46.お父様に呆れられました
縁談の話は、昨日お姉様のところにエアルドレッド侯爵家から来たばかりですよね?
というか、アルドリッド公爵家から来ることもないと思うんですけど?
わたしがあれこれ考えていると、お父様が封を切って中身を取り出し、まず最初に入っていた手紙を読み始めた。
「やはり、縁談の申し込みだね。アルドリッド公爵家嫡男リアム・アルドリッド公爵令息からだよ」
「はい?」
「しかも、エレンにね」
「は……? わたしに、ですか?」
「そうだよ」
お父様は咳払いを1つすると、手紙を寄越した。それを受け取った文字を追い――
「馬鹿にしているのでしょうか?」
「どれがだね?」
「全てです。特にこちらの返事を聞かずに、顔合わせをしたいから今日の午後に顔を出せとは……こちらの都合を全く考えていませんね」
あちらは公爵家、こちらは伯爵家――身分差で言えば、逆らう事は難しい。
しかも、これほど一方的な内容は、こちらを馬鹿にしているとしか思えない。
「公爵家という身分のせいですかね。ですが、我が家は公爵家の親戚筋でもないし、同じ派閥でもありませんね。これほど暴挙に出られる理由がありません」
「そうだね。隣の領地でも親密な付き合いがあるわけではないしね。正直、喧嘩を売っているような話だね」
とはいえ、相手は腐っても公爵家。下手に文句を言えば、何をされるか分かったものじゃない。
「はあ、身分が高いとこんな風に横暴になるのでしょうか?」
「それは各家の気質だろうね。アルドリッド公爵は現当主が王女を娶っているから、準王族扱いだからねぇ。多少の横暴さは通ってしまうんだろうね」
「ああ、確かに……」
「あと、家は中立派でいるけど、貴族としては代々続いてきて長い家だからね。王族派に属しても可笑しくはないと思っているのかな。可笑しいね、うちは王族派と言った事など一度たりとてないのだけどね」
どちらにしても、困ったものだね、とお父様が呟いた。
下手にお父様と2人で公爵家に伺えば、そのままあれよあれよという間に、婚約が調ってしまうに違いない。
そうしないためには……抗議の手紙でも送ったほうがいいかしら?
いえ、逆に考えれば、急な話で向こうも根回しが終わってない可能性がある。なら、今のうちに断ってしまったほうがいいかもしれないわ。
「お父様、今日はとても大事な用があって、公爵家に訪問する時間などありませんよね?」
「いや、家での仕事だ――」
「ありませんよね?」
「……エレン、何を考えているんだね?」
強い口調で2回続けて言えば、お父様のほうが折れた。
「いえ、公爵家にはわたしだけで行こうと思います。なにせ、急な話ですもの。忙しい当主が来られない可能性だってありますよね」
「まあ、そうとも言えるね」
「今日手紙を送りつけてきて、しかも顔を出せなんて、当主であるお父様の都合を考えなさ過ぎです。なので、お父様は外せない用があるとして、わたしだけで行きます。わたしだけなら、また何かあっても小娘の言うことを真に受けるなど、どうかしている――と言えますしね。伯爵家当主の言葉でない以上、何かあっても世間知らずの小娘の発言と言えます。お父様が一緒でしたら、娘の教育の責任だとその場で追及されてしまいます」
長々と説明すると、お父様は「ふむ」とばかりに頷いた。
小娘のした事でも、我が家に多少なりとも抗議が来る可能性があるけど、同席しないほうが監督責任を追及しにくいはず。
なにせ、わたしは社交界では『わがままな妹』だの『見た目だけで頭が足りない』等と言われているのは百も承知。それを利用しない手はないというもの。
「しかし、それではお前だけが悪者になってしまうよ?」
「理解しています。でも、そんな小娘を身内にするでしょうか? それと、わたしは公爵家の横暴さを追及しようと思います。向こうも痛いところを突かれれば、あまり事を荒立てたくはないと思いますから。それに、時間をかければ、外堀を埋めて来るでしょう。そんなのはごめんですわ」
「よく思いついたね。というか、思いついても実行しようとはしないものだよ。その猪突猛進さは誰に似たのだろうね」
お父様は呆れたような表情で呟いた。
本当に、わたしもこんな風になるとは思わなかったわ。
そういえば――
「お父様はアルドリッド公爵家からの手紙が縁談だと言ったときに、やはり、と言いましたが、何か思い当たる事があるのでしょうか?」
わたしがそう聞くと、お父様は溜め息をついた。
「誤魔化せると思ったかね? アルドリッド公爵令息の前でカフェの店員の怪我を治したそうだね」
「それは……。てすが、ほんの切り傷ですよ?」
この世界での怪我の治療方法を聞いて、やってしまった感はあったけど、それほど大事なの?
小さな切り傷1つのため、事の重大さがいまいち分からない。
「お前のやった方法が確立されれば、今までにない治療法になる。今は切り傷1つというが、少しずつ怪我の度合いを酷くしていって、どこまで魔力だけで治療出来るのかとか、病気にも効力はあるのかなど、これから検証が必要だが、それだけの可能性を秘めているんだよ」
「そんなものなのでしょうか」
お父様がそう言うけど、よく分からない。
小さな切り傷だったから、何も考えずに魔力で自然治癒力を高めるイメージでやったら、簡単に出来てしまったのだけど。
「薬草が効かない病気もある。そういったものにも魔力だけで治療できるとしたら? 少なくとも、アルドリッド公爵令息が見て、その可能性を見出したから、このような事になったと思うがね?」
お父様は手紙を指差して呆れ口調で言ったので、わたしはもう何も言えなかった。
多少(?)強引にしても、わたしを囲い込みたいほど、あの治療法は魅力的らしい。
わたしとしては、絆創膏がないこの世界、小さな切り傷は地味に痛かったから、魔力で自然治癒力を高める――この辺は昔のラノベとか漫画参照――という方法でやったら出来た、くらいだったのに。
「分かりたくもないけど、とりあえず分かりました」
「お前ね、少しは大変なことをしたのだと自覚しなさい」
「……はい」
きつめに言われて、肩をすくめながら返事をした。
それにしても……なんて忌々しい手紙なんだ。いっそ、届かなかった事にして燃やしてしまおうかしら――なんて物騒な考えが過ぎるけど、手紙だけならまだしも、肖像画付きの分厚い釣書もあるので、これが行方不明になるのは無理かと諦めた。
手紙……そういえば、ニールから返事が来ないな……。
もし来てたら、もしいい返事だったら……わたしにはすでに婚約者が居ると公爵家の話を突っぱねる事が出来るのに……。
でも、ニールからの返事はなく、わたしには婚約者が居ない。
少しだけ寂しい気持ちになりながら、それでもこの問題を解決する為に動かなければ。
お姉様が嫁ぐという未来。
ペイリー伯爵家の未来。
それらが変わってしまわないように。
誤字脱字報告ありがとうございました。
年内中にあと1話更新出来たらな~と思います。




