小話1
今回はちょっとした小話。
使用人(?)から見たペイリー一家。
あるメイドの驚愕
私の名前はアニス・オブライエン。オブライエン男爵家の4女だ。
去年の秋にペイリー伯爵家にメイドとして雇われたばかりの、新米メイド。
――といっても、他の家に勤めていたこともあるので、メイドの仕事自体は新米とは言えないと自負している。
以前勤めていたのは、ある子爵家だった。そこは貴族である事にプライド――いえ、取り繕っても無駄ね。家族揃って見栄っ張りの高慢ちきな人たちだった。
そんな人たちは、私が男爵家の娘と知っても、他の使用人と変わらない扱いだった。私自身、1人だけ出自のせいで差を付けられたら、他の使用人と軋轢を生むので、それは良かったんだけど。
……どちらかというと悪い方へ行ってしまった。貴族令嬢を使用人に出来るくらいうちは裕福なんだと。
確かに子爵家としては裕福な方だったと思う。でも、品格が伴っていない人たちだった。
……これ以上思い出すと、苛々してくるのでこの辺で終わりにしよう。
で、次に勤めたのが、このペイリー伯爵家だった。
働きだした頃はなんて快適な職場なんだろう――というのが率直な感想だった。
こういう時、大きなお邸のメイドは良い。私はハウスメイドなので仕事はいろいろあるけど、上流~中流階級でもあまり裕福ではない家では1人ですべてを行うメイド・オブ・オール・ワークになるから、やることが多くて大変らしい。
まあ、私はいくら貧乏でも男爵家の娘なので、こういった仕事に就くのはさすがにないけど。
それにしてもこの家は、使用人にも3時の休憩がありおやつが出る。なんて素敵な職場なの。あとお休みも多い。
なにより――
「途中でごめんなさい。わたし宛に何かないかしら?」
「お嬢様宛でしたら特にございませんが、こちらの御家はお嬢様と関わり合いがあったかと」
荷物がいくつか届いたので、それをご当主様の執務室に持っていこうとした時、妹のエレンお嬢様が声をかけてきた。
すかさず荷物を確認して、以前お嬢様とご縁のあったアルドリッド公爵家の荷物がある事を伝えると、怪訝そうな顔をされた。
でも、すぐに切り替えたようで。
「じゃあ、他に持っていくものはある? わたしが持ってくわ」
と、手を差し出してきた。
え? それはちょっと……。
「その、お嬢様のお手を煩わせる訳には……」
「わたしがお父様に用があるの。だからついでに持っていくわ」
「……では、お願いいたします」
エレンお嬢様は、カントリーハウスからお邸に移ってこられた頃には、姉であるローズお嬢様のものを欲しがったりと、なかなかのわがままぶりを披露していたのだけど、気づくとわがままを言わなくなっていて、気さくな年頃のお嬢様になっていた。
お嬢様は、階段から落ちて怪我を負った時から変わったとメイド仲間でも話題になるけど、良い方に変わったのだから喜ぶべきなのだろう。
まあ、お嬢様のわがままはローズお嬢様に向かっていたので、メイドが被害に遭っていたわけではないけど。家の中が騒がしくないのはいい事といえる。
「アニス、執務室に行ったのではなかったの?」
「エイダさん、その、荷物はエレンお嬢様が持っていくと仰って……」
「そう。なら、手が空いているのね?」
「ええ、まあ」
「なら、悪いけどお掃除を手伝ってくれるかしら?」
「分かりました」
エイダさんは古参らしく、お嬢様の性格も熟知しているらしい。
戸惑っている私を余所に、別の仕事を頼んできた。
「あの、メイドの仕事を変わってくれるなんて、この家の方は皆さま寛大というか、気さくというか……」
「そうね。ご当主様自身、領民の生活が少しでも良くなるようにと率先されているせいか、奥様も見習って使用人に対して優しいのよ」
「優しいというか……代わりに簡単な事なら行ってくれるというのは」
「貴族だけど、自分で出来るなら自分でやればいい――というのが、この家の考え方よ。だから、お嬢様が代わってくれたのなら、それでいいと思うようにした方がいいわ」
「そう、ですか」
なんとも変わった家だと、しみじみ思った。
「他人事のように言うけれど、あなた、運が良かったのよ」
「そうですか?」
「ええ、ここの家は使用人に優しいから、皆辞めないのよ。だから求人がなかなかないの」
「確かにペイリー伯爵家から募集を出しているのは聞きませんね」
知っていたら、子爵家の前にこっちに来たのに。
「なかなか辞めないって言ったでしょう? 今回は少し前まで働いていた子が、子供が出来て面倒を見てくれる人もいなくて仕方なく辞めたのよ。本当ならもっと働きたかったらしいわ」
「結婚して子供が出来ても働くんですか?」
びっくりして聞くと、辞めた人は平民だったそう。
そっか。平民で身近に頼る人が居なければ、子育てだけで大変でしょうね。
おかげで私は良い職場を手に入れたわけだけれど。
……うん。私も当分辞める気にはなれないわね、と改めて実感した。
***
ある諜報員の仕事
俺はペイリー伯爵家に雇われていて、主に諜報活動を行うところにいる。
それは俺が孤児で、当主の目に留まり、そのように教育されてきたからだ。
でもそれが別に嫌だというわけではない。他の生き方なんて知らないし、いろんな所に入り込んで他者が知らないような内緒話を聞くのは面白かった。誰彼と言いふらしたりする気はないけど、人の秘密を知るのはなんとなく面白いと感じたんだ。
そんな俺は、少し前まで伯爵家のお嬢様たちが夜会に行くと、姉のローズお嬢様の様子を見ることが多かった。
エアルドレッド侯爵令息とローズお嬢様の逢瀬をこっそり見張り、進展具合を当主に報告する――というのが日課だったのだ。
……正直、出歯亀だった。
とはいえ、ローズお嬢様は次期当主。なのに、同じく跡取りのエアルドレッド侯爵令息との恋愛は、当主にとって喜ばしい事ではない。お嬢様にはお気の毒だが、別れさせられるのだろう。
実際、2人もそれが分かっているのか、せめて今夜だけでも、今このひと時だけでも――と口にしながら、哀しそうな表情で寄り添っている。
……なんか、辛ぇなぁ。
お貴族様はいい服着て、いいモン食ってると思うけどさ、でも、それには何かを代償にしなきゃならないってわけだ。
ま、俺には関係ないけどな。
平民や孤児は、生きるだけで必死な奴だって多いんだ。色恋で悩めるなんて、そんな奴らからしたら贅沢な悩みってなもんだ。
それからしばらくして、当主からローズお嬢様ではなく、エレンお嬢様を監視するように言われた。
……エレンお嬢様って、あのわがままなお嬢様だろ。嫌だなぁ、と思っていたら、いつの間にかわがままを言わなくなったらしい。同じ諜報活動を行っている奴に聞いて吃驚した。
あれだけ、ローズお嬢様のものを、あれが欲しい、これが欲しいって言っていたんだぞ、本っ当にそんなに変わるもんかよ?
とはいえ、当主命令だ。
俺はエレンお嬢様を監視することになった。
夜会では隣の領地のリントン子爵の次男をパートナーにして参加し、ローズお嬢様から離れて少しずつ他の貴族と交流をしていた。
これは、リントン子爵の次男のおかげだろうな。次男の知り合いが声をかけてきて、エレンお嬢様を紹介し、会話をして知り合いを増やしていくという感じだ。
当主はこの次男をエレンお嬢様のお相手として考えてるのか? でも、次男だし、継ぐ爵位はないって聞いているが……そうなると候補にすらならねぇな。
そう思っていると、アルドリッド公爵家の嫡男がエレンお嬢様に何かとちょっかいをかけるようになっていた。
どうも、ローズお嬢様のお相手であるエアルドレッド侯爵令息と、アルドリッド公爵の嫡男は従兄弟で仲が良いらしい。
カフェでの会話は個室のため内容を聞くことは出来ないが、いつもエレンお嬢様は怒っている事が多い。
まあ、なんて言うか、水と油ってやつかね? 策を巡らそうする嫡男と、猪突猛進気味なお嬢様では合わないのだろう。
変なのに目を付けられて気の毒だなー、なんて気軽に思っていた。
しかも、カフェでばったり出くわした時にも捕まって個室に行ってしまった。運ねーの、お嬢様。
しっかし、個室に入られると話の詳細が分からねーじゃん、と思いながら、コーヒーを飲んで出てくるのを待つ。
エレンお嬢様じゃないが、このコーヒーっての、紅茶より美味しいぜ――なんて、思っていると、店員が2人の個室に入っていった。しかも、ラッキーなことに個室の扉は開いたまま。
個室に近い席に座っていて良かったぜ。俺は耳がいいからな。
ぽつぽつと聞こえてくる話を聞いていると、エレンお嬢様が魔力だけで怪我――と言っても切り傷程度――を治したらしい。それを見て、嫡男が興奮して騒いでいる。
まあ、確かに魔力だけで治療が出来れば、手に入りにくい、または高い薬草のために諦めなければならなかった治療が、今後出来るようになるかもしれない。
……これって、当主に要報告だな。
それにしても、お嬢様の嫡男に対する態度がすげぇ。ってか、お嬢様、言葉遣いが素に戻ってますぜ。
「あの、1人で突っ走らないで欲しいんだけど。あと病気は無理だと思うわ。傷は……なんとなく治り方が分かっているので出来たけど、病気はどうやって治すのかなんてわからないもの」
確かに、嫡男暴走してるしな。
わがままだと言われていたお嬢様でさえ、諫める方に回ってる。
「ちょっ、待って! 他人で人体実験のようなことはやめてちょうだい!」
うん、またしても同意としか言いようがない。
お嬢様、まともになったんだなー。成長を感じるぜ。
その後も。
「しないことはいいことだけど、人の体で試して何かあったらどうするの!? 少しは他人を気遣いなさい!」
「あのね! あなたは公爵家嫡男という立場であり、他の人はあなたの言葉を拒否できるものではないの! あなたのほうこそ自分の立場を考えて動きなさいよ!」
いやー、確かにお嬢様の言葉は正論だが……公爵家嫡男相手に1歩も引かないのがすげぇ。
しかし、とどめがコレ。
「自分ではなく、他人を使う……相変わらず、他人を駒のように扱うのね! 本当に嫌な人!」
公爵嫡男に思いきり言い切った!
我慢しようとしても、笑いがこみ上げてきて、腹筋がプルプルする。
店員に不審がられないように気を付けないと――と思うものの、俯いて笑いを堪えるのが大変だ。
それにしても、ローズお嬢様を見張るより、エレンお嬢様を見ていた方が面白いなぁ。
俺、エレンお嬢様担当にしてもらえないかな。
当主に相談してみるか――なんて、考えた。
本来なら諜報員の希望なんて聞いてくれるわけないけど、ペイリー家は領民および使用人に優しいからな。希望だけでも言ってみるかねー。
なんとなく思い浮かんだのを書きなぐってみました。
書いていたら、なんかまとまりが無くなってしまった感じですが…
12/22 少しだけ加筆と修正をしました。




