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60.3人で猪突猛進娘を心配する(ニール)



「さて、ではおさらいとして、ローズの婚約破棄から話を始めようか」


 そう切り出した小父さんは、ローズさんの婚約破棄、新しい秘密の恋、それを応援する相手の従兄弟――アルドリッド公爵令息、そして、いつの間にかエレン自体がアルドリッド小公爵に目をつけられたことを順を追って話してくれた。


「――というわけで、エレンは今1人でアルドリッド公爵家へと訪問しているんだよ」

「……大丈夫、でしょうか?」


 1人でアルドリッド公爵家の人たちを相手にしなければならないなんて、いくら気の強いエレンだってどれだけ緊張していだろうか……。

 出かける前のあの心細そうな表情は、これから行く先を考えれば仕方ない。

 でも、エレンは1人で行くことを選んだ。

 小父さんと一緒だと話がどんどん進んでしまう可能性があると、エレンが断ったのだ。また、何か失言があっても小娘の戯言と取れるようにと。


「私もエレンを1人で行かせるのは不安だったけどねぇ。でも、エレンの言うことも一理あるんだ。私が発言すればペイリー伯爵家の総意になってしまうからね」

「確かに……」

「だから私に行くなと言った。唯一、アルドリッド公爵家の持つ情報は古いということが、エレンにとっての武器なるのかな」

「情報が古い?」

「そう。ローズがエアルドレッド侯爵家に嫁ぎ、エレンをうちの跡取りとしたことだ」

「エレンが、跡取り……」


 目を見開いて、おうむ返しのように呟いた。

 今までローズさんが跡取りで、エレンはどこかに嫁ぐ予定だった。

 それが、いつ逆転した?

 エレンはローズさんの恋を知っていた。

 その願いを成就させるために、自分が後を継ぐことも考えていたかもしれない。

 だとしたら、あの時の発言は……


「……エレンはその話が決まる前から自分が後を継いで、ローズさんを嫁がせようとして……いた?」

「そうみたいだね。ローズの婚約破棄からローズに勉強を教わっているよ」

「そんな、じゃあ……」

「君に告白したとき、エレンの心の裡では決まっていたようだね。ただ、私にも相談していなかったから、そこまで言えなかったようだけどね」


 夜会の帰りの馬車の中、エレンが呟いた言葉は俺が考えているよりも重いものだったんだ。

 それなのに、俺は自分の立場だけを考えて、エレンの想いを拒絶した。


「俺、エレンに酷いことした……」


 もっとしっかり話をすれば良かった。

 爵位を貰えない貴族の次男など対象外だと、自分で頭から決めつけていた。

 エレンの気持ちも考えずに……。


「それは仕方ないわ。エレンを跡取りにすると決めたのは昨日で、しかも旦那様とエレンの2人で決めてしまったのだもの。後から聞かされたローズも可哀想だったわ」


 それは確かにローズさんが気の毒だ。

 幼少のころから、俺たちとは遊ばずに兄さんと勉強付けだったのに、それが台無しになったのだから。


「済まないね。昨日1日で話が一気に進んでしまったからね。でも、昨日のうちにエレンを跡取りにして、国へ届け出る書類も書いていたのだよ。あとエアルドレッド家に縁談を受ける手紙をね。おかげで、アルドリッド公爵家から手紙が届いた時にはある程度処理できていたよ。本当にエアルドレッド侯爵家にローズを嫁がせると、手紙を出しておいて良かったよ。ローズを嫁がせることになったから、エレンが跡取りになったと周囲に言えるからね」


 とはいえ疲れたよ――と小父さんはため息をついた。

 ……仕事が早いな。1日でエレンと話をして、ローズさんを嫁がせ、エレンを跡取りにし、そのための書類まで作っていたんだ。

 少しでも順番が違えば、エレンが公爵家に嫁入りするのを拒否することは出来なかっただろう。


 エレンがアルドリッド公爵家に嫁ぐ――そう考えると胸が苦しい。それに、アルドリッド小公爵に憤りも感じる。

 エレンは治癒魔法のことがなくても十分に魅力的だ。それなのに、価値があると分かって手のひらを返すやり方は気に入らない。

 エレンをなんだと思ってるんだ。

 相手に子爵家の次男の言葉なんか届かないだろうけど、それでも文句を言ってやりたい気持ちになる。


「それでエレンはアルドリッド公爵家に行って、今、話をしているというわけですか」

「ああ、今はエレンが無事に帰ってくるのを待つしかないね。無茶をしなければいいけど、無茶をしないとこちらの言い分を通せないのが困ったところだね」


 エレンはきっと無茶をするだろう。

 相手の言い分に諾々と従うような性格じゃない。自分が気に入らなければ、相手が格上でも反発するだろう。


「……すごく心配です」

「……そうだね」

「わたくしもそう思いますわ。我が娘ながら、あの子はとても頑固でこうと決めたら一直線なんですもの」

「うん、まあ、それがエレンだからねぇ」

「ええ。少しでもローズのように周囲の意見を聞いて配慮してくれれば良いのだけれど」

「……無理な気がします」


 今までのエレンの行動を鑑みて、変わったエレンでも自分の言い分を通す我は残っている。

 公爵家が何を言ってくるかで、エレンは反発するだろう。

 それでなくても、夜会で見た様子ではアルドリッド小公爵に対して好ましいという態度ではなかった。

 年頃の貴族令嬢なら少しでも目に留まるよう願う中、エレンだけはそんな素振りは見せなかったんだよなぁ。

 時々、エレンの感性ってどうなってるんだろうと思う時があるよな。


「エレン、ローズさんの物を欲しがったりして聞き分けのない子供のような感じだったのに、子供の夢のような見目の言い高位貴族が居ても気にしないからなぁ」


 年が違うとはいえ、王族に夢見ることはありそうなのに、そういった願望は聞いたことがない。


「王太子殿下や第二王子殿下とは年が合わないから、アルドリッド公爵令息が1番有望株ではあるんだよねぇ」

「そう言われても、身分だけがその人物を図るものではございませんわ」

「ヴィオラ?」


 今まで黙っていた小母さんが口を挟んだ。


「わたくしだって条件だけで選んだのではありませんことよ、旦那様」

「そうだね。私より身分が上の方も何人かいらっしゃった。だが、君が選んだのは私だったね」

「そうですわよ。わたくしは貴方を見て、会話をした時から貴方だけですわ」

「はは、ありがとう。でも、同じように私も君のこと思っているよ、奥さん」

「ふふ」


 ……惚気られてしまったよ。

 このご夫婦はいつもながら仲がいいな。愛情深くて……だからエレンも大事にされてきた。

 それに……ローズさんも。

 小父さんも小母さんもローズさんのことを見守っていた。ローズさんは自分のことでいっぱいいっぱいで、気づいていなかったようだけど。

 まあ、エレンのわがままも一役買っていたしな。両親から搾取されていると勘違いしてもおかしくはないか。


「どうしたんだい、ニール君」

「いえ、仲がいいですね、と」

「ふふ、当たり前でしょう? 愛して一緒になった方ですもの」

「そうですね。でも貴族では家のためにという結婚のほうが多いじゃないですか」

「確かにね。でも、君の家もこんな感じだろう?」

「……そうですね」


 まあ、うちの両親も仲いいけど、2人には負ける気がする。

 でも、そんな仲のいい2人でも、娘の結婚には――


「ローズさんは政略結婚だったのではないですか?」

「そうだね、最初はローズにも家のための結婚を強いた」

「……貴方。でも貴方は彼と合わないようだったら、婚約解消も考えていらっしゃったのでしょう?」

「そうだよ。生涯を共にするのだから、自ら望んだ相手でないとね。そういう意味でも、エレンはニール君がいいと言ったんだ。叶えてあげたいね。君はうちに婿に入ることについてはどう思う?」


 小母さんと2人で話していたかと思ったら、小父さんは俺の方に向き直して、改めて問いかけてきた。



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