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第三話 魔術師協定






誰かの声が聞こえる。



「つーか、なんで俺が背負うんだよ。」

「だって僕じゃ身長足らないじゃん。そうなると、彼女を引きずるはめになるけど。」

「あーもう、わかったよ、女の子でも人一人背負うのって大変なんだぞ!?」

「あー!! 兄貴ってば女性に対して重いとか、目ぇ覚ましたら彼女にそう言ってたって言っちゃおー。」

「こんのクソガキ!! そんなこと言ってねーから!!

・・・ったく、俺は別に鍛えてる訳じゃないただの高校生だってのに。なんでこんなことに・・」

何か言い争っているようだった。



「(ねむ・・・い。)」

その時、彼女の意識は完全には覚醒しなかった。







「・・・・・・気持ち悪い。」

吉中朝美は揺れていた。

何かに覆い被さるようにしているのは分かるが、何故今の状況なのか、全く記憶に無いと言っても良い。



「目が覚めたか?」

河戸真水の声で、徐々に何が起こったのか思い出していく。

負けたんだ、と心の中で呟いた。

己の油断が招いた結果だった、と悔しくて彼女は歯を噛みしめた。



「ああ・・・・私は。」

どうやら、朝美は真水に背負われていることに気付いたようだった。



「兄貴、手伝うよ。」

微量な魔力の消費行為。

詠唱と共に行われたそれは、実行されると微かな浮遊感を味わう、奇妙な状態に置かれた。

更に、気分が悪くなった。


「ああ・・・ありがとう」

真水の戸惑ったような声が聞えたが、そんな事は朝美には気にならなかった。


気持ちが悪い。

乗り物酔いが激しい朝美だが、人に背負われて酔うなんて聞いた事も無い。



「ねえ、お姉さん。聞きたい事があるんだけどさ、立ち話もなんだからそっちの都合無視で来て貰うよ。

なに、悪い話じゃないよ。情報って言うのはいつの時代でも有用さ、交換するのは悪い事じゃないよね。」

傲岸不遜で一方通行な要求だが、理に適っている。



「まさか、断るなんて事ないよね?君たちはそうやっていつも損をしてきたんだ。だから―――――」

「ウェルク、失礼だろ。」

真水が眉を顰めて、ウェルクを諌めた。


「はいはい・・・」

くすくすと笑うウェルクは一切の負い目を感じていないようだが、それ以上、何も言う事は無かった。






ほどなく、河戸家に到着した。

水を一杯飲み干し、不調だったのが呪文ひとつで嘘のように消し飛ばせ、朝美は言った。

どうやら彼女は脳震盪を起こしていたようだ。


「どう言う事なの?この地に根付いている魔術師が居るなんて聞いてないわよ。」

「俺はその魔術師つう胡散臭い職業、今さっき始めて知ったばかりだぞ。」

刃のような鋭い瞳を向けられ、肩を竦める真水。

更にその後、治療するとか言って気分悪そうだった朝美を、ウェルクは瞬く間に直して見せたのだ。


手品やドッキリにしては、少々手が込みすぎている。




「“ああ、実は僕、魔法使い始めたんだ。”って、あんな化け物見なければ冗談としか思えなかったぞ。」

「まあまあ、まだ火を灯すのに成功して4年のキャリアしか積んでいない。

それに先代なんてあったものじゃないから、魔術師としては低位の中の低位、最弱の部類だけどね。」

「冗談・・・・。この家に張られている破邪結界は相当な物よ。」

それは、真水にも初耳だった。


「三流だね。これくらい、術式と魔力で後は丁寧に時間を掛ければ素人でも出来る。

それに、―――――どうしても必要だったからね。」

ウェルクはそんな事を言いながら、朝美を見た。



「じゃ、教えてもらおうか。」

この時、朝美はこいつ本当に年下の子供なのか、と思ってしまった。







「“WFコレクション”?」

「魔術に携るものなら、誰でも知っている大魔術師・・・・・

『黒の君』ことウェルベルハルク・フォーバードが作ったと言われている魔具の事よ。」

そんな物がこの町のどこかにある、と朝美は言った。



「あー、家にもその人が書いた魔導書の原本が幾つか有るよ。勿論封印処理は施してあるけどね。」

「な、なんですってぇ!!!」

バン!!と、テーブルに手を叩いて立ち上がる朝美。



「ど、どうした!?」

あまりに大げさに驚くので、真水は瞠目してそう言った。



「彼の著書なんて、殆どが“本部”大図書館に寄贈されていて、時々市場やオークションでバカみたいな値段で写本が出される程度なのに、なんでこんな所に・・・」

崩れ落ちるように座りながら、朝美はそんな風に呟いた。



「・・・・・そんなに危ない代物なのか?」

「暴走すれば、ね。神秘が記された本には、それ自体に神秘が宿る、らしい。

特に、彼が書いたという本はみんな古くて年月の蓄積という神秘が追加されているから、相当に強力な魔術媒体になるんだよ。」

「ああ・・・・。」

言いたい事は分かる、と言う態度で何となく分かっている振りをしながら、真水はウェルクに相槌を打つ。




ウェルク曰く、魔術とは“代用”と“流用”の技術なのだと言う。

自力で魔術を発動できない未熟な内は、魔術を使用する為に必要な媒体――――つまり、魔術媒体が必要となる。

ようは、杖や魔導書などで経験や技術を“代用”するのだ。


車を動かすのにガソリンが必要なように、魔術はガソリンを魔力という半万能な力で代用する術なのだ。

人が歩いて体力を使うのも、魔力を用いて移動するのも同じ。

ただ、過程と燃料がことなる。


例えば、人間が魔力を使い、車と同じような結果を齎すようにする。

魔術とは、そう言うものなのだそうだ。



魔術師も高位になると、魔術媒体がその実力を上乗せできるようになるから、より強力な物を媒体にした方が良い。

だが、もし、並みの魔術師なんか遥かに凌ぐ代用品があるなら、―――――どうなるか?



小学生が一気に大学生になるようなものだ。

手にした瞬間、大抵は暴走する。




「WFコレクションは、大抵はそう言った物よ。

物を言いすらする強大な魔導書。

理解不能な力で人を狂わせるマジックアイテム。

そして、何かのきっかけで動き出す、動力炉ならぬ“魔力炉”を内蔵した自動式の魔具。」

「大魔術師も迷惑な物を作るな。確り管理して欲しいよ。」

朝美の説明に、真水は溜息をついた。




「聞いた話では発見されただけでも、その数は600ほど。殆どが破壊する事を余儀なくされ、一割ほどは回収されたそうよ。」

なぜ、破壊する事を余儀なくされたのかを聞くほど、野暮ではない。

聞くだけで恐ろしい代物だ、破壊するしかなかったのだろう。



「私は“魔術連合本部”から、その“WFコレクション”の破壊及び回収を依頼されてこの地にやって来た魔術師。専門は、まだ基礎の段階ね。黒魔術を専攻したいと思ってるけど。」

「く、黒魔術って、怪しげだな・・・。」

今だどこか信じられない気持ちが残ってるのだろうか、真水は微妙な表情でそう言った。


「そんな不気味なモノを見るような目で見ないでよ、私も五年前までは同じ立場だったんだから。」

「そ、そうなのか?」

「そうよ。だから河戸君の気持ちはよくわかるわ。」

溜息を吐いて、その時のことを思い出したのか朝美の表情に影が差した。




「・・・・魔術師って、いつもあんな化け物と戦ってるのか?」

場を持たせようと、真水はそう言った。



「殺し合いならしょっちゅうやってるわよ。最近は鳴りを潜めているけど。

三つほど派閥が有ってね、『盟主』が中心の“両立派”以外は水面下で争っているわ。」

「数百年前の記録が書斎にあったから知ってる。かなり泥沼なんだってね。」

と、ウェルクが口を挟んだ。



「ええ、私は参加した事は無いけど、昔は大規模な戦いになったのも少なくないそうよ。」

「とんでもない連中だな、魔術師って。一体、なにが嬉しくて殺し合いなんかしてるんだ?」

真水の問いに、朝美は呆れたように言った。



「詳しくは知らない。ただ、必要技術の奪い合いとか、貴重な物資を巡ったり、反りが合わないからって理由が殆ど。」

「まあ、しょうがないよ。魔術師は人間の中でも一際業が深いからね。

純粋な研究者じゃなくても、高みを目指すのは魔術師の本能みたいなものだからね。」

魔術師にもいろいろなタイプがあって、それは何十もあるらしい。

朝美みたいな戦闘専門や、ウェルクのような学者のような知能派などなど。



そして、朝美はウェルクを見て。

「勿論、度が過ぎれば、『盟主』直属部隊の“処刑人”が処断しに来るから、覚えておいた方が良いわ。」

「参考までに聞くけど、吉中みたい強いのか?それに、さっきから『盟主』って言ってるが、偉い人なのか?」

前者はともかく、どんな人物か知らないのに様付けで人名を連呼されても理解のしようが無い。



「私が強い? そんなの“本部”の皆に言ったら笑われるわよ。

私の実力なんて、本当に下から数えた方が早いわ。

有名なのは二つ名が付くし、そう言う連中は魔術師を続けるのなら嫌でも知る事になる。」

朝美の目は、遊びならさっさと手を引けと言っていた。



「・・・・・・・」

無言で、真水はウェルクを見た。



「止める気なんて無いよ?」

「言うと思った、だから止めないよ。」

「流石は兄貴、理解が早くて嬉しいよ。」

にこにこと無邪気な笑みでそんな事をいうウェルクに、真水は複雑そうな表情で見ていた。



「『盟主』はこの国で言えば総理大臣がもっとも近いかもね。最高指導者だから。

私の知る限り、最高の魔術師よ。不老不死だって言われていて、“魔術連合”の設立から生きていらっしゃるらしいわ。」

「不老不死って、本当に死なないのか?」

不老不死と聞いても、真水にはいまいち実感が湧かない。

日本人の平均寿命でさえ、ここ最近で80歳に達したところだ。



「知らないわよ。だけど、途方も無い時間を生きて来たらしいのよ。不老なのは確かだわ。」

と、力強く朝美は言い切った。

その言葉には、非常に強い羨望と憧れがあった。





「そんな事より、取引しない?」

しばらく、魔術師について質疑応答を繰り返していると、ウェルクが飽きて来たのか、そんな風な子供らしくない台詞を吐いた。



「取引?」

朝美が怪訝な表情を見せた。


「ここ最近、この町が物騒になってきたからね、僕らはただ静かに過ごしたい。

だから、その“WFコレクション”とやらの破壊を手伝って上げるよ。

僕は君のバックアップをする、君は敵を切り伏せる。――――――如何? 悪い話じゃないでしょ?」

「まあ・・・確かに。」

正直、ウェルクの申し出は数年ぶりの雨のように嬉しく、数百万の宝石のように魅力的だ。


応援がいつになるか分からないし、威力重視の黒魔術は人外相手に非常に有効なのだ。

しかも、朝美から見てもウェルクは素人ながら魔力は十二分だったし、魔力の運用も術式の発動も問題は無かった。

素人が四年でこれなら、天才といっても、なんら差し支えない。




「だけど、敵は広範囲に渡って出現する。神出鬼没と言っても良いわ。

そして、気配も希薄で襲うだけ襲って雲隠れ。私もこの一ヶ月で今日始めて遭遇したのよ。」

朝美の言葉で、真水は被害が近隣の市内にも及んでいることを思い出した。


あの化け物が出たとして、のこのこ隣町まで行ったら被害者がバラバラ、では確かに意味が無いだろう。

彼女の話によると、やるだけやって化け物は消えてしまうようだし。



「効率を取れば戦力を分散する事になるし、探索系の魔術は燃費が悪いからあなたが使用できたとしても、その後に戦力となるのは無理がある。」

「僕はね、風属性の魔術は得意な方だけど、索敵する魔術はまだ未修得なんだ。」

「なにそれ、結局無意味じゃない。」

やれやれ、と溜息をつく朝美に、ウェルクはにやりと笑って見せた。

なぜか嫌な予感がした真水だった。



「ただ、条件付だけど敵を僕らの周囲に出現させる方法はある。」

と、そうウェルクが言ったとたんに朝美は眉を顰めた。


「なにそれ、それこそ怪物を発生させている魔具を制御する様なものよ。

何処に在るとも知れないそれを発見できればそれに越した事は無いけど、だったら初めから怪物を出現させなければ良いって話になるじゃない。」

いやだから、とウェルクは前置きして。


「絶好の餌があるんだよ。見た所、あれは半分くらい霊的な存在みたいだった。だったら、確実に喰い付くほどの超強力な。」

「そんなもの何処に・・・」

そんなものが有ったら苦労しない、と朝美は溜息をついた。




「そこ。」

ウェルクの指差す先には。



「お、俺か?」

真水が居た。




「そ。そもそも、この家に張っている破邪結界は兄貴のための物なんだよ?」

「そうなのか?」

初耳だった。


「そう。兄貴は先天的な“霊媒体質”で“魔力吸引能力者”。

ついで言うと、“霊体遮断体質”。悪霊とかそう言う類を呼び寄せ、霊体の侵害を無力化するヘンテコな体質っぽいんだよ。」

「なにそれ・・・」

其れを聞いた朝美は唖然としていた。


「え、どういうことだ?」

真水は訳が分からず、困惑していた。



「一つ一つは時々見かけるけど、そんなのが三つも揃った人間なんて・・・・とんでもない素質じゃない。」

「兄貴に魔術が向いていればの話だけどね。」

そう締めくくって、ウェルクは真水に向き直って言う。



「ねえ兄貴。絶対に兄貴に手を出させないと誓うから、囮・・・というか、護衛されてくれない?

魔術師達に恩を売っといて損は無いと思うんだ。それに、兄貴の体質はとっても危険だし。」

「危険、というと。悪霊に憑かれたりするからか?」

真水は霊媒体質と言うのは聞いたことがあった、時々テレビでそういう怪しい番組がやっているし。



「普通の霊媒体質ならね。だけど兄貴の場合は違う。

“魔力吸引能力者”と言ってね、別に特別な力じゃないんだけれど、体質的に兄貴には空気中の魔力が周囲に絡まって、更に兄貴は霊媒体質だから面白くない現象が起こるかもしれないんだ。

ただ。兄貴は“霊体遮断体質”でもあるから、悪霊や邪霊を使った呪術なんかは効かないんだけれど、集まりに集まった悪霊ってね、ひとつの集合意識になって高位の存在に昇華し、化け物になる事があるらしいんだ。

そうなったら、実体を持つ事もあるし、周りにとんでもない迷惑が掛かる。厄介なコンボだよ。」

一通り説明すると、ウェルクは溜息をついた。



「兄貴を巻き込みたくないけど、魔術師の本部とやらから必要な道具さえ手に入ればもっと高度な魔具が作れる。

そうすれば、この家の結界を個人規模で常時発生する携帯できる魔具が作れるんだよ。

――――――兄貴は、誰にも迷惑をかけずに済むんだ。」

「そう、か。」

最近、妙に大人びて来たのは、こういう事だったのか。

真水には、義弟がどこか遠い存在にいつの間にか成っているように感じた。



ウェルクは自分の為に魔術を始めたのだ、と。


ここ一ヶ月の寝る間も惜しんだ勉強も、今回絡んでいる“WFコレクション”とやらに気付いて寝る間も惜しんで勉強していたのだろう。


なんて良く出来た義弟なんだろうか。

真水は内心感動していた。


ならば、それに報いるのも兄の勤めであろう、と真水は思ったのだ。

そう思うと、義弟に苦手意識を感じていたのも何だか馬鹿らしく思えてきた。




だから、



「―――――――分かった。俺はウェルクを信じよう。」


なんの躊躇いも無く、そんな事を言えたのだろう。












順調に第三話まで改定できました。

この調子まで最後まで行きたいと思います。改定作業は結構楽しいです。^^

当然投稿した奴を読み返したりするのですが、誤字や修正漏れがあったりで、恥ずかしい思いをしていますww


さて時間的に、今日はこれで終わりですね。

それではまた明日。


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