構図しか想像できない。
そんな風に、真水が呟くと。
「それは“流用”タイプの死霊魔術師よ。――――こっちはもっと性質が悪い。
死体を平気で魔術的に改造したり、純粋な死霊を悪霊に変えて使役したり、とんでもないやつらよ。
呪殺や幻覚系統にも秀でていて、強力な死体や亡霊が居れば居るほど強くなる。」
それは先ほど朝美が教えてくれた。
“代用”タイプの魔術師が、魔力をガソリンなどに見立てて魔術を行使するのと違って、
“流用”タイプの魔術師は、使い捨ての消耗品を使用して、魔術を行使する。
“代用”タイプの戦闘は安定した攻撃力と機動力が売りで、生存率が高い。
“流用”タイプの利点は、前衛なら瞬間的な攻撃力と破壊力、後衛なら少ない魔力消費での強力な魔術行使。
たが、欠点が顕著で、魔術品が無くなると役立たずになるのは前衛後衛共通している。
特に後衛は、品切れは即死に繋がる大事だと言う。
だから、“代用派”は基本的に研究者が多く、“流用派”は戦闘者が多い。
だが、どちらも片方のタイプしか魔術を使う魔術師はまず居ない。
使用する二つのタイプの魔術の触媒の利権の下に群がる連中が二通りいたから、今の今までそう呼ばれているだけなのだと言う。
まあ、真水は日本人ならではの柔軟な思考の下、ファンタジーのゲーム的に考えれば理解するのは難しくなかった。
勿論例外はあるらしい。
「私、教会の騎士のお偉いさんに会ったことあるけれど、教会の連中の魔術は殆どが“代用”タイプなのにバリバリの戦闘派の代表格らしいわ。反応実験の為に“流用”タイプの魔術を行使する必要に迫られることも多いから、お金がポンポン吹っ飛ぶこともしばしばって話も聞くわ。」
と朝美が先ほど語っていた。。
真水の想像では魔術師ってのは超然としているイメージがあったが、案外結構俗っぽくて大変な職業らしかった。
それから一通り、死霊魔術師について言うと、朝美は、あッ、と声を上げ、数秒考え込むと。
「まあ、自衛できる事に越した事はないけど、やらないという選択肢もある。
魔術師なんて、人の血肉を食って生きているようなものよ。
日常を選べるだけ幸せなんだから、慎重に行動してね。」
何だか急に早口になって、朝美はそう言った。
「本当にありがとう。今日は実に有益な一日だったわ。」
「そうか、それは良かった。じゃ、また明日学校で。」
「そう言えば、そうだったわね。学生の身分を忘れるところだったわ。」
じゃあな、と朝美と別れ、玄関先から家に入ろうとすると。
「ウェルク?」
が、横開きのドアを開けてこっちを見ていた。
「まだ夜は寒いんだから、早く入りなよ。こんな真夜中に長話なんてするもんじゃないし。」
嫌味の中に労りを込めた一言。
「ああ、そうだな。」
真水は、そんな義弟に微笑んで頷いた。
―――――――――――――――――――――――――――
闇夜道、朝美は静かに帰路に着いていた。
昔で言う牛の刻だと言うのに、そこに夜の闇に対する恐怖は微塵も無い。
それは、真に暗黒を跋扈する者達の正体を正しく知る者達の一人であるからだろう。
「原住民が居るからと、随分と言いたい事を言ってくれましたわね。人殺しの後継者のくせに。
―――――魔剣“ソウルイーター”の後継者、ヨシナカ・アサミ」
更なる暗がりの奥から、静かな声が響いた。
朝美は息を吸って、呟いた。
「この腐臭。死体を香水に使っているっていうのは本当なのかしらエセ貴族?
――――“デッドウォーカー”の弟子、ルーシア・シェムフィード。」
暗がりから、イブニングドレスを纏ったまだ幼さが残る少女が現れた。
「応援が来るとは聞いていたけど、とんだミスキャストね。」
闇から登場してきたルーシアを認め、朝美は吐き捨てるように呟く。
彼女はルーシア・シェムフィード。
魔術の名家シェムフィード家の一人娘であり、父親が“流用派”の首領だからすごく偉そうで朝美は大嫌いな相手だった。
「それは私の台詞ですわ。なんで貴女のような原住民のサルがこんな所に居るのかしら?
もしや、かつて這いまわっていた故郷の山の臭いでも思い出してホームシックでも患ったのではありませんか?」
おほほほほ、とか言いながら無駄に上品に笑うルーシア。
刺々しいと言うレベルじゃない毒舌だった。
はぁ、と朝美は溜息を吐くだけだった。
「なんですかその表情は。本来なら、わたくしのような高貴な人間と話す機会などありませんのですから、歓喜して咽び泣いて物乞いのようにわたくしの足元に跪いたらどうなのです?」
「誇る物が家名だけだと自慢話が短くて楽そうね。」
「なんですって?」
まさしく、カチンときたというような表情で、ルーシアは朝美を睨みつけた。
「聞いたわよ。だって、貴女、実績なんてロクにないんでしょ?
あ~あ~あ~、“本部”のお貴族さまは本当にお偉いございますからねぇ~、いやいや、わたくしめ如き愚民は頭を下げるだけでございます。
・・・・私はあんたみたいな奴の顔を拝まなくて清々するけれどね。」
目の前のルーシアに負けない嫌味だった。
当然、朝美の目の前に居る彼女は、可憐とは程遠い表情になった。
「死人に口なしとはこの国の言葉でしたね。
丁度、死体の口を開かせる実験をしようと思っていましたの。名誉ある実験体は貴女ですわ。さぁ、さっさと自らの息の根を止めなさい。」
「顔に皺が寄ってるでございますわよ、お貴族さま。若いうちに皺ができるとなかなか取れないらしいけど、あんたにはお似合いよ。」
『止めないか、二人とも!!』
一色即発の空気になったその時、二人の間に割って入る人物がいた。
『味方同士で争って依頼遂行に支障が出て見ろ。
それが“本部”に知られたら、依頼元はそれが怨恨であれなんであれ、お互いにとって良いことなど一つも無い。』
くたびれた背広を纏った亡霊だった。
「師匠、邪魔しないでください。」
「どいてくださいカーレスさん、その女殺せない。」
両方からいっぺんにそう言われ、間に挟まれたカーレスと言う亡霊は溜息を吐いた。
この魔術師の業界でよく言われているが、この世には決して相容れる事の無いだろうと直感的に分かる人物が、凡そ3人は居るという。
例えば、この二人である。
二人が始めて会ったのは、五年前である。
場所は、“本部”で開催された魔術師同士の社交パーティだった。
主催は、『盟主』リュミスだった。
それは所謂、貴族型の名家の魔術師たちに通知され、招集に近い形で数十の魔術師の家の人間が集ったパーティだった。
主役は、朝美だった。
と言うか、彼女のお披露目が目的のパーティだった。
何を勘違いしたのか貴族体質が染みついた魔術師たちは思った、なぜこんな原住民の小娘がこんな場所に来ているのか。
相変わらず『盟主』の行いは理解に苦しむ、と言うのが出席した貴族魔術師たち印象だった。
しかし、そこには『盟主』が直々に足を運んで、衝撃の事実が齎されたのである。
―――――あの悪名高き魔剣、“ソウルイーター”がこの少女を宿主に選んだ、と。
その場は騒然となった。逃げ出す者も居た。
それくらい、悪名が轟いていた。
伝説的な曰く付きの魔剣だったのだ、彼女の持つそれは。
その時、朝美は、どうせなら勇者の剣がよかったなぁ、と他人事のように考えていた。
『盟主』がそのパーティを開いた理由は、顔見せと警告だった。
朝美は“本部”の庇護下に置かれる旨を通知され、一切の手出しを無用だと。
そうでもしなかったら、伝説級の宝物を目にした欲深な魔術師たちは、朝美をバラバラに解体してじっくりと調べつくしたりしかねないからであり、『盟主』の配慮でもあった。
ただ、その配慮は朝美の為でなく、返り討ちに遭うだろう魔術師の為だった。
それで、パーティは最悪の空気のまま始まった。
当然ながら、誰一人として朝美に話しかける人間は居なかった。
と言うか、パーティの目的は既に達成されたので、朝美はさっさ帰っても良かったのである。
しかし、そんな彼女に近づいてくる人物がいた。
言うまでも無く、当時のルーシアである。
年が近かった、と言う理由で父親に様子を見てこいと言われた彼女は、朝美に堂々と近付いてこう言い放った。
「貴女みたいな原住民のサルに、魔剣“ソウルイーター”はふさわしくないわ、わたくしに寄越しなさい。」
と、当時から物怖じしない性格だった彼女の一言は、周囲のざわめきを一瞬で黙らせた。
そして、当時いろいろ有ってかなり精神的に参っていた朝美はこう言った。
「こんなの欲しかったらいくらでもあげるけど、絶対にあんたみたいなブスにはあげない。」
「はい?」
今まで何不自由なく蝶よ花よと育てられてきたルーシアには、その暴言は信じられないものだったらしかった。
本当にこのサルは何を言ったのかしら、と十秒近く理解できていなかった。
そして、十五秒後に朝美の言葉の意味を完全に咀嚼しきって、
「こ、こ、こ、これだから、粗暴な地上のサルは。
・・・く、口の利き方も、っし、知らないのですわね!!」
その時は何とか淑女としての体裁を取り繕ったルーシアは怒りを呑み込むことに成功した。
だが、よほど我慢したのが表情に出ていたのだろう。
そんなルーシアに指さし、朝美が一言。
「変な顔。」
と、言った。
すぐに取っ組み合いの喧嘩になった。
その時朝美は知らなかったが、魔術師が魔術師に指を指すという行為は、呪い殺してやる、と言う意味が有るのだ。
地上では、失礼だ、程度の意味でしかないが、北欧の魔術にはガンドと呼ばれる相手を指さして呪う魔術が存在しているものだから、そこに込められる意味は重くなるのである。
口実を得たルーシアは、朝美の顔面を殴りつけた。
むかっ腹が経っていた朝美も、即座に殴り返してしまい、魔術師のパーティとは思えない物理的な喧嘩になった。
『盟主』もその騒動には頭を抱えたと言う。
結局、朝美が失礼を働いたことと、ルーシアの父親が『盟主』に頭を下げたことで両成敗に終わったが、悔恨は二人の中に大きく残ったのである。
その時は運良く、本気の殺し合いに発展はしなかったが、後々の為に互いの素性くらいは調べてある。
能力も、人種も、魔術師としての力も、派閥も、更には性格も思想も、―――――調べれば調べるほど相容れない。
まさに、魔術師の因果が殺し合いをさせる為に引き合わせたとしか思えない巡り合わせだった。
それから度々、なぜか二人は顔を合わせることがあって、その度に口喧嘩が起こる。
その度にカーレスが場を取りなおして、何とか殺し合いには発展せずに済んでいるが、その口喧嘩も回を重ねることにより過激になってきているのである。
このままでは抑えきれない、とカーレスは危機感を抱いていた。
『済まないな、魔剣の主。実体があれば殴ってでも言い聞かせたのだが・・・・』
彼女の師匠である魔術師の亡霊は心底申し訳なさそうにそう言った。
彼の名は、カーレス・ネレフィス。
これでも生前はかなり腕利きの死霊魔術師らしかった、と朝美は聞いている。
死して尚、弟子に魔術を伝えようとする気概は朝美も一目置いているし、こちらはちゃんとした大人だから敬意を払っている。
『さて、本来なら腰を落ち着けてこれからの段取りを決めるべきなのだが・・・。』
「あら? 荒事専門、泥被りはあなたで、後処理と周囲への隠蔽はわたくしの仕事。
それでよろしいのではなくて? まあ、わたくし一人で十分ですが、面倒ごとは任せようと思いましてね。」
何処までも傲慢な言葉に、彼女の魂胆が見え透いている上にカーレスが大人の対応をしているので、朝美はもう怒る気力も沸かない。
それに、この相手とは決して分かり合える事は無いと理解しているからだ。
「いえ、こちらはこちらでやりますので、そちらはそこの馬鹿女が羽目を外さないようお願いします。」
と、学校で使い慣れた敬語を使って朝美は答える。
『確かに・・・・ルーシアとまともに連携を期待するのは愚ではあるな。
しかも、互いが互いの力を殺し合う相性の悪さもある・・・・敵に何か変化があるまで、それが良いだろう。』
「ちょっと待ちなさい。」
円滑な会話は、勿論と言うべきか、ルーシアに止められた。
「勝手に話を進めないで下さる?師匠。」
『そうは言っても、お前達が顔を会わせ、一度としてまともな会話が成立した事は無いだろう?
ならば、互いに徹底的に無視した方がまだ、理性的だ。
少なくとも、真夜中とは言え、この街中で殺し合いに発展し、更には一般民衆に魔術を悟られたとあれば、処刑人の方々も黙ってはいないだろう。
ミイラ取りミイラになる、死霊を繰る我々には冗談にしても笑えないぞ。』
うぐッ、と師匠の正論にルーシアも言葉を詰らせた。
弟子が黙ったのを見やると、カーレスは朝美に向き直って言った。
『と、言う事だ。当面は不干渉。それと、差し支えなければ交戦状況を伺いたい。』
「敵の気配は非常に微弱。交戦回数は一度。
恐らく、出現物の消滅による魔力の削減で本体が出現するタイプでしょう。
頻度はほぼ毎日夜中に出現。二体以上の同時出現を確認。出現物は獰猛で好戦的。
数度から十数度、最悪百度以上の戦闘は覚悟した方がよろしいかと。」
淡々とした朝美の報告に、カーレスはその内容に眉を顰めた。
『ランクには未知数か。伝説級か神話の原型になった魔具かもしれない、そちらも気を付けろ。』
「それが本当なら、気を付けた所でどうにもならないでしょうけど。」
この手の魔具の攻略に年単位の時間を要するなんて普通だ。
ルーシアが嫌そうにしているのは、そんな長い時間、同じ町で朝美と同じ空気を吸うことが耐えられないからだろう。
「自動召喚の魔具で有名のならば、パンドラの箱やソロモンの鍵などのが挙げられますが、そんな単純なものではなさそうですわね。
・・・・・それに、あれは大規模な召喚術式の魔具だったはず。
少なくとも、使用用途が分かれば絞り込めるのですが、その辺は何か分かりませんでしたか?」
途中で口を挟んできたルーシアを無視して、朝美は踵を返した。
「それでは、ごきげんよう。」
最後の最後まで、嫌味ったらしい口調で朝美はルーシアにそう言った。
今来た道を引き返し、遠回りして、再び帰路に着く。
―――――――横切る事さえ、嫌だった。
「あ・・ぐが・・あの、おんなぁ・・・・」
『ふぅ・・・一大事にならずに済んだと、良しとするか。
うちの姫さんが怒り心頭なのを嘆くべきか・・・』
どこぞの民家をともしれぬ壁をばこばご叩く姿はとてもじゃないが、他人に見せられない。
更に言えば、魔術師っぽくない。
あとで簡単な強化魔術を教えて適当な岩でも割らせて憂さ晴らしでもさせよう、と思いつつ、カーレスは今後のことについて考えた。
この地の死霊たちの動きは異常だ。
その動きが“WFコレクション”に関係あるのかと思って探っていたら、河戸家から出てくる朝美と見つけたと言う状況だった。
一箇所に集まろうとして、しかし、先ほど見た見事な破邪結界の効力で飛んで火に入る夏の虫状態。
故に、広範囲に死霊たちをばら撒いて索敵するという方法は断念せざるを得ないな、とカーレスは思った。
となると、
『あの少年が、此度のキーパーソンとなりそうだな。』
彼の資質を、カーレスは一目で見破った。
資質の違いこそあれ、完全にカーレスと同タイプの素養を持った少年。
或いは、とカーレスは嫌な想像をして、まさかな、と渋い表情になって呟いた。
「そうですわ!!」
ふと、名案を思いついたかのように晴れやかな表情をしているルーシアに、何だかカーレスは嫌な予感がした。
「それを回収しましょう。あの黄猿に使わせるよりずっと我々の方が有益に使用できますわ。」
『まあ、確かに相違ないだろうが、むやみやたら嗾けては無意味だ。言葉で篭絡するのが楽なのだが・・・・』
カーレスはルーシアをじっとりとした視線を送った。
この毒舌家に説得を期待するのは、ギリシャ神話に出てくるエロスの矢でも使わない限り無理だろう、とすらカーレスは思ったのだ。
むしろ、関係が悪化して、恐らく協力関係にあるだろう朝美から報復される口実にされたら目も当てられないのである。
現地に住んでいる魔術師が居るとは聞いていないが、あそこにはあの結界からして必ず一人は魔術師が住んでいるはずである。
そう、彼は考えていた。
朝美のような低級の魔術師でも、決して侮ってはならないのが、魔術師の常識だ。
魔術は相性と技術。力押しだけで勝てるほど、生温い世界ではないのである。
この世で最も恐ろしい魔術師は、――――――魔術師らしい魔術師なのである。
己の魔術を躊躇い無く使用して省みず、そして、犠牲と血肉の海を作り出してでも目的の為に邁進する。
つまりは、そう言う魔術師だ。
カーレスは考える。
いや、むしろ。
『ルーシア、一度接触してみよう。揺さぶりを掛けるのは、死霊魔術師の得意とする所だ。』
――――――これは、良い機会かもしれない。