Ⅸ:月の砂漠
・禁則事項Ⅰ……擬態法使用禁止
・禁則事項Ⅱ……擬人法(偽物表現も含む)使用禁止
・テーマ……砂漠
時は満ちた。
オセが今しがた入手した、人間の願望を聖餐杯に注ぎ込んだ瞬間、それは眩いばかりの光を放った。
彼の肩に乗っていた翡翠色した大鷹の姿をしたカルラも、オセと共にその光に呑み込まれた……。
気付くと二人は、何もない荒涼とした場所にいた。
「――砂漠……?」
そう先に言葉を口にしたカルラの声に、オセは我を疑った。
どちらか一方が鳥獣である呪いを受けているはずの二人が、人の姿で相まみえていたのだから。しかし、すぐにそれが本体ではない事に気付く。
それは幽星体であり、透けているが触れる事の出来る霊的肉体の事だ。
二人の幽星体がいる場所は、紛れもない砂漠だったが、地球のものとは明らかに異なっていた。今二人がいる場所はとても寒く、そこから青く輝く地球が見て取れたからだ。
「ここは――」
「ここは、地球と対なる天体、衛星、月」
オセの言葉と重なるようにして聞こえた別の声に、二人は驚愕しながら振り返る。その軽やかに澄み切った声主は、純白の翼を背にした一人の女だった。
その女――天使と呼ぶべきか――が胸元の中央で翳している両手の間には、宙に浮くようにして聖餐杯が存在している。
「私の名はガブリエル。四大天使の一人にして、この聖餐杯を守護する者」
「どうして私達は、こんな姿でここに?」
早速相手に口火を切ったのは、カルラの方だった。
「それはあなた方がそれぞれの主から、肉体に強烈な呪いをかけられている為、幽星体のみを私が支配するこの月に呼び出したのです。正確には、この杯の中身が一杯になった所で守護者である私が、あなた方に呼び出されたと言うべきでしょう。ご覧の様に月面は、何もない砂漠。私が支配している以上、何者にも邪魔はされません」
「我々は互いの主、バアルとヴィシュヌによって同じ姿で時を過ごせない、呪いを受けた」
「存じております。ソロモン七十二柱の魔神の一柱、序列五十七番の地獄の大総裁オセ。ヒンドゥー教守護神天竜八部衆もしく二十八部衆の一、カルラ。それぞれ宗派も立場も異なりながら、恋に落ちた存在。故にこの聖餐杯に縋ったのでしょう」
「我々は元の姿に戻りたいのだ!」
感情的なオセを前にしながらも、穏和に落ち着き払っているガブリエル。
「それは、ソロモン七十二柱の魔神として? それとも互いに愛し合える人の姿として?」
柔軟な口調のガブリエルからの問いに、オセの言葉が詰まる。そんな彼に、ガブリエルは続ける。
「この聖餐杯の本性を、ご存知でしょう。我が主神の御子と、その弟子ユダ、二人の杯が相合わさったもの。つまりこの杯は、犠牲と背徳の象徴なのです。この杯と最後に契約するのは、今現在の持ち主であるあなた方。各々の愛を犠牲にして本来の立場に帰依するか、もしくは主を裏切り互いが望む愛を取るか」
「二者択一と言う訳か」
そう忌々しげに吐き捨てるオセの横顔を、瞬きもせずに見詰めるカルラ。
「私は、あなたを取るわオセ。その為に呪いを受け続けたのだから。もしこの恋を犠牲にするのなら、今頃とっくに天に帰り、あなたと一緒にいはしない」
「カルラ……」
オセは彼女の頬に手を当てると、優しく口づけを交わす。
「――俺も同じ気持ちだ」
そんな二人を温かく見守っていたガブリエルは、二人の意見に静かに声を発する。
「では、主への裏切りとして、互いの愛を貫くのですね」
二人は抱き合ったままガブリエルを見詰めると、無言のまま一緒に首肯する。
「さすれば堕落追放となり、あなた方はその立場を失い、ただの人となりますよ。それでも構わないのですね?」
それに再び、同じ様に二人は首肯する。
「その愛の先には、あなた方が経験した事のない死が待ち受けていようとも?」
「当然だ。いずれ朽ち果てるのが、人間と言う生き物だ。それでも俺は、そんな人間を今ほど羨ましく、思う事はない」
オセの落ち着き払った威信ある答えに、ガブリエルは一層柔和で優しい微笑を湛えた。
「では望みなさい。この聖杯に。代価として各々の立場を捧げるのです」
ガブリエルはそうして杯を二人の前に差し出した。二人は共に杯に、手を翳す。
「望もう」
「私も共に、望みます」
すると二人の掌から、霧状のエネルギーが流れ出し、杯に注ぎ込まれた。
「契約は交わされました。ではこの杯の中身である、聖水を互いに飲み交わしなさい。次に目覚める時、その望みは果たされている事でしょう」
ガブリエルの口調は、何者をも穏やかにし不安感をも取り除くほどの、安らぎがあった。そっと丁重に杯を、オセに手渡す。
オセは杯を受け取ると、言われるがままカルラと共に中身を半々ずつ、飲み干した。
すると、それまで契約してきた者達の喜怒哀楽が一気に二人の幽星体を貫くように、駆け巡った。二人はそれに苦痛し悶絶しながら、共に手を取り合うとまるで息絶えるかの如く、気を失った。
「この愛し合う二人に、幸あらん事を」
ガブリエルは優しく囁くと、その背にある純白の翼を大きく広げた。
今回のテーマ「砂漠」が希薄なのは重々承知していますが、これが精一杯でした…illorzilli
もう一つ、尤もらしい作品を書いてそっちの方がテーマに忠実でしたが、勿体なくて(文字数制限内で収めるのが)、次の新企画向けに回させてもらいました。
何はともあれ、今回のお粗末さは自覚の上です。
ここまで拙作を読んで頂いて感謝とお詫びを申し上げます<(_ _)>