Ⅶ:99%のネタと1%の実行
テーマ……歓喜。
禁止事項……心理描写禁止。
満杯の来場客を前にした舞台に、二人の男が立っていた。
「なぁ、この歌知ってる?」
そう訊ねた男は、何故か人形を抱いている原竹だった。
「うん? どんな?」
そう逆に訊ねた男は、普通に何も持たない上枝だった。
「何でも喜ばしい時とかに、よく歌われるらしいんだけどな」
「日本語?」
「いや、多分英語」
「あー! 残念。俺英語苦手だし、洋楽も好きじゃないから恐らく知らねーわ」
そう答えた上枝に、オーバーなまでに原竹はリアクションした。
「ええ! 知らないの!? こんな有名な歌を!」
「こんなってどんなだよ。歌ってみろ。そしたらひょっとすれば俺も知ってるかもしれないからさ」
「えー? 歌うの? お前なんかの為に? 勿体ない」
原竹が流れに逆らうのを、上枝が滞りなく言い放った。
「じゃあ何だ! 今までの前振りは何だったんだ! 歌って聞かせる気がねぇなら、今の部分要らなくね!?」
それに対して原竹は目を瞬かせるや、すっ呆けた様に真面目な口調で答える。
「いや、いるよ。だって歌う気だったから」
「結局歌うならいいじゃねぇか別に! そんなさっきみたいに嫌がらなくてもよ!」
喚き散らす上枝に、原竹は煩わしそうに受け流す。
「分ーかったから! そんな耳元でアンアン喘ぐな」
「誰が喘ぐか。それを言うならキャンキャン騒ぐなだろ。お前には俺の不服申し立てがエロく聞こえたのか」
「じゃあ歌います」
「無視かよ!」
そうして上枝のツッコミをスルーして、原竹は改まって咽喉を慣らし背過ぎを伸ばした。
「ハーゲるや! 禿げるや、禿げるや、禿ーげるや、禿げぇ~るやぁ~♪」
「それ“ハレルヤ”じゃねぇか! 何自分が禿げたからって有名な宗教音楽を歪曲してんだ!」
そう喚くと上枝は容赦ないツッコミを入れる為に、原竹のスキンヘッドに平手を振り下ろした。
バチイィーーン!
「――ぅわ! 何だこれ! お前このツルッパゲ頭に何か塗ったか!? 手が貼り付いたぞオイ!」
上枝は彼のスキンヘッドに貼り付いた自分の掌を剥がす為に、原竹の肩を支点にして彼を突き飛ばす形でその頭から手を離す。そんな彼に、原竹は客席の様子を伺う。
「いいでしょ、これ。笑いが滑らない様に頭に塗った、滑り止め剤」
「いや、ちっとも良くねぇよ! どうせ頭に塗るなら育毛剤を塗れ!」
二人の遣り取りに、会場の客から一斉にドッと笑いが沸く。そんな客の反応を後目に、原竹は続けた。
「せっかくこっちの人形に俺の断髪したのを植毛したんだから、ツッコムならこの人形の頭にしてよ」
「そういう問題か!? 自分にじゃなくて人形に植毛って、そこんとこどうよ!?」
すると抱えている人形の髪を撫でながら、突如原竹は語りだした。
「だってさ~。俺、生涯禿げ頭になるのを代価にして、いつも客の笑いを取れる様に契約したから、その前に形見としてこの人形にまだフサフサだった髪を切って、植毛したからさ」
そんな彼に、上枝は一瞬絶句してから、裏返った声を張り上げる。
「ハァ!? ケーヤク!? お前野球のドラフトじゃねぇんだぞ? このお笑い業界! で? どこの誰と契約したんだよ」
「それが分からないんだよ。たまたま夜通りかかった道にあった、便利屋の店に美人なネエちゃんがいてさぁ。どんな願いでも叶えますって言うから、さっき言った様に頼んだら叶っちゃったんだ。けど昼間になってもう一度確認したくて、その店を探してもどこだったか分からなくて見つけきれなくてよぉ。何せベロベロに酔ってたし」
言うと原竹は、舌を出してベロベロして見せる。
「汚ぇから! つか、いきなりアドリブ入れるなよ! 何だその話、今ここで初めて聞いたぞ俺! だからか!? 一週間前からいきなりスキンヘッドになったのは!」
上枝は彼の突然のアドリブに、必死に舞台を進行させようとしている。そんな彼の様子を他所に、原竹は首肯した。
「うん。でも後で気付いてさ。“しまった。ツルッパゲにしたら、ツッコミ担当のお前が俺の頭をはたいた時、ツルリと滑ってしまう”って。そこで慌ててさっき楽屋で頭に滑り止めクリームを――」
「だから根本的に、そこが間違ってるって言ってんだよ!」
バシイィーー!
そうして上枝が振り下ろしたツッコミの手は、咄嗟に原竹が頭上に持ち上げた人形の頭にクリーンヒットした。
しかし悲しいかな、その勢いで人形の頭がポロリともげてしまった。場内は喚声と爆笑の渦で大賑わいである。その度に、改めて便利屋と契約した原竹は客の歓喜を全身の笑いで、手繰り上げていった。
しかし、原竹がTVを通して大々的に便利屋の店を宣伝したところで、常時店の場所が変わっているのでその効果も皆無である。
そんな事も露知らず、今日も原竹は相方の上枝と共に人気を博し、鰻上りの売れっ子芸人として客からの歓喜は、尽きる事はなかった。