08.王宮主催の夜会の始まり
さすがに今日は王宮主催の夜会だから、気合は入っているのよね。お姉様もわたしも今日のために新しくドレスを誂えた。
お姉様は鮮やかなブルーでわたしはエメラルドグリーン。わたし達はどうも寒色系の色のほうが好みらしく、いつも同じような色を選んでしまうのだけど。
ちょっとヒロインやお花畑な妹と思えない色のチョイスな気がするけど、好きな色のほうがテンション上がるんだからしょうがない。
そういえば、漫画では白黒だったから、お姉様とヴィンス様が出会った時のドレスの色とか分からないのよね。100%漫画を再現しなくても大丈夫だと思うんだけど。
そう思いながらニールを見ると、昔の悪戯小僧の雰囲気は消え、落ち着いた雰囲気だ。髪の毛も赤色の強いくせ毛から、緩やかなウェーブに代わっていて、それを右側で緩く束ねて胸のほうに垂らしている。
「じろじろ見るなよ」
「ごめんなさい。久しぶりだから。それに、変わったなって思って」
「変わったのは、お前だって同じだろ」
何をもって変わったというのか良く分からないけれど、わたしとしては前世の記憶のせいですごく変わったと思う。お姉様のものをなんでも欲しがって、わがままばかり言って迷惑を考えなかったわたしは、もうどこにも居ない。
でも、これから行く夜会では、わたしが変わった事なんて知る由もなく、わたしはきっと悪し様に言われるだろう。それは過去にわたしがしてきたことの清算なのだから仕方ない。
馬車の窓から移り変わる街並みを見ながら、そんな事を思っていた。
王宮に着き馬車から降りると、すぐにリントン子爵夫妻とニールにお礼を言って、お姉様たちと合流した。
パートナーの意味があるのかよ、とニールに言われたけど、今日はお姉様の大事な日。のんびりニールと踊ったりしていられないのよ。
そう思うのに、お父様が「パートナーとダンスを1曲は踊りなさい。ニール君に失礼だろう」と言われてしまい、仕方なくニールと1曲踊る事になった。
「お前、ちゃんと踊れんのかよ?」
「失礼ね。これでもダンスはちゃんと練習して、問題ないわよ」
「そうかぁ? お前、わがままばっかり言って、ローズさんにだって迷惑かけてばかりだったんだろ? どこに練習する時間あったんだよ」
「ダンスの練習をする時間くらい余裕であったわよ」
「確かに、思ったより踊れてるな」
「思ったよりって、失礼ね」
ダンスの最中、けんか腰の会話をしながらステップを踏む。
デビュタントに憧れていたから、ダンスの練習は去年すごく頑張ったのよ。今年は相手が居なかったけど、おさらいで家庭教師相手に練習したもの。ものすごく上手、とまではいかないけど、それなりに踊れるのよね。
ダンスは日本では馴染みがなかったから、前世の記憶を早々に思い出していたら、あまり上手く踊れなかったかも。だって、ダンスってパートナーと密着する事があるでしょう。日本人の感覚からしたら、恥ずかしくなってしまうもの。
今は慣れたもので、ダンスとはこういうものって思っているから、ニールとくっ付いていても全然気にならないのよね。
ダンスが終わって、互いに礼をした後、お父様たちが居る所まで戻った。
「踊ってきたわ。ところで、お姉様は?」
「いきなりだな。いい加減、姉離れをしなさい」
お姉様が居ないのに気づいて、お父様に問いかけたら、お父様に窘められてしまった。
その後、「何やら人酔いしたらしく、少し夜風に当たってくると言っていたぞ」と、教えてくれたけど。
もしかして、ヴィンス様との出会いのシーン!?
もしそうならいいけど、そうでないなら、どうして未婚の女性を1人で行かせるの⁉ お父様の馬鹿っ!
お姉様が気になって「わたし、様子を見てきます」と、勢いよく庭園へ向かった。ニールが待てよ、と言っているのが聞こえたけど、無視無視。
足早に歩いていると、人とぶつかってしまう。慌てて離れると、黒のタキシードを着た背の高い男性だった。その人の服に、わたしの白粉と口紅が付いてしまっている。
「すっ、すみませんっ」
「いや、特に問題ない」
振り向いて答えのは、わたしより頭1つ半は大きい、黒い髪が印象的な人だった。瞳も同じ黒色、鼻筋が通っていて整った顔立ち。前世日本人には馴染みのある色合いで、懐かしい印象を受けた。
「いえ、そうではなくて、その服にわたしのお化粧が……」
「化粧?」
「はい、あの……後ろに白粉と口紅が……」
「それは困ったな」
「すみません。パートナーの方にも失礼ですね」
わたしのようにパートナーが居ないから知り合いに頼む場合もあるけど、基本的には夫婦や婚約者だろう。それなのに、他の女性の口紅なんかが、たとえ腕の所でも付いているのは気分のいいものではない。
かといって、こんな人が多いところで、相手の服を叩くなんて事はできないし、それくらいで口紅は取れない。
どうしようかと迷っていると、「少し付き合ってくれ」と言われて、手を取られる。
「はい?」
「控え室に着替えがある。そこまで一緒に来てくれ。丁度腕の所だから、エスコートしているように装えば気づく者は居ないだろう」
見知らぬ男性にエスコートされるのはちょっと……と思ったけど、わたしのせいだし、王宮主催の夜会に控え室を用意されるくらいなら、高位貴族だろう。下手に断っては、家にまで問題が及ぶかもしれない。
先に失礼をしたのは、わたしなのだから、きちんと責任を取らないと。
「分かりました」
わたしはそう答えた。