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Ⅵ:不滅なる聖餐杯との契約

*テーマ……不安


・禁止事項①……名前の記載禁止

・禁止事項②……!と?の使用禁止

・禁止事項③……会話文の使用禁止




 聖杯というと、有名なのが神の子とされる人物が最後の晩餐で、己の血と見立てて葡萄酒を注いだ杯。

 そしてまた、彼が磔刑になった際その死を確認する為に、兵士がロンギヌスの槍で突いた事で流れ出した、その鮮血を注がれた杯としてと、存在に関する話題は拡散し曖昧にさせている、聖遺物だ。

 それでも揺ぎ無い、確固たる存在とされている聖杯。余りにもこちらの情報が有名過ぎて、知られてはいないがこの聖餐杯には対なる杯が存在する。

 それは、『ユダの杯』。又の名を、『裏切りの杯』。

 今でこそ彼は神として崇め祀られ、一方は悪として蔑まされている。

 だが、二人は一番身近な存在であり、対照的な性格の持ち主だったからこそ、互いに足りないものを埋め合える、一番の親友でもあった。

 故に、十二人の使徒の中でも一番特別扱いされていて、誰よりも真理を授かっていた。その関係はもう、主従の間柄を超えていた。

 神の存在を信じ続け、それを証明する為に彼は自らを“ユダヤの王”、それでいて“神の子”だと顕示した。

 これを当時、偽証罪で神を冒涜する冤罪として、周囲のローマ人達を激怒させる。

 一方、その親友は誇示的な彼を全力で守りたくて、一つの賭けに出た。

 その行為は今でこそ、裏切りとして名を轟かせているがこれは友から、彼に向けての最後の忠告だった。

 ――神などこの世にいないんだ――

 それを証明する為に。

 漠然とした曖昧でしかない、不安定な存在の神と言うものからその使徒は彼に気付かせ、救おうとしたのだ。このままでは、身を滅ぼしかねない彼を。

 その事を彼は知っていた。気付いていたと言うべきか。真の友だからこそ分かり合える、相手の思惑。行動。顔を見れば何を考えているのか、分かる事は皆にもあるだろう。

 鶏が三度鳴くまでに、自分を役人に突き出すだろうと。

 彼が使徒である親友に告げた言葉だったが、それは二人の仲だからこそ知り得た、相手の行動力。

 自分を神の幻影から救出したいと切願する余り、その神たる存在を自分の中から抹消せんとして、己の目を覚めさせる為に役人もしくはローマ兵を、利用するだろうと。

 これは最後のお互い二人が親友として向かい合った、それぞれの賭けだったのだ。


 神はいる。いざとなればこの御子である自分を、救出する為に姿を現す。


 不安定でしかない存在の為に、命の危険を晒してからでは遅過ぎる。


 ……結果。

 神は御子と主張する彼を救出するどころか、姿も見せなかった。賭けは、彼の負けだったが、親友はこの危険な賭けで勝っても全く、嬉しくなどなかった。

 彼が最後の死する瞬間に残した叫びは、親友の耳から脳に刻まれて離れない。

 初めて彼が神の存在に裏切られた、強烈な意味を込めた言葉。

 父よ。何故貴方は息子の私を見捨てるのですかと、叫喚しながら絶望のままに死んでいった彼。

 ただ友を守りたかった。

 それだけの理由だった。

 金など欲しくもなかった。

 その手の中にある30枚の銀貨は、役人が勝手に懸賞金だと押し付けた物だ。

 神の無を証明した代わりに、それを伝えるべき大切な親友を失ったのだ。

 相反する程仲が良い事もある。磔刑で相手を亡くした彼は、貰った銀貨を川へ投げ捨てると絶望の余り、絞首自殺を図った。

 裏切りとは何か。

 使徒の裏切りは、そこで彼の為に生き延びようとせず自殺して、自ら命を絶った事こそが、真の裏切りになったともされている――。




 ――今目前にあるのは、その当時使用された聖餐杯だ。

 神はいないと唱え続けた彼も、皮肉ながらそれに近い存在として蔑まれるようになった。聖と邪。善と悪。神と魔。

 その杯の前には、その称号を持つ種族の男女が佇んでいる。正確には、一人と一匹と言うべきだろうか。

 だがその杯は、嘗ての御子の物でもなければ裏切り者の物でもない。

 自殺する前の彼が、それぞれの杯を真っ二つにして片方ずつを、併せ直した代物だった。

 それを“不滅なる聖餐杯”と命名して、彼は首を吊って死んだ。つまり、聖と邪の両方が契約できる杯。

 真珠色の髪をした女と赤毛の豹は、その杯に数滴ずつ己の血を滴らせる。互いの血が杯の中で交わる。

 その様子を不安そうに見守る女。彼女は、十字架と吊り輪のロープが垂れ下がっている間に挟まれる様にして、三段の石碑の上に恐る恐る置いた。

 少し待つと、夜が明けて太陽の光が杯に差し込む。するとその中のそれぞれの血が、杯の底に染み込んだかと思うとそのまま吸収された。

 夜が明けたので女は翡翠色の大鷹に、赤毛の豹は黒髪でオッドアイの男に姿が変わっていた。

 こうして聖餐杯との契約を交わすと、それを男が手に取った。後に、二人が昼夜問わず導き来る客から、代価をその杯に契約させてゆく事になる。この杯が並々一杯となり、溢れ出すまで。

 その“不滅なる聖餐杯”と同等の価値になるまでの、契約物をその度に注ぎ込む。

 それが一体どれくらい必要なのか。いつまでそうせねばならないのかは、二人にも分からない。

 複雑な不安を胸中に、男は朝日に向けてその杯を、掲げて見せた……。



                【El contrato con un cáliz inmortal】

 

 この手の話は、名前記載でなければ知らない人は、意味不明だね(汗。





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