54.アルドリッド公爵邸にて
今回は三人称です。
「なんだ、あの娘は!」
エレンが去った後、公爵は苛立った声を上げた。
聞いた話では、姉の後をついて回り社交などしておらず、頭は足りないのではないかと聞いていたのに。
先ほどまでそこに座っていたエレンは、そんな素振りもなくむしろ聡明なイメージを抱いた。
まったく予想と違い、身分制度を盾にしてこちらの言うことを聞かせようと、派閥が違う、家の内情に口を他家が口を出すなという。しかも上位者なら下の者の手本になれとも。
今まで公爵家に阿ってきた者たちとは、態度が全く違う。
心の内では、彼女の言い分が正しいと納得する面もあるが、それよりも腹立たしいという気持ちのほうが勝った。
「まったく、女のくせに小賢しい」
「あなた、言い過ぎですわ。わたくしとて腹立たしいと思うところはありますが、女のくせにというのは気に入りませんわね」
「む。それは済まなかった」
元王女である夫人を相手では、自分の意見を引くこともする。
もともとアルドリッド公爵家は古くからあるものの、特に目立つところがなかった。
けれど、王女が現当主に惚れ込み降嫁したため、アルドリッド公爵家の発言力が強くなったのだ。
そのため、公爵は夫人に頭が上がらないところがある。
「それにしてもリアムを前になんとも思わないなんて……わたくしの自慢の息子なのですよ。その嫁にしてあげようと思ったのに」
「母さん、エレン嬢は兄さんのことを好きでもなんでもないんだよ。嬉しがれって言っても無理だって」
「あなたはどうして兄を立てられないの!? どうして、あなたのほうがあの娘の目に留まるのよ!?」
ルカが母を窘めるように言うが、夫人の憤りは収まらなかった。収まらないどころかやぶ蛇だ。
夫人にとって、王族ではなくなったものの、息子のリアムは王太子、王子に次いで身分が高く顔もいい。リアムが夜会に出れば、令嬢たちが少しでも彼の目に留まろうとするくらいの人気ぶりで、夫人の自尊心を満足させてくれる存在だった。
けれど弟のルカは、兄のリアムより劣る。
そのため夫人の歪んだ愛情は、リアムに向いていた。
そういう意味では、エレンとリアムは親の愛情の偏りを受けていたのが似ているのかもしれない。
リアムは弟よりも親の愛情を受け、大事にされてきた。けれど、それは親の自尊心を満たす道具として。
エレンが優遇されて――いたと思っていた――理由とは違う、もっと歪んだ愛情を与えられていた。
ルカはすでに親からの愛情は諦めていた。はぁ、とため息をつく。
「そう言われても、今回は立場の問題でしょ。エレン嬢は家を継ぐ。兄さんだって家の跡取りだ。どちらも跡取りなのだから、無理だってわかるでしょ」
もちろん、互いに跡取りという立場でなくても、エレンはリアムを選ばないだろう。
そんなことを言えば、さらにヒートアップするので黙っているが。
一応、夫人の方はその話を聞いて「そ、そうよね。あの娘が跡を継ぐ立場なら仕方ないわ。それに、あんな無礼な娘を我が家に入れたくないものね」と1人で納得していた。
そんな母を見て、ルカは呆れた顔をした。
ルカは生まれた時からこの家族と一緒に生きてきたが、大人になって他人と関わるようになると、明らかに自分の家族は可笑しいと思うようになった。
公爵という立場を使って上からものを言うのは当然。人を使うのも当然。
エレンがリアムに自分が被検体になれるのかと問えば嫌だと言うのに、誰かを使うのは気にしない考え。
今日、エレンが少しの間公爵家の人たちと話しただけで、話が通じないと思ったことだろう。
ルカはそれを生まれてからずっと、身近で見てきたのだ。
しかし――と、ルカは思う。
兄は従兄弟のヴィンスのために、エレンに後を継ぐように迫ったのに、どうして自分の婚約者にすることになるのか……。
まあ、リアムの言っていた治癒魔法のせいであることは明白なのだが、それなら治癒魔法についての共同研究で良いのではないか。
婚約という話が出るから、ややこしくなる。
そう思った後、兄は気に入った玩具は独り占めしたいタイプだったことを思い出した。
まったく、彼女は玩具ではないのに――と、ルカは兄に対してなんとも言えない気持ちになった。
兄の厄介な性格を考えて、今日何度目かのため息をついた。
「しかし、公爵家を虚仮にしたままでは、収まりつかんな」
父も父で、厄介な性格をしている。
自分が1番でなくては気に入らない。1番を譲るのは、王族のみだと勘違いしている。
特に王女だった母と結婚してから酷くなったと、叔父から聞いていた。
「そうですわね。あの生意気な小娘をうちに入れることがないのは良かったけれど、何もしないというのは気に入らないわ」
母も母で、苛々した口調で言う。
生意気も何も、礼を欠いた態度だったのは、明らかに我が家なのに。
しかし、ルカが指摘しても、この家族はそれを直す気はない。
ルカもルカで、もう指摘するのも面倒になってしまった。
「あの娘……怪我人が居てどうしようもない状態でなければ、新しい治癒魔法を使う気にはならないと言っていたな」
「そういえばそうですわね」
「なら、そういう状況を作ればいいだろう」
「父上、それは……」
流石にリアムは率先して誰かを傷つける気はないようで、弟としてルカはホッとする。
けれど、父である公爵は些末なことだと言うように。
「お前とて知りたくはないか? 何、命を取るわけではない。少し痛い目に遭えば良いのだ」
「確かに」
「だろう? 公爵家に逆らったのだ。その罰を受けねばならん」
「それなら、彼女が慕っているリントン子爵令息などはどうでしょう? 彼女の性格は、自分が傷つけられるより、大切な人を傷つけられるほうが辛いかと」
「なるほど。では、そのようにしよう」
兄は大丈夫――と思っていたのに、兄は一線を越えてしまった。
かといって、ここで止めても余計に意固地になるばかりか、エレン達に気をつけるように忠告もできなくなってしまう。
ルカは黙って聞くしかなかった。
この後、こっそり手紙を書いて、エレン嬢に注意しよう――そう思った。
誤字脱字報告ありがとうございます。
今回公爵家を入れたかったのですが、なんとも難産で言葉が出てこず…
先に話を進めようかなとも思ったのですが、次につながるところもあったので
なんとかひねり出しました
で、弟のルカは意外と苦労性になりました(;'∀')




