第10話 空を飛ぼう
「さあ、豚ダンジョンへ出発だ!」
マックスが張り切っている。
「張り切ってるわね」
「豚ダンジョンの豚肉といったら、美味しいで有名だからな。
ダンジョンで取れた肉をすぐに解体・調理して売っている店もたくさんある。ダンジョンに挑まなくても、食べるためだけに訪れる人がたくさん居るほどだぞ」
「あら、それは楽しみだわ」
資金には余裕があるし、食べ歩きもいいかしらね。
食べ歩きで味付けを学んで、ダンジョンで肉を仕入れて、あとで再現レシピに挑戦してみるってのも悪くないかも。
まあアタシの料理スキルじゃあ「なんか違う味」になるのは確定だけど、再現レシピってのは完成形を知っている状態だから、ゼロから作る創作料理と違って、極端に不味くなる心配はないわ。
「それじゃあ豚ダンジョンに向かって出発だ」
「あ、待って」
「何だ?」
出鼻をくじかれて怪訝そうなマックス。
しかしアタシを振り返ると、その表情は驚きに変わった。
「ルナに乗っていきましょう」
アタシはルナに魔力を返して、ルナをもとの大きさに戻していた。
従魔契約のときに魔力の大半を奪ってしまったせいで、普段のルナは猫サイズ。しかし奪った魔力を返すと、ルナはもとの大きさに近づく。
そしてもとの大きさというのは、クジラのように巨大。アタシたちを乗せても余裕で飛べる。
「あの……その……お任せください」
ルナの魔力を奪ったせいで、アタシにもルナの魔法が使えるようになった。
ルナの魔法は風魔法。その中には空を飛ぶ魔法もあるけど、飛ぶにはちょっとコツが必要みたいでアタシはまだうまく飛べない。
風をうまく掴めなくてバランスを崩してしまうから、落ちたりひっくり返ったりするのよね。まあ、バランスの問題なんだから、自転車みたいに「乗れるようになってしまえば簡単」という事になるんじゃあないかしら。練習のあるのみね。
「いいのか!?」
マックスが大喜びした。
それはもう大喜びだ。目がキラキラである。
「そんなに嬉しいの?」
「当然だ! 私は竜人だからな! ドラゴンの因子を持っていると言っただろう?
ドラゴンといえば空を飛ぶもの! 私だっていつかは空を飛びたいと思っていた!」
「竜人って、自分では飛べないの?」
「極端に風魔法が得意な奴なら、けっこうな距離を飛べることがある。
しかし基本的には大ジャンプがせいぜいで、とても『飛ぶ』のは無理だ。
それに私は土魔法だしな」
「そうなの? 土魔法でも……あら? アタシにも少し土魔法が使えるようになってるわね」
ルナの風魔法をコピーしたときのように、アタシの中に土魔法があることに気づいた。
ルナの風魔法と比べれば、ほんの少しだから、気づかなかったわ。
これ、たぶんマックスと寝たせいよね?
「うん? あっ、本当だ。私にもわずかに風魔法が……。
でも、この弱さでは飛べないな」
少し落ち込んだあと、マックスは何かに気づいてニヤリと笑った。
そして肉食獣が獲物を見つけたような顔でアタシを見た。
1回でコレなら、複数回なら……とか思ってるのが丸わかりね。
「落ち着きなさい。土魔法でも飛べるわよ。
しかも風魔法で飛ぶより簡単ね」
「はァ?」
意味がわからないという顔をするマックス。
アタシは地面から小石をひとつ拾った。
「重力って知っている?」
「物が落ちる力のことだろ?」
「そうね。それはどこから発生しているのかしら?」
「万物は火・水・土・風・光・闇の6つの元素で構成される。
それぞれの元素には、あるべき自然な場所があり、そこへ戻ろうとする。
固形物が固形物たるためには土の元素が必要で、土の元素のあるべき自然な場所は世界の中心。それは地下の最も深いところだ」
内容が中世の自然哲学だわ。
現代的な科学じゃあないわね。
けど魔法がある世界では、むしろ自然哲学のほうが「正しい」のかも。巨視的には矛盾していないわけだし。
「つまり物体に含まれる土の元素それ自体が『下へ行こう』とする力を持っているというわけね?」
「そうだ」
「土の元素って、土魔法で操るものじゃないの?」
「……そうだ」
「土の元素の『あるべき場所へ行こうとする力』って、つまり土の元素が持つ力なんだから、土魔法で操れるんじゃあないの?」
「……そう……だな……? そう言われると……確かに……」
「つまり、こういう事をすればいいわけね」
空中に磁石を置くようなイメージで、磁力ではなく重力を発生させる。
すると小石がふわりと浮いた。
より正確に言うなら「空中に向かって落ちた」わけね。
「な……っ!?」
「重たい物体を浮かせるには強い魔法が必要だわ。
アタシの中にある土魔法では、こんな小石が精一杯ね」
これでも風魔法と併用すれば、空中での姿勢が安定するかもしれないわ。
今度ためしてみましょ。
「エノキ! その魔法教えてくれ!」
がしっ!
胸ぐらを掴んでガクガク振り回された。
「ちょっ……待……首が……! あばっ……あばばばばば……!」
マックスったら、必死すぎよ。
でも出発前で良かったと思うべきかしら。
到着後、それも食べ歩きの後でやられたら、全部吐くわね。
「……あの……その……そろそろ行きませんか?」
アタシたちが乗るのをずーっと待ってるルナが言った。
駅前の客待ちタクシーみたいな哀愁ただよう背中だわね。
もうちょっと強めにルナを止めてくれてもいいのよ?




