7
「エレン、それは本当か?」
「ええ、お父様。この話の出所は……語る事は出来ませんけど、言った事は事実ですわ。そして、先ほどわたくしは、アドルフ様を慕っていると勘違いされて、襲われましたわ」
「……っく!」
ここまで行ったらとどめだ。
襲われたと言っても未遂だし、ペイリー伯爵家のわがままな妹は社交界では評判になっている。今さら婚約者が出来なくなっても、お姉様とペイリー家が無事ならそれでいいわ。
アドルフ様は悔しそうな顔をしているけど、さすがにお父様の前で醜態を晒すことはないようだった。
「婚約者であるお姉様が同じ邸に居るのに……まるで、獣のようですわね。いえ、獣のほうがまだ『待て』が出来るだけましかしら?」
「このっ! お前のせいで!」
アドルフ様はわたしの安い挑発に乗って、手を振り上げた。
お父様はその手を取って、
「アドルフ君、君のご両親と話をする必要があるようだ」
「ちがっ、エレン嬢は誰かと勘違いしているんです! けれど、私としてもここまで言われて黙っている事は出来ません!」
「そうか、君にはエレンが勘違いしているように見えるんだね。でも、今のエレンの状態を見れば、君が何をしようとしていたのか分かってしまうよ。そして、私はエレンの、ローズの父として、君のした事を見逃すことが出来ないんだよ。それに、いくら何でも女性に手を挙げるのは、紳士のするべき行動ではないね」
「……」
思わぬ事態で話が急に進んでしまったわ。
半ば放心していると、お姉様が抱き付いてきた。
「お姉様?」
「エレン、ごめんなさい。あなたがアドルフ様の事で心配してくれていたのに、わたくしとしたら……」
「お姉様……お姉様が謝る事ではありませんわ。わたしも他に方法があったかもしれないのに、言いにくくて……」
「分かってるわ。『あなたの婚約者は浮気してますよ』なんて、気軽に言えるものではないもの。でも、わたくしのために、こんな危険な事は止めてちょうだい」
わたしがなかなか素直に頷かなかったら、抱きしめる力が強くなった。それに、お姉様の口から出るのは、わたしを心配してくれる言葉ばかり……今までわがままを言っていたのが、今日このために言っていたと勘違いされてしまった。
でも、いいかな? 嫌われるよりずっといい。もうお姉様のものを欲しがったりわがままを言わないから、お姉様の言葉に頷いてしまってもいい?
「はい、……お姉様」
「良かったわ、エレン……」
お姉様の涙が、わたしの頬を濡らした。
あれだけ、お姉様のものを欲しがり、わがままを言った妹に対して、これほどの愛情を持ってくれるなんて……そう思うとありがたくて、わたしもお姉様に抱き付いて泣いてしまった。
あれから、お姉様とアドルフ様の婚約は、アドルフ様有責で解消された。
もともと、うちが婿入りできる人物を探していたところに、侯爵家が次男の未来を考えて話を打診してきたものだった。
しかも、サザーランド侯爵家は最近下火で、ペイリー家は格下の伯爵家でも裕福な方……要するに、ペイリー家がサザーランド侯爵家に融資という形でかなりの金額を渡していたらしい。
もちろんそのお金も返してもらう事が決まり、アドルフ様は侯爵様にかなりのお叱りを受けて、自分一人で身を立てるよう、騎士団に放り込まれたそう。あのなよっちい体でまともに剣が振れるのかしらね。
うちとしては、婿入りしてくれる人をまた探すことになってしまったけど、お父様も今度はかなり慎重に選んでいるようだった。
でも、そろそろ――
***
社交シーズンが始まる合図として、最初に王宮主催の夜会が開かれる。
お姉様とわたしもすでにデヒュタントを終えているため、普通に出席するけれど、パートナーが居ない。
そこで、お姉様はお父様が、わたしは隣の領地でもあり幼馴染ともいえるリントン子爵家の次男ニールにパートナーを頼むことになった。
ニールもまだ婚約者がおらず、お姉様に打診があったけど、お姉様とニールの相性はあまり良くない。というか、わたしとも悪い。はっきり言って悪戯小僧ならぬ意地悪小僧のイメージだ。隣の領地でなければ、親しくなんかしたくないというのが本音。
とはいえ、パートナーは必要で、でも、お姉様のお相手として思われないよう、わたしがパートナーになった。
準備が整い、お父様とお母様、そしてお姉様が1台の馬車に乗り、わたしはリントン子爵家の馬車に載せていただく。
リントン子爵家はニールの下にも3人の妹と、年の離れた弟が居る。6人兄弟だ。でも、ニールの下の妹は、まだ年齢的にデビュタントを終えてないため、夜会に出席するのはニールのご両親とニールの兄テリー様の4人。だけど、テリー様は婚約者と一緒に行くため、馬車に空きがあったのだった。
「お久しぶりです。小父様、伯母様。今日はニール様のパートナーに選んでくださりありがとうございます」
なって欲しかったわけではないけど、体面というものがある。そのため、わたしはリントン子爵夫妻にお礼を述べた。
「しばらく見ないうちに綺麗になったな、エレン嬢」
「ありがとうございます、小父様」
「お隣なんだから、昔みたいに仲良くしましょう」
「はい、小母様」
笑顔で返すと、小父様も小母様も同じく笑顔を向けてくれる。その中で、ニールだけが仏頂面だった。
「ニール、どうしたの?」
「別に」
「そう?」
「………………………………綺麗だよ」
ものすごく間が空いた後に、誉め言葉が小さく聞こえた。
ニールにしては珍しい。それでも、誉められたので、「ありがとう」と返した。