55.急展開です
馬車の中で我が家はまだかと待っている間、エイダは心配そうにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「いえ、あの、大丈夫でしょうか。その、どんな話し合いがあったのかは分かりませんが、公爵家に喧嘩を売るようなことはされておりませんよね」
「ええと……どうかしらね?」
身分を考えれば、完全に喧嘩を売ってるわねー。
思わずエイダから視線を逸らしてしまったわ。
ちらっと視線を戻せば、疑いというよりも批難の目に変わっていた。
「え、エイダ?」
「お嬢様、私にお嬢様を咎めることはできませんが、伯爵様にご報告は必要です」
「うっ」
「で、何をされたのですか?」
エイダがものすごく怖いですっ。
アルドリッド公爵よりもよっぽど怖いっ。
結局、わたしは公爵邸であったことを、エイダに仕方なく白状した。
もともとクールなエイダだったけど、わたしを問い詰めるやり方も冷たかった。
でも伯爵家のみんなに迷惑がかかるとか、わたしの身の安全がとか、無表情で淡々と説いていくんですもの。
もちろんお父様には報告するつもりだったのよ。でもお父様はわたしが誤魔化すと思ってたのでしょうね。
エイダはわたしから話をしっかり聞くように言われていたらしい。
流石に諜報員も公爵邸には入れないものね。そんな事をしたら、それこそ公爵家に喧嘩を売ったようなもの。だから1人で行ったのだから。
「まあ、そういうわけで公爵家の皆の敵意は伯爵家というより、『わたし』に向いていると思うわ」
「エレンお嬢様が伯爵家のことを思っての発言は理解いたしました。ですが、伯爵様を初め皆様はご心配なされると思います」
「それは分かってるわ。でも『わたし』が喧嘩を売ったなら愚か者で済むけど、お父様が、いえ『伯爵家』が喧嘩を売ったことになったら、何をされるかわからないもの。正直、公爵家はいかにも身分第一というお考えらしいから」
彼らの1番のステータスだものね。
それ以外に突出したものは感じない。
夫人がリアム様のことを自慢の息子だと言っていたけど、見目が良いだけでどこがいいのか分からない。
まあ、他人の色恋に口を出すくらいだから、自分のことは完璧にできているのかもしれないけど。
でも、わたしの知ったことではないわね。いい迷惑だし。
「とりあえずそんな感じだったわ。お父様にもつつみ隠さず報告もする。これからのこともあるしね」
「そうですね」
ニールが待っているかもしれないというドキドキ感から、一気に現実に戻されちゃっわね。
でも、浮き足立つのは早いから、エイダに現実に戻してもらって良かったのかも。
***
こうしてペイリー伯爵家に戻ると、すぐにお父様とお母様、そしてニールが邸から出てきた。
「お帰り」
「ただいま帰りました、お父様」
「とりあえず乗り切った、と言っていいのかな?」
「さあ、どうでしょう? あの方たちのお考えは、わたしには分からないでしょうから」
最後まで平行線だったものね。
向こうはあくまで身分が上だからわたしが譲歩しろというスタンスで、わたしの方は身分は下だけど、親族でも同派閥でもないからそこまで阿る気はないという主張。
そもそも、わたしが嫁ぐ身ではないと伝えたのに。
「とりあえず、中でゆっくり話を聞こうかな」
「もちろん、あったことを包み隠さずに話すつもりです。下手に隠して向こうに何か言われたときに、お父様が対応できなければ困りますもの」
「そうだね」
「ところでニールにも聞いていただくのですか?」
「そのつもりだよ」
「分かりました」
お父様がどうしてニールにも話を聞かせようとしているのかは分からないけど、必要だと判断されたのなら同席してもらうしかない。
「ニールはそれでいい? 大丈夫かしら?」
「ああ、構わない。ここに来たのはエレンからの手紙が気になったからだけど、小父さんと話をして必要だと思った」
「……そう」
お父様とどういう話をしたのか気になるけど、1つずつ片付けて行くしかないわね。
同じことを繰り返すのも、時間をとって面倒だもの。
執務室に入ったのは、お父様とニールとわたし。
お母様とお姉様には、お父様が後で話すと言ったので任せることにした。
「さて、まず本題に入ろう」
「はい、アル――」
「初めに、ニール君がエレンの婿としてうちに入ってくれることになった」
「そうで――――はいぃぃ!?」
ちょ、どこまで話が進んだの!?
「エレンと入れ違いにニール君が来ただろう? ちょうど良かったから、エレンが跡取りになったことを話してね。で、ニール君に婿に来てくれないかとお願いしたんだよ」
「……早すぎです」
ニールが来たのは把握しているけど、お父様とそんな話をして承諾してしまえるものなの?
「エレン、急過ぎるかもしれないけど、……それに、あんな風に断ったのに図々しいかもしれないけど、俺と一緒になってくれないか?」
「ちょ、待って。ニールが勝手に決めてしまっていいことなの? リントンの小父様、小母様、何よりテリーお兄様に相談しなくてもいいの?」
貴族の結婚は家の繋がりのため。個人で決められるものではないのに。
わたしが戸惑っていると、ニールは顔を赤くして頷いた。
「ここに来る前に、ちょうど兄さんに会ってさ。家のために犠牲にならなくてもいいって。自分の幸せを求めてもいいんだって。だから、俺、小父さんにエレンの婿になって欲しいって言われて、すぐに頷いた」
「ニール」
「俺、小父さんにそう言ってもらえて、すっごく嬉しかったんだ」
以前ニールが断ったのは、お父様が予想したことに近かったのかもしれない。
ちゃんと話を聞くまで分からないけど。
でも。
「……嬉しい」
「エレン?」
「わたしも、ニールが承諾してくれて、すごく嬉しいの」
昼間のアルドリッド公爵家での苦労なんて吹き飛んでしまうほどに。
嬉しくて、思わず涙が溢れていた。
「エレン」
ニールが手が伸ばして、わたしの頬に伝った涙を拭き取ってくれた。
その手の温かさに、思わず目を伏せた。




