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第16話 ドラゴンの素材を売り払おう

 ソロモンよ、私は帰ってきた!

 ……ソロモンちゃうけどね。


「そういえば、この街の名前って……?」


 豚ダンジョンの街から帰ってきたけど、街の名前が分からないことに今更気付いたわ。

 マックスと初めて出会って、そのまま案内された街。

 アタシがこの世界に来て最初に訪れた街。

 そして今回、豚ダンジョンへ行くために初めて街の外へ出た。

 豚ダンジョンを囲む街があって、初めて「他の街」を訪れた。


「あれ? 言わなかったか?」


「聞いた覚えがないわね」


「ハンバーゲスト・フロム・ミンチスキー伯爵ってのが領主で。

 領地の名前が伯爵のファミリーネームでもあるミンチスキー。

 領主のファミリーネームはすべて領地の名前と同じなんだ。ちなみにミドルネームが『フロム』の貴族は古参で、『バイ』の貴族は新興貴族だ。まあ平民には古かろうが新しかろうが関係ないけどな。

 で、ここがその領都でミートピアだ」


 指折り数えるように言うマックス。

 アタシは吹き出しそうになるのを我慢した。


「ハンバーゲスト・フロム・ミンチスキー伯爵……ね。

 お……覚えておくわ……なるべく。

 ……たぶん忘れないでしょうけど……」


 もはや突っ込んだら負けでしょうね。

 狙ってるとしか思えない名前だわ。

 もしかしてアタシと同じ転移者なのかしら? いえ、古参貴族という話だから、祖先が? 当代のハンバーゲスト伯爵は末裔かしら?


「……そしてどうやらドラゴンの扱いが決まったみたいね」


 街へ入る直前に、門の外で騎士団に囲まれるドラゴンの死体。

 もはや名物といってもいい光景だが、今日ここにドラゴンを取り囲む職人風の人たちが加わっていた。



 ◇



 冒険者ギルドに顔を出すと、支部長室へ連れて行かれた。

 支部長の顔は複雑だ。


「商人ギルドと職人ギルドと錬金術師ギルドの支部長を呼んでくれ」


 支部長が支部長補佐に指示を出すと、支部長補佐は厳しい表情で一礼して出ていった。


「すまんな。しばらく待ってくれ」


 それから15分ほどで、3人の支部長がやってきた。

 1人は平然として、1人はにこやかで、1人は青ざめていた。


「申し訳ありませんでした!」


 青ざめている人が、ガバっと土下座した。

 アタシたちは顔を見合わせた。


「何が?」


 きょとんとして尋ねたマックスの言葉を、相手は「怒っている」と感じたのか、ビクッとして震えだした。

 しかし縮み上がっているせいで、言葉が出てこない。

 彼がアタシたちに対して、なにか不利益なことをしたらしいとは分かるのだけど。

 アタシたちとしては、わけが分からず、掛ける言葉も見つからない状態だ。


「……話にならんから俺から説明しよう。いいかね?」


 冒険者ギルドの支部長が言った。


「お願いするわ」


「ドラゴンの素材のことだ。うちの支部長補佐が買い取ろうとしたのを、騎士団が待ったをかけて、そのままだったな?

 伯爵様は剥製にするから丸ごと買い取ると言われた。ところが、商人ギルドがそれに待ったをかけた。剥製に肉は必要ないからな。捨てる部分なら買い取りたいと。

 それ自体はいいんだが、問題は『剥製にするための解体』と『食用にするための解体』では方法がぜんぜん違うということだ。食中毒への対策として、食用にする場合は解体に厳しい衛生管理が求められる」


「街の中に運べないのに、無理じゃないかしら?」


 野ざらしで解体したら、どんな「汚れ」がつくが分からない。

 しかも食用に適するのは、死後2時間以内。適切に冷却すれば時間は延びるけど、あのクジラのような巨体を深部まで適切に冷やすなんて無理よね。


「その通りだ。

 現実的には、運べる大きさまで切り分けてから、その切り分けた部位ごとに表面は捨てて中を食用にするという方法しかない。

 しかし剥製にするには、皮をできるだけ傷つけないように剥がす必要がある。切り分けるなんてのは、もってのほかなんだ。

 それで伯爵様と商人ギルドが対立してな……言い合っている間に、食用に使える時間を過ぎてしまった。つまり食肉としては全部パーだ」


「なんてことだ……」


 マックスが愕然とする。


「あら? マックスがそんな顔するなんて、ドラゴンの肉って高いの?」


「高いし、美味しい。

 ステーキ1枚で金貨が動く代物だ」


 金貨は1枚で10~30万円ほどの価値がある。

 なるほど、高級食材なのね。

 あの巨体から取れる肉の量を考えると、億単位の損失ということになるわ。


「金貨数百枚から数千枚の損ってことね」


 アタシたちの今の資産からすると、年収400万円のサラリーマンが100万円ぐらい損した感じね。買ったばかりの新車が全損して廃車確定って感じだわ。

 なるほど、これは確かにショックね。


「それで、他のお二人はどういう関係なのかしら?」


 この場に呼ばれたのだから、なにか関係があるのだろう。

 そっちを聞いてからでないと、商人ギルドに対する態度も決まらない。

 つまり、全損した新車に保険が降りるのかどうかだ。


「儂から言おう」


 平然としている人が言った。


「お初にお目にかかる。儂は職人ギルドの支部長じゃ。

 お二方は冒険者じゃから、弓に関する知識はあるじゃろ? 動物の腱を使った弓があるのを知っておるか?」


「ええ。アタシたちは使わないけど、そういうのが『ある』とは知ってるわよ。

 ……ああ、ドラゴンの腱でも作れるのね?」


「うむ。そこらの動物の素材とは比べ物にならぬ強力な弓が作れるぞい。

 つまりバネとして優秀というわけで、高級馬車の足回りやら、ソファーやベッドの素材など、使い道はいろいろとある。

 腱以外にも色々と使い道はあるんじゃが、全体的には『新鮮なうちに加工して、乾燥させて完成する』という手順で共通しておる。鮮度が落ちると仕上がりが悪くなるんじゃよ」


 仕上がりが悪くなる、と言いながら、土下座したままの商人ギルド支部長を見る。

 つまり「こいつが騒いだせいで」ということね。

 職人ギルドとしては、剥製用の解体から得られる素材で十分だったわけか。


「少し品質は悪くなるけど、なんとか売れないことはない……といった感じかしらね?」


「まあ、そういうことじゃ。傷物を売るような事になって、職人としては忸怩たる思いがあるがの。

 これに関しては、商人ギルドでまとめて買い取ってもらうことにした。お二方への素材の売却益はすぐに支払われる。作ったものが商品として売れるかどうかは、商人ギルドの腕前次第じゃ。お二方にとっても儂らにとっても、もはや関知せぬことじゃよ」


「了解したわ。

 商人ギルドの大ポカを、職人ギルドがある程度までカバーしてくれたということね。

 そういうわけだから、マックス、そろそろ立ち直りなさい。まるまる損失じゃあなくなったわ」


「ぐすん……わかった」


「それで、最後の1人は?」


 にこにこ顔の人が、揉み手をしながら一礼してきた。


「錬金術師ギルドの支部長でございます。

 わたくしどもでは血液を買い取りました。剥製にせよ食用にせよ、まず血抜きは最優先。ですから今回の騒動に影響は受けておりませんで、むしろどう解体するか決まらないために『血だけ抜く』という、巨大な魔物では滅多にないことを致しまして、はい」


 滅多にないこと、と言いながら、ますます笑みを深める支部長。

 嬉しくてたまらないという様子ね。


「解体しながらの放血じゃあなくて、血抜きだけ独立した工程でやったから、損失が少なかったということ?」


「まさに! おっしゃる通りで。

 しかも新鮮なうちに得られましたので、大量のポーション素材が手に入りました。やはりドラゴンの血となると、ポーションに加工しましても強力なものに仕上がりますので……うふふふふ……それはもうガッポリと。お支払いのほうも精一杯勉強させていただきました」


 とうとう笑い出したわね。

 もはやトリップしてるわ。


「錬金術師ギルドではプラスに振れたと……。

 総合的には、トントンかしら?」


 冒険者ギルドの支部長へ視線を向けると、複雑な表情のまま頷かれた。

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