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the final :そして行方は

・禁則事項……手抜き禁止


・テーマ……幸福





 ――十四年後――


「オセ! オセ!」

 階下から母親に呼ばれて、一人の少年が煩わしそうに下りてくる。

「何」

 ぶっきら棒に返事する、黒髪の少年。そんな息子へ振り返る事無く、母親はキッチンで機敏な動きをしながら、話しかける。

「昨日お母さん、話したでしょ。ほら、夕食の時に。お隣さんが引っ越して来たって話。それでパイを焼いたのよ。持ってってくれない?」

「母さんが持ってけばいいだろう」

 数段上の階段から、手すりに両腕を置いて面倒そうに少年はぼやく。

「お母さん、昨日挨拶してるのよ。その時にね、あなたと同じ年頃の娘さんがいたの。大人しくて礼儀のいい、上品なとても綺麗な子よ」

「ふーん。でもこんな俺が行ったら、返って怯えるかも知れないじゃないか。何せ初めて顔合わせるんだし」

「それがね、オセニアス。その娘さんもあなたと同じらしいのよ。だから同じ症状を持つあなたに頼むのよ。オセ」

「……」

 オセニアスと呼ばれた少年は、それを聞いて興味を抱いたらしく、完全に階段から下りるとキッチンに歩み寄る。

「じゃあ、これ。……優しく声をかけてあげてね」

 母親は、アルミホイルを被せてあるレンジ用の皿を入れたバスケットを手渡すと、言い聞かせるように笑顔で息子の双眸を見詰めた。

 バスケットを受け取った彼は、外に出ると表の庭を抜け、柵の扉を開ける。

 そして住宅地を通る道路の歩道を、左手の隣家に向けて歩き出す。歩道と車道を隔てる街路樹は、葉っぱが色づき秋の気配を醸し出していた。

 数歩も歩けば辿り着く隣家には、敷地を囲う柵はなく青々と敷き詰められた芝生に、玄関に向けて煉瓦造りの小道が一本。それに沿って玄関に向かうと、呼び鈴を押した。

 暫く待つと、二重になっているドアの奥の扉がゆっくりと開き、一人の少女がそっと顔を覗かせた。しかし一瞥しただけで、すぐに伏せ目がちになる視線。そんな彼女の顔を見ただけで、オセニアスはすぐに心境が読み取れる気がした。

 自分も今まで周囲に同じ扱いを受けてきただけに、彼女を怖気させないよう柔和な口調で声をかける。

「やぁ、あの。隣に住んでるんだけど、これ。母さんがここに持ってけって」

「……なぁに?」

 か細く発せられたその声は、鳥の鳴き声の様に心地よく感じた。いつもは素っ気無い性格の彼だったが、今回は不思議と自然な振る舞いが出来た。本来は無愛想な顔に、ぎこちないながらも笑顔が浮かぶ。

「パイだよ。俺の母さんが焼いた。凄く美味いんだ。だからその、良かったら君も」

 彼女は少し、戸惑っているようだったが受け取らない訳にもいかないので、恐る恐る外に出てくる。その姿に改めて彼は息を呑んだ。

 透き通るように白い肌。真珠色した美しいミディアムロングの髪。何よりも、髪と肌の色とは一際目立って引き付けられる、黄金の瞳。

 住宅のドアの外にもう一つあるストームドアを開けると、少年の手からぎこちなさそうにバスケットを受け取る少女。

「ありがと。頂くわ」

「ほら。俺の目を見て」

 直後に、彼は二本指を自分の目に指し示しながら、少女に言った。

 その言葉に怪訝そうな表情で、言われたとおり渋々視線を上げた少女は、そこで初めて気付いたように驚愕の表情を見せる。

 少年、オセニアスの双眸は、青緑と紫のオッドアイだった。

「君、アルビノなんだろう? 俺の片目もさ、その影響を受けてるんだ。一緒だ」

「……ホントね。私以外にアルビノの人に会ったのは、あなたが初めてよ」

 アルビノとは、生まれつきメラニンの欠乏により体毛や皮膚は白く、劣性遺伝や突然変異によって発生する。代表として有名なのは白ウサギだ。

 この場合、耳のてっぺんから足の爪先までその影響を受けている為、虹彩も無色半透明となり眼底の血液の色が透け、赤眼になる。

 しかしオセニアスの場合は、片目の虹彩に少しだけその影響を受けて、本来の碧眼の色素と血液の色が混合されて、紫色になっていた。以って彼女の場合は、どうやら全身の色素がないらしい。

 アルビノの目の色は幾つかに分かれていて、無色・淡青色・淡褐色などがある。無色半透明は赤眼。淡青色半透明が紫眼。

 そして彼女の場合は淡褐色になるのだが、本来の琥珀色(アンバー)の名残と全身の白さから目立って、光の度合いで黄金色に見せていた。

 彼は改めて、自己紹介をする。

「俺、オセって言うんだ。オセニアス」

 すると彼女も少しはにかみながら、自己紹介で返す。

「私はカルレシアよ」

「カルレシア、愛称は?」

「……カルラ」

「素敵だな。カルラ。よろしく。仲良くしよう」

 一見口説き文句に聞こえるオセニアスの言葉に、戸惑い恥じらいを見せる彼女に、オセニアスは慌てて付け加える。

「ああ、勿論、隣人同士として」

 するとカルレシアが、突然クスクス笑い出した。

「ごめんなさい。でも、なぜだかあなたとは初めて会った気がしないわ。ひょっとして、あの子のせいかしら」

「え?」

 すると足元を何かがすり抜けたような感触に、ふと見下ろすとそこには少年と同じ色のオッドアイをした赤虎毛の猫が、散歩から帰宅したところだった。

 ニャンと鳴いて、そのまま室内に入ってゆく。

「偶然にも、あの子の名前もオセなの。私が名付けたのよ」

「そいつはいい。ネーミングセンスがいいね」

「あなたのお母様もね」

 そうしてふと見詰め合うと、弾けた様に二人して愉快気に笑い出した。恰も、ずっと前から知り合いだったように。

「パイ、ありがとうと伝えて。今度うちから、マフィンを持っていくわ」

「マフィン? 君の手作り?」

「そうした方が?」

「君の手作りを食べられるなら」

「OK。そうするわ」

 会話も尽きたところで、少し名残惜しさが胸に去来する。オセニアスは手持ち無沙汰になった両手をブラブラさせてから、前方でそれを捉えて組み合わせると言った。

「それじゃあ、また、その時に」

 数歩下がって片手を上げる。それに応えてカルレシアも片手を上げて指を動かす。

「ええ。じゃあ、またね。……オセ」

「ああ。――カルラ」

 二人は心の底で芽生えた、まだ小さな淡い膨らみに密かな期待を寄せながら、一旦その場で別れた。


 惹かれ合う若いときめき。生まれながらに繋がっている赤い糸。

 激しい炎の熱を帯び、運命の元に出会うべくして出会った、誓い交わされし秘めた約束。

 それが絡み合うのは、そう遠くない未来。




【El contrato con un cáliz inmortal】――end――




 『創作五枚会』企画終了に合わせて、本作もこれにて完結致します。

 今までお付き合いくださった方々に、深い感謝を。

 そして企画参加者の皆々様、大変お疲れ様でした!

 企画を通して、いくつもの欠点に気付かされそしてまた、たくさんの知識を得られたと思います。

 まだまだ未熟さは拭えませんが、日々精進の意味でも素敵な体験をさせていただき、企画発案者の無言ダンテさんに、改めて心よりお礼申し上げます。本当に素晴らしい勉強になりました。

 読者並びに参加者様、本当に有り難う御座いました!

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