53.何もいたしません
「確かにこちらが礼を欠いていたようだ。申し訳ない」
公爵より先にリアム様が謝罪した。
この言葉だけで終わらせるのは大いに不満が残るけど、長々話をしても仕方ないわね。
「謝罪を受け入れますわ。ですが、それだけです」
「待ってくれ! 縁談の話は置いておくとして、君はどうするんだ?」
「どう、とは? 婿を取って家を継ぐと申し上げたはずですが」
「そちらではない。魔法についてだ」
ああ、そんなこともあったわね――不毛なやりとりのせいで、すっかり頭から抜けていたわ。
というか、まだ諦めていなかったのね。
はぁ、とまたため息をついてしまう。
「何もいたしません」
「何?」
「ですから、何もいたしませんと言いました」
「どうしてだ? もしかしたら今までの治療方法を変えるかもしれないのだぞ」
「たかが切り傷を治しただけで?」
考えてみてほしい。たかが指先の切り傷を治せただけで、何を為せると言うのだろう。
大怪我を治したというのなら、違う考えになれたかもしれないけど。
「その一歩が大事ではないのか?」
「では、どうしろと? 大怪我を負った人を目の前にして、ほかに治療方法があるのに、できるかどうかわからない魔法を使えと?」
「……それは」
「怪我人を苦しませるだけになるかもしれないのに、そんなことしたくございませんわ」
いくら前世の漫画や小説で見た『治癒魔法』の知識があっても、あれは想像の産物でしかない。
実際に使えるかどうかは、また別の話になる。
「例えば、父と視察に出て事故に遭ったとしましょう。父が大怪我を追ってしまったのに、そこに治癒師はいない——そんな状態なら、ほかに方法がないので試してみる価値があると思って治療しようと思いますわ。でも、治癒師がそこにいるのに、新しい治療方法があるから試させてほしいなどと言えませんわ。あなたは言えますの? 成功するかどうかも分からないのに」
わたしは怖くてそんなこと言えない。
失敗して痛みを長引かせるだけの可能性が高いのに、自信満々にわたしに任せてなどと口が裂けても言えないわ。
こんな消極的な考え方じゃ、新しい方法を確立させることはできないけど、こればかりは性格だから仕方ない。
「それともあなたがご自身で試すために怪我を負ってくださいますの?」
「そんなこと……できるわけがない」
「でしょうね」
自分が被検体にならないのなら、やるべきだなんて無理なことは言わないでほしい。
でも、ここまで言えば、これ以上言ってくることはないでしょうね。
そういえば、薬草の力を魔力で上昇させると言っていたけど……それって作って保存はできないのかしら? そう、ポーションのように……。
でも症状によって使う薬草は違うから、ゲームのポーションのような物を作るのは無理なのかしら? そのあたりは治癒師の人に聞いてみるのもいいかもしれないわね。
どちらにしろ、リアム様に言うことではないけど。
「これで話は終わったようですわね」
わたしが尋ねても答えが返ってこない。
いや、返せないのだろう。
はあ、わたしのこと、小娘と侮っていたのでしょうね。でもわたしだって自分の将来がかかってるんだもの、精一杯反発するわよ。
「それでは、今度こそ失礼いたしますわ」
再度カーテシーをして、今度こそ退室した。
廊下に控えていた使用人にエイダがいるところまで案内させ、それからアルドリッド公爵家から出る。
「エレンお嬢様、大丈夫でしょうか?」
「さあ? でもいくら公爵家といえども、我が家の内情に口を出す権利はないわ。今回のことを他家に話せば、恥をかくのはアルドリッド公爵家のほうでしょう」
馬車の中でエイダが心配そうに尋ねるが、わたしはそれほど心配していない。
我が家の文句を口にすれば、先ほど、口にしたことが事実になるだろうから。
今まで縁のなかったアルドリッド公爵家とペイリー伯爵家。それがアルドリッド公爵家が一方的に周囲に苦情を言えば、何があったかを探るものも出てくるだろう。
特に中立派は、王族派に『いちゃもんを付けられた』とみなして、中立派対王族派にまで発展するかもしれない。
中立派は数は少ないが、王族派筆頭の公爵家がそんな愚行を犯すことはないでしょう。
希望的観測も混じっているけど、おそらく今日のことが社交界で話題になることはないはず。
それよりも、帰ってからのほうが緊張するわ。
ニールは何のために我が家まで来たのかしら?
お父様はニールのことを買っていた。
だとしたら、お父様が捕まえて、婿入りの件を話してくれるかもしれない。
……なんて、こちらのほうが希望的観測ね。
わたしが帰るまで、ニールは居てくれるかしら?
窓から通り過ぎる建物を眺めながら、心が逸ってどうしようもなかった。
パソコンが届いたのですが、キーボードの配列が今まで違うので打ちづらいです(;'∀')
あと覚えた単語がリセットされてるよー(あたりまえだけど)




